申命記

 

 

「モーセはイスラエルのすべての人にこれらの言葉を告げた。それは、ヨルダン川の東側にある荒れ野で、一方にパラン、他方にトフェル、ラバン、ハツェロト、ディ・ザバブがあるスフに近いアラバにおいてであった。」 申命記1章1節

 

 今日から、申命記の学びに入ります。申命記は、紀元前8世紀から6世紀に亘る、即ち分裂王国時代から捕囚時代にかけて、複雑なプロセスを経て形作られたと考えられています。

 

 ホセア書や五書の中のE典(エロヒスト資料)と言われる北王国で成立した資料との類似性から、申命記資料の一部は北王国で成立した可能性が指摘されています。そうであれば、北王国が滅亡した8世紀末に南ユダ王国に持ち込まれたと考えられ、それは、申命記が成立した最初の段階と符合しています。

 

 列王記下22,23章に描かれるヨシヤの宗教改革との関連性から、申命記が基本的なかたちをなしたのはヨシヤの時代と思われます。その時期に、少なくとも申命記4章44節~28章68節がその基本的な形を取ったようです。

 

 「申命記(Deuteronomy)」という名前は、70人訳聖書(ギリシア語訳旧約聖書)の申命記17章18節に出てくる「デウテロノミオン(第二の律法)」という単語から来ています。もとのヘブライ語は「ミシュネ」(第二の、二倍の、写し)で、口語訳や新共同訳聖書では、文脈から「律法の写し」と翻訳しています。

 

 「申」という漢字には、「重ねる、繰返す」という意味があり、申命記とは、命令が繰り返されている書物ということになります。つまり、申命記は、シナイ山で与えられたものとは別の(第二の)律法ではなく、同じ律法が、約束の地を前にして、もう一度モーセの口を通して語られている(律法の写し)というわけです。

 

 申命記の原題は、ハ・ドゥバリームと言います。これは、冒頭の言葉(1節)で「これらの言葉」と訳されているものです。「ハ」は定冠詞 the 、「ドゥバリーム」は「ダーバール」という単語の複数形で、意味は「言葉」 word です。定冠詞つきの「言葉」 the words で、「神の御言葉」ということになります。申命記は、モーセの口を通して語られた、神の御言葉の書なのです。

 

 さらに、「ドゥバリーム」は、「行動」 acts、「出来事」 events,things という意味にもなります。つまり、語られた言葉がそのまま行動、出来事になるというのです。それは、語られた言葉が、力ある神の言葉、真実な言葉だからです。

 

 神は、その口でお語りになられたことを、御手をもって実行されます(列王上8章20節、24節)。「光あれ」と神が言われると、光が出来ました(創世記1章3節)。

 

 そして神は、ご自身の愛を私たちに伝えるために、主イエスをお遣わしになりました。そのことについて、ヨハネによる福音書1章14節には、「言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」と記してあります。

 

 ここで「言(ことば)」に、「葉」をつけていないのは、「言(こと)」が「事(こと)」に通じ、神の言葉が現実のものとなるということを、その文字で伝えようとしているのです。そうして、主イエスこそ、神の愛を伝えるための神の言葉であり、神の愛の言葉が姿を取って現れたのが、主イエスなのです。

 

 それは、逆に言えば、私たちが通常用いる「言葉」は、「葉」を茂らせているけれども、「事」に通じていない、実を結ばない、空しいものになっていないかという問いかけでもあります。これは、主イエスがエルサレムに入城される前、葉ばかり繁らせて、実のなかったいちじくを呪われ、根元から枯れてしまうという出来事を思い起こさせます(マルコ11章12節以下、20節以下)。

 

 柏井宣夫先生が著書『真実の言葉を求めて』(新教出版社,1980年)の序文に、「話すとは、沈黙を破って言葉を発することである。しかし、言いっぱなしということもある。語るとは、時に『だます』という意味にもなる。これは、言葉が不十分な道具である以上に、言葉を使う人間の側に問題がある」と述べておられますが、考えさせられる言葉です。

 

 言葉の真実さということで思い起こすのは、「一切誓いを立ててはならない」(マタイ5章34節)と言われた主イエスの言葉です。「誓い」は、神に対して、ある行為の実行を決意し、約束することです。神と約束するのですから、誠実に履行すべきなのは言うまでもありません。

 

 それを主イエスが「一切誓いを立ててはならない」と言われたのは、「誓う」と言わなければ、有言不実行でもよいということではありません。日頃から、言行が一致していれば、特に「誓い」も「保証」もいらないでしょう。

 

 主イエスは「罪を犯したことがなく、その口には偽りがなかった」(第一ペトロ書2章22節)のです。確かに、主イエスこそ誓いも保証も必要とされない、真実なお方でした(第二テモテ書2章13節)。

 

 絶えず真実をもって語りかけてくださる主イエスの御言葉に耳を傾け、キリストの言葉が私たちの内に豊かに宿るようにし、何を話すにせよ、行うにせよ、すべて主イエスの御名によって行い、感謝して心から神をほめたたえましょう(コロサイ書3章16,17節)。

 

 主よ、私たちがいかに不真実な人間であるか、あなたが一番よくご存知です。しかるに、あなたは私たちに対して、絶えず真実を語り、真実を示し続けておられます。その計り知れない愛と恵みのゆえに、心から感謝し、御名をほめたたえます。私たちは今、真実な方なる御子イエス・キリストの内にいるのです。ハレルヤ! アーメン

 

 

「しかし、ヘシュボンの王シホンは、我々が通過することを許さなかった。あなたの神、主が彼の心をかたくなにし、強情にしたからである。それは今日、彼をあなたの手に渡すためであった。」 申命記2章30節

 

 2章でモーセは、カデシュ・バルネア(14節、1章46節)からゼレド川(13節)、アルノン川(24節)を越えてアモリ人の地に至り、ヘシュボンの王シホンと戦ったところを語っています(32節以下)。

 

 ゼレド川は、死海南端に流れ込む川で、死海南部に住むエサウの子孫(エドム人)と、死海東部に住むロトの子孫=モアブ人との国境線になっています。また、アルノン川は、ヨルダン川の支流で、モアブの地と、アモリ人、アンモン人の地の国境線となっています。

 

 神は、ヤコブ=イスラエルの兄エサウの子孫のエドムの領地、イスラエルの父祖アブラハムの甥ロトの子孫のモアブとアンモンの領地は、イスラエルには領有させない、親族であるこれらの民族に戦いを挑んではならないと言われました(4,9,18節)。

 

 エドムやモアブ、アンモンは、イスラエルの神を拝むわけではありません。しかし、彼らにその領地を与えたのはイスラエルの神、主(ヤハウェ)であって、エドムやモアブ、アンモンの人々が拝んでいる神々ではないということが、明確に述べられています(5,9,18節)。

 

 興味深いことに、エサウやロトの子孫は、神に従わなくてもその領地が与えられていますが、神を信頼せず、その御言葉に従わなかったイスラエルの民は、約束の地に入ることを許されませんでした(14,15節)。

 

 イスラエル人だから特別な恵みが与えられ、そうでない民には祝福を与えないということではありません。だからたとえば、神がキリスト教徒ないしキリスト教国家にはあらゆる人生の成功を自動的に授けようとするとか、非キリスト教徒の必要と権利を無視されるという考え方に対して、警告を与えているわけです。

 

 神の恵みは、一方的な選びによって与えられますが、それは、すべての人々に恵みが与えられるというしるしです。イスラエルは、神の恵みを証しするという使命を果たすために、神に選ばれたのであり、そのために恵みに与っているのです。

 

 エドムやモアブ、アンモンの領地は与えないと言われた神ですが、アルノン川の北に住むアモリ人の国は、あなたの手に渡したので、戦いを挑み、占領を開始せよと命ぜられます(24節)。エサウやロトは、イスラエルとは親戚関係にありますが、アモリ人はそうでないので、パレスティナから追放されるべき存在だということなのでしょうか。

 

 とはいえ、アモリ人とて神によって作られた人間、その民です。彼らにも住むべき場所があり、生きていく道、生活していく権利を持っています。モーセも、ヘシュボンの王シホンに対し、先ず友好使節を送りました(26節)。

 

 そして「領内を通過させてください。右にも左にもそれることなく、公道だけを通ります。食物は金を払いますから、売って食べさせ、水も金を払いますから、飲ませてください。徒歩で通過させてくださればよいのです。・・・ヨルダン川を渡って、わたしたちの神、主が与えてくださる土地に行かせてください」(27~29節)と伝えさせました。

 

 初めからけんか腰、有無を言わさぬ宣戦布告などということではなかったのです。イスラエルに与えると言われた嗣業の地は、ヨルダン川が東境であり、アモリ人の地を取る必要はなかったからです。ですから、ヘシュボンの王シホンが「それならどうぞ」と答えていれば、イスラエルと友好関係を保ち、ヨルダン川東部の地に住み続けることも出来たのかも知れません。

 

 しかしながら、シホンは全く頑迷になって、冒頭の言葉(30節)の通り、イスラエルの通過を許さず、その上、イスラエルを迎え撃つために全軍を招集しました(32節、民数記21章23節)。そして、イスラエルはシホンの全軍を打ち破り、男も女も子どもも一人残らず滅ぼし尽くし、すべての町を占領しました(33,34節)。 

 

 異邦人の習慣や異教の教えを持ち込ませないために、7章1節以下で、「七つの民を滅ぼせ」と命ぜられることの先取りとして、男も女も、子どもでさえも、一人残らず滅ぼし尽くすということが行われました。

 

 「滅ぼし尽くす」は「ハーラム」という言葉です。これは、自分たちの激情にまかせて流血の欲望を満足させるということではありません。この動詞の名詞形は「ヘーレム」といい、7章26節に「滅ぼし尽くすべきもの」と訳されています。

 

 この言葉が、レビ記27章28節では「奉納物」と訳されています。つまり、焼き尽くす献げ物のように、すべてのものを滅ぼし尽くすことが、その血(=命)のすべてを神にささげ尽くす行為と考えられているという言葉遣いで、ここから神の名による、神のための「聖戦」という思想が生まれて来たと考えても良いのでしょう。

 

 あらためて、冒頭の言葉(30節)で「あなたの神、主が彼の心をかたくなにし、強情にした」というのは、シホンの意志とは無関係に、なぜか突然頑固にされたというようなことではないでしょう。シホンの不寛容さが戦闘の原因となったことで(30節)、それを「かたくなさ」として、主がイスラエルに勝利を賜ったと説明しているわけです(出エジプト記7章3節なども参照)。

 

 ここでかたくなさが語られるのは、むしろ、イスラエルの民が主なる神の教え、定め、掟に対して素直に聞き従わず、主の目に悪とされる道を離れようとしなかった不信仰を「かたくなさ、強情」として、それがイスラエルがアッシリア、バビロンとの戦いに敗れ、嗣業の地を失う結果につながるということを、ここに予め示しているのでしょう。

 

 ただ、シホンがイスラエルに道を譲らず、戦いを挑んで敗れたため、イスラエルの民はヨルダン川の東部にも嗣業の地が広げられることになりまし。シホンの頑迷さがイスラエルの民のために用いられたかたちです。

 

 思うに任せない現実に道が閉ざされるとき、そのこともプラスとしたもう主を信じ、すべてを御手に委ねて感謝し、御名をほめ讃えましょう。私たちの思いに優る道が、主によって開かれることになるでしょう。

 

 主よ、私たちの中には、あなたを悲しませるものが随分たくさんあります。御言葉によって清めてください。御霊の力で主への信仰を妨げるすべてのものを追い払ってください。常に主を拝し、主に信頼して歩む心を与えてください。その恵みに与り、主の栄光を証しする者とならせてください。 アーメン

 

 

 

「ピスガの頂上に登り、東西南北を見渡すのだ。お前はこのヨルダン川を渡って行けないのだから、自分の目でよく見ておくがよい。」 申命記3章26節

 

 ヘシュボンの王シホンが打ち破り、アルノン河畔のアロエルからギレアドまで、すべての町を手に入れたイスラエルは(3章36節)、さらに北へ、バシャンに至る道を上って行きます(1節)。バシャンは、ギレアドからヘルモン山に至るガリラヤ湖東部の地を指します。約束の地に入るのに、ギレアドからバシャンに上って行く必要はないと思われます。

 

 バシャンの王オグは、上って来るイスラエルを迎え撃つために全軍を率いて出撃し、エドレイに陣を敷きます。今回モーセは、シホンの時のように予め領地通過の許可を求める友好使節を送るなどのことをしていません。バシャンもアモリ人の王国ですから、撃ち払えということだったのでしょう。また、バシャンの王オグも、ヘシュボンを滅ぼしたイスラエルを見過ごしには出来なかったのでしょう。

 

 この戦いにおいて、バシャンはイスラエルの前に完全に打ち破られ(3節)、その結果、アルノン川からヘルモン山に至るヨルダン川東部地域がイスラエルの手に渡ることになりました(8節)。モーセはその地を、求めに従ってルベンとガド、そしてマナセの子孫ヤイルに与えました(12節以下、民数記32章33節以下)。

 

 その後、ヨルダン川を渡って約束の地を獲得するよう、進軍の命令(18節以下)を与えたモーセは、主の前に祈りました(23節)。その祈りは、24,25節に記されています。そこにおいてモーセは、「あなたは僕であるわたしにあなたの大いなること、力強い働きを示し始められました」(24節)と言います。

 

 今神は、イスラエルを解放し、カナンの土地を与えるという約束の実現に向けて、端緒を開かれました。当然、その結末を知りたい、約束が実現しているところを見たいと思うでしょう。だから、「どうか、わたしにも渡って行かせ、ヨルダン川の向こうの良い土地、美しい山、またレバノン山を見せてください」(25節)と祈り願ったわけです。

 

 このように祈り求めているということは、当然、モーセ自身、ヨルダン川を渡って約束の地に入れるとは考えていないということになります。それは、1章34節以下で、モーセは良い土地に入ることは出来ないと言われていたからです(同37節)。

 

 ただし、その理由は、民数記20章1節以下の「メリバの水」の出来事におけるモーセの過ちの故ということではないようです。「主は、あなたたち(イスラエルの民)のゆえにわたし(モーセ)に向かって憤り、祈りを聞こうとされなかった」(26節)と記されていて、つまり、イスラエルの民との連帯責任というか、監督責任のために約束の地には入れないようになったということでしょう。

 

 そうであれば尚更、約束の地を見たかったでしょう。そもそも、モーセが自ら願ってイスラエルの指導者になったわけではありませんでした。主に命じられ、民を約束の地に導き入れるために40年苦労し続けて、ようやくそれが叶うところまで来たのです。

 

 斥候たちが見て来た良い地(民数記13章参照)に足を踏み入れてみたかったでしょう。そこで生活してみたかったことでしょう。それが出来ないというのは、どんなに残念なことでしょうか。

 

 「あなたたちのゆえに」ということは、何か責任転嫁の言葉のように思われますが、しかしながら、神はそれをお咎めにはならなかったようです。イスラエルの民に対して「わたしが与えると先祖に誓った良い土地を見る者はない」(1章35節)と言われていましたが、モーセには、冒頭の言葉(26節)のとおり、ピスガの頂上から約束の地を見渡すことが許されているからです。

 

 ピスガについて、34章1節に、「ネボ山、すなわちエリコの向かいにあるピスガの山頂に登った」と記されています。ネボ山は、ヨルダン川東方のアバリム山脈の峰の一つで、ヨルダン川河口から東19キロメートルに位置する標高802メートルのジェベル・エン・ネバと同定されています。

 

 ここからイスラエルの全地を見渡すことは、事実上不可能です。けれども、そのとき神が御力をもってモーセに、イスラエル全地を見渡すことが出来るようにしてくださったわけです。人には出来ないことも、神に出来ないことはありません(マタイ19章26節ほか)。

 

 そして、モーセに委ねられていたイスラエルの民を率いて約束の地に入るという使命は、ヌンの子ヨシュアに引き継がれます(28節)。モーセの最後の務めは、神が啓示してくださった約束の地を見渡しながら、イスラエルの民に「神の掟と法」を語り告げることです(4章以下)。約束の地に生きる術を、荒れ野から神の言葉として語るのです(マタイ3章3節ほか)。

 

 主よ、あなたの御言葉こそ、私たちの道の光、私たちの歩む道を照らす灯火です。仰せの通り、私たちの足取りを確かなものとしてください。私たちの耳を開き、日毎に主の御声に耳を傾けさせてください。私たちの目を開き、御業を清かに拝させてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

 

「イスラエルよ、今、わたしが教える掟と法を忠実に行いなさい。そうすればあなたたちは命を得、あなたたちの先祖の神、主が与えられる土地に入って、それを得ることができるであろう。」 申命記4章1節  

 

 4章は、28章まで続く、モーセが語り教えた「掟と法」(1節)の序文という役割を果たしています。

 

 アルノン川からヘルモン山に至る、ヨルダン川東部全域を占領したイスラエルの民は、すぐにも約束の地に進軍して行こうとしています。しかし、モーセはヨルダンを渡ることが出来ません(3章27節)。そこで、イスラエルの民が約束の地において守るべき「掟と法」を、ここに語り聞かせているのです。

 

 冒頭の言葉(1節)に、「(掟と法を)聞きなさい」(シェマ)という言葉があります。新共同訳は「忠実に」と意訳して、実行することに重きを置いています。原文を直訳すると「今イスラエルよ、実行するためにわたしがあなたがたに教えるところの掟と法を聞きなさい」(新改訳参照)となります。掟と法が与えられるのは実行するためですが、命じられているのは、それを「聞く」ことです。

 

 4章を読んで気がつくのは、「主は火の中からあなたたちに語りかけられた」という言葉が何度も繰り返されていることです(12,15,33,36節)。これは、エジプトを脱出したイスラエルの民がシナイの荒れ野にいて、シナイ山に降られた主が民に語りかけたときのことと言われています(11,15節、出エジプト記19章18節)。

 

 火は一般に、調理、暖房、灯火、金属の精錬などに用いられますが、ときに破壊や裁きのためにも用いられます(創世記19章24節、出エジプト記32章20節、レビ記20章14節、申命記9章3節など)。特に、神の幕屋では、祭壇でいけにえを献げ、香を炊くために欠かせません。

 

 アロンが祭司として最初に献げ物を献げたとき、「主の御前から炎が出て、祭壇の上の焼き尽くす献げ物と脂肪とをなめ尽くし」(レビ記9章24節)ました。それは、祭壇のいけにえを神が受け取られたしるしであり、祭壇の火は本来神から出たものということを示しているわけです。祭壇の火は絶やさず燃やし続けるようにという規定があるのは、そのためかも知れません(同6章5,6節)。

 

 火の中にご自分を顕され、火の中から語りかけられた主なる神の教えは、イスラエルの民に「知恵と良識」を与えるものでした(6節)。その知恵の内容は、いつ呼び求めても、主が近くにおられるということであり(7節)、また、その神から正しい掟と法が与えられているということでした(8節)。

 

 つまりそれは、主なる神とイスラエルの民との間に深い交わりがあるということです。それゆえ、イスラエルの民は正しい教えを聞くことが出来るというのです。

 

 火の中から語りかけられたという言葉に続いて、「声のほかには何の形も見なかった」(12節。15節も)と言われています。そこで、神の形を見てはいないし、地上の獣、空の鳥、海の魚、天の万象などすべてのものは神に造られたもの、被造物なのだから、それで像を造り、それらにひれ伏し仕えてはならないと、16節以下で命じられています。

 

 これが、十戒の第1戒「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(出エジプト記20章3節、第2戒「あなたはいかなる像も造ってはならない」(同4節)、「あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない」(同5節)の根拠といって良いのでしょう。

 

 さらに、神とイスラエルの民とは、神の御声を通して信仰の交わり、その関係を結んでいるということです。御声は、文字ではありません。読めば分かるという、自分の主体的な営みではありません。声を出されるお方(神)がおられ、その御声を聞く者(イスラエルの民)がいて、「御声を聞く」ということになるわけです。その意味で、「聞く」というのは、受動的な営為ということになります。

 

 そして、7節の「いつ呼び求めても、近くにおられる神」とは、神が近くにおられて、民の呼び求める声を聞いてくださるということですから、声を聞くということが双方向でなされることになります。また、「近くにおられる」とは、その関係の近さ、深さを示しています。

 

 私たちが聖書を読んだり、祈りをささげているとき、主なる神と私たちの双方向の会話が行われているということです。御心を求めて御言葉を読み、御言葉に信頼し、従うことができるように祈り求めるのです。

 

 パウロが、「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」(ローマ書10章16節)と言っているのは、このことだと思います。今、私たちに語りかけられる神の御声に耳を傾けましょう。神に聴いて従う者となりましょう。

 

 主よ、今日も命の言葉に与らせてくださり、有り難うございます。常に近くにおられる生ける神の御言葉を日々聴くことが出来ますように。聴いた御言葉に喜びと感謝、信仰をもって従うことが出来ますように。信仰はキリストの言葉を聴くことによって始まるからです。御旨を行う者とならせてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

 

「どうか、彼らが生きている限りわたしを畏れ、わたしの戒めをことごとく守る心を持ち続け、彼らも、子孫もとこしえに幸いを得るように。」 申命記5章29節

 

 5章から28章まで、イスラエルの民が約束の地において守り行うべき定め、掟と法が、モーセによって語られました。その前半部(5~11章)は主なる神とイスラエルの民との間に結ばれた契約の基本箇条である十戒とシェマー、後半部(12~28章)は民が従順に聞き従うべき掟、および祝福と呪いの宣言が記されています。

 

 5章に「十戒」(6~21節)が記されています。これは、出エジプト記20章にも記されています。シナイ山で受けた戒めを、今ここにもう一度、記しているわけです。それは、約束の地に向かって進軍しようとしているイスラエルの民に、神との契約を結ばせるためでした(3節)。

 

 イスラエルの民は、ホレブにおいて神と契約を結んでいました(2節)。しかしながら、それを聞いたイスラエルの民は神に背き、御言葉に従おうとしなかったため、約束の地を見ることなく、荒れ野で死んでしまいました(1章35節、民数記14章35節、26章64節)。その子らが同じ轍を踏むことがないように、改めて十戒が語り聴かされているのです。

 

 4章44節以下に「律法のまえがき」が記されています。その中に、この十戒を教えた場所について、「ヨルダン川の東で、ヘシュボンに住むアモリ人の王シホンの領土にあるベト・ペオルの前に広がる谷」(同46節)と告げています。

 

 3章27,29節との関連から、ベト・ペオルは、モーセが約束の地を眺めたピスガ=ネボ山に近く、ネボ山の北、シティムの南東4キロのキルベト・エ・シーク・ジャーイルがそれであろうと考えられています。

 

 主なる神は、かつてホレブの山に降られたのと同様、ペオルの山(民数記23章28節参照)に降り、火の中から民に語られました(4,5,22,23節)。22節に「火と雲と密雲の中から」と言い、23節でも「山は火に包まれて燃え上がり、あなたたちが暗闇からとどろく声を聞いたとき」と語られているように、それは本当に恐ろしい光景だったことでしょう。

 

 民は神を畏れ、「これ以上、我々の神、主の御声を聞くならば、死んでしまいます」(25節)といい、「どうか、あなたが我々の神、主の御もとに行って、その言われることをすべて聞いてください。そして、我々の神、主があなたに告げられることをすべて我々に語ってください」(27節)とモーセに求め、「我々はそれを聞いて実行します」(27節)と約束しました。

 

 これらの言葉を主が聞かれ、冒頭の言葉(29節)をモーセに告げられました。彼らの信仰を祝福してくださったのです。私たちも、主が語られたとおり、初心を忘れず信仰に固く立ち、真理の言葉に従って命の道をまっすぐに歩み、常に主の恵みと慈しみに与ることが出来るようにと祈ります。

 

 あらためて、ベト・ペオルとは、イスラエルの民がかつてモアブの神バアル・ペオルを拝んだところではないかとも言われます(民数記25章3,5,18節)。ベト・ペオルとは「ペオルの家」という意味で、ペオルの神殿があったと思われます。

 

 そうであれば、まさに民の父らが異教の神を拝む罪を犯して神を怒らせたその場所で、自分たちをエジプトの国、奴隷の家から導き出した主なる神を、おのが神として忠実に従うように、改めて命じているわけです。

 

 それは、主イエスが、フィリポ・カイサリアという、ヘロデ大王がローマ皇帝の像を安置する大理石の神殿を建てた町で、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」(マタイ16章15節)と尋ねられ、シモン・ペトロが「あなたはメシア、神の子です」(同16節)と答えたという出来事を思い起こさせます。

 

 それは、ローマ皇帝を神とするのではなく、主イエスこそ我が神とするというのです。主イエスはペトロの信仰告白を喜ばれ、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と言われました。キリストはご自身を信じる者たちと新しい契約を結ばれ、その信仰を土台とするご自分の教会を築かれるのです。

 

 フィリポ・カイサリアは、ヨルダン川の水源地、ヘルモン山の雪解け水が泉となって湧き出すところです。そこから流れ出した水が、流域を潤しながら死海まで流れ下るヨルダン川となります。

 

 主イエスを信じる者は、その腹から生きた水が川となって流れ出ると、ヨハネ7章38節に記されています。フィリポ・カイサリアでのペトロの信仰の告白は、主イエスの福音が全地を潤すようになるということを象徴的に表しているようです。

 

 ベト・ペオルは、そのヨルダン川が死海に注ぎ込む河口の東に位置しています。そこにいる民が主イエスを信じる信仰に固く立つならば、彼らから流れ出た生きた水が周囲を清め、そこは命に溢れるところとなることでしょう。

 

 私たちも主によって祝福の源となるようにアブラハムの子として選ばれました(創世記12章2,3節、ヨハネ福音書15章16節)。隣人のために祝福を祈り、主の福音を証しする者とならせていただきましょう。そのために、聖霊の導きに与りましょう(使徒言行録1章8節、ヨハネ7章38,39節)。

 

 主よ、あなたは私たちを罪の縄目から解放し、永遠の御国に入る導きに与らせてくださいました。その恵みに感謝し、日々御言葉に耳を傾けます。その導きに従って歩みます。聖霊に満たされ、その力を受けて主の御業に励む者としてください。 アーメン

 

 

「あなたたちがマサにいたときにしたように、あなたたちの神、主を試してはならない。」 申命記6章16節

 

 6章4~9節は、旧約聖書中で最もよく知られている箇所であり、最も重要な戒めとされているところです。これは、十戒(5章6節以下)が語られた後、部族の長と長老たちがモーセのもとに行き、主なる神と民との間に立って主の言われることを聞き、それを民に語ってくれるようにと要請し(同27節)、それを受けてモーセが民に語り告げた最初の言葉です。

 

 この箇所が、「十戒」と「掟と法」(12~28章)との架け橋の役割を果たしていると言われます。それは、この箇所が「十戒」の前文、第一、二戒を積極的に言い換えたものであり、そして、この箇所の意味、内容を「掟と法」が民の生活において具体的に明らかにしているからです。

 

 後にユダヤ教はこれらの言葉をすべてのユダヤ人が毎日、朝と晩に唱えるべきものと定めました。主なる神のご支配のもとにあるイスラエルの民が、主のみ前に生活を整え、日常の行動と心の向きを決定するための真の基準と考えているのです。

 

 今も、信心深いユダヤ人は、これらの御言葉を、文字通り徹底的に実行しようとしています。これらの御言葉を記した巻紙を小さな容器(「聖句箱」という)に入れ、額に結びつけています。また、家の門柱には、それと似た別の容器(「メズーザー」と呼ばれる)を取り付けています。そして、子どもたちに律法教育をしっかりと授けます。

 

 5節の「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」というみ言葉は、キリスト教会でもよく知られています。それは、主イエスが律法の専門家から「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」と尋ねられたとき、申命記6章5節のこの御言葉をもって、最も重要な第一の掟であるとお答えになったからです(マタイ22章34節以下)。

 

 ユダヤ人のように、8,9節を厳格に実行することを、主が望んでおられるのかというと、それはそうではないのでしょう。新約聖書において、聖句箱やメズーザーが話題になったことは一度もないからです。

 

 ただ、腕や額、門や柱に書き記すというのは、単にそうすればよいということではなくて、いつも神の御言葉が目につくところにあるというほどに、主の御言葉が私たちに生活の中に息づき、常に神が神として崇められ、注意深くその御言葉を聴く心の姿勢が求められているのです。

 

 勿論、順調な日々ばかりではありません。逆風にさらされているようなときもあります。そんなとき、私たちの心はどうなっているでしょう。じっと主を信頼し、御言葉に耳を傾け続けることが出来るでしょうか。

 

 イスラエルの民はそんなとき、主なる神に不平を言い、呟きました。時には強く反発し、こんな荒れ野で死にたくない、約束の地を目指すよりも、エジプトに帰った方がよいと言い出しました。

 

 冒頭の「あなたたちがマサにいたときにしたように、あなたたちの神、主を試してはならない」という言葉(16節)は、エジプトを脱出したイスラエルの民が、シナイ山を目指してレフィディムに宿営していたとき、飲み水がなくて不平を言ったときの出来事を指しています(出エジプト記17章1節以下)。

 

 そのときモーセが民に「なぜ、わたしと争うのか。なぜ、主を試すのか」(同2節)と言っています。それは、同7節にあるように、イスラエルの民が「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、主を試したからでした。

 

 水が与えられれば、主がイスラエルの民と共におられるしるし、水が与えられなければ、主はおられないしるしだということでしょう。それも、水が与えられなければ、モーセを石で打ち殺すといっているような、大変緊迫した状態です。つまり、モーセが神を騙ってこんな荒れ野に連れて来て、自分たちに水も与えず、殺そうとしているのではないかと詰め寄ったわけです。

 

 そのとき主は、モーセに杖で石を打てと命じ、そこから水が出るようにされました。その場所をモーセは、「マサ(試し)とメリバ(争い)と名付け」(同7節)ました。

 

 このように名付けられたことで、民の不信仰が重大視されていることが分かります。それは、苦難のときに主なる神が自分たちを救ってくださるかどうかを試すこと、あるいは、どこまで主が自分たちの不信仰、不従順を許されるのかと、主の忍耐を試すようなことでしょう。

 

 いずれにせよ、主なる神の愛を疑い、試すということは、イスラエルの民はそのとき、主を愛し、信頼する心を持っていなかったということです。もしも主の民が主への信頼を失い、その恵みのみ業を忘れ去るなら、やがて彼らも主に忘れられ、その恵みを失うことになるでしょう。バビロン捕囚が起こったのは、まさしく彼らの不信仰、不従順の故だったのです(15節、4章26節以下)。

 

 日々主の御言葉に耳を傾け、その教えを心に留め、主の目にかなう正しいことを行いましょう。主が幸いをさずけてくださるからです。

 

 主よ、あなたこそ私たちの神です。全身全霊をもってあなたを愛します。あなたに信頼し、御言葉に聴き従います。すべてを明け渡します。委ねます。どうか弱い私たちを試みに遭わせず、悪しき者からお救いください。み名が崇められますように。 アーメン

 

 

 

「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地の面にいるすべての民の中からあなたを選び、ご自分の宝の民とされた。」 申命記7章6節

 

 主なる神は、約束の地に入った時、「七つの民、ヘト人、ギルガシ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人」を自分たちの前から追い払えと命じられます(1節)。それは、容易いことではありません。むしろ、不可能に近いことでしょう。彼らが、ユダヤの民にまさって「数と力を持つ」民だと言われているからです(1節)。

 

 自分たちの数や力が「七つの民」より劣っているとなれば、どのようにしてその民を追い出すことが出来るのでしょう。かつて、約束の地を偵察した者たちが「あの民に向かっていくのは不可能だ。彼らは我々よりも強い」(13章31節)と報告して民の心を挫いたのは、正確な報告だったということになりそうです。

 

 それに対してヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブは「もし我々が主の御心に適うなら、主は我々をあの土地に導き入れ、あの乳と蜜の流れる土地を与えてくださるであろう。ただ、主に背いてはならない。あなたたちは、そこの住民を恐れてはならない。彼らは我々の餌食に過ぎない。彼らを守るものは離れ去り、主が我々と共におられる」(14章8,9節)とイスラエルの民に訴えました。

 

 民はヨシュアらを石で打ち殺そうとします(同10節)。つまり、偵察して来た者たちの報告を受け入れるということです。それを受けて、主なる神は、ヨシュアとカレブの他、約束の地に入ることは出来ないと言われました(同11節以下、29,30節)。

 

 そのことから、ここでも、目に見える数や力などではなく、ただ、七つの民を追い払えと言われる主を信じ、その命令に従うとき、主の助けによってそれが可能になるということです。私たちは無力でも、主なる神は全能のお方だからです。

 

 神はイスラエルの民を、ご自身のものとしてお選びになりました。主は彼らを、冒頭の言葉(6節)のとおり、「主の聖なる民」と呼ばれ、また、「ご自分の宝の民」と言われます。勿論、主なる神はイスラエルだけを作られたのではなく、全世界のあらゆる種族、部族、民族を作られたのです。けれども、主はその中からイスラエルを選び出して、ご自身の「宝」(セグッラー)とされました。

 

 この「セグッラー」という言葉は経済用語で、金や銀といった非常に高価な財産、まさに「宝」を指すものだそうです。また、「主の聖なる民」とは、主がご自分のために他から区別した、とっておきの民であり、神の目的に即して職務、召しを受ける民だということです。

 

 そう言うと、さぞ優れた民族なのだろうと思われますが、その特別さは、イスラエルの民の特質などにはよりません。主なる神が彼らが選ばれた理由について「あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえに、あなたたちの先祖に誓われた誓いを守られたゆえに」(7,8節)と記しています。

 

 つまり、神がエジプトで奴隷の苦しみにあったイスラエルに目を留め、その力ある御手をもって救い出してくださるのでなければ、民の数が多くはなく、むしろ貧弱と評されたイスラエルにとって、自力でエジプトを脱出することなど、到底適わないことだったわけです。ということは、イスラエルを救い出された神は、七つの民を打ち破り、イスラエルの前から追い払うこともお出来になるのです。

 

 そのように数も少なく貧弱な民が、どうして「主の聖なる民」、「宝の民」と言われるのでしょう。そのことについて、出エジプト記19章5,6節に「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」と記されています。

 

 主との契約とは、イスラエルをエジプトから救い出してくださった主をおのが神とし、イスラエルは主の民となるというものです。そして、主を神とし、主の民となるとは、主の御声に聞き従い、その掟と法を守り行うことでした(5章1節、6章1節以下)。主の掟と法を守り行うことによって「宝」とされ、神が王として治める王国の「祭司」の務めを果たすために区別された民だということです。

 

 宝石などが「宝」であるのは、その希少性と純粋な美しさにあるでしょう。純度99.99パーセント以上の金を純金と言います。現段階で、不純物を一切含まない純度100パーセントの純金を作ることは、未だ出来てはいないようです。

 

 七つの民を追い払うというのは、文字通りそれを実行するというより、イスラエルの民がその心の内より一切の不純物を取り除き、純度100パーセントの全き心で主の御言葉に耳を傾け、その契約を守るということでしょう。そのとき、彼らは主にとって、まさに宝の民となるわけです。

 

 言い換えれば、イスラエルの民が主によって与えられた戒め、また祭司としての使命を「宝」として受け止め、大切に守ることが求められているのです。そしてそれは、人が独りでよく行うことの出来るものではありません。

 

 ただ、常に主の御声に耳を傾け、導きと助けを願って祈り求めることです。そのとき、主は私たちの心を聖霊で満たし(ルカ11章13節)、聖霊を通して神の愛を豊かに注いでくださいます(ローマ書5章5節参照)。

 

 主に信頼し、すべてを御手に委ね、授けられた使命に喜びと感謝をもって励み仕えて参りましょう。

 

 主よ、あなたは私たちの弱さをよくご存じです。しかし、神の力はその弱さの中で十分に働くということを知っています。主よ、私たちの内に清い心を想像し、新しく確かな霊を授けてください。そうして、み救いの喜びを味わわせ、自由の霊によって支え、御心を行う知恵と力、信仰に与らせてください。私たちの心を聖霊で満たし、愛と平和に溢れさせてください。 アーメン

 

 

「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。」 申命記8章3節

 

 1節の初めに「今日」という言葉があります。申命記を調べると、「今日」という言葉が合計64回登場します。34章までの各章にほぼ2回ずつ「今日」と語られている勘定で、ここに語られている話は昔の話、以前このようなことがあったというだけではなくて、この物語を読んでいる私たちが「今日」聴くべき教えだということです。

 

 その意味で、「あなたたち」と2人称で語りかけられているのは、モーセの目の前にいるイスラエルの民ですが、それはまた、時を超えてこの物語を読む者はだれでも、モーセに呼びかけられている対象なのです。

 

 イスラエルの民は約束の地を目前にしたモアブの野で、モーセの言葉を聞いています。それは、約束の地に入って守り行うべき教えです。その教えが読まれるとき、イスラエルの民はそこに戻されて、自分たちが主なる神の教えをしっかりと理解したのか、その上で、約束の地に入った民がその教えを忠実に守り行っているのか、問われます。

 

 主なる神は、イスラエルの民を荒れ野に導き、40年の旅路で様々な苦難を味わわせられました。それは、主が民の心にあること、ご自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされてのことだと言われています(2節)。神は、民を苦難、窮乏の状態に置き、そこで主に信頼し、御言葉に従って歩むよう教えようとされて来たのです。

 

 冒頭の言葉(3節)に「人はパンだけで生きるのではなく」と言われています。この言葉は、主イエスが公生涯の初めに悪魔の試みに遭われた際(マタイ福音書4章1節以下)に、主イエスの口から語られた言葉です。

 

 主イエスが受けられた三つの試みの最初のものが、40日の断食で空腹の主イエスに(同2節)、お前が神の子なら、石をパンに変えて食べたらどうだと悪魔が挑発するという試練でした(同3節)。それに対して、主イエスは「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる』と書いてある」(同4節)と言われたのです。

 

 つまり、悪魔の試みに対して、冒頭の言葉(3節)を引用することで、空腹という状況においても、神の御言葉に従って生きることを示されたのです。

 

 ここで、「人はパンだけで生きるのではない」という言葉は、色々な論議を呼び起こします。パンを食べるから生きているのかと問われたら、いや、そうではない、私はもっと高尚な存在だと言うでしょう。精神的なこと、霊的なことを考え、味わいながら生きているのだと。だから神の言葉を聴くというわけです。

 

 けれども、それではパンはいらないのか、食べなくてもよいのかと、また問われるのです。「武士は食わねど高楊枝」という言葉がありますが、「腹が減っては戦は出来ぬ」という言葉もあります。主の口から出る言葉で生きるなんて偉そうに言ってるけれど、結局パンがなければ生きられないんじゃないかという批判も聞こえてきそうです。

 

 このような考え方の背景には、パンは体のため、命のため。神の言葉は精神的なこと、霊的なことだから、体のためのパンよりも神の言葉の方が次元が高いというような考えがあるでしょう。そこで、どちらが大事なのかという二者択一の問題として考えたり、また或いは、体のためにはパン、魂のためには神の言葉、両方必要だと考えたりします。

 

 しかし、ここで語られているのは、そのような問題なのでしょうか。そもそも、私たちが現在置かれている環境は、主イエスがそのときに置かれていた状況とはまるっきり違います。今日、我が国では飢え死にしそうな人は、殆どいません。むしろ、食べ物が溢れ、腐らせて処分に困るくらいたくさん持っています。ダイエット商品が次々に発売されます。

 

 そういう生活をしている私たちにとって、この試練はどんな意味を持っているのでしょうか。もう既にパンで満腹になったから、あとは神の言葉を聞こうということでしょうか。

 

 ヘブライ語原典の「主の口から出るすべての言葉」という言葉に、「言葉」という言葉はありません。直訳すれば、「主の口から出たすべて」となります。「言葉」は翻訳者が付け加えたのです。主の口から出るものだから、「言葉」だろうと考えたのでしょう。しかし、言葉だけではなく、「主の口から出るすべて」(コール・モーツァー・ピー・ヤハウェ)です。

 

 ヘブライ語の「言葉(ダーバール)」の複数形は「出来事(ドゥバリーム)」と訳されると、前に学びました。主が語られた言葉は行為となり、出来事となります。主が口を開かれたら、イスラエルの民のためのマナになりました。あるときはウズラが飛んできました。あるときは、水が湧き出ました。主は、民が荒れ野で生きるために必要なすべてのものを、御口を開いてお与えくださったのです。

 

 イスラエルの民は、それを荒れ野で日毎に経験したのです。神が生きておられると、自分たちと共にいて、日々の生活の必要を満たしてくださるということを、この荒れ野で経験したのです。飢えた経験を通して、渇いた経験を通して、苦しみの経験を通して、主と交わり、主の口から出るすべてのものを味わうようにされたのでした。

 

 そしてまた、約束の地に入って守るべき教え、戒めと掟と法を語り聞かせられました。それによってイスラエルの民が信仰を学び、生きる意味を見出すためです(4章1,4節、5章16節、8章1,19節、11章13~17節、30章15~20節など参照)。

 

 というのは、美しい環境で、豊かな産物をもたらす地に住み、よいものを食べるという繁栄した生活をするようになった民が(7~10節参照)、それらのものをお与えくださった主に絶えず感謝し、主をほめたたえる生活をするよりも、むしろ主を忘れて心おごり、自分の力でそれらを手に入れた、富を築くことができたと考える可能性が小さくないからです(11~17節)。

 

 そして、どんなに豊かな環境に囲まれ、豊かにものを持っていても、それが自分の命を守り支えてくれるものではない、それによって生きることは出来ない。自分の内にも、本当に頼りになるものなど一つもないということを、思い知らされる人生の危機、苦難に少なからず遭遇します。

 

 どんな境遇にいても、そこが、主なる神が私たちに最善のものを与えようとして導いている場所であること、聖霊が私たちを導いて、主との深い交わりに進ませようとしておられるということを、信じられる者は本当に幸いです。それを味わうことが出来る者は幸いです。主なる神は確かに私たちをその幸いに導こうとしておられるのです。

 

 主よ、あなたは私たちに災いではなく。将来と希望、平安を与えようとしておられます。生き甲斐のある豊かな生涯を送らせようとしておられます。日々、命の御言葉を聴き、その導きに従って歩ませてください。大規模な自然災害に見舞われ、また原発事故で苦難を余儀なくされている人々、重い病に苦しんでおられるような方々に、主の守りと導きが豊かにありますように。 アーメン

 

 

 

「あなたが正しいので、あなたの神、主がこの良い土地を与え、それを得させてくださるのではないことをわきまえなさい。あなたはかたくなな民である。」 申命記9章6節

 

 新共同訳聖書は、申命記9章に「かたくなな民」という小見出しをつけています。「聞け、イスラエルよ」(1節)で始まる9章は、6章4節の言い回しを思わせますが、冒頭の言葉(6節)で、「あなたはかたくなな民である」と断じています。

 

 「かたくなな」とは「うなじが固い」(ケシェー・オーレフ)という言葉です(新改訳参照)。これは、馬が御者の手綱の操作のとおりに動こうとしない様子を指す言葉で、「頑固で強情なさま」という意味に用いられます。だから「かたくなな」と訳されているわけです。イスラエルが主の御言葉に従わず、頑固で強情に反抗する民だと言われているのです。

 

 13節にも主の言葉で、「わたしはこの民を見てきたが、実にかたくなな民である」と記されています。しかしながら、かたくなな民であるから、恵みを与えず、約束の地から追い出すぞというような内容ではありません。自分たちが頑なな民であることを悟り、主の御前に謙り、御言葉に従いなさいというのが、著者の意図するところでしょう。

 

 それは、「あなたが正しいので、あなたの神、主がこの良い土地を与え、それを得させてくださるのではないことをわきまえなさい」(6節)と言われているところからも、窺うことが出来ます。こう言われているということは、自分たちが正しい者であったから、善い者であったから、神がこの良い土地をお与えくださったのだと自惚れる者がいたということでしょう。

 

 たとえば、ヒゼキヤの子マナセは、主の目に悪とされることを行って主を激しく憤らせ、「わたしはエルサレムをぬぐい去る。わたしはわが嗣業の残りの者を見捨て、敵の手に渡す」(列王記下21章2節以下、13,14節)と断じられましたが、その治世は55年とダビデ王朝で最長です。それだけ、国内外が政治的に安定し、経済的に繁栄していたことを示します。

 

 となると、マナセやその周辺にいる者たちは、主に依らず、「自分の力と手の働きでこの富を築いた」(8章17節)などと考えていたのではないでしょうか。だから、マナセの子アモンも、「父マナセが行ったように、主の目に悪とされることを行った」(列王記下21章20節)のでしょう。

 

 主が恵みとしてお与えくださったものを、自分たちに与えられるべき当然の報酬のように看做してしまうことに留まらず、自分たちが手に入れたものはすべて、自分たちの知恵と力で勝ち取ったものだと、一切の栄光を横取りしようとし続けていたのです。というのは、エジプト脱出以来、イスラエルの民は主に背いて何度も神を怒らせ続けていたと、7節以下に数々記されているからです。

 

 「かたくな」とは、「自分の考えや態度を守って、いくら他人が説得しても、それに従おうとしない様子」と国語辞典に記されていました。であるなら、「かたくなな民」と断じられるイスラエルの民が、主の御言葉を聞いて謙遜になり、素直に導きに従うようになると期待するのは、かなり難しいことではないでしょうか。

 

 それはあたかも、カナンの地にアナクの子孫がいて、イスラエルの民が約束の地に入って来るのを阻もうとしているのに似て、「誰がアナクの子孫に立ち向かいえようか」(2節)と言わざるを得ないように、誰がイスラエルの民を回心させることが出来ようかといったところでしょう。

 

 イスラエルの民は、かつてカデシュからカナンの地を探ったとき、そこにアナク人を見かけ(民数記13章28節)、「あの民に向かって上って行くのは不可能だ。彼らは我々よりも強い」(同31節)と結論しました。神はそれを思い出させるかのように、「あなたは今日、行ってあなたよりも大きく強い国々を追い払おうとしている」(1節)と言われました。

 

 けれどもそれは、追い払うのは不可能だと言われたというのではありません。自分たちの手で打ち勝つことは出来ないだろうけれども、「今日、あなたの神、主は焼き尽くす火となり、あなたに先立って渡り、彼らを滅ぼしてあなたの前に屈服させられることを知り、主が言われたとおり、彼らを追い払い、速やかに滅ぼしなさい」(3節)と言われるのです。

 

 神がアナク人を滅ぼされるのは、「この国の民が神に逆らうから」(4,5節)であり、イスラエルの民がカナンの地を獲得することが出来るのは、神がその地を与えると、アブラハム、イサク、ヤコブに約束しておられたからです(5節、27,28節参照、創世記12章1節以下)。

 

 つまり、イスラエルの先祖アブラハムを祝福して与えると約束されたことを誠実に履行される主の恵みが、民の頑なさに勝っているわけです。彼らは主に背き続けて、その地を追われたこともありますが、徹底的に捨てられてしまうことはありませんでした。

 

 そのことについてパウロが、「イスラエル人は、あなたがたのために神に敵対していますが、神の選びについて言えば、先祖たちのお蔭で神に愛されています。神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。・・・神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです」(ローマ11章28,29,32節以下)と記しています。

 

 主の御前に謙りましょう。神が高めてくださいます。あらゆる恵みの源である神が信仰に立つ私たちを強め、力づけ、揺らぐことがないようにしてくださるからです(1ペトロ5章6,10節)。

 

 主よ、あなたは私たちの愚かさ、頑なさをご存知です。にも拘らず、私たちが弱かったとき、罪人であったとき、敵対していたときに、独り子キリストを贖いの供え物として救いの道を開かれ、わたしたちに対する愛を示されました。それによって私たちは、救いの恵みに与りました。私たちを試みに遭わせず、常に悪しきものからお救いください。感謝をもって御前に進み、朝毎に御言葉を頂きます。導きに従って歩むことができますように。 アーメン

 

 

「心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない。」 申命記10章16節

 

 1節以下の段落に新共同訳は、「再び戒めが授けられる」という小見出しをつけています。戒めが再授与されるというのは、最初の契約の板を受け取るために山に登っている間に(9章8節以下、11節)、イスラエルの民が金の子牛を造って拝み(同10節)、神に背いたことを知ったモーセが(同16節)、石の板を砕いてしまったからでした(同17節、出エジプト記32,33章参照)。

 

 契約の石の板を砕いたということは、主とイスラエルとの間の契約が破棄されたということでしょう。それが再授与されるということは、改めて契約を結ぶということになります。しかし、契約破棄は、イスラエルの民の不法行為が原因ですから、イスラエルが望めば再契約ができるというものではありません。

 

 しかも、民が主の御前に悔い改め、全く従順になるという約束をし、そのように努力し始めたというわけでもありません。ただ、頑なな民のために執り成すモーセの願い(9章26節以下)を神が聞き入れ、イスラエルの民を憐れんでくださったからだということです。

 

 とはいえ、神への背きを繰り返した民は、約束の地に入るどころか、それを見ることも適わず、荒れ野で命を落としました(1章35節、2章14,15節、民数記14章22,23,35節、26章63節以下)。今、約束の地を前に、戒めの言葉を聴いているのは、その子らです。

 

 この戒めの板は、アカシヤの木箱に納められ(3節)、「それは今も、主がわたし(モーセ)に命じられたとおりそこにある」(5節)と言われます。それに言及されるのは、荒れ野の旅を終わり、これから約束の地に入ろうとしている民に対して、それは有効に機能しているということを示します。そして、申命記が執筆された当時の人々にも、石の板に刻まれた戒めに従うことを求めているのです。

 

 契約の板を納めた主の契約の箱は、レビ人によって担がれ、約束の地に運び入れられます(8節)。「レビ人には、兄弟たちと同じ嗣業の割り当てがない」(9節)というのは、彼らは約束の地に掟の箱を運び入れ、そこで専ら主に仕え、民を祝福する務めに従事するということで、だから、「主ご自身がその嗣業である」(9節)と言われるのです。

 

 逆に言えば、この契約が有効であるからこそ、イスラエルの民は頑なな者であるにも拘らず、約束の地までたどり着き、そこに入ることが出来るのです。しかしながら、いつまでも頑ななままで、主なる神に反逆し続けてよいわけではありません。

 

 主が求めておられることについて、12,13節に「イスラエルよ。今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。ただ、あなたの神、主を畏れてそのすべての道に従って歩み、主を愛し、心を尽くし、魂を尽くしてあなたの神、主に仕え、わたしが今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸いを得ることではないか」と記されています。

 

 申命記中に、主を畏れることは16回、主を愛することは13回出て来ます。主を畏れ、すべての道に従って歩むこと、主を愛し、心から主に仕えることは、主との契約の民であるイスラエルにとって、非常に重要な課題であることを示しています。主はイスラエルの民に、愛と畏敬の心、態度を求めておられるのです。

 

 そして主は、冒頭の言葉(16節)のとおり、「心の包皮を切り捨てよ。二度とかたくなになってはならない」と言われました。「包皮を切り捨てる」とは、「割礼」のことですから、「心の包皮を切り捨てる」とは、心に割礼を受けるという表現です。

 

 エレミヤ書4章4節にも「ユダの人、エルサレムに住む人々よ、割礼を受けて主のものとなり、あなたたちの心の包皮を取り去れ。さもなければ、あなたたちの悪行のゆえに、わたしの怒りは火のように発して燃え広がり、消す者はないであろう」と記されています。

 

 「割礼」は神との契約のしるしですが(創世記17章11節)、契約を守る「心」がなければ、かたちだけの割礼は殆ど無意味です。ゆえに、神に背く思いを取り去り、神を愛し、畏れ敬う心になるように、「かたくなさ」という「心の包皮」を切り捨てなさいというのです。

 

 パウロが、「あなたが受けた割礼も、律法を守ればこそ意味があり、律法を破れば、それは割礼を受けていないのと同じです」(ローマ書2章25節)、「内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、霊によって心に施された割礼こそ割礼なのです」(同29節)というのは、そのことなのです。

 

 またパウロは「わたしたちこそ真の割礼を受けた者です。わたしたちは神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとし、肉に頼らないからです」(フィリピ3章3節)とも言います。

 

 心の割礼は、神の霊によって礼拝し、キリスト・イエスを誇りとすることと読めます。その心は、神を礼拝する姿勢に現れます。主イエスが「神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」(ヨハネ4章24節)と言われたのも、そのことを示しています。

 

 心から主を仰ぎ、その御言葉を心に留め、聖霊の導きに従って歩みましょう。

 

 主よ、聖霊によって私たちの心の包皮を取り去り、御言葉によってその内を清め、常に主イエスに結ばれて、神の愛と恵みの光のうちを歩むことが出来ますように。私たちを霊と真実をもって主を礼拝するまことの礼拝者としてください。そのため、心を尽くして主を愛し、隣人を自分のように愛する心を授けてください。 アーメン

 

 

「あなたが入って得ようとしている土地に、あなたの神、主が導き入れられるとき、ゲリジム山に祝福を、エバル山に呪いを置きなさい。」 申命記11章29節

 

 5~28章には、イスラエルの民が守るべき「定めと掟と法」(4章45節)が記されています。その掟と法を守れという勧告が繰り返されてきましたが、11章は前半(5~11章)の締め括りとなっています。民がその勧告に耳を傾ける根拠として、エジプトや(3節)葦の海(4節)、そして荒れ野で、イスラエルの民を救うために主がなさった恵みの業を思い起こさせます(5節)。

 

 また、6節には、荒れ野で神に反逆した者たちを代表して「ダタンとアビラム」の名が記され、彼らの身の上に起こった災いを思い出させます(6節)。神は憐れみ深く、苦しみ呻いている者を救い、恵みをお与えになりますが、エジプトに災いが下されたように、御言葉に従うことを頑なに拒み続ける者を守ってはくださらないのです(出エジプト記7~12章)。

 

 さらに、彼らが勧告に耳を傾け、掟と法を守るべき理由として、乳と蜜の流れるよい地を獲得し、そこで長く生きることが出来るという祝福が語られます(8節以下)。掟と法を守る者たちが主から受け継ぐのは、山も谷も雨で潤い(11節)、そうなるように主が常に目を注いでおられる地です(12節)。それによって豊かな実りを得ることが出来るというのです(14,15節)。

 

 エジプトは、広大な平野にナイル川からの水を引いて灌漑農業を行っていますが、起伏に富むイスラエルではそれが出来ません。ヨルダン川流域を除けば、雨に頼らざるを得ないのです。だから、雨が降らなければ、たちまち飢饉になります。そうならないように「秋の雨と春の雨を降らせる」(14節)と言われる主に聴き従いなさいというわけです。

 

 しかし、もう一つの道があります。それは雨と地の実りを約束するカナンの他の神々に仕えるという道です。これは、荒れ野を旅しているときから、絶えず民を惑わしてきた罠です。これこそまさしく、神に従ってその掟と法を守るのか、カナンの他の神々に仕えて主に背くのかという、二者択一的な問いなのです。

 

 一人でも背く者がいれば天が閉ざされるのか、一人でも信じる者がいれば雨が降るのか、そのさじ加減も含めて、神は天地の一切のものを支配しておられるので、愛と畏れの心をもって主に依り頼み、掟と法に従えというわけです(16節以下)。

 

 26節に「イスラエルの民の前に祝福と呪いを置く」と言われています。神は、あなたたちの前に祝福を置いたと言われませんでした。「祝福と呪いを置く」ということは、自分でどちらかを選べということです。

 

 しかし、当然のことながら、どちらを選んでもよいということではありません。繰り返し「わたしがあなたたちに授けるすべての掟と法を忠実に守らねばならない」(32節)と言われているのですから、神の御言葉に従って、祝福を選ばなければなりません。そうしなければ、呪いが降りかかります。主が地に雨を降らせる保険として、他の神々にも依り頼むということは出来ない相談なのです。

 

 主イエスが山上の説教で「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない」(マタイ7章13,14節)と言われました。命の門は狭いので、なにか他のものを持っては、入ることが出来ません。主以外のものに目を向けていたのでは、命の門を見出すことも出来ません。

 

 常に主に目を向け、主の御声に耳を傾け、それを実行しようとすることです。御言葉を聞いても従わない不従順な愚かな者になってはなりません。そうしないと、洪水が押し寄せたときの倒れ方は、甚だひどいものになってしまいます(同24節以下)。

 

 冒頭の言葉(29節)に「ゲリジム山には祝福を、エバル山には呪いを置きなさい」とあります。ゲリジム山とエバル山は、シケムの町を南と北から挟んでいる山々です。ゲリジム山に祝福と言われるのは、シケムから日の上る東を向いて右手、祝福の方向にあるからということでしょう。ゲリジム山の南すそにスカルの町とヤコブの井戸があることも、関係しているのかもしれません。

 

 いずれにせよ、この二つの山は、戒めを守り、主を愛してすべての道に従って歩み、主の祝福に与るようにイスラエルの民を招く、見えるかたちの神の御言葉なのです。

 

 私たちも日々神の愛に応え、主を愛し、御言葉に耳を傾け、その教えに聴き従いたいと思います。

 

 主よ、エジプトから救い出されたイスラエルの民は、祝福の道を歩み続けることが出来ませんでした。約束の地に入ることが出来た子らも、その道に留まり続けることが出来ませんでした。私たちは、自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている罪人です。私たちを罪から清めてください。私たちの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。祝福の御手のもとに留まり続けることが出来ますように。 アーメン

 

 

「あなたたちは、我々が今日、ここでそうしているように、それぞれ自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない。」 申命記12章8節

 

 11章の最後でモーセは「今日、わたしがあなたたちに授けるすべての掟と法を忠実に学ばねばならない」(同32節)と語りました。それを引き受けるかたちで、「これから宣べる掟と法は、あなたの先祖の神、主があなたに与えて得させられる土地で、あなたたちが地上に生きている限り忠実に守るべきものである」(1節)と語り始めます。

 

 初めは、「礼拝の場所」についてです(2節以下)。

 

 まず、異教の礼拝場所を徹底的に破壊しなさいと言われます(2節)。「高い山の上や丘の上、茂った木の下」などは、カナン人が好んで異教の礼拝を行った場所です。祭壇や石柱を破壊し、アシェラ像を火で焼くということについては、既に7章5節に記されていました。

 

 カナンの土地の習俗に倣わないように、異教の神々に仕えず、それを破壊するようにという命令が、何度も繰り返し語られているのは、いかにそれがイスラエルの民にとって重要な戒めであったのかということ、そして、いかにその戒めが守られていなかったかということを示しています。

 

 士師記を見ると、モーセの後継者としてイスラエルの民を約束の地カナンに導き入れたヨシュアがその生涯を閉じた後(2章8節)、「主を知らず、主がイスラエルに行われた御業も知らない別の世代が起こった。イスラエルの人々は主の目に悪とされることを行い、バアルに仕えるものとなった」(同10,11節)と記されています。

 

 主を知らない、主の御業も知らない世代が起こったということは、ヨシュアの存命中に既に、主を礼拝することが蔑ろにする人々がいたということでしょう。そして、主が自分たちのために何をなさったのか(5章15節など)、主に仕える民としてどのように生活すべきだと教えられていたのか、子どもらに繰り返し教えよと命じられていること(6章7節など)が守られなかったわけです。

 

 その背景に、強い先住民を農耕に適した平地から追い出すことが出来ず、なんとか獲得出来た山地を開墾することは極めて困難だったということが挙げられます(士師記1章19節など)。そのような地で生活して行くためには、先住民の習俗に倣い、異教の神々の祝祭に参加し、彼らと婚姻関係を結ぶなどのことを余儀なくされる面があったのではないかと思われます。

 

 しかし、ダビデによってイスラエル周辺諸国が平定された後のこと、南ユダの王ヒゼキヤが「主の目にかなう正しいことをことごとく行い、聖なる高台を取り除き、石柱を打ち壊し、アシェラ像を切り倒し」(列王記下18章3節)と言われているところを見ると、ダビデの時代はいざ知らず、イスラエル全盛時代のソロモン以後、異教の神々がイスラエルを席捲していたようです。

 

 歴史に「たられば」を言っても仕方がありませんが、もしも、ダビデ、ソロモンの時代に完全に異教の支配を脱し、異教の民を完全に追放していれば、そして、主なる神に真実をもって仕えていれば、その後の展開は、全く違っていたでしょう。国が南北に分裂することはおろか、バビロン捕囚の憂き目を見ることもなかったのではないでしょうか。

 

 そうした結果を招かないために「必ず、あなたたちの神、主がその名を置くために全部族の中から選ばれる場所、すなわち主の住まいを尋ね、そこへ行きなさい」(5節)と命じられます。神が選ばれる場所は、既にエルサレムと決まっているわけではありません。

 

 そもそも、エルサレムは、ダビデが王として選ばれ、この町を攻め落としてダビデの町とするときまでは、エブス人が住んでいる町でした。そして、ここに用いられている「選ぶ」(イブハル)という言葉は未完了形です。ゲリジム山であれ、スカルの井戸辺であれ、主がここと言われるところが、主の選ばれる場所です。

 

 主なる神は、礼拝に最適な「場所」はどこかと求めておられるのではありません。そうではなく、霊と真理をもって神を礼拝する民を求めておられ(ヨハネ福音書4章23,24節)、そのような民のいるところを、ご自分の名を置くための場所として選ばれるのです。

 

 冒頭の言葉(8節)で「あなたたちは、我々が今日、ここでそうしているように、それぞれ自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない」と警告されます。「今日」とは、モーセが語った日だけに留まらず、この言葉が読まれる日のことも含みます。私たちは今日、自分が正しいと見なすことではなく、主の目に正しいと見なされることを実践するように励むことが出来ているでしょうか。

 

 イスラエル全地に広がった民が、神の選ばれる一つの場所に行って礼拝するというのは、容易いことではないでしょう。礼拝が大事なら、何もエルサレムでなくても、自分の家の近くで礼拝してもいいじゃないかということにならないでしょうか。その方が自分には都合がよい、その方が便利、それが合理的だということになるでしょう。

 

 しかし、そのような考え方を「自分が正しいと見なすこと」と言い、それを「決して行ってはならない」と言われるのです。神が、エルサレムに来いと命じられれば、いかに距離があろうが、旅が困難であろうが、その命令に従う、それが主を畏れ、霊と真理とをもって主を礼拝することではないでしょうか。

 

 主よ、あなたの御言葉に忠実にお従いすることは、私たちの喜びです。あなたは私たちのために最善を語り、最善を行っていてくださるからです。主よ、あなたを信じます。あなたの御言葉に信頼します。日々、命の言葉をお与えください。私たちを主の業のために整え、用いてください。御心が行われ、御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「あなたたちは、わたしが命じることをすべて忠実に守りなさい。これに何一つ加えたり、減らすことがあってはならない。」 申命記13章1節(口語訳、新改訳は12章32節)

 

 冒頭の言葉(1節)に「これ(わたしが命じること)に何一つ加えたり、減らすことがあってはならない」と言われています。これは、既に4章2節で、「あなたたちはわたしが命じる言葉に何一つ加えることも、減らすこともしてはならない。わたしが命じるとおりにあなたたちの神、主の戒めを守りなさい」と記されていました。

 

 新約聖書のヨハネの黙示録22章18,19節にも「この書物の預言の言葉を聞くすべての者に、わたしは証しする。これに付け加える者があれば、神はこの書物に書いてある災いをその者に加えられる。また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書物に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受ける分を取り除かれる」という言葉があります。

 

 あらためてこの言葉を聴きながら「何一つ加えたり、減らすことがあってはならない」という言葉に思いが止まりました。たとえば、刑法は時代の変化と共にその条項が増えていくでしょう。想定外の犯罪が起きると、それを禁ずる項目が付け加えられるわけです。

 

 あるいはまた、時代に合わなくなって削られる条項も出て来るでしょう。価値基準などが変わって、量刑が変更されることもあるでしょう。何一つ変えてはならないということになれば、司法が硬直してしまうことになるのではないでしょうか。

 

 また、パウロが「今は、わたしたちは、自分を縛っていた律法に対して死んだ者となり、律法から解放されています。その結果、文字に従う古い生き方ではなく、霊に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです」(ローマ書7章6節)と記して、律法を文字通りに守ることを「文字に従う古い生き方」と呼んでいるのは、冒頭の言葉と矛盾しないのでしょうか。

 

 そういえば、使徒言行録10章でペトロが幻を見て、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥などを屠って食べよという声を聞いたとき、「主よとんでもないことです。清くないもの、汚れたものは何一つ食べたことがありません」(同14節)と答えると、「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」(同15節)と言われたこともあります。これは、変更ではないのでしょうか。

 

 ここまで考えて来て、気がつきました。それは「何一つ加えたり、減らすことがあってはならない」と言われているのは、私たち人間です。それに対して、パウロが語っているのは「霊に従う」こと、つまり、文字に従う古い生き方ではなく、聖霊なる神に従う生き方です。私たちの生き方を変えられるのは、「聖霊」なる神であるということです。

 

 また、ペトロが幻の中で聞いたのは「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」という言葉でした。ここに明らかなように、食物の規定を変えられたのは、神ご自身なのです。ということから、私たちが自分の都合や自分の考えで、勝手に書き加えたり、削除したりして、神の教えに変更を加えるような真似をしてはならないと言われているわけです。

 

 12章8節の「あなたたちは、我々が今日、ここでそうしているように、それぞれ自分が正しいと見なすことを決して行ってはならない」との言葉から、自分が正しいと見なす変更を加えるということは、人間には許されていないということになります。

 

 特に、冒頭の言葉が異教の神礼拝に対する警告との関連で語られていることから(12章29節以下、13章2節以下、4章3,4節も参照)、これは主なる神に対する信仰を明確にし、御言葉に従う姿勢を鮮明にするようにという、強いメッセージです。

 

 そのような強いメッセージが繰り返し語られるということは、主を畏れ、御言葉に従おうとするイスラエルの民の信仰を妨げるもの、脅かすものがいるということです。それを聖書は悪魔、サタンと呼んでいます。

 

 パウロは「悪魔の策略に対抗して立つことが出来るように、神の武具を身に着けなさい」と言いました(エフェソ6章11節)。それは、御言葉に堅く立つことが出来るように、聖霊に導かれ、主に祈り願うということです(同18節)。

 

 占星術の学者たちが主イエスと出会い、喜び溢れて贈り物を献げた後(マタイ福音書2章11節)、「ヘロデのところへ帰るな」(同12節)というお告げを受けて、別の道を通って自分たちの国へ帰りました。主イエスとの出会いが、彼らに星占いの道を離れ、主の御言葉に従うという新たな道を歩む導きとなったのです。

 

 主の救いの恵みに与った者として、日々主の御言葉に耳を傾けましょう。右にも曲がらず左にも逸れず、まっすぐその導きに従うことができるよう、聖霊の導きを絶えず祈り求めましょう。聖霊の力を受けて、委ねられた主の御業に励みましょう。

 

 主よ、あなたの御言葉は、私たちの道の光、私たちの歩みを照らす灯火です。日々御言葉を与えてください。御言葉に与って、命を得させてください。あなたの定めがとこしえに私たちの嗣業です。それが私たちの心の喜びです。とこしえに従って参ります。私たちの祈りを受け入れてください。 アーメン

 

 

「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである。死者を悼むために体を傷つけたり、額をそり上げてはならない。」  申命記14章1節

 

 冒頭の言葉(1節)に「死者を悼むために体を傷つけたり、額をそり上げてはならない」という禁止命令があり、その理由が「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである」と説明されています。ということは、カナン人たちが死者を悼むために体を傷つけたり、額をそり上げるという宗教儀式を行っていたのでしょう。

 

 イザヤ書15章2節、エレミヤ書47章5節、ホセア書7章14節などとの関連から、イスラエルの民は後代まで、異教の慣習から離れることがなかったようです。だからこそ、ヨシヤ王(BC640~609在位)の時代に執筆されたと考えられる申命記に、禁止命令として記されているのです。

 

 続けて、「清い動物と汚れた動物」(3節以下)について記しているのも、同じような観点から、イスラエルの民を異教的な生活習慣から離れさせるための手引きだったものと考えられます。 

 

 あらためて、冒頭の言葉に「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである」とあります。「主の子ら」(バーニーム・ラ・アドナイ)というのは、聖書中ここだけにしか出て来ない、とても珍しい表現です。

 

 ただ、32章5節の「もはや神の子らではない」は、原文を直訳すると「もはや彼の子らではない」で、「彼」は前節の「主」を受けていますから、意味をはっきりさせるなら、「主の子ら」となるところです。口語訳、新改訳はそのように訳しています。

 

 イスラエルの民を「神の子」と呼んでいるのは、旧約聖書中、詩編29編1節とホセア書2章1節だけです。それ以外に4回「神の子」が出て来ますが、創世記6章2,4節、ヨブ記38章7節とダニエル書3章25節では、天使というべき存在を、そのように呼んでいると考えられます。

 

 もう一箇所、申命記32章8節にも「神の子らの数に従い」とありますが、原文には「イスラエルの子らの数に従い」(レ・ミスパル・ブネー・イスラエール)と記されていて、口語訳、新改訳は正しく訳しています。

 

 岩波訳も「イスラエルの子らの数に従って」と訳していますが、脚注に「マソラ本文の校訂者は『神の子らの数に』と読み替えることを示唆。70人訳は『神の御使いたちの数に』」と記されていました。新共同訳は、それに従って「神の子ら」(ブネー・エール)と読み替え、訳出したようです。

 

 また、主なる神がイスラエルの民を「わたしの子」と4回呼んでいます(出エジプト記4章23節、詩編2編7節、イザヤ書45章11節、エゼキエル16章21節)。そして、ダビデを指して「わたしの子」と呼ぶ例が2回(サムエル記下7章14節、歴代誌上17章13節)、ソロモンのことを「わたしの子」と呼ぶ例が2回(歴代誌上22章10節、28章6節)あります。

 

 ところで、イスラエルの人々が自ら積極的に「わたしは神の子です」と宣言する箇所、そのように信仰を告白することは、旧約の時代にはありませんでした。そういう人がいれば、それは神を冒涜することとして、神に打たれることになったでしょう。

 

 その意味で、イスラエルの民一人一人を指す言葉として、「あなたたちは、主の子らである」と言われているところ、そして、個人を指して、「わたしの子」と呼ぶ例は、新約聖書の信仰につながってくるところです。

 

 新約聖書では、「神の子」あるいは「御子」が120回ほど出て来ます。大半、神の御子イエス・キリストを指して用いられますが(マルコ1章1節など)、20回ほど、主イエスを信じる者を指して用いられます(ヨハネ1章12節など)。また、平和を実現する人々が神の子と呼ばれ(マタイ5章9節)、使徒言行録17章29節は、アテネの人々を含め全人類を神の子孫としています。

 

 言うまでもなく、私たちは人間から生まれた人間の子であって、イエス・キリストと同じ神の子ではありません。神の子だから、主イエスを信じることが出来たというわけでもありません。

 

 イエス・キリストが私たちの罪の贖いの供え物として、十字架に死んでくださり、私たちに命を授けてくださるという一方的な恵みによって、神の子としていただいたのです。神の深い憐れみなしには、私がどんなに逆立ちしても、神の子になれるはずはないからです。

 

 ということは、「あなたたちは、あなたたちの神、主の子らである」と言われているのは、憐れみ深い神の一方的な恵みの宣言ということになります。そして、イスラエルの民が神の子とされたのは、すべての者に神の恵みが証しされるためでした。アブラハムが祝福の源とされ、アブラハムによって地上のすべてが祝福に入ると言われているからです(創世記12章2,3節)。

 

 主イエスを信じる信仰によって、神の子として頂いた私たちも、「主の聖なる民」であり、「地の面のすべての民の中から」、神の「宝の民」とされた者です(2節、一ペトロ2章9節)。

 

 私たちは土の器に過ぎませんが、内側には永遠の宝を宿しています(二コリント4章7節)。主イエスが内にいてくださるからこそ、宝の民なのです。主のものとされたのですから、主の恵みに感謝して、その愛の御業をあまねく宣べ伝えましょう。

 

 主よ、欠けだらけの土の器である私たちを憐れみ、神の選びの民に加えてくださったことを感謝します。私たちの内に宝なる主がおられます。主に愛されている僕として、いつでも主の恵みを証しし、キリストの福音を宣べ伝える者となることができますように。聖霊の満たしと導きに与らせてください。そして、多くの人々が豊かに恵みを受けられますように。 アーメン

 

 

「彼に必ず与えなさい。また与えるとき、心に未練があってはならない。このことのためにあなたの神、主はあなたの手の働きすべてを祝福してくださる。」 申命記15章10節

 

 1節に「7年目ごとに負債を免除しなさい」とあります。「負債を免除しなさい」は、「負債の免除」(シェミッター)と「実行せよ」(タアセ)という言葉遣いで、2節に「負債を免除する」(シャーマト)という動詞形があります。

 

 名詞形の「シェミッター」はすべて申命記だけで用いられていますが、動詞形の「シャーマト」は出エジプト記、サムエル記、列王記、歴代誌、詩編、エレミヤ書などで合計10回用いられています。一番最初に登場する出エジプト記23章11節で、「休ませる」と訳されているのが「シャーマト」です。

 

 7年周期でその終わりの年、7年目は、土地を休ませて休閑地としなければならないと規定されています。農耕を休むというのは、土地を休ませるということですが、その主眼は、自然に実ったものを民の貧しい者や野の獣の食物とすることで、即ち、自分たちのために畑地を利用して収穫を得ることが禁じられているのです(レビ記25章2節以下も参照)。

 

 土地を休ませる安息年の規定に続けて、安息日が規定されています(出エジプト記23章12節)。それは、家畜や奴隷、寄留者が休みを得て、元気を回復するという人道的な規則です。

 

 今日の箇所では、土地を休ませるという規定が経済活動に広げられて、7年目(安息年)ごとに同胞の負債を免除しなさいと命じられています。さらに12節以下には、7年目ごとに同胞の奴隷を解放せよと定められています。

 

 ただ、負債を免除する対象はイスラエルの同胞に限られており、外国人からは取り立ててもよいとあります(3節)。どうように、解放されるのは同胞ヘブライ人の奴隷だけで、捕虜になって奴隷とされたものを解放せよとはいわれていません。つまり、これらの命令は、経済的ルールではなく、イスラエル同胞を家族と見なすようにという命令なのです。それを、安息年ごとに確認せよということです。

 

 家族の間で貸し借りが生じること、負債が生じることがあるでしょう。その負債について、7年ごとに免除して関係を新しくせよというのです。家族に対してというなら、そういうこともあるかなと思いますね。家族相手なら、負債免除だけでなく、追加支援、追加投資ということだってあるでしょう。

 

 勿論、家族ならば無責任に貸し借りしてもよいということではありません。借りた物は返す義務があるでしょう。責任を果たさない人は、信用されなくなりますよね。けれども、事情によっては、それが出来ないこともあります。そのようなとき、7年目にはそれを免除しなさいと言われます。イスラエルの民がこの命令に聞き従う時、貧しい者はいなくなると約束されています(4節)。

 

 負債を免除したから、それで貧しい者がいなくなるというのではありません。借金体質そのものが直らなければ、直にまた借金生活に逆戻りです。冒頭の言葉(10節)にあるとおり、主が命令に従う者の手の働き、その務めを祝福されるというのです。換言すれば、神の祝福を受けるために、同胞の負債を免除せよということです。

 

 考えてみてください。私たちは負債を免除するほうでしょうか、免除されるほうでしょうか。そうです。私たちは、主によって免除される側の人間です。今も、毎週7日目ごとに主なる神から負債を免除していただいています。主の赦しなしには生きられません。

 

 これまで、主イエスによって、どれほどの負債を免除されてきたでしょうか。計算することも出来ませんが、主イエスがご自分の命で払わなければならないほどの負債です。私たちが自分で負いきれない負債を、主イエスが身代わりに受けてくださったのです。それは、私たちを神の家族、主の民とするためです。

 

 そんなことをして、主イエスに何の得、何の益があるのでしょうか。何もありません。ただ、私たちが真の救いに与ったとき、救いが完成したとき、主イエスは神の家族、主の民を一人得ることになります。つまり、主なる神は神の家族を獲得するために、ご自分の独り子を犠牲とされ、私たちの負債を免除してくださったのです。ただ感謝あるのみです。

 

 戒めを忠実に守るならば、その結果、「多くの国民に貸すようになる」(6節)、「多くの国民を支配するようになる」(6節)という祝福の約束も記されています。国民に貸す、支配するというのは、相手を酷い目に遭わせるというようなことでは決してない。愛をもって人々に仕える、主イエスのような者に変えられるということでしょう。そして、更に豊かな祝福に与らせていただくことでしょう。

 

 家族が共に愛し合う、共に歩み、共に生きることが出来る、これが最も大きな祝福です。貧しい者は一人もいない。豊かに生きることが出来るという祝福です。神が御言葉に従う者たちに、その祝福をお与えくださるのです。

 

 私たちが日毎に頂いている御言葉ひとつひとつを、注意深く真剣に聴きましょう。今私たちは、御言葉を聴き、御言葉に従う訓練を、この申命記を通して与えられているのです。絶えず主の御言葉に耳を開き、注意深く聴いて、従って参りましょう。

 

 主よ、あなたはキリストを通して賜った愛をもって、互いに愛し合えとお命じになりました。本当にどれほどの愛をキリストから賜ったか、悟らせてください。心と体で教えてください。そして、主の民、神の家族として愛し合うことを学ばせてください。互いに助け合い、赦し合い、仕え合うことが出来ますように。 アーメン

 

 

「アビブの月を守り、あなたの神、主の過越祭を祝いなさい。アビブの月のある夜、あなたの神、主があなたをエジプトから導き出されたからである。」 申命記16章1節

 

 16章には、「三大祝祭日」についての規定が記されています。

 

 年の初めに行われるのは、「主の過越祭」です。冒頭の言葉(1節)で「アビブ」とは、出エジプト記9章31節の「大麦はちょうど穂の出る時期で」という言葉の「穂」のことです。即ち、「アビブの月」とは、大麦が穂を出す月ということで、現在の3~4月を指しています。出エジプト記12章2節に「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい」とあります。

 

 なお、エステル記3章7節に「クセルクセス王の治世の第十二年の第一の月、すなわちニサンの月に」とあります。「ニサン」とは、バビロンの暦で正月を指す表現です。

 

 メギドでヨシア王率いるユダヤの軍をエジプトのファラオ・ネコが撃破しましたが、(列王記下23章29節)、バビロン軍がそのエジプト軍をカルケミシュで打ち破り、パレスティナを支配下に置くことになりました。その頃からバビロンの暦が用いられるようになったようで、「ニサンの月」も、イスラエルの正月を指すことになります。

 

 イスラエルの民は、大麦が穂を出す1月の14日の夜、主の過越祭を祝います(出エジプト記12章6,18節)。過越祭は、エジプトの全家を襲った災いがイスラエルの家を過ぎ越し、つまり、ただ通過するだけで、何の災いも起こさなかったという出来事を記念するものです。この出来事によって、イスラエルの民はエジプトの奴隷の苦しみから解放されたのです。

 

 イスラエルの民は、これまでも繰り返し、過越祭を含む三大祝祭日を守るように、命じられて来ました(出エジプト記23章14節以下、34章18節以下、レビ記23章4節以下、民数記28章16節以下)。

 

 大麦の収穫を喜び祝う祭りをエジプトから導き出された過越の出来事と融合させ、それを正月とすることで、年の初めに大麦の収穫をお与えくださった主なる神に感謝すると共に、出エジプトに示された神の恵みの出来事を想起させて感謝し、信仰を新たにします。

 

 農事暦とイスラエル救済の出来事が一つになって祝われるということは、イスラエルが約束の地を獲得して、そこで農業を営む平和な社会を築くことが出来るということです。そして、そのような生活を営むことが出来るのは、神の救いの出来事がなされたためであるということを、年三度の祭りのリズムで記念し(3節)、信仰を養うのです。

 

 今日、私たちは過越祭をイースターとして祝います。パウロが「いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです」(第一コリント5章7節)と記しているのは、過越祭とイースターとの結びつきを示しています。

 

 過越の小羊を屠り、その血を鴨居と入り口の二本の柱に塗った家は、初子が打たれるという災いが過ぎ越しました(出エジプト記12章)。小羊が初子の身代わりになったかたちです。

 

 過越の小羊として十字架で血を流された主イエスを仰ぐ者は、律法の呪いから開放され、救われます。神の御子キリスト・イエスが私たちの身代わりとなられたのです。コリントの人々は、勿論ユダヤ人ではありませんが、このように、パウロを通して主の過越を主イエスによる自分たちの救いの出来事として学んだのです。

 

 主イエスは十字架にかけられる前日、弟子たちと最後の晩餐をなされ(マルコ14章22節以下)、それを記念として行えと命じられました(第一コリント11章24,25節)。最後の晩餐は、年に一度行われる過越の食事でした(マルコ14章12節など)。

 

 キリスト教会は、この過越の食事を、年に一度ではなく、多くのプロテスタント教会では月一度(第一日曜日)、カトリック教会の修道院では毎日、主の晩餐(聖餐=ミサ)として頂いているのです。

 

 「過越のいけにえを屠ることができるのは、あなたの神、主が与えられる町のうちのどこででもよいのではなく、ただ、あなたの神、主がその名を置くために選ばれる場所でなければならない」(5,6節)というのは、民が主の定められた場所において、皆で会食するということです。

 

 「パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです」(第一コリント10章17節)とあるように、主の晩餐式は、会衆が一致してキリストの体なる教会を建て上げるために定められています。絶えず神より賜った恵みを思い起こし、心から主を賛美しましょう。

 

 主よ、私たちがあなたを神として選んだのではありません。あなたが私たちを選び、神の子どもとしてくださいました。そのために御子キリストが犠牲を払われました。毎月第一主日(日曜日)に、主の贖いを記念する晩餐式を執り行います。主の恵みを無駄にせず、委ねられた宣教の使命を果たすことが出来ますように。伝道する教会、主の恵みを証しする信徒になることが出来ますように。 アーメン 

 

 

「彼が王位についたならば、レビ人である祭司のもとにある原本からこの律法の写しを作り、それを自分の傍らに置き、生きている限り読み返し、神なる主を畏れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらの掟を忠実に守らねばならない。」 申命記17章18,19節

 

 まだ、約束の地に入ってもいないときに、主がモーセに対し、14節以下「王に関する規定」を伝え、命じています。約束の地を獲得したイスラエルの民が王を立てるように求めるのは、それから何百年も後のことです。

 

 サムエル記上8章によれば、まず、イスラエルの民が預言者サムエルに、「他のすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください」(同5節)と求めました。その理由を、「あなたは既に年をとられ、息子たちはあなたの道を歩んでいません」と説明しています。これは、まるでサムエルが仕えた祭司エリの家庭と同じです(同2章12節以下)。

 

 民の求めを聞いたサムエルには、王を立てることは悪しきこととと思われました(同8章6節)。他の国々のように王を持ちたいという要求は、目に見えない神よりも、見える王に頼りたいという思いの表れであり、それは、異教の神々を慕う思いと連なることになるからです。

 

 そのとき、主なる神はサムエルに「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ」(同7節)と言われ、サムエルに同意しながらも、民が求めるとおりに王を立てることを承認しています。王を立てなければ民は神に忠実に従い、王を立てれば民は神に背くというものでもないからです。

 

 王に関する規定の中で「周囲のすべての国々と同様、わたしを治める王を立てよう」(14節)と、王を立てる理由を述べていることから、それはイスラエル周辺の王国をモデルにしていますが、そもそも王を立てることは、上記のとおり人間側にある願望であって、主がそれを許容されるにあたりその条件が提示されています。その意味で、ここにあるのはイスラエルにおける理想的な王の姿です。

 

 まず、「主が選ばれる者を王としなさい」(15節)と言われ、外国人は王の候補者から除外されます。それは、異邦人に対する偏見というより、主なる神のみを礼拝するという基本的な戒めに従おうとしない外からの宗教的勢力を排除する姿勢を明示したものといってよいでしょう。

 

 次いで、「馬を増やしてはならない」(16節)、「大勢の妻をめとって、心を迷わしてはならない」、「銀や金を大量に蓄えてはならない」(17節)と、主なる神に信頼せず、軍事力や冨、跡取りをもうけるシステムなどを整備してそれに頼ることがないよう禁止命令が告げられます。

 

 そして冒頭の言葉(17,18節)のとおり、「律法の写しを作り、それを自分の傍らに置き、生きている限り読み返し、神なる主を畏れることを学び、この律法のすべての言葉とこれらの掟を忠実に守らねばならない」と言われます。ここに、王の使命は軍事力や裁判の能力などでなく、イスラエルの民の模範として主を畏れ、御言葉に忠実に従うことであることが示されます。

 

 それゆえ、王は民の上に立てられるものですが(15節)、しかし、同胞を見下して高ぶることは許されません(20節)。その戒めから右にも左にも逸れることがないようにと忠告されています。このような規定がなされているのは、イスラエルに立てられた王が、主を畏れ、この戒めに従って民を治める道から逸れている例が数々あったからでしょう。

 

 ダビデの子ソロモンは、馬を増やすな、大勢の妻を娶るな、銀や金を大量に蓄えてはならないといわれた規定にことごとく反しています(列王記上10章14節以下、11章3節)。その結果、王国がソロモンの死後、南北に分裂し(同12章)、その子らも同様の道をたどって、ついに国が滅んでしまいました(列王記下17章、25章)。

 

 あらゆる知恵と知識に精通していた(同5章9節以下)ソロモンに欠けていたもの、それは、主なる神を畏れ、その御言葉に忠実に従う心です(列王記11章1節以下、9,10節)。主を畏れることを忘れたソロモンは、自分の博識を真に生かす術を失ってしまったのです。知ってはいても、従わないのであれば、知らないのと同じです。

 

 「主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る」(箴言1章7節)とは、そのことです。箴言の著者がソロモンだと言われていますので(同1節)、まさに、自らの振る舞いで、己が無知を表しています。

 

 あらためて、そうならないための規定が、冒頭の言葉(18,19節)です。「この律法の写しを作れ」を直訳すると、「自分自身のために、律法の写しを書く」という言葉です。王が自ら筆を取って書き写せば、その内容に精通することになるでしょう。そして、王はそれを手もとに置き、繰り返し読み返して主を畏れることを学び、御言葉と掟を忠実に守らねばなりません。

 

 以前に学んだとおり、この「律法の写し(ミシュネー・ハットーラー)」を、ギリシャ語訳旧約聖書(セプチュアジンタ=七十人訳)がデウテロノミオンと訳しました。「デウテロス」が第二、「ノミオン」が律法で、第二の律法という意味になります。「申命」というのは、重ねて命じるという意味で、デウテロノミオンの訳語なのです。

 

 旧約聖書の時代、紙は高価で一般人には手の届かないものでした。ですから、自分で聖書を持つのは不可能でした。イスラエルの国で、祭司と王が持っているだけだったのです。だから、祭司や預言者が王を指導し、王がそれを実践するという形で、聖書に記されている主の御心が民に伝えられたわけです。

 

 今日、私たちは聖書を自分の傍らに置き、生きている限り読み返し、主を畏れることを学び、すべての言葉と命令を忠実に守ることが出来ます。主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人は、本当に幸いです(詩編1編1,2節)。

 

 主はその人に、「その人は流れのほとりに植えられた木。時が巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」と約束されています(同3節)。

 

 たえず御前に謙り、繰り返し御言葉に耳を傾けましょう。

 

 主よ、あなたこそ生ける神です。あなたを畏れ、御前に謙ります。御言葉を聴かせてください。御心を教えてください。御言葉を忠実に守る信仰をお与えください。朝ごとに御前に出て、あなたを仰ぎ望みます。祈りを聞き届けてください。 アーメン

 

 

「あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない。」 申命記18章15節

 

 イスラエルの民を導く者として、「王に関する規定」(17章14節以下)の後は、「レビ人および祭司に関する規定」(1節以下)が示され、「異教の習慣への警告」(9節以下)に続けて、「預言者を立てる約束」(15節以下)が与えられます。

 

 イスラエルにおいて、宗教生活の中心に祭司、レビ人がいます。主の前で祭儀を行うこと(10章8節など)、また民の前に教育的な指導(33章10など節)、また裁判官としての務め(17章8,9節など)を担います。

 

 預言者を立てる約束の前に異教の習慣への警告が告げられるのは、イスラエルの周辺に住む諸民族の間で預言者と言われる人々が、占い師、卜者、易者、呪術師、呪文を唱える者、口寄せ、霊媒、死者に伺いを立てる者(10節)だったからです。そのようなかたちで将来起こる出来事や、隠されている神の御心を探り知ろうとするあらゆる種類の営みを拒絶しています。

 

 それに対して、私たちが主なる神の御心を知る手段、方法が、主によって示されます。それが、冒頭の言葉(15節)の「わたしのような預言者を立てる」という宣言です。「わたしのような」とは、モーセのような預言者のことで、主が彼のような預言者を立てると約束しておられるのです。

 

 イスラエルの民は、モーセに率いられてエジプトを脱出し、荒れ野を旅して来ました。今、約束の地を目前にしています。そして、モーセには約束の地を踏むことが許されていません(1章37節、3章23節以下など)。

 

 神は、後継者としてヌンの子ヨシュアを任命されました(民数記27章18節以下)。「あなたたちは彼に聞き従わねばならない」と言われるとおり、ヨシュアを通して神に聴き従うことを、神は求められるのです。

 

 ここで、「預言者を立てる」という言葉には、未完了形の動詞が用いられています。未完了形とは、ある動作が継続していて、完了していないという文法的な表現です。つまり、継続的に預言者が立てられるということで、イスラエルを指導する者が絶えることはないという約束と読むことが出来ます。

 

 預言者が立てられる根拠は、民がホレブでそれを求めたからと言われます(16節)。それは、モーセが十戒を授かった折、民がモーセに御言葉の取次ぎを頼み、神が直接民に語りかけることがないようにして欲しい。そうでないと死んでしまう、と願ったことです(出エジプト記20章19節)。

 

 神がモーセをイスラエルの指導者として任命したのも、ホレブでした(同3章1節)。その際、「このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう」と言われました(同4章12節)。ですから、これから立てられる預言者も、「その口にわたしの言葉を授ける。彼はわたしが命じることをすべて彼らに告げるであろう」と言われます(18節)。

 

 ホレブに関わりのある預言者として、エリヤの名を挙げることが出来ます。エリヤは、カルメル山でバアルとアシェラの預言者らに打ち勝ちましたが(列王記上18章)、その後、アハブ王の后イゼベルに脅されて(同19章2節)、南方に逃げ出します。もう死んでしまいたいと思うほど、追い込まれてしまいました(同4節)。

 

 御使いがエリヤを励まして、ホレブまで連れて行きます(同5節以下、8節)。エリヤはそこで、主の御前に立たされされます。そして、激しい風が起こって岩を砕いたり、地震が起きたり、火が降って来たりしました(同11,12節)。

 

 これは、モーセがシナイ山で主から律法を授かったときの光景を思い起こさせます(出エジプト記19章16節以下)。つまり、エリヤが第二のモーセとして立てられたかのような印象です。

 

 そして、モーセとエリヤといえば、主イエスの山上の変貌の出来事を思い出します。主イエスがご自分の受難と復活をはっきり語られてから、高い山に登られました(マルコ9章2節以下など)。そこにエリヤがモーセと共に現れて、姿のお変わりになった主イエスと語り合っていたというのです。

 

 そのときに天から、「これはわたしの愛する子。これに聞け」(同7節)という声がします。「これに聞け」という声は、冒頭の言葉で「あなたたちは彼に聞き従わねばならない」と言われていることです。つまり、申命記における約束の預言者とは、モーセとエリヤからバトンを受けた神の御子イエス・キリストのことであると、福音書記者は告げているのです。

 

 使徒言行録でも、申命記18章18,19節を引用しながら、使徒ペトロが、モーセのような預言者とは、まさにイエスのことであると、説教の中で語っています(使徒3章21節以下)。

 

 こうして神は、エジプトを出て以来、イスラエルの民のために御言葉を語る預言者を備え、その御旨を示し続けて来られました(ヘブライ書1章1節)。その最後に御子イエスをお遣わしになったのです(同2節)。

 

 御子イエスは私たちに永遠の命を授け(ヨハネ福音書3章16節)、神の子とし(同1章12節)、天の御国に導き入れてくださいます。御子は今も生きておられ、御自分を信じる者を完全に救うことがお出来になるのです(ヘブライ書7章25節)。

 

 今日も、信仰をもって神の御言葉に耳を傾けましょう。その恵みのうちを歩みましょう。

 

 主よ、イスラエルの民を救い出すためにモーセをお立てになり、神の救いが全人類に及ぶように御子イエスをお遣わしくださいました。その恵みに感謝し、怠らず御言葉に耳を傾け、霊に燃えて主に仕える者としてください。希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祝福を祈らせてください。 アーメン

 

 

「彼が同胞に対してたくらんだ事を彼自身に報い、あなたの中から悪を取り除かねばならない。」 申命記19章19節

 

 15節以下に、「裁判の証人」についての規定が記されています。裁判については、1章9節以下の「役職者の任命」の段落で、部族長を選んで、裁判人としての心構えを与えています。それは、正しい裁判を行えという、至極当然の勧めです。

 

 そして、それが16章18節以下でもう一度取り上げられておりました。それは当時、賄賂で判決が曲げられるなど、いかに裁判において不正が横行していたかということの表れではないかと思います。

 

 しかしながら、それはひとり裁判人の問題であるだけではなく、不正な裁判を依頼する者、賄賂で偽証を請け負う者の問題でもあります。だからこそ、この段落では、裁判人や証人たちに向かってではなく、すべての民に向かって「あなた」と呼びかけ、あなたの中から悪を取り除かねばならないというのです。

 

 今日の箇所では、被告の犯罪を立証する証人についてとりあげ、まず、二人か三人の証人を立てるよう規定しています(15節)。17章6節では、死罪にあたる者を罪に定めるときには、二人か三人の証言を必要とするとされていましたが、ここではすべての罪を裁くために、複数の証人が必要とされています。

 

 つまり、より客観的で正しい証言を得て、正しい裁判が行われるように、定められたわけです。というのも、万一、虚偽の証言がなされた場合には、裁判の公正さが失われ、無実の罪で刑に服する、冤罪が発生してしまうことになるからです。

 

 そこで裁判人は、証人の申し立てと被告人の弁明をよく聴き、詳しく調査して、誤った判決を下すことがないように細心の注意を払わなければなりません(18節)。1章でも「同胞の間に立って言い分をよく聞き、同胞間の問題であれ、寄留者との間の問題であれ、正しく裁きなさい」(同16節)、「身分の上下を問わず、等しく事情を聞くべきである」(同17節)と言われていました。

 

 もしも、証人が偽証をして、被告人を不当に罪に定めようとしていたことが判明すれば、裁判人は、その偽証によって被告が定められようとした罪の罰を、そのまま偽証人に下します。冒頭の言葉(19節)で「彼が同胞に対してたくらんだ事を彼自身に報い、あなたの中から悪を取り除かねばならない」と言われている通りです。

 

 即ち、偽証によって被告が死刑にされようとしていたのであれば、偽証人に死刑を宣告することになるのです。21節の「あなたは憐れみをかけてはならない。命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足を報いなければならない」とは、そのことです。

 

 「目には目、歯には歯」と聞くと、徹底的に仕返しをするという意味に取られることがありますが、それは誤解です。この言葉は出エジプト記21章23節にもあり、そこでは、人が喧嘩などで相手を傷つければ、自分も同じ傷をもって償いをしなければならないという規定になっています。これは「同害法」と呼ばれるもので、報復がエスカレートするのを防ぐ役割を果たします。

 

 私たちの心情としては、一発叩かれたら二発でも三発でも、気が済むまで叩き返したい、歯を一本折られたら、相手の歯を全部折ってやりたいという具合に思うでしょう(創世記4章15,24節参照)。しかし、それを許せば、報復合戦になってしまいます。

 

 復讐が復讐を生む悪の連鎖、報復合戦にならないために、相手の目を傷つけたら自分の目で、相手の歯を折ったら自分の歯で償えと、被害を等しくして仲直りするように規定しているわけです。

 

 この同害法の原則を、裁判の証言にも当てはめて、人を傷つけ、貶める目的で偽証を立てれば、その人は、偽証によってもたらされる刑罰と同じ重さの報いを受けなければならないというのです。それほどに偽証を重い罪と考え、それに対して重い刑罰を課すことで、偽証を抑止しようとしているわけです。

 

 そうしたことで裁判が公正に行われるならば、社会生活が公正に保たれることになります。そして、社会生活に公正が示されれば、人々は安心して生活することが出来ます。

 

 けれども、残念ながら人はこのような規定を持ちさえすれば、正義を行い、公正な社会を造り上げることが出来るというわけではありません。イスラエルの人々は、福音書の記録によれば、規定違反の裁判を主イエスに対して行いました。

 

 「多くの者がイエスに不利な偽証をしたが、その証言は食い違っていた」(マルコ福音書14章56節)と記されています。この場合、偽証をした者たちがその罪を負い、処刑されることで、社会正義を守るべきでした。しかしながら、その時宗教指導者たちは罪のない方を犯罪者とし、十字架に磔にして殺害してしまいました。

 

 しかるに神は、彼らの罪を問われるどころか、御子の死をもって彼らを含む私たち人類の罪の身代わりとされました。それによって私たちは罪赦され、神の子とされ、永遠の命を受ける神の救いの御業の恵みに与ったのです。

 

 主の救いの恵みを頂いた者として、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りましょう(エフェソ書4章25節)。悪い言葉を一切口にせず、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りましょう(同29節)。それができる善人になれというのではありません。私たちの内におられる主の真実に生きる者とされたいのです。

 

 主よ、ここに言葉の真実が求められています。空しい言葉に惑わされず、何が主に喜ばれるかを吟味し、実を結ばない暗闇の業に加わらず、主に結ばれた光の子として歩むことが出来ますように。ひかりから、あらゆる善意と正義と真実が生じるからです。そのため、常に聖霊に満たされ、いつもあらゆることにおいて、父なる神に感謝する者とならせててください。 アーメン

 

 

「あなたが町を攻略しようとして、長期にわたって包囲するとき、斧を振るってその町の木を切り尽くしてはならない。木の実は食糧になるから、それを切り倒してはならない。一体、野の木はあなたの前から城壁に囲まれた町に逃げ込む人間なのか。」 申命記20章19節

 

 20章には、「戦争について」の規定があります。ここにまず、「あなたが敵に向かって出陣するとき、馬と戦車、また味方より多数の軍勢を見ても恐れてはならない」(1節)と言われます。さて、自軍よりも強大な軍隊を前にして、誰が恐れないでいられるでしょうか。

 

 この言葉の背景に、イスラエルが、エジプト、アッシリア、バビロンなどの強大な国をはじめ、ペリシテやミディアンなど周辺諸国の軍勢に絶えず脅かされていたという事情があります。自力でそれを撃退するのは、まず不可能でした。そんな時、どうすればよいのでしょうか。

 

 聖書は、「祭司が進み出て、民に告げ、『イスラエルよ、聞け。あなたたちは、今日、敵との戦いに臨む。心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな』」(2節)と言います。民の前に出るのは、軍勢の長ではなく祭司です。与えられるのは、戦い方の指揮などではなく、「心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな」という檄です。

 

 なぜ祭司なのでしょうか。それは、祭司が主なる神の御言葉を告げるからです。主が「心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな」と祭司に告げさせておられるのです。

 

 ここで、イスラエルの民に求められているのは、何があっても動じない豪胆な心ではありません。1節に「あなたをエジプトの国から導き上られたあなたの神、主が共におられるからである」と言われていました。かつて、エジプトの国からイスラエルを導き出される際に主がなさったこと、荒れ野を旅して約束の地に至るまでに行われた戦闘のことを思い起こさせようとしています。

 

 主なる神は私たちが心ひるみ、恐るべき事態に陥っていることをわきまえておられるので、「心ひるむな、恐れるな」と仰っておられます。ゆえに、4節で「あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜る」と約束されるのです。共におられ、勝利を賜ると約束される主を信じる信仰が、今ここに求められているのです。

 

 神は、軍勢を減らせと言われます。その方法は、まず新しい家を建てて奉献式を済ませていない者やぶどう畑を新しく作った者、婚約しただけで結婚生活が始まっていない者を帰らせ(5節以下)、さらに、恐れて心ひるんでいる者を帰らせるというものです(8節)。前者は人道的な理由、後者は他の兵士の士気に拘わるという理由によるものです(士師記7章2節以下参照)。

 

 ただ、まともに立ち向かっても多勢に無勢で勝ち目がないのに、さらに軍勢を減らすようなことをすれば、もはや勝負にならないでしょう。こうして、いよいよ信仰が試されるわけです。

 

 10節以下は、町を攻撃するときの規則ですが、冒頭の言葉(19節)に目が留まりました。「町を攻略しようとして、長期にわたって包囲するとき、斧を振るってその町の木を切り尽くしてはならない」という言葉です。

 

 これは、戦争に勝つためには手段を選ばないというやり方はダメだということでしょう。というのは、戦いに勝ちさえすればよいというのではなく、その地を占領した後、そこに住まうようになることが考えられるからです。そうなったときに困らないように、実を結ぶ木は残しておけというわけです。

 

 つまり、目の前の勝利ではなく、その後の長期的な展望を持てといわれているのです。3000年以上も前からこのように言われているのですが、残念ながら、実際の戦闘において、こうした言葉を心に留めている人はなかなかいないようです。

 

 ベトナム戦争時代、ベトナム共産軍のゲリラ戦に手を焼いたアメリカは、熱帯雨林を裸にし、また、彼らの食料生産に打撃を与えるために枯葉剤を大量に使用しました。枯葉剤にダイオキシンが含まれていたので、たくさんの障害児が生まれました。今もその影響が残っています。あるいは、そのような副産物のことも了解していて、使用したのではないかという人もいます。

 

 中近東の「テロリストとの戦い」では、劣化ウラン弾を使用されました。それが、これからどのような影響をもたらすことになるでしょうか。およそ、米国政府の人々には、アフガニスタンやイラクの人々の将来は全く見えていないのではないでしょうか。

 

 むしろ、そうしたものを見る必要もないと考えているから、そんな非人道的な武器が平気で使えるのかも知れません。しかしながら、治安維持のために配備した自国軍兵士も、影響なしでは済ませられないでしょう。

 

 確かに、私たちの人生において、何が実を結ばせ、何が実を失わせるものになるか、見極めるのは易しくありません。いかに人生経験が豊かであったとしても、明日がどうなるか、誰にも分かりはしないからです。だから、神の御言葉に耳を傾けます。主なる神だけが、明日を見ておられるからです。

 

 主イエスが、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である」と言われました(ヨハネ15章1節)。農夫はぶどうの木の手入れをします。不必要な枝は、切り取られます。それは、木にとって痛みを伴うものでしょう。しかし、それによって、よい実を多く結ぶことが出来るようになります。

 

 明日を導かれる主に信頼し、その御言葉に耳を傾け、御手にすべてを委ねて歩みましょう。祝福を祈ります。

 

 主よ、あなたは、「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」と言われました。主に信頼し、その御足跡に従って参ります。ご計画通り、実を結ばせて頂くことが出来ますように。すべてを祝福してください。 アーメン

 

 

「町の住民は皆で石を投げつけて彼を殺す。あなたはこうして、あなたの中から悪を取り除かねばならない。全イスラエルはこのことを聞いて、恐れを抱くであろう。」 申命記21章21節

 

  冒頭の言葉(21節)は、「ある人にわがままで、反抗する息子があり、父の言うことも母の言うことも聞かず、戒めても聞き従わないならば」(18節)という、家庭内の問題について取り扱ったものです。しかし、その問題について下される判決は、驚くほど重いものです。もしも、この規定が厳格に適用されれば、すべての家庭から男の子がいなくなってしまうかも知れません。

 

 愛情深い親が、息子の反抗的な行動や口答えのために、この規則を適用させようとするとは考え難いものです。少なくとも、聖書の中に、この規定を実行した例は存在しません。聖書学者たちも、この掟が実行されたことはなかったと見なしているようです。何しろ、親が我が子の死刑を求めるべき事態とは思えないからです。

 

 であればなぜ、このような定めがなされたのでしょうか。それには、何と言っても、「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる」(出エジプト記20章12節)という、十戒の第5番目の戒めの存在が上げられます。十戒においては、どの規定にも罰則が示されていません。第5戒も同様です。

 

 そこで、施行細則が設けられることになるのでしょう。出エジプト記21章12節以下、「死に値する罪」を述べる段落で、同15節に「自分の父あるいは母を打つ者」、同17節に「自分の父あるいは母を呪う者」を挙げて、「必ず死刑に処せられる」と告げています。ここでは、それらの罪が「人を打って死なせた者」(12節)、「人を誘拐する者」(16節)と同列に扱われていて、親に対する罪の大きさ、刑罰の重さを思わせます。

 

 この「父あるいは母を打つ者」、「父あるいは母を呪う者」の延長線上に、今日の課題である、父母の言うことを聞かない、反抗する息子の問題があります。前述のとおり、この規定が適用された実例は、聖書にはありません。とすれば、この規定が、何らかの歯止めの役割を果たしたのでしょうか。それとも、イスラエルには、親に対する不敬は存在しないのでしょうか。

 

 残念ながら、適用されるような問題が起こらなかったというわけではありません。たとえば、シロの臨在の幕屋で神に仕えていた祭司エリの息子たちは、祭司でありながらならず者で、「主を知ろうとしなかった」とされ(サムエル記上2章12節)、彼らの悪行を咎め諌める父エリの声に耳を貸そうとしませんでした(同25節)。

 

 国の指導者の悪行は、国の行方を危うくします。国民にとって、災いとなります。この際、エリは何らかの対処をすべき事案だったにも拘わらず、何の手を打つこともなく、結局、神の手に堕ちて、隣国ペリシテとの戦いに主の契約の箱と共に同行し(同4章1節以下)、イスラエル軍が打ち負かされて(同10節)、神の箱は奪われ、エリの息子たちも殺されてしまいました(同11節)。

 

 エリの息子たちの悪行が裁かれ、打たれるために、多くのイスラエル兵たちの命も共にf犠牲となりました。祭司という立場にありながら、神を蔑ろにし、親の諫めに耳を傾けるつもりもない愚かさが、国の先行きを危うくする、このような重大な結果を招いてしまったわけです。親への不敬に対する罰則が重いのは、神への不敬に通じているからとも言えそうです。

 

 だから、主御自身がその罪を厳しく咎められるわけです。そして、息子たちだけでなく、神の箱が奪われたという知らせを受けた父エリも(同4章18節)、そして、息子の嫁も、命を落とす結果となりました(同19節以下)。罪を犯した息子たちの責めを家族も負ったということなのでしょうか。

 

 冒頭の言葉(21節)の後に、「木にかけられた死体」(22,23節)に関する定めが記されています。死刑に処せられた人を木にかけてさらし者にするということです。それは、そのように見せしめにすることで、犯罪の抑止効果を狙うということでしょう。

 

 しかし、23節では、「死体を木にかけたまま夜を過ごすことなく、必ずその日のうちに埋めねばならない。木にかけられた者は、神に呪われたものだからである。あなたは、あなたの神、主が嗣業として与えられる土地を汚してはならない」と告げます。神が呪っているものを、見せしめということでさらしたままにして、地を汚してはならないというのです。

 

 聖書においては、木にかけることで見せしめの効果を狙うというより、神の呪いを受けることだということです。パウロがこの言葉を引用しながら、「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。『木にかけられた者は皆呪われている』と書いてあるからです」と述べています(ガラテヤ書3章13節)。

 

 私たちは、親への反抗を始め、数えきれないほど神に背き、罪を重ねて神を悲しませて来ました。およそ神の祝福に与ることが出来るような歩み、生活をして来たなどと、神の前に胸を張ることなどできません。むしろ、呪いを覚悟しなければならないような歩みをして来たと言わざるを得ない者です。そういう私たち人類を、罪の呪いから解放するため、罪のない神の御子キリストが木にかけられて、すべての呪いをご自分の身に負われたというのです。

 

 つまり、主イエスの受難によって、私たちをあらゆる罪の呪いから贖い出し、救いの恵みに与らせるために、「木にかけられた死体は、神に呪われたものだからである」という掟を、あらかじめここに置いてくださっていたわけです。ここに主の恵み、神の愛が示されます。

 

 主の恵み、憐れみに感謝し、その導きに素直に従って参りましょう。聖霊の力を受けて、神の愛と恵みを証しする者とならせて頂きましょう。

 

 主よ、あなたの深い愛と恵みとに心から感謝します。神の愛なくして、私たちの救いはありません。その恵みに与った者として、その感謝と喜びを一人でも多くの方々と分かち合わせてください。聖霊の満たしと導きが豊かにありますように。 アーメン

 

 

「道端の木の上または地面に鳥の巣を見つけ、その中に雛か卵があって、母鳥がその雛か卵を抱いているときは、母鳥をその母鳥の産んだものと共に取ってはならない。」 申命記22章6節

 

 1節に、「同胞の牛または羊が迷っているのを見て、見ない振りをしてはならない。必ず同胞のもとに連れ返さねばならない」とあり、さらに3節では、「ろばであれ、外套であれ、その他すべて同胞がなくしたものを、あなたが見つけたときは、同じようにしなさい。見ない振りをすることは許されない」と言われます。

 

 これは、出エジプト記23章4,5節の「あなたの敵の牛またはろばが迷っているのに出会ったならば、必ず彼のもとに連れ戻さなければならない」のという定めを、拡大したものと考えることが出来ます。

 

 こういう定めがあるということは、多くの場合、他人の持ち物のことで時間を取られたり、面倒に巻き込まれるのを避けるため、見なかったことにするということになるからでしょう。

 

 主イエスの語られた「善いサマリア人」のたとえ話で(ルカ福音書10章25節以下)、祭司やレビ人が追いはぎに襲われた人を見ない振りをして、道の向こう側を通り過ぎたと言われます。彼らは、自分たちを清く保つため、半殺しの目に遭っていた人と関わり合って、祭儀的汚れを受けることを避けたのです。そして、そのことを追及されたも、知らなかった、見なかったと言い逃れるつもりなのです。

 

 これはしかし、他人事ではありません。私自身、彼らに石を投げることの出来ない、面倒に関わり合いたくないと考える人間です。寝た振り、見なかった振りをしてしまいます。そういう私に、「見ない振りをしてはならない」と訴えているのです。

 

 そのことについて、さらに考えさせられる言葉があります。それが、冒頭の言葉(6節)です。ここに言われている「母鳥をその母鳥の産んだものと共に取ってはならない」という定めは、「道端の木の上または地面」に巣を作った小鳥を、おそらく食用にするために捕獲するということが前提のものです。

 

 その際、親鳥と雛あるいは卵を一緒に取るなというのです。7節では「必ず母鳥を追い払い、母鳥が産んだものだけを取らねばならない」と、細則を定めています。これは勿論、小鳥のことを考えて定められたものではありません。こうすることで、資源を確保し、引き続き、貧しい人が卵あるいは雛鳥を取り続けることを考えているわけです。そして、神はそれを許しておられるということになるでしょうね。

 

 ところで、主イエスが「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない」(マタイ福音書10章29節)と仰っています。また、ルカ福音書12章6節では「五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか」と言われています。つまり、4羽買うと1羽ただでおまけがついて来るということです。

 

 それほどの価値しかない雀ですが、しかし、おまけとして与えられる「その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない」、つまり、父なる神があたかも飛行機の管制官であるかのように雀一羽一羽の動静を見極め、飛んでいるときも羽を休めているときも、絶えず見守っておられるというのです。

 

 そう語られた上で、「それどころか、あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」(ルカ福音書12章7節)と言われました。私たちの動静のすべてを神がご存じだというのです。

 

 「恐れるな」(同7節)と言われますが、神の御心に背いている私たちです。御言葉に従い得ない私たちです。そのすべてを、主なる神は御存じです。どうして恐れないでいられましょう。

 

 けれども、その主御自身が「恐れるな」、恐れなくてよいとおっしゃるのです。何故でしょうか。主は私たちに罰を当てようとして見ておられるのではありません。私たちが主の許しなしに地に落ちたりしないように、それで怪我をしたりしないように、私たちが主の助けを求め、導きを求めて祈ると、それに応えようと待ち構えておられるのです。

 

 主は、私たちが道に迷ったようになっているとき、「いい気味だ、そうなったのは自業自得だ」などとは言われません。まさに、見て見ぬ振りをなさらないお方です。必ずあるべきところに連れ戻してくださいます。私たちの一切の必要を豊かに満たしてくださるお方なのです。

 

 そのお方を主と呼び、神として崇めさせていただいています。主が「見て見ぬ振りをするな」と仰るならば、それを実行することが出来るようにしてくださいと祈りましょう。心貧しい私たちのために、必要な知恵と力を授けてくださいと、主に求めましょう。

 

 主よ、何をするにも自分の都合が最優先で、面倒なこと、遠回りさせられそうなことには目をつぶり、見なかったことにしようとする私です。そんな身勝手さで道を迷う私を見ぬ振りせず、絶えず正しい道へ導き返してくださる神様、その恵みに感謝し、主の御心を行う者とならせて下さい。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「主人のもとを逃れてあなたのもとに来た奴隷を、その主人に引き渡してはならない。」 申命記23章16節

 

 冒頭の言葉(16節)で言及されている「奴隷」とは、負債の支払いのために身を売って奉公するヘブライ人奴隷ではなく、他の国から逃亡して来た奴隷のようです。この箇所では、そのような逃亡奴隷に対して、もとの主人に引き渡さず、むしろ、「どこかの町の彼が選ぶ場所に、望むがままにあなたと共に住まわせなさい」(17節)と、避難所を提供して保護するように命じています。

 

 しかしながら、そのようなことをすれば、国外逃亡奴隷を引き渡さないということで、国際社会の摩擦を呼び、大変な事態になってしまうのではないでしょうか。また、そのような逃亡奴隷に対する対応は、国内の奴隷制度にも影響を与えそうです。

 

 新約時代、ローマ帝国のもとでは、逃亡奴隷が捕まえられることになれば、十字架刑という極刑が待っていましたし、ローマ市には逃亡奴隷を捕まえる特別警察が組織されていたと聞いています。その意味では、奴隷制を廃止することなど全く考えられない時代に、これは、奴隷の生存権を守る画期的な規定といってもよいでしょう。

 

 ここで、「逃れて・・来た」というのは、ナーツァルというヘブライ語で、この言葉には「救う」という意味があり、主なる神がイスラエルの民をエジプトから「救い出す」というときに用いられている言葉です(出エジプト記3章8節、6章6節など)。

 

 イスラエルの民は、かつてエジプトで奴隷として使役されていました。その民の叫びを主が聞かれて、彼らをエジプトから救い出され、今や、約束の地に導き入れようとしているところなのです(出エジプト記3章7節以下)。

 

 ですから、イスラエルの民のもとに逃れて来る他国からの逃亡奴隷は、いわば同胞、家族なのであり、彼らを匿い、共に住むようにするのは、当然のことだというわけです。彼らには、住む場所を自由に選ぶ権利さえ、保障されます(17節)。

 

 新約聖書の時代、使徒パウロが、オネシモをフィレモンのもとに送り帰すという手紙を書いています(フィレモン書8節以下、12節)。オネシモは、フィレモンの家の奴隷でしたが、彼のもとを逃げ出してパウロのところに身を寄せていたのです。そのため、「以前はあなたにとって役に立たない者でした」(同11節)と言われるのです。

 

 オネシモとは、「役に立つ」という意味の名前で、特に奴隷の名として用いられたそうです。その名に反して、オネシモが役立たずになって逃げ出し、パウロのところにやって来たのを、もう一度、フィレモンのもとに送り返そうという話です。

 

 しかも、「役に立たない者」と言われるのは、ただフィレモンのもとを逃げ出したというだけではなかったようです。同18節に「彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら」とあるように、実際、逃げ出すときに金品を持ち出して、フィレモンに損害を与えていたのだろうと思われます。

 

 そういうオネシモが、どのような経過でパウロのもとに身を寄せることになったのか分かりませんが、恐らくエフェソで監禁されていたパウロに執り成しを頼み、仕えている内に、キリストの教えを受け入れ、クリスチャンになったのでしょう。「監禁中にもうけたわたしの子オネシモ」(同10節)とはそのことを示しています。

 

 そこでパウロは、オネシモをフィレモンに送り帰すことにします。しかし、「もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟として」(同16節)ということです。パウロはフィレモンに、オネシモをパウロ自身と思って迎え入れてくださいと求め(同17節)、オネシモがフィレモンに与えた損害は、パウロが肩代わりしようとまで言います(同18,19節)。

 

 このパウロの姿勢は、一見、冒頭の言葉に反しているようですが、フィレモンがオネシモをパウロの求めに従って受け入れるならば、以後、オネシモは自由の身となり、住む場所を自由に選ぶことが出来るようになります。その意味で、冒頭の言葉の核心をついた姿勢を示したということになります。

 

 パウロはなぜそこまで、オネシモのことに親身になっているのでしょうか。それは、主の導きに反して御子キリストを迫害する者となっていたパウロでしたが(ガラテヤ書1章13節以下)、裁かれるどころか、復活の主イエスと出会ってキリストを信じる者となり、更にその福音の伝道者とされたのです(使徒言行録9章1節以下など)。その神の恵みを味わった者として、オネシモに関わるのは当然のことだったのでしょう。

 

 罪の奴隷であった私たちを贖い出して自由の身にしてくださった主イエスに感謝し、聖霊の力と導きを受けて、贖いの主の証人にならせて頂きましょう。

 

 主よ、あなたはかつて罪の奴隷であった私たちを、御子の十字架の死によって贖い出してくださいました。その恵みを知ったとき、多くの人にこの喜びを味わって欲しいと思いました。今もその思いが心の内にあります。主よ、聖霊の力に満たしてください。主の愛の証し人とならせていただくことができますように。 アーメン

 

 

「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない。それは寄留者、孤児、寡婦のものとしなさい。こうしてあなたの手の業すべてについて、あなたの神、主はあなたを祝福される。」 申命記24章19節

 

 新共同訳聖書は、5節以下の段落に「人道上の規定」という小見出しをつけています。特に、貧しく、弱い立場の人々に対する配慮が記されます。

 

 6節に「挽き臼あるいはその上石を質にとってはならない」という言葉があります。挽き臼全体を持って行くのが大変ということで、上石だけを質に取るということがあったのでしょう。挽き臼は穀物を粉に挽くために欠かせない生活必需品です。上石を持って行かれると、下石だけでは用をなさず困ってしまいます。

 

 金貸しとしては、そういうモノを担保に金を貸せば、すぐにそれを取り戻そうと、借りたお金を返済するのに必死になるだろうという考えがあるわけです。しかし、それは生活に困窮している人の生存そのものを脅かす行為として禁じられます。

 

 10,11節で「あなたが隣人に何らかの貸付をするときは、担保を取るために、その家に入ってはならない。外にいて、あなたが貸す相手の人があなたのところに担保を持って出て来るのを待ちなさい」というのも、上記同様、困窮者を保護するために、貸主に都合の良いものを質に取ることを禁じているわけです。

 

 そこで、上着以外に担保となるものがないような貧しい人には、その日の内にそれを返せと言われます(12,13節)。それは、上着が夜具でもあるからです(13節)。17節の「寡婦の着物を質に取ってはならない」というのも同様です。

 

 恵まれない者に対してそのような配慮が命じられる根拠として、18節に「あなたはエジプトで奴隷であったが、あなたの神、主が救い出してくださったことを思い起こしなさい。わたしはそれゆえ、あなたにこのことを行うように命じるのである」と告げられています。

 

 冒頭の言葉(19節)も、その関連で語られます(22節参照)。「畑で穀物を刈り入れるとき、一束畑に忘れても、取りに戻ってはならない」というのは、レビ記19章9節の「穀物を収穫するときは、畑の隅まで駆りつくしてはならない。収穫後の落穂を拾い集めてはならない」と同じで、落穂を拾うのは、貧しい人々が命を支える糧を確保する大切な手段でした。

 

 主イエス一行が麦畑を通られたとき、弟子たちが穂を摘んで食べたとき、それをファリサイ派の人から咎められましたが(ルカ6章1,2節)、それは「他人のものを盗ってもよいのか」ということではありませんでした。麦畑で穂を手で摘んで食べることは、貧しい者や旅人には許されていたわけです(23章26節参照)。ファリサイ派の人が問題にしたのは、「安息日」に収穫と食事の準備をしたことです。

 

 落穂拾いと言えば、ルツ記の記事を思い出します。モアブ人女性ルツは、ユダヤから移り住んできたエリメレクの息子と結婚しますが、その夫に先立たれ、姑ナオミが故郷ベツレヘムに戻るのに同行します(ルツ記1章)。ルツは早速落穂を拾いに行きますが、それは、たまたま姑ナオミの親戚ボアズの畑でした(同2章1節以下、3節)。ボアズは、異国人であり寡婦であるルツの身の上を知り(同2章5節以下)、厚意を示します(同8節以下)。

 

 そこに、申命記の戒めが忠実に守られた実例を見ることが出来ます。モアブ女性ルツに親切にし、やがて結婚したボアズとルツの間にオベドが生まれ、オベドからエッサイ、そしてエッサイからダビデが誕生します(ルツ記4章13,21,22節)。ボアズは、ダビデ王の曽祖父となったのです。

 

 幕末期の1865年7月、米国のA.ハーディーは、自分が所有している船(ワイルド・ローバー号)のボーイとして渡米して来た一人の日本人青年に目を留め、青年の志を知って自宅に引き取り、学問をさせるため全面的に援助します。青年は、ハーディーの感化でクリスチャンになり、大学を卒業して神学校で学んでいたとき、明治政府最初の外交官・森有礼と会い、その後、岩倉具視の遣米使節団の通訳として協力することになります。

 

 神学校を卒業し、宣教師となって帰国した青年が、日本の将来のためにと様々な困難の乗り越え、京都に同志社大学を建てます。この青年こそ、ご存じ、新島襄先生です。ハーディーが一人の寄留者に示した愛が、以後、大きな実を結ぶことになったのです。新島先生は、ハーディーをアメリカの父と呼び、自分のミドル・ネームに名前をもらってジョセフ・ハーディ・ニイシマ(Joseph Hardy Neesima)と称していたそうです。

 

 私たちも主イエスの恵みに与って神の子とされ、クリスチャン(キリストのもの)と呼ばれています。キリストに愛された愛をもって、互いに愛し合いましょう(ヨハネ15章12節)。主が手の業すべてを祝福してくださるからです。

 

 主よ、御子が私たちのために一切を捨ててこの世においでくださいました。それは御子の貧しさによって私たちが富む者となるためでした。神は、主を信じる私たちのためには、御子と一緒にすべてのものをお与えくださるのです。 ハレルヤ!アーメン

 

 

「あなたの神、主があなたに嗣業の土地として得させるために与えられる土地で、あなたの神、主が周囲のすべての敵からあなたを守って安らぎを与えられるとき、忘れずに、アマレクの記憶を天の下からぬぐい去らねばならない。」 申命記25章19節

 

 25章の最後、「アマレクを滅ぼせ」という見出しが付けられた17節以下の段落、その冒頭の17節に「アマレクがしたことを思い起こしなさい」とあり、そのことで、続く18節に「彼は道であなたと出会い、あなたが疲れきっているとき、あなたのしんがりにいた落伍者をすべて攻め滅ぼし、神を畏れなることがなかった」と説明されています。

 

 アマレクのそのような仕業に基づいて、冒頭の言葉(19節)のとおり「あなたの神、主が周囲のすべての敵からあなたを守って安らぎを与えられるとき、忘れずに、アマレクの記憶を天の下からぬぐい去らねばならない」という厳しい命令が記されています。アマレクの徹底的な殲滅が命じられているわけです。

 

 これは、出エジプト記17章8節以下のイスラエルとアマレクとの戦いのことを言っているものと思われます。その戦いでは、ヨシュアの奮戦とモーセの執り成しの祈りにより、アマレクを打ち破ることが出来ました(同12節)。そして、主がモーセに「わたしは、アマレクの記憶を天の下から完全にぬぐい去る」(同14節)と言われ、モーセが「彼らは主の御座に背いて手を上げた。主は代々アマレクと戦われる」(同16節)と告げています。

 

 ただ、18節で言われているようなことは、出エジプト記には何も記されてはいません。徹底的にアマレクを打ち滅ぼし、彼らの記憶をぬぐい去らせるようにするための悪意に満ちた付加ではないかとさえ思われます。

 

 創世記36章12,16節によれば、アマレク人はヤコブの兄エサウの子孫と伝えられています。とすると、23章8節の「エドム人をいとってはならない。彼らはあなたの兄弟である」という言葉とぶつかってしまいます。エドム人とは、エサウの子孫のことだからです(創世記25章30節)。

 

 ここに記されているアマレク人に対する嫌悪感は、恐らくその後の士師時代、王国時代を通じて、繰り返しエドムの荒れ野からイスラエル南部に侵入して略奪を行うなど勢いを振るい、モアブ、アンモン、ミデアンと共に脅威となっていたからでしょう(士師記3章13節、6章3,4節、サムエル記上15章、30章)。

 

 ところで、私たちはこの記事をどのように読むべきでしょうか。イスラエルに敵対し、神の民に弓引くアマレクの民は、滅ぼし尽くして永遠の忘却の彼方に追い遣るべきなのでしょうか。文字通りに考えれば、そうなのかもしれません。

 

 実際、聖書のほかに、アマレク人の存在を記している資料はありません。アマレク人に関する考古学的発見もないようです。ということでは、神の命令が実現していることになります。それにも拘わらず、聖書にアマレクの記事が記されているので、その記憶を天の下から拭い去るどころか、世の終わりまで確実に語り継がれていくわけです。

 

 ということは、申命記が伝えようとしているのは、アマレクを滅ぼし尽くすこと、アマレクに敵愾心を燃やし続けることなどではなく、出エジプト記17章16節のモーセの言葉のように、イスラエルに敵することは、神を敵に回すことであり、神ご自身がイスラエルの民のために戦って下さるということではないでしょうか。

 

 あるいはまた、アマレクが攻め滅ぼしたとされる、疲れ切って民のしんがりにいた落伍者に対して、神を畏れ、憐れみの心を持って対応するようにせよということかも知れません。つまり、申命記記者の関心は、イスラエルの民の幸福にこそあるということではないでしょうか。

 

 確かに、「敵」といわれる存在があることでしょう。自分たちに敵対し、害を与えるため、「敵」と呼ばざるを得ないような相手のことです。敵との戦いを避けられず、神の武具で武装せよと言われるところもあります(エフェソ書6章10節以下)。しかしそれは、人間を相手にするものではありません。

 

 そして、身を守る武具として、真理の帯、正義の胸当て、福音宣教の靴、信仰の盾、救いの兜、そして御霊の剣を取れと言われます(同16,17節)。ここには、相手に害を与える武具は、存在しません。御霊の剣とは、神の御言葉のことだと説明されています(同17節)。神の御言葉で悪魔の策略を打ち破れというわけです。

 

 主イエスは、人間の敵に対しては「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5章44節)と言われました。これは、簡単に実行出来るものではありません。しかし、実行出来ないものでもありません。主イエスの御言葉に聴き従うことこそ、私たちと「敵」との間にうごめく悪魔の策略を打ち破る戦いなのです。

 

 御霊の力により、御言葉に従わせないよう働く悪しき力、思いを取り除いて頂きましょう。御霊の導きを祈りつつ、絶えず主の御言葉に耳を傾けましょう。

 

 主よ、誰かに右の頬を打たれて左の頬も向けてやるというような心のもち合わせは、私にはありません。しかし、あなたは敵を愛せよと言われます。御旨に聴き従うことが出来ますように。信仰と祈りによって一歩踏み出させて下さい。 アーメン

 

 

「今日、あなたの神、主はあなたに、これらの掟と法を行うように命じられる。あなたは心を尽くし、魂を尽くして、それを忠実に守りなさい。」 申命記26章16節

 

 冒頭の言葉(16節)は「イスラエルよ、聞け。今日、わたしは掟と法を語り聞かせる。あなたたちはこれを学び、忠実に守りなさい」といって語り始められた「掟と法」の序文(5章1節)に対応しています。つまり、5章の十戒に始まる掟と法の宣告が、冒頭の言葉で「結び」となったわけです。

 

 ですが、掟と法の宣告が結ばれたということは、これで完成ということではありません。冒頭の言葉で言われている通り、神が命じておられる「掟と法」を、心を尽くし、魂を尽くして、忠実に守ることが求められているのです。

 

 17節の「主を自分の神とし、その道に従って歩み、掟と戒めと法を守り、御声に聴き従います」というイスラエルの民の誓約の言葉に対し、主なる神が18,19節で「すでに約束したとおり、あなたは宝の民となり、すべての戒めを守るであろう。造ったあらゆる国民にはるかにまさるものとし、あなたに賛美と名声と誉れを与え、既に約束したとおり、あなたをあなたの神、主の聖なる民にする」と誓約されました。

 

 ここに、イスラエルの民が主をおのが神とし、主なる神がイスラエルの民をおのが民とするという契約が、再び結ばれたことになります。

 

 かつて、シナイ山においてイスラエルの民は主なる神と契約を結びました(出エジプト記19~24章)。けれども、彼らは、シナイの荒れ野を旅する間、度々主なる神に背いたので、主は彼らを打たれ、約束の地に入ることが出来ませんでした(民数記14章、26章参照)。

 

 そこで、約束の地カナンに入る前、第二世代の民と、改めて契約を結ぼうとしているわけです。約束の地には、モーセも入ることが許されませんでした(民数記20章12節、申命記3章23節以下、27節)。そこで、掟と法を語り聞かせる必要が生じ、十戒をはじめとする重要な教え(5~11章)と、諸規定(12~26章)を民に伝えたのです。

 

 諸規定を語り終えるに当たり、約束の地に入って住み、そこで収穫を迎えた時になすべきことを定めています(1節以下)。神は、「地の実りの初物」(2節)を主にささげる際に、5~10節の言葉を告白するように求めておられます。

 

 そこで語られるのは、まず出自で「滅び行く一アラム人」と言います(5節)。アラムとは、ヨルダン川東岸からチグリス・ユーフラテス流域までに住むアラム人のいる広い地域を指すものです。

 

 イスラエルの先祖アブラハムは、「カルデアのウル」(創世記11章31節)、即ちユーフラテス川河口の町の出身です。ウルから父テラに連れられて水源地に近いハランの地に移り住み、そこで主の御言葉を聞いて、カナンに下って来ました。彼には子どもが与えられていませんでした。神の助けと導きがなければ、彼の代で系図が途絶えてしまうところでした。「滅び行く一アラム人」の素質は十分です。

 

 アブラハムは「わずかな人を伴ってエジプトに下り」(5節、創世記12章10節以下)、そこに寄留しようとしたこともありますが、「そこで、強くて数の多い、大いなる国民になりました」(5節)というくだりをみると、それはアブラハムの孫ヤコブのことであることが分かります。

 

 ヤコブは、兄エサウの祝福を奪い、ハランの地に避難したことがあります(創世記27章)。彼はたった一人でハランの地に赴きましたが、そこで神の恵みに与って二人の妻、二人の側室を得、12人の男児をなしました(同29章以下)。また、多くの財産を抱えて故郷に戻って来ます。

 

 その後、パレスティナを襲った飢饉のため、子らとその家族70名(先にエジプトに売られ、宰相となっていたヨセフの家族も含めて)を連れて、エジプトに下ります(創世記48章、出エジプト記1章5節)。ゴシェンの地に寄留したヤコブの家族は、王に厚遇されてその数を増し、「強くて数の多い、大いなる国民」(同7節)に成長したのです。

 

 しかし、それがエジプトにとって不安の種になります。それで、ヨセフを知らない世代の王が出ると(同8節以下)、イスラエルの民は厚遇される立場から一転、重労働を課される奴隷の立場に落とされました(同11節)。

 

 神は、助けを求めるイスラエルの民の声を聴き、その苦しみ、労苦、虐げを御覧になり(7節)、力ある御手をもってエジプトから導き出し、彼らに約束の地をお与えになりました(8,9節)。ですから、初物をささげるのは、約束の地に入ることが出来たという喜び、約束を主が真実に適えて下さったという感謝のしるしなのです。

 

 それを、約束の地に定住し、作物の実りを見た最初にするだけでなく、新しい季節の産物の初物をささげるごとに行うのです。そのことで、実りに対する感謝と共に、自分たちがこれまで受けてきた神の恵み、自分たちが神の民と呼ばれるために与えられた神の愛の深さを思い起こし、その感謝を言い表すのです。

 

 それは、新しい地においても神の恵みを受けるという信仰の表明でもあります。かくて、主なる神とイスラエルの民との契約は、彼らがエジプトから導き出して頂いたという感謝と、新しい地でも神の恵みに与るという希望に基づくものであり、そのために御言葉に聴き従うことを誓うことなのです(14,15節)。

 

 私たちも、罪の呪いから解放され、新しい命に生きる者とされました。日毎に主の御言葉に耳を傾け、その導きに心を尽くし、魂を尽くして忠実に従いましょう。そこに、私たちの感謝と希望もあります。 

 

 主よ、私たちも新しい月ごとに主が命じられた主の晩餐を守り、その御業を記念しています。私たちが神の子とされるためにどれほどの愛を賜ったことか、思いを新たにするためです。どうか私たちを祝福し、与えられている務め、働き、私たちが仕えている場所、家庭、職場、地域を祝福してください。 アーメン

 

 

「また、和解の献げ物を屠ってそれにあずかり、あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい。」 申命記27章7節

 

 1節に「モーセは、イスラエルの長老たちと共に民にこう命じた」と記されています。イスラエルの民に語りかける際に、モーセが「長老と共に」民の前に立つというのは、これまで前例のないことでした。

 

 原文は「そしてモーセとイスラエルの長老たちは命じた」という言葉遣いになっていますが(口語訳、新改訳参照)、イスラエルの長老たちが主から直接言葉を聞いたという場面はなく、また「命じる」(ツァーヴァー)には3人称単数形が用いられていることもあって、「と」を「共に」に変えて訳出しているわけです(岩波訳も)。

 

 モーセは、約束の地に入ることが許されてはいません。ですから、ここで命じたことを民が忠実に実行するかどうか、モーセ自身が確かめることが出来ません。そのために、長老たちがモーセと共に立ち、いわば立会人しての役割を果たしているというかたちです。

 

 ここで命じられているのは、ヨルダン川を渡って約束の地カナンに入ったら、大きな石を幾つか立ててそれに漆喰を塗り(2節)、その上に律法の言葉をすべて書き記せというものです(3節)。因みに、ヨシュア記4章には、水の涸らされたヨルダン川を渡った記念に、ヨルダン川の石を取ってギルガルの地に立てたことが記されています。

 

 律法の言葉を石に書き記させるのは、その石碑を見る人に神の戒めを守るべきことを常に思い起こさせるという狙いがあるのでしょう。「律法の言葉をすべて書き記せ」(3節)と言われているということは、神がモーセを通じてお命じになった律法を、すべて守り行えというわけです。

 

 ただし、「律法の言葉をすべて」とは、5~26章に記されている掟と法のことだとすると、その分量の多さから、それを文字通りに実行するのは、とても大変なことではなかったかと思われます。

 

 恐らく、契約の箱に十戒の刻まれた石の板を納めたように(4章13節、10章4,5節)、律法のすべてを代表して「十戒」を石碑に記したのではないかと思われます。あるいは、「大きな石を幾つか立て」(2節)ということですから、重要な掟とされる5~11章を碑に刻んだのかも知れません。

 

 4節に「これらの石をエバル山に立て」なさいと言われています。エバル山について、以前、「あなたが入って得ようとしている土地に、あなたの神、主が導き入れられるとき、ゲリジム山に祝福を、エバル山に呪いを置きなさい」(11章29節)と言われていました。それは、主の戒めに聴き従うならば祝福を受け、戒めに耳を傾けようとせず神に背く道を行くならば呪いを受けるということでした(同27,28節)。

 

 そして、エバル山には、石碑が建てられるだけでなく、祭壇も築かれることになります(5節)。それは石の祭壇で、鉄の道具を当てない(5節)、自然のままの石で主の祭壇を築くように命じられています。そのことについて、出エジプト記20章25節に「のみを当てると、石が汚される」と、その理由が説明されています。

 

 そこに焼き尽くす献げ物をささげ(6節)、また、和解の献げ物をささげます(7節)。和解の献げ物は、それをもって神に和解を求めるというよりも、罪赦され、和解の恵みに与った感謝の献げ物といった方がよいのでしょう。

 

 冒頭の言葉(7節)に「和解の献げ物を屠ってそれにあずかり、あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい」と言われています。レビ記によれば、和解の献げ物は、脂肪を燃やして煙とし、胸の肉と右後ろ足は祭司らのものとなり、それ以外の肉は、奉納者が神の御前で食することになっています(レビ記3章、7章11節以下)。和解の恵みに与った感謝の献げ物を、神と、そして仲保者たる祭司たちと共に喜び祝うわけです。

 

 これは、イスラエルの民が約束の地に入るということは、罪の赦しという神の恵みの賜物だということでしょう。赦しがなければ、だれ一人、約束の地に入ることが出来なかったのです。だからこそ、「主の御前で喜び祝いなさい」と言われるのです。

 

 私たちの罪を赦すために、神の御子、主イエスが贖いの供え物となられました(ローマ書3章24,25節、第一ヨハネ書2章2節、4章10節)。主の晩餐式では、裂かれたパンと、ぶどうから作られた杯をいただきます(マルコ14章22節以下など)。それは、キリストが体を裂き、血を流されたことを記念するものです(第一コリント書11章23節以下、ルカ22章19節)。

 

 そしてそれは、神の国での祝宴の先取りでもあります。というのは、主イエスが「神の国で新たに飲む日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」(マルコ14章25節)と仰っています。ここに、神の国で、主イエスと共にぶどうの実から作ったものを飲むときが来ることが約束されているといってよいでしょう。

 

 それは、どんなに大きな喜びでしょうか。言葉では表現出来ない喜びが爆発するときでしょう。主の晩餐式は、それを先取りしているのです。冒頭の言葉に「和解の献げ物を屠ってそれにあずかり、あなたの神、主の御前で喜び祝いなさい」と言われているとおり、私たちの和解の献げ物として死んでくださった主イエスを記念する主の晩餐に与るとき、もっと喜ぶべきです。もっと神に感謝すべきです。

 

 私たちのささげる礼拝が、神を喜び祝う礼拝となるように、主の御言葉に耳を傾け、御旨に従い、日々豊かな祝福に与りましょう。

 

 主よ、計り知れない恵みに心から感謝します。罪赦され、救われ、神の子とされ、永遠の命に与りました。祈りが聞かれ、癒しや助けをいただきます。聖霊の力を受け、主の恵みを証しすることが出来ます。日々御言葉が開かれ、御旨を悟ります。御業のために用いてください。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「あなたが、すべてに豊かでありながら、心からの喜びと幸せに溢れてあなたの神、主に仕えないので、あなたは主の差し向けられる敵に仕え、飢えと渇きに悩まされ、裸にされて、すべてに事欠くようになる。敵はあなたに鉄の首かせをはめ、ついに滅びに至らせる。」 申命記28章47,48節

 

 28章には、神とイスラエルの間に結ばれる契約の特約事項が、「神の祝福」(1節以下)と「神の呪い」(15節以下)というかたちで記されています。呪いについては、27章8節以下の「呪いの掟」に、どのような行為が禁じられているのかが具体的に規定されていて、それを破ると呪われると言われます。

 

 それに対して、28章では、この契約のために与えられた掟と法(5~26章)を忠実に守り行うことによっていかなる利益=祝福がもたらされるのか、また、それを守り行わないことによっていかなる不利益=呪いを被ることになるのかということが述べられています。

 

 神の祝福には、理想的な姿、こうであればよいなあという、希望溢れる表現が並んでいます。神の守りは国の全域に及んでおり(町でも野でも祝福される:3節)、人の生活にかかわる生き物が多産で(4,5,11,12節)、あらゆる活動が順調に進みます(6,8節)。敵を打ち負かすことが出来ます(7節)。それらのことを通して、イスラエルが神の聖なる民であることが証しされ(9,10節)、他国をも治めることが出来るでしょう(13節)。

 

 一方、神の呪いは、まず分量的に、祝福の4倍の長さで語られています。内容は、16~19節に神の祝福(3~6節)をちょうど裏返しにした記述があり、20節以下には疫病や天変地異などの災厄、異国の支配、36節以下には捕囚の憂き目を見ることなども記されています。そして、これらの災いは、実際にイスラエルが味わうことになりました。

 

 疫病や天変地異などは、イスラエルの民がエジプトを脱出する際に、エジプトに下された災いでした。イスラエルの民は、神の恵みを得てエジプトを脱出したのです。エジプトに下された災いでイスラエルの民が打たれ、そして、「エジプトに送り返される」(68節)というのは、文字通りエジプトの奴隷となるということでもありましょうけれども、神に背いて呪われた結果、一切の恵みを失った姿であるということが明示されるかたちなのです。

 

 イスラエルの民は、ダビデ王の時代に、神の大いなる祝福を得ました。それこそ神は、町にいても祝福され、野にいても祝福され(3節)、入るときも祝福され、出て行くときも祝福され(6節)、立ち向かう敵を目の前で打ち破られました(7節)。

 

 ダビデから王朝を引き継いだその子ソロモンも、主なる神から受けた知恵をもって、これ以上ないというほどの祝福を受けました(列王記上3章)。壮麗な神殿を建て、贅を尽くした王宮を完成することも出来ました(同6~8章)。ソロモンの名声を聴き、知恵を聞くために世界中の人々が拝謁を求め、貢ぎ物を携えてやって来たと言います(同10章1節以下、23~25節)。

 

 ところが、ソロモンには700人の王妃と300人の側室がいて、この妻たちがソロモンを惑わしました(同11章1節以下)。外国から娶った王妃や側室のために異教の神々を祀る場所が築かれ、その礼拝が行われるようになり、ソロモンは主の戒めに背いたのです。ソロモンはいったい何のために千人もの妻たちを抱えたのでしょうか。

 

 婚姻関係を結んで、両国の平和安定的な交易を求めるためでしょうか。あるいは、よい子孫を残すためでしょうか。その他、様々な理由があるのでしょうけれども、勿論それは、神の導きではありません。むしろ、神の戒めに背く行為だったのです(同11章2節、出エジプト記34章12節以下)。申命記17章14節以下に「王に関する規定」が記されているのは、まさにソロモンの違反行為がその背後にあるといってよいのではないでしょうか。

 

 民を正しく裁き、善と悪を判断するために聞き分ける心をお与えくださいと神に求め、知恵に満ちた賢明な心を授かったソロモンが(王上3章6節以下、9節)、なぜ、愚かにも神に背く道を歩んでしまったのでしょうか。その理由は定かではありませんし、理解に苦しむところです。

 

 冒頭の言葉(47節)で「あなたが、すべてに豊かでありながら、心からの喜びと幸せに溢れてあなたの神、主に仕えないので」と言われています。ソロモンは、あらゆる面で豊かになったとき、シェバの女王を初め多くの来訪者たちが賛辞を口にするのをおのが誉れとし、いつしか心高ぶって感謝を忘れ、喜びと幸せに溢れて主に仕えることをしなくなったのでしょう。

 

 いちいち神に知恵を求めずとも、自分の世界一豊かな知恵で判断し、最も良い裁決が出来ると思い始めて、歯車を狂わせてしまったのかも知れません。主を畏れることが、知恵の初めなのです(箴言1章7節)。

 

  驕り高ぶって神に背いた結果、冒頭の言葉(48節)に言われているように、ソロモンの存命中に敵対する者が起こり、死後、イスラエルは南北に分裂します(列王記上12章)。そうして、北イスラエルは紀元前721年にアッシリアに(列王記下15章27節以下)、南ユダは紀元前587年にバビロンに滅ぼされ、民は捕囚として連れ去られるという結果を刈り取ることになりました(同25章)。

 

 パウロは、知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れていると言っています(コロサイ書2章3節)。主の御前に謙ればこそ、知恵と知識の宝が明らかにされるのです。主を畏れる心を忘れて、賢明に生きることは出来ないということです。その意味では、神の賜物がソロモンにとっては仇となってしまったかたちです。

 

 神の恵みが仇となることがないように、恩知らずにならないように、絶えず主の御前に謙り、日々御言葉に耳を傾け、「今日」主が命じられるところをことごとく忠実に守り、主と共に歩みましょう。

 

 主よ、与えられている恵みに心から感謝します。その恵みを主の御業の前進のために生かして用いることができますように。そのために、聞き分ける心、実践する力を授けてください。喜びと幸せに溢れて主に仕えさせてください。御心が行われますように。 アーメン

 

「あなたはその目であの大いなる試みとしるしと大いなる奇跡を見た。主はしかし、今日まで、それを悟る心、見る目、聞く耳をあなたたちにお与えにならなかった。」 申命記29章2,3節

 

 29~32章は、モーセの決別説教というべき部分です。まず29,30章に、モアブで結んだ「契約の言葉」が告げられます。28章69節(口語訳、新改訳は29章1節)に「これから述べるのは、主が、ホレブで彼らと結ばれた契約とは別にモアブの地でモーセに命じられてイスラエルの人々と結ばせた契約の言葉である」と記されています。

 

 その後、モーセの後継者として正式にヨシュアを立てて、その任務を委譲し(31章)、「モーセの歌」を語り聞かせて、「最後の勧告」を行いました(32章)。

 

 「契約の言葉」は、1節以下7節までのところで、簡潔にこれまでの歩みを振り返っています。1,2節で、イスラエルの民がエジプトを脱出するために起こされた神の災いを思い起こさせ、4,5節では、荒れ野で経験した神の恵みに触れ、6,7節には、ヨルダン川東岸での戦いに勝利して嗣業の地に編入したことが記されています。

 

 ただ、冒頭の言葉(2節)で「今日まで、それを悟る心、見る目、聞く耳をあなたたちにお与えにならなかった」というのは、イスラエルの民が、これら神の偉大な御業を主の御業としてでなく、自分たちの努力の結果と勘違いしていたのではないかということを示唆するものです。もしも、見るものを見、聞くべき言葉を聴いていれば、それが神の御業であることを悟れたはずだということです。

 

 そもそも、神が彼らに憐れみをかけてくださらなければ、エジプトを一歩も離れることは出来なかったでしょう。イスラエルの民は、エジプトにいたときから約束の地を目前にしている今日まで、様々な恵みを味わって来ました。そして、約束の地に入ってからも、恵みによって生かされる生活は続きます。

 

 しかしながら、イスラエルの民は、神の民として神を畏れ、その御心を悟り、神にのみ信頼して、従順にその御言葉に聴き従うということが出来ませんでした。何度も神に不平を言い、繰り返し主に背いて、その怒りを招きました。

 

 だから、シナイの荒れ野で登録されたイスラエルの成人男子について(民数記1章)、ヨルダン川東岸のモアブの平野で再調査した時には、エフネの子カレブとヌンの子ヨシュアを除いて、生き残った者はいなかったという結果を招いてしまったのです(同26章)。そこで、もう一度改めて、次の世代の者たちと契約を結ぶことになったわけです。

 

 9節に「今日、あなたたちは、全員あなたたちの神、主の御前に立っている。部族の長、長老、役人、イスラエルのすべての男子、その妻子、宿営内の寄留者、薪を集める者から水を汲む者に至るまでいる」と言われています。

 

 主なる神と契約を結ぶために、「部族の長、長老、役人からすべての男子、その妻子」という、イスラエルのすべての民だけでなく、宿営内の寄留者に、薪を集め、水を汲む僕たちも、主の御前に共に立っています。

 

 これは、ここで結ばれる契約は、イスラエルの選民思想とは無縁ということです。また、イスラエル民族という集団というより、共同体を構成する一人一人と結ぶということでもあります。

 

 そのことは、13~14節の「わたしはあなたたちとだけ、呪いの誓いを伴うこの契約を結ぶのではなく、今日、ここで、我々の神、主の御前に我々と共に立っている者とも、今日、ここに我々と共にいない者とも結ぶのである」という言葉にも表れています。

 

 神はこの契約の相手を、世代を越えてもっと広げようとしておられるのです。今ここに共にいない、次の世代、次の次の世代、もっとずっと後の世代の人々とも結びたいということです。

 

 「今日まで、それを悟る心、見る目、聞く耳を持たなかった」(3節)という言葉を、イスラエルの民は、特にバビロン捕囚において噛みしめることになったことでしょう。それこそ、亡国の憂き目を見た一番の原因だったからです。そして、再びイスラエルに戻って来るに際して、改めて主との契約を結ぶ言葉を聞くというのは、極めて重要な意味を持ったことでしょう。

 

 そしてまた、この時モーセがそう考えていたとは思えませんが、「今ここに共にいない」、別の場所にいる者、つまり、イスラエルの民ではない、周辺諸国の人々とも結ぶということにもなるのではないでしょうか。だから今、私たちも主なる神との契約のうちに入れられているわけです。キリストの福音がイスラエルの民から異邦人へと広げられた根拠が、ここに記されていたということです。

 

 冒頭の言葉との関連で、主なる神は、エジプトを出たイスラエルの第二世代の民から、寄留者、奴隷、そして、異邦人、後のすべて世代の人々に、「悟る心、見る目、聞く耳」に示されている、主を神と信じる信仰をお与えくださるために、新しい契約を結ぼうとしておられるということになります。

 

 パウロが「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです」(ローマ書10章17節)と言いました。申命記において、神の御言葉、すべての掟と法、神の命令と教えに忠実に従うように、何度も命じられています。

 

 神の御言葉を聞くことから始まる信仰を通して、主のほかに私たちを救うことが出来るものはないと悟ること、このお方の約束を信じ、その御手にすべてを委ねて歩むこと、そして、このお方の御言葉、御教えに忠実、従順な選びの民となるように、繰り返し語られ、導かれているのです。

 

 神はかつてホレブで契約を結び、そして、ここモアブでそれを更新されます。一度契約を結べば、それで善いというのではありません。あなたは「今日」、わたしと契約を結びますかと、神は問われるのです。即ち、神との契約は毎日更新されるのです。毎日、「あなたは今日、私を主と呼びますか。私の言葉に耳を傾けますか。私を信じて仰ぎますか」と問われているのです。

 

 主の問いかけに、常に「はい」と答えて、主の御言葉に日々耳を傾け、喜びをもって素直に従って行きたいと思います。

 

 主よ、私たちは置かれた状況、境遇によって心が変わります。キリストのみ、信仰のみに立つことが出来なくなります。どうか清い心、確かな新しい霊を授けてください。信仰に堅く立ち、絶えず主に目を向け、御言葉に耳を傾けることが出来ますように。アーメン

 

 

「御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる。」 申命記30章14節

 

 30章は、「わたしがあなたの前に置いた祝福と呪い、これらのことがすべてあなたに臨み」(1節)という言葉で始まります。イスラエルが、申命記に記されているあらゆる祝福や呪いを味わう、初めは大いに祝福されたけれども、やがてその祝福を失い、最悪の事態に陥って28章に語られているようなあらゆる災いを被るということです。

 

 これまでの論調は、神に従えば祝福、背けば呪いが臨むという二者択一のもので、そこでは当然、神に忠実に従って祝福を受けるようにという招きが語られていました。どこか、「天国か地獄か」といった響きとして、それを聴いていました。そして、神に呪われ、災いを受けたらそれでおしまいと考えていました。

 

 しかし、ここに見られるのは、神に背いてその呪いを受けても、追い遣られた先々で悔い改めるならば(1,2節)、「あなたの神、主はあなたの運命を回復し、あなたを憐れみ、あなたの神、主が追い散らされたすべての民の中から再び集めてくださる」(3節)という、回復の約束です。

 

 つまり、主なる神は背くイスラエルを滅ぼしてしまわれたいのではなく、再び神に聴き従う者となること(2節)、心を尽くし、魂を尽くして、イスラエルの神、主を愛する者となること(6節)を望んでおられるのです。そしてそれが、申命記でモーセを通して神が告げていることなのです(10節)。

 

 11節に「わたしが今日あなたに命じるこの戒めは難しすぎるものでもなく、遠く及ばぬものでもない」とあります。ここで「難しい」の原語は、「不思議(パーラー)」という言葉で、神の御業の形容に、「驚くべき」(出エジプト記3章20節、34章10節)とか「奇しき」(新改訳:出エジプト記34章10節)と訳されて、用いられています。

 

 つまり、普通の人間が理解することの出来ない不思議な出来事という意味で用いられているわけです。ここでは、「難しすぎるものではなく、遠く及ばぬものでもない」ということから、誰もが理解することが出来るといわれているのです。そのように誰もが理解することのできるものだから、実行するのは難しくない。それを行って、祝福を得よというのです。

 

 勿論、あらゆる律法、すべての戒めを行えと言われて、それが完璧に出来る人もまたいないでしょう。マルコ10章17節以下、永遠の命を巡る問答で、主イエスが示した神の掟に、青年が「そういうことはみな、子供の時から守ってきました」(同20節)と答えますが、それが完全なものでなかったことを主イエスに見抜かれていました。

 

 パウロも、「正しい者はいない。一人もいない」(詩編14編3節)といった言葉を引用しながら(ローマ書3章10節以下)、「律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです」(同20節)と結論しています。

 

 しかし、神の赦しと救いに与り、神の愛を知った者として、命令に従いたいと願い、教えを実行しようと努力すること、神に近づこうとして歩み始めること、それがどんなに弱々しく、ゴールまでほど遠いものであっても、その一歩一歩を神は喜んでくださるにちがいありません。

 

 そして、善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると信じます(フィリピ書1章6節)。

 

 戒めが難しいものではないという根拠について、冒頭の言葉(14節)で、「御言葉はあなたのごく近くにあり、あなたの口と心にあるのだから、それを行うことができる」と言っています。

 

 これは先ず、神の御言葉を繰り返し朗読することです。御言葉が「口にある」とはそのことです。口にあるのでそれを聞くことができます。そして「心にある」とは、既に自分自身のものになっているということでしょう。だから、それを行うことができるというのです。

 

 パウロが、この言葉をローマ書10章8節で引用しています。そして、「これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです」と解釈しました。つまり、口と心にある「御言葉」とは、キリスト・イエスのことだというのです。神の言葉をキリストのことと解釈するのは、キリストが律法の体現者、律法の完成者だということでしょう(マタイ5章17節)。

 

 そして、口で「イエスは主である」と公に告白し、心で「神がイエスを死者の中から復活させられた」と信じるなら、あなたは救われる(同9節)と説いています。主イエスを信じて心に迎え、その信仰を公に言い表すことで神に義とされ、救いに与るのです(同10節)。

 

 こうした言葉の背後には、パウロ自身の信仰体験があると思います。迫害者をも愛し憐れみ、救おうとされる主イエスの愛に触れて目が開かれ、主イエスを信じる者となりました。御霊の力を受けて、主イエスの愛と救いを証しする者となりました(使徒言行録9章)。

 

 パウロは、彼の心に主イエスが住まい、もはや自分ではなく、キリストが生きているというのです(ガラテヤ書2章20節)。そして、どのような困難にも迫害にも気落ちしないで主を証しし、福音を語る時、彼の心には御霊を通して神の愛がいよいよ豊かに注がれ、喜びに満たされました。彼は、艱難さえも喜ぶことが出来る者とされていたのです(ローマ書5章1~5節)。

 

 日々神の御言葉に耳を傾け、それを行うことにより、岩の上に家を建てる賢い者とならせて頂きましょう(マタイ7章24,25節)。御言葉に土台し、導きに従う者は、どんな世の嵐が吹き荒れ、荒波が押し寄せてきても、神の祝福の内に守られるからです。

 

 主から受けた恵みを証しするため、御霊の満たしと力を祈り求めましょう。主は、求める者に聖霊をくださるからです。

 

 主よ、繰り返し背いたイスラエルを絶えず憐れみ、何度も祝福の道を示されました。そこに赦しを見ます。救いを見ます。今日私たちがあなたに従って歩むことが出来るのも、主が私たちを憐れみ、招き続けていてくださるからです。感謝をもって常に「イエスは主なり」と告白して参ります。私たちの歩みを守り導いてください。その恵みを証します。聖霊を与えてください。御名が崇められますように。御業がこの地に行われますように。 アーメン

 

 

「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない。」 申命記31章6節

 

 2節に「わたしは今日、既に百二十歳であり、もはや自分の務めを果たすことはできない。主はわたしに対して、『あなたはこのヨルダン川を渡ることができない』と言われた」というモーセの言葉があります。これを見る限り、もうこれで晴れてお役御免、お務めご苦労様でしたというところです。

 

 ただ、モーセの本心は、ヨルダン川を渡って約束の地を踏みたい、乳と蜜が流れるというカナンの地を見たいということでした(3章25節)。しかし、それは適わず、最後にネボ山、即ちピスガの山頂から、その地を眺めることだけが許されたのです(同27節、34章1節以下)。

 

 どんなに優れた指導者でも、力のあるリーダーでも、永遠にその働きを続けることは出来ません。いつしか、そのバトンを次の者に渡さなければならないときが来るのです。そのとき、何が起こるのかということが示されています。民はこれまで、困ったことがあるとモーセに訴え、解決が与えられて来ました。主によって立てられたよい指導者がいなくなれば、この民はどうなるのでしょうか。

 

 モーセは先ず「あなたの神、主御自身があなたに先立って渡り、あなたの前からこれらの国々を滅ぼしてそれを得させてくださる」(3節)といい、続いて冒頭の言葉(6節)のとおり、「あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない」と告げます。

 

 これは、モーセに代わって主なる神が直接導くということではありません。主が共にいて導かれたからこそ、モアブの地まで来ることが出来たのです。そして、モーセがいなくなっても、それは主がイスラエルの民を見捨てるということではなく、だから、主が共に歩んでくださるということに、変化はないということなのです。

 

 「主御自身が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい」(詩編127編1節)と詩人が詠っています。イスラエルの国を建て、その民を守るのは、優秀な指導者ではなく、主なる神なのです。主こそ、真のリーダーです。主が共に歩んでくださるのだから、「恐れてはならない。おののいてはならない」(6節)と言われるのです。

 

 次いで、モーセはヨシュアを呼び寄せ、民の前で自分の後継者であることを明らかにします(7節)。モーセは、ヨルダン川を渡れないことが確定したときから、エフライム族のヌンの子ヨシュアが選ばれていました(民数記27章12節以下、23節、申命記3章26節以下、28節)。神の導き、助けが、これまでモーセを通してなされていたように、これからは、ヨシュアという新しい代理人を介して与えられるのです。

 

 これは、創世記2章18節で「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」と神が言われたことを思い起こさせます。「助ける者」は、「助け」という意味のエゼルというヘブライ語が用いられています。旧約聖書において、「助け」をお与えになるのは主なる神のほかにありません(詩編121編1,2節参照)。その神が、独りでいる、寄る辺のない人に、「助ける者」を造ってくださるというのです。

 

 モーセが全権をヨシュアに委ねるにあたり、与えた奨めは「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない」(7,8,23節)という言葉です。それは、ヨシュア自身も主なる神の助けを必要としている、弱い人間だということです。だから、冒頭の言葉で全イスラエルに向かって与えたのと同じ奨めの言葉が、あらためてヨシュアに与えられているわけです。

 

 モーセは、12章1節以下26章まで、イスラエルの民が約束の地に入って守るべき掟と法を語って聞かせ、28章69節以下、その掟と法に基づき、シナイ山で結んだ契約を更新するかたちで、モアブの地で契約を結びました。ここで、それらを書き留めさせ、祭司およびイスラエルの全長老に与えました(9,24節)。それこそ、モーセの遺言です。それによって、民はいつでもモーセの遺志を確認出来ます。そして、主の導きを知ることが出来ます。

 

 主なる神が先立って民を導き、モーセの後継者にヨシュアが立てられ、そして、契約書としての律法の書があれば、鬼に金棒、これで用意は万全と言いたいところですが、モーセはしかし、そのように考えてはいませんでした。「わたしはあなたがかたくなで背く者であることを知っている。わたしが今日、まだ共に生きているときでさえ、あなたたちは主に背いている。わたしが死んだ後は、なおさらであろう」(27節)と語っているからです。

 

 だから、ヨシュアに「強く、雄々しくあれ」と語るのであり、また、祭司、長老たちに、七年ごと、負債免除の年の定めの時、仮庵祭に全イスラエルの前で律法を読み聞かせ、忠実に守らせよと命じるのです(10,11節)。どんなに心備えしても、それで安心ということはないでしょう。

 

 イスラエルが拠って立つのは、自分たちの誠実さ、忠実さ誠実さなどではなく、「強く、また雄々しくあれ。恐れてはならない。彼らのゆえにうろたえてはならない。あなたの神、主は、あなたと共に歩まれる。あなたを見放すことも、見捨てられることもない」(6節、8節など)という主の御言葉です。主がそう約束されるからこそ、約束の地で安息を得ることが出来るのです。

 

 祈り願う前から私たちに必要なものをご存じの主を信頼し、日毎その御言葉に耳を傾け、導きに素直に従って歩みましょう。

 

 主よ、あなたは私たちの弱さをよくご存知です。あなたがご一緒くださらなければ、どうして信仰の道を全うすることが出来るでしょう。どうか前から後ろから、また上から下から私たちを取り囲んで、恵みをお与えくださいますように。信仰の創始者であり、完成者である主を仰ぎ見ながら、私たちの担うべき役割を果たすことが出来ますように。 アーメン

 

 

「主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ、これを囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた。」 申命記32章10節

 

 31章30節以下の段落には、モーセがイスラエル全会衆に語り聞かせた「モーセの歌」(1~42節)が記されています。これは、主なる神がモーセに教えて書き留めさせ、イスラエルの人々に教えて、イスラエルの人々に対する証言とせよと言われていたものです(31章17節)。

 

 というのは、イスラエルの民が約束の地に入って満ち足りた生活をし始めると、主を侮り、その契約を破るであろうと予告されていて(同20節)、そこで彼らが災いと苦難に襲われるとき、この歌が彼らに対する証言となるのだと言われるのです(同21節)。

 

 この歌が、どのような節回しで歌われたのか、よく分かりません。けれども、「すべての言葉を心に留め、子どもたちに命じて、この律法の言葉をすべて忠実に守らせ」(46節)るために、歌にして思いを伝えるというのは、それが人々の記憶に留まる上で、有効な手段といってよいでしょう。

 

 この歌の内容は、なかなか厳しいものです。「主は岩、その御業は完全で、その道はことごとく正しい。真実の神で偽りなく、正しくてまっすぐな方」(4節)と主の真実さをたたえる一方、「不正を好む曲がった世代はしかし、神を離れ、その傷ゆえに、もはや神の子らではない。愚かで知恵のない民よ、これが主に向かって報いることか」(5,6節)と、不実なイスラエルの民をばっさりと切り捨てています。

 

 主が40年に亘り、イスラエルの民と共にシナイの荒れ野を旅されて、彼らの不平不満、ゆえなき反抗、不信をご覧になって来たからこその表現でしょう。モーセも31章27節で、「わたしはあなたがたがかたくなで背く者であることを知っている。わたしが今日、まだ共に生きているときでさえ、あなたたちは主に背いている。わたしが死んだあとは、なおさらであろう」と言っていました。

 

 だからといって、彼らを呪おうとしているわけではありません。9節に「主に割り当てられたのはその民、ヤコブが主に定められた嗣業」とあります。これは、日本には日本の神がおられ、中国には中国の神がおられ、そしてイスラエルにはイスラエルの神、主がおられるというような、そしてそれは、神々の会議において割り当てが決められたかのような表現です。

 

 ただ、イスラエルを割り当てられた主は、国々に嗣業の土地を分け、人の子らを割り振られた「いと高き神」(8節)、即ち天地万物の創造主なのです。

 

 一方、主なる神に割り当てられたイスラエルは、しかし、最高の民ということではありません。冒頭の言葉(10節)で「主は荒れ野で彼を見いだし、獣のほえる不毛の地でこれを見つけ」と言われるように、彼らは荒れ野を彷徨っていたような存在でした。

 

 イスラエルの民がエジプトの奴隷生活で呻き苦しんでいたのを、そうした言葉で表現しているのでしょう。また、荒れ野の生活で民が示した神への不信をそう言い表したということも出来そうです。

 

 つまり、イスラエルの民が優秀な民だから、嗣業の民とされたというのではなく、主の助けがなければ、エジプトの奴隷生活から逃れることができなかったでしょう。あるいはまた、そのまま荒れ野で滅びるほかないような存在だったというわけです(7章7,8節参照)。

 

 主はイスラエルの嘆きを聞かれ、その苦しみの様子を目に留められました。そして、モーセを遣わし、民をエジプトから救い出されました。荒れ野を旅する間、親がその子を守るように、彼らを「囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた」(10節)のです。

 

 また、神の民としてよき訓練も行われました。「鷲が巣を揺り動かし、雛の上を飛びかけり」(11節)というのは、雛の巣立ちを親鷲が促している様子でしょう。「羽を広げて捕らえ、翼に乗せて運ぶ」というのは、巣から飛び立った雛が上手く飛べなくて墜落しそうになるのを空中でキャッチし、巣まで運び上げて、再び飛び立つようチャレンジさせるということです。

 

 40年の荒れ野の生活は、イスラエルの民が神を信頼し、その導きに忠実に従うための訓練のときでした。しかしそれは、突き放したスパルタ式の訓練などではなく、まさに「御自分のひとみのように守る」という、注意深く慎重に配慮の行き届いたものだったのです。

 

 13節以下は、約束の地に入ってからの経験を歌っているものであるように見えますが、いずれにせよ、イスラエルの民は慈しみ深い神の憐れみに満ちた取り扱いを受けながら、「エシュルンはしかし、肥え太ると、かたくなになり、造り主なる神を捨て、救いの岩を侮った」(15節)と言われる振る舞いで、主を怒らせました。

 

 ここで、「エシュルン」とは、「正しい者」という意味ですが、イスラエルの愛称と考えられます(イザヤ書44章1,2節参照)。不実な民が正しい者となるようにという神の期待が込められた呼び名ではないでしょうか。しかしながら、彼らの歩みはその期待に応えるものではなかったわけです。

 

 モーセの執り成しがなければ、荒れ野で滅ぼされて当然の所業でした。そういう彼らが約束の地に入ることが出来るのは、神の恵み、神のイスラエルの民を思う真実のゆえです。それを忘れて恩知らずに主を怒らせるならば、災いと苦難に襲われるでしょう。二度と憐れみをかけて頂くことが出来なくなってしまうでしょう。

 

 にもかかわらず、イスラエルが「敵」に苦しめられているのを看過なさらず(26,27,36節参照)、かえって、敵に対して主が自ら報復されると言われます(35,43節)。イスラエルを滅ぼして民を捕囚としたバビロンが、主の立てたペルシア王キュロスの軍に打ち破られ、イスラエルの民がエルサレムに神殿を再建することが許されるのは、まさにこの主の言葉の成就ということです。

 

 主の愛の深さ、憐れみの深さを思わせられます。イスラエルの民を荒れ野で「囲い、いたわり、御自分のひとみのように守られた」主は、「まどろむことなく、眠ることもない」(詩編121編4節)方であり、「憐れみ深く、恵みに冨、忍耐強く、慈しみは大きい」(同103編8節)と讃えられるべきお方です。

 

 主なる神が慈しみ豊かな、憐れみ深い方だからこそ、今日、私たちが主を神と信じて神の子とされる恵みに与らせて頂いているわけです。そうした神の恩寵を忘れず、御言葉を心に留め、忠実に聴き従う者にならせていただきたいと思います。

 

 主よ、罪の荒れ野を彷徨い、滅びを刈り取ろうとしていた私たちを見出し、救いの恵みに与らせてくださったことを感謝します。今も注意深く私たちを見守り、祈りに耳を傾けていてくださいます。共にいて助けてくださいます。主に信頼し御言葉に従う者としてください。今日も御言葉を頂きます。導きに従ってまっすぐに歩ませてください。 アーメン

 

 

「レビのために彼は言った。あなたのトンミムとウリムを、あなたの慈しみに生きる者に授けてください。」 申命記33章8節

 

 33章には、「モーセの祝福」が記されています。これは、生涯を終えるに先立ってイスラエルの人々に与えたもので(1節)、まさにモーセの遺言といってもよいものでしょう。これについて、ヤコブが12人の子らを祝福した出来事(創世記49章)に、その先例を見ることが出来ます。

 

 祝福の言葉全体を一目見て、レビとヨセフをモーセが特別扱いしていることが分かります。語られている分量が明らかに違うからです。

 

 そのうち、ヨセフに対する祝福は、ヤコブの祝福を受けてのものといってもよいと思います。ヨセフの子エフライムから、ヌンの子ヨシュアがモーセの後継者として立てられました(民数記27章18節、13章8,16節)。ところが、レビについては、ヤコブとモーセは全く違います。

 

 ヤコブは「シメオンとレビは似た兄弟。彼らの剣は暴力の道具。わたしの魂よ、彼らの謀議に加わるな。わたしの心よ、彼らの仲間に連なるな。彼らは怒りのままに人を殺し、思うがままに雄牛の足の筋を切った。呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。わたしは彼らをヤコブの間にわけ、イスラエルの間に散らす」と言っていました(創世記49章5~7節)。

 

 このような呪いの言葉が語られたのは、妹ディナがヒビ人ハモルの子シケムに辱められたことに腹を立て、二人が策略を巡らしてシケムの町の男を皆殺しにし、町中を略奪するという事件を起こして、イスラエルを苦境に立たせたためです(同34章1節以下、30節)。

 

 シメオン族には嗣業の地が与えられず、ユダ族の嗣業の地の中で、17の町とそれに属する村を分けてもらっただけでした(ヨシュア記19章1節以下)。まさに「ヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」というヤコブの呪いの言葉どおりの結果になっているわけです。それそれを受けているのか、モーセの祝福には、シメオンに対する祝福が完全に抜け落ちてしまっています。

 

 となると、モーセがレビに与えた祝福の言葉は、まさに特別です。ヤコブの呪いが祝福に変えられています。そうされた理由は、モーセがレビ族の出だからなのでしょうか(出エジプト記2章1節以下、民数記26章57節以下)。モーセは、イスラエルの民をエジプトから導き出す指導者として、主なる神によって選ばれました(出エジプト記3章1節以下)。

 

 ただ、モーセが指導者として選ばれたのは、彼が有能だったからでも、雄弁だったからでもありません。エジプトの王女の養子とされるということもありましたが(出エジプト記2章10節)、エジプト人を殺害したかどでモーセはエジプトを逃げ出し、長年月、ミディアンで羊飼いをしていました(同2章11節以下)。

 

 それだからか、神の召しを受けたときに、「わたしは何者でしょう」(同3章11節)とモーセは言い、「わたしはもともと弁が立つ方ではありません」(同4章10節)、「だれかほかの人を見つけてお遣わしください」(同4章13節)と、なんとかしてそれを辞退しようとしました。

 

 しかるに神は、「わたしは必ずあなたと共にいる」(同3章12節)と言われ、「このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう」(同4章12節)と答えられています。つまり、神がモーセを指導者として立てたのは、彼の雄弁さや指導力を期待してのことではなかったわけです。

 

 ここに「神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力なものを選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです」(第一コリント1章27~29節)という原則が示されているように思います。

 

 つまり、レビは神に祝福を受ける資格を何も持っていません。むしろ、父から呪いを受けるような存在でしたが、神の憐れみにより、有力な者を辱めるために選び出され、神の聖所で務めを果たすという、大切な使命が与えられたのです。

 

 モーセは、冒頭の言葉(8節)で「あなたのトンミムとウリムを、あなたの慈しみに生きる者に授けてください」と言いました。「トンミムとウリム」とはどのようなものか、詳細は不明ですが、神意を悟るために用いるくじのようなものだったと考えられています。つまり、「トンミムとウリムを授けてください」という求めは、神の御心を知ることが出来るようにという祈りです。

 

 神の憐れみによって選ばれ、その慈しみの内を歩む彼らにとって、神の御心を知り、それを忠実に果たす以外に、彼らが生きる道はないのです。

 

 それは、主イエスによって選ばれた私たちも、同様です(ヨハネ15章16節)。主につながっていなければ、実を結ぶことは出来ません。農夫の手入れ、即ち神の助けがなければ、豊かな実りは期待出来ません(同15章1,5節)。私たちには、神の御旨を悟るために、神の御言葉(聖書)と聖霊が与えられています。

 

 日毎に主の御言葉を求め、主の御前に進みましょう。御言葉を通して神の御旨を知り、素直に聴き従うため、御霊の満たしと導きを祈り求めましょう。

 

 主よ、あなたはぶどうの木、私たちはその枝です。つながっていなければ、実を結ぶことは不可能です。豊かに実を結ぶことが出来るように、御言葉と御霊によって教え導いてください。それによって主の栄光が表されますように。 アーメン

 

 

「主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。」 申命記34章5節

 

 申命記の最後に、「モーセの死」が報告されます。創世記から申命記までの5巻をモーセ五書と呼び、伝統的にモーセがその著者であるという考えが示されていますが、少なくとも申命記34章は、モーセが書けない文章です。明らかに、後代の人が申命記を編集して、この部分を書き記したわけです。

 

 死の直前、神はモーセをネボ山に登らせ、イスラエルの全地を見せられました(1節)。3章27節に語られていたこと、さらに、32章49節で主に告げられたを、ここで実行したわけです。

 

 現実には、標高800m程度のネボ山から、イスラエル全地を見渡すのは不可能です。オリブ山も標高は800mを超えているので、その西側のエルサレム(海抜754m)を見ることはできません。全地を見渡すことが出来たというのは、ネボ山に登ったからではなく、主がモーセにそれを見せられたからということでしょう。

 

 「ギレアド」はヨルダン川の東側、「ダン」、「ナフタリの全土」はイスラエルの北境、「エフライムとマナセの領土」はイスラエル中部、「ユダの全土」はイスラエル南部、「ネゲブ」はイスラエルの南境、「エリコの谷からツォアルまで」は、死海周辺のことです。これで確かに、イスラエルの全地を見渡したことになります。

 

 かつて主がアブラハムに「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、わたしは永久にあなたとあなたの子孫に与える」と言われました(創世記13章14,15節)。

 

 モーセにすべての地を見せられたということは、それをモーセとその子孫に与えるということを表しています。4節で「これがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓った土地である。わたしはあなたがそれを自分の目で見るようにした」と言われるのは、そのことです。

 

 けれども、モーセはそれを自分の所有にすることは出来ませんでした。そこに入ることが許されなかったのです。「あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない」(4節)と、最後の最後にもう一度、駄目押しをされています。

 

 そして、冒頭の言葉(5節)で、モーセの死が報告されます。どのような最期だったのかは、不明です。そのときモーセは「120歳であったが、目はかすまず、活力もうせてはいなかった」(7節)のです。

 

 その上、モーセを葬ったのが主ご自身で、その墓が「ベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷」(それはイスラエルの民が宿営していた場所近辺:3章29節)にあるようですが、しかし、「今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない」と言われます(6節)。ということは、モーセの死を見届けた者は誰もいないということになります。

 

 あらためて、なぜモーセは約束の地に入ることを許されなかったのでしょうか。それについて、「メリバの水」の出来事で、約束の地に入ることが出来ないということにされています(32章51節、民数記20章1節以下、12節)。

 

 それとは別に、1章37節に「主はあなたたちのゆえにわたしに対しても激しく憤って言われた。『あなたもそこに入ることはできない』」と記されていて、イスラエルの民の罪の連帯責任を取らされるかたちで、主がモーセに対して憤られ、ヨルダン川を渡ることが拒まれています。

 

 モーセは、ヨルダン川を渡りたいと考えていました。そう願いもしました(3章25節)。けれども、イスラエルの民の罪のゆえにその願いは聞かれませんでした(同26節)。メリバの水の出来事であれ、民の罪の連帯責任であれ、約束の地を目指して民を率いてきたモーセに対して、それはあまりに厳しいなさりようではないでしょうか。

 

 しかしながら、この情け容赦ない、ある意味では、少々理不尽さを感じる厳しい処置に対して、モーセ自身は全く抗弁してはいません。約束の地に入りたいと願いはしましたが、拒絶されてた後、神に文句を言ってはいません。悔しいと思わなかったのでしょうか。恨みに思わなかったのでしょうか。モーセが自分の思いをどのように処理したのか全く分かりませんが、ともかくも、主の命令を受け入れているのです。

 

 ここに、「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ書2章8節)という主イエスと同様の「苦難の僕」(イザヤ書53章4~6節など)の姿を示されます。主イエスこそ、何の落ち度もない、罪のない神の御子であられますが、神の命令に従い、私たちの罪を十字架に負って、30代の若さで死なれました。

 

 であれば、そのように主の命令に従うことは、モーセにとって、最高の喜びだったのではないかと教えられました。こうしてモーセは、「主の僕」としての生涯を全うし、主の命令に従って天に召されたのです(5節)。

 

 モーセは、神から与えられた掟と法を、民に守るよう教え(4章以下)、神との契約を更新しました(28章69節以下)。これからイスラエルの民は、モーセに従ってというのではなく、神の戒めに従って歩まなければなりません。それこそが、神の御心といってもよいでしょう。

 

 私たちにも、神の御言葉が与えられています。日々、主の御声に聴き従いましょう。そのため、悟る心、見る目、聞く耳が与えられるよう、絶えず祈り求めましょう。  

 

 主よ、あなたは御前に謙る者を高く引き上げてくださるお方です。徹底的に御言葉に従って歩み、約束の地に入る直前の死をさえ従順に受け入れたモーセのように、私たちもあなたを畏れ、あなたに信頼し、御言葉に従うことを喜びとする主の僕として歩むことが出来ますように。 アーメン

 

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2014年8月6日サイト開設