今月の御言葉

 

 

 コロサイは、トルコ西部、港町エフェソの東南東180kmほど内陸の通商路沿いにある町です。当時は、土着のフリギア人とギリシア人入植者が主な住民でした。また、歴史家ヨセフスが、紀元前2世紀初期にシリアのアンティオコス3世が、メソポタミア各地から数千のユダヤ人を連れてきて、リディアとフリギアに定住させたと報告しています(『ユダヤ古代誌』)。

 

 そのようにパウロの時代のコロサイは国際都市として開け、様々な文化的宗教的要素が混在、同居していました。この町で福音を語ったのは、パウロではなく同労者のエパフラス(1章7節、「エパフロディト」(フィリピ2章25節)の短縮形)です。彼はパウロの指導の下、コロサイだけでなく、ヒエラポリス、ラオデキヤでも宣教したようです(4章13節)。

 

 パウロは、冒頭の言葉で始まる2章6節以下の段落で、コロサイの人々を惑わしている「人間の言い伝えに過ぎない哲学、つまり、むなしいだまし事」(8節)に対して、キリスト者がキリストに対する信仰に堅く立ち、忠誠を貫くように勧告しています。

 

 「受け入れる」は、手渡されるものをしっかり受け取ることです。「キリストを受け入れた」というのは、キリストを信じる信仰に入ったということです。そのことをもう一度思い起こさせるようにそう語ったうえで、「キリストに結ばれて歩みなさい」と勧めます。

 

 「キリストに結ばれて」は、「彼(キリスト)にあって」(エン・アウトー)という言葉です(口語訳、新改訳、岩波訳)。同じ言葉が7節にもあり、「キリストに根を下ろして造り上げられ」と語られています。直訳は「彼の中に根付き、(彼にあって)築き上げられて」です。

 

 主キリスト・イエスにあって歩むことを、キリストの中に根付くこと、そしてキリストにあって築き上げられることと言い換えているかたちです。信仰を、しっかり根を張る植物と、堅固に建てられた家屋にたとえているわけです。

 

 パウロはコリント教会に宛てた手紙でも、「あなたがたは神の畑、神の建物なのです」(第一コリント書3章9節)と語り、その前の部分では、パウロとアポロの福音宣教が種まきと水やりとして語られ、同10節以下では、建築のイメージでそれを語っています。

 

 いずれも、誰とつながっているのか、どこに根ざし、何を土台としているのか、ということが問われています。

 

 主イエスが山上の説教で「家と土台」(マタイ福音書7章24~27節)の話をされています。主イエスに聞き従う人生を歩むか否かを、岩の上に家を建てる賢い者と砂の上に家を建てる愚かな者として語られました。

 

 私たちの人生において、私たちを根底から揺さぶるような洪水や地震と遭遇することがあります。そのような危機に際して、私たちを真に支え、守るものは何か。それが、私たちが受け入れた「主キリスト・イエス」であり、だからこそ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、「あふれるばかりに感謝しなさい」(直訳「感謝において豊かになりなさい」というのです。

 

 パウロはここに、私たちが満ち溢れる感謝をもって信仰生活を歩むために、キリストの教えを繰り返し新たに聴くように教示しています。

 

 主よ、私たちを取り巻いている状況は、混迷を深めており、確かな展望を持つことを困難にしています。あらためて、愛と恵みの主に信頼し、日々御言葉に耳を傾け、聖霊の力に受けて、感謝溢れる歩みをさせてください。アーメン

 

 

 

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2014年8月6日サイト開設