教会とは


 

 「教会」という言葉は、キリスト教以外でも使われるものですが、聖書の中で使われている「教会」は、エクレシアというギリシア語を翻訳したものです。

 

 エクレシアは、「エク=外へ(out of)」と「クレシア=呼ぶ(call)」の合成語で、「呼び出す」という意味を持っています。そこで、ギリシア市民の中から呼び出された、選ばれたということから、「集会」とか「議会」という意味で用いられていました。

 

 この語が最初に聖書に現われるのは、ギリシア語訳旧約聖書(セプチュアギンタ)です。セプチュアギンタは、紀元前3世紀~前1世紀にエジプトのアレキサンドリアでギリシア語に翻訳されました。セプチュアギンタは、ラテン語で70という意味です。70人の学者が70日で翻訳を完成したという伝説に基づく命名なのです。

 

 もとの旧約聖書はヘブライ語で記されています。「エクレシア」は、「カーハール」の訳語に当てられました(申命記9章10節「集会」、ヨシュア記8章35節「会衆」)。そして、パウロの手紙以降のキリスト教の文書には、クリスチャンの集まりを公式に、エクレシア、教会と言い表しています。

 

 現在、一般的には信徒が集まる建物をさして用いられることが多いようです。けれども、本来は、信徒が集まる集まり、集会のことをエクレシア、教会と呼んでいたのです。キリスト教の最初期、信徒が集まる集会専用の建物はありませんでした。信徒の家や地下墓地(カタコンベ)などで集会が行われたのです。やがて、専用の集会所を持つようになり、その建物や集会所のことも「教会」と呼ばれるようになったのでしょう。

 

 主イエスは、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない」(マタイ16章18節)と言われました。ここで主イエスが「岩」と言われているのは、主イエスを「メシア、生ける神の子」と信じる信仰のことです。その信仰を土台として、その上に「わたしの教会」を建てると言われました。

 

 ここに示されているのは、教会は、主イエスの御心によって建てられるということです。だから主イエスは、教会を「わたしの教会」と呼んでおられます。静岡キリスト教会も、主イエスが「わたしの教会」と呼んでくださる教会です。それは、教会を構成している信徒一人一人が、主イエスを「わたしの主、わたしの神」と信じているからです。

 

 そして、主イエスの教会は、陰府の力にも勝つと言われます。死んだらおしまいではありません。教会は死んでも続く。甦りであり命であられる主イエスの教会だからです。

 

 あなたも、主イエスを信じて、教会を構成するお一人になられませんか。 

 

 

 

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