ヨシュア記

 

 

「ただ、強く、大いに雄々しくあって、わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する。」 ヨシュア記1章7節

 

 今日からヨシュア記を読み始めます。ヨシュア記は、キリスト教の聖書では「歴史書」に位置づけられていますが、ヘブライ語聖書(マソラ本文)では、続く士師記、サムエル記、列王記と共に、「預言者」(ネビーム)の中に「前の預言者」として分類されます。

 

 聖書における預言の役割は、神に預かった言葉を告げることです。ヨシュア記が「預言者」の書であるのは、これから起こることを予め語っているからではなく、モーセを通じて神に与えられた「律法」(トーラー)、その教えを忠実に守るよう命じているからであり、イスラエルの民がその教えをいかに聞き、どう振る舞ったか、律法というものさしで評価しているからです。

 

 神学的には、ヨシュア記を創世記から申命記までの「五書」に加えて、「モーセ六書」とする立場もあります。アブラハムに対するカナンの地を与えるという約束(創世記12章)が本書において実現して、物語が完結していると考えるわけです。

 

 また、カナンの地での恵まれた生活を確かなものとするための最も重要な条件は、モーセの教えに忠実であることを教えていることから、本来、申命記の一部として読まれていて、正典を形成するために切り離されたと考える立場もあるそうです。

 

 1章には、モーセの後継者としてヨシュアが任命されたことについて、記されています。ヨシュアは「モーセの従者」(1節)と紹介されているように、レフィディムでのアマレクとの戦いを指揮する者として選出されて以来(出エジプト記17章9節)、忠実なモーセの僕として歩みました(同24章13節、32章17節、33章11節など)。

 

 メリバの水の一件でモーセが約束の地に入れないことになって(民数記20章1節以下、12節)、主なる神はヨシュアを後継者に任命されました(同27章12節以下、18節)。申命記でも、1章38節、3章28節、31章にそのことが記されていました。

 

 ここにあらためて、ヨシュアがモーセの後継者として立てられたのですが、当然のことながらヨシュアはモーセではありません。モーセに代わる、モーセと同様の指導者ということでもありません。

 

 モーセは主なる神に聴き、主に従う「主の僕」でした(申命記34章5節)。ヨシュアも勿論主の僕です。だから、冒頭の言葉(7節)で、主がヨシュアに対して「わたしの僕モーセが命じた律法をすべて忠実に守り、右にも左にもそれてはならない」と命じておられるのです。ただ、ここでモーセの命じた律法に従うことが求められていて、その意味でヨシュアはこれからも、主の僕たるモーセの「従者」なのです。

 

 モーセは、モアブのピスガの頂から約束の地カナンの全域を見渡しました(申命記34章1,2節)。モーセの従者ヌンの子ヨシュアは、ヨルダン川を渡って約束の地を行き廻り、その地を領土とします(3,4節)。これは、アブラハムと結ばれた契約が成就することを意味します(創世記12章7節、15章18節以下参照)。

 

 主はヨシュアと共にいて、見放すことも、見捨てることもしないので(5節)、「強く、雄々しくあれ」(6節)と命じられます。それは、主が与えると誓われた土地を、民に継がせるためです。

 

 「強く、雄々しくあれ」というと、勇敢に力強く戦えという言葉遣いだと思われますが、しかし、冒頭の言葉(7節)では、律法を守り行うことに、強さ、雄々しさが求められています。また、ヨシュアに対するルベン、ガド、マナセの半部族の人々の応答で、ヨシュアに対してそれを求める言葉が語られます(18節)。

 

 この言葉は、申命記31章6,7節、ヨシュア記10章25節、歴代誌下32章7節にも見られます。これらの箇所を見て気づかされるのは、「主が共におられる」という言葉がその前後で語られていて、それは、イスラエルに代わって主なる神が戦われるということを示しているようです。ということは、「強く、雄々しくあれ」というのは、主に信頼し、その力により頼めという命令とみるべきでしょう。

 

 イスラエルが土地を勝ち取ることに、勇気や力は、それほど必要でないと言ってもよいかもしれません。というのは、繰り返し、土地を与えると語られているからです。「与える」(ナータン)という言葉が1章に8回、ヨシュア記全体で89回も用いられているところに、はっきりと示されています。そう語られる主の御言葉を、イスラエルの民は信頼し続けることが出来るでしょうか。

 

 荒れ野を旅する間、飢えや渇きが、イスラエルの民を御言葉からそらさせる力になることがありました。また、彼らの前に立ちはだかる敵が、神に背かせる力となりました。カナンの民が拝むバアルやアシェラという神々に惑わされたこともあります。

 

 主は、「律法を忠実に守り、右にも左にもそれてはならない。そうすれば、あなたはどこに行っても成功する」(7節、申命記5章32,33節)と言われ、続けて、「この律法の書をあなたの口から放すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する」(8節、詩編1編2,3節)と約束されます。

 

 何事にもまず御言葉に聴き、そこから力を得て、まっすぐに歩む者とならせていただきましょう。

 

 主よ、あなたの教えを愛し、その導きに従って歩むことの出来る者は幸いです。主を信じ、御言葉に従って歩む者に、豊かな実を結ぶ人生をお与えくださるからです。常に主を畏れ、御言葉を愛する者とならせてください。御言葉に従い、右にも左にも曲がらず、まっすぐに歩ませてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前でわたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください。」 ヨシュア記2章12節

 

 ヨシュアに率いられたイスラエルの民は、いよいよ約束の地、カナンへやって来ました。最初に、ヨルダン川を渡ったところの最初の町エリコとその周辺を、二人の斥候に探らせました(1節以下)。二人の斥候は、そこで遊女ラハブと出会います。今日は、そのラハブの言葉から学びたいと思います。

 

 先ず、9節です。「主がこの土地をあなたたちに与えられたこと、またそのことで、わたしたちが恐怖に襲われ、この辺りの住民は皆、怖じ気づいていることを、わたしは知っています」とあります。ここでラハブは、イスラエル人が近づいて来たと聞いて、エリコとその周辺の人々は恐怖に襲われ、怖じ気づいていると言っています。

 

 それは神が、エリコの町と周辺の人々に、イスラエルを恐れる心を与えられたからです。10節に「あなたたちがエジプトを出たとき、あなたたちのために、主が足の海の水を干上がらせらことや、あなたたちがヨルダン川の向こうのアモリ人の二人の王に対してしたこと、すなわち、シホンとオグを滅ぼし尽くしたことを、わたしたちは聞いています」と語られています。

 

 ここで、エジプトから脱出するために葦の海を通った時、主が海を干上がらせたというのは、出エジプト記14章19節以下に記されている奇跡です。そのような奇跡を起こすことが出来る神は他にはいないと考えて、イスラエルを恐れたのでしょう。

 

 また、アモリ人の二人の王の軍隊を滅ぼしつくしたというのは、民数記21章21節以下の「シホンとオグに対する勝利」の出来事を指しています。

 

 イスラエルの民が、強力な武器を持っていたというわけではありません。戦いに勇ましい武装集団などというわけでもありません。ただ、主なる神がアモリ人との戦いに勝利をお与えくださったのです。だからこそ、エリコの人々は、イスラエルと共におられる主なる神を恐れたわけです。

 

 次に、11節の後半です。「あなたたちの神、主こそ、上は天、下は地に至るまで神であられるからです」と言います。ここに、ラハブの明確な信仰の告白があります。「上は天、下は地に至るまで神であられる」とは、イスラエルの神以外に神はいない、主こそ、まことの神だということです。

 

 カナン周辺には、雨の神バアルや大地の神アシェラを神として礼拝する信仰がありました。太陽や月、また牛などが神として拝まれることもあります。一方、聖書では、神はただお一人で(申命記6章4節)、天地万物を創造されたお方と教えています(創世記1章1節以下など)。

 

 異邦人の女性が、どうしてこのような信仰を持つことが出来たのでしょうか。それは、神の導きとしか、言いようがありません。主こそ神であることを悟る心、神の栄光を見る信仰の目、神の御声を聴くことの出来る耳は、神の賜物、プレゼントなのです(申命記29章4節)。

 

 新約の時代となり、わが国の西方1万㎞かなたのイスラエルから、欧州、米国を経てイエス・キリストを主と信ずる福音がわが国にももたらされました。時を超え、国境を超え、民族文化を越えて、今ここにいる私たちに「イエスは主である」という信仰を告白させてくださるのは、聖霊なる神の働きであると、一コリント12章3節に教えられています。

 

 それから、冒頭の言葉(12節)のとおり、ラハブが二人の斥候に「わたしはあなたたちに誠意を示したのですから、あなたたちも、わたしの一族に誠意を示す、と今、主の前で、わたしに誓ってください。そして、確かな証拠をください」と求めています。

 

 ここに、「誠意」と言われているのは、ヘブライ語で「ヘセド」という言葉です。「ヘセド」は、通常「憐れみ、慈しみ」と訳されます。ある聖書では、「変わらざる愛」と訳されていました。

 

 ラハブは、自分が神のように見ているイスラエルの二人の斥候に、変わらない愛を求めました。それも、自分だけでなく、自分の一族のために。こんな虫がいい、図々しいような求めに応えられるでしょうか。それとも、拒否されるのでしょうか。

 

 答えは、「応えられる」です。なぜでしょうか。それは、主は「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」(出エジプト記34章6,7節など)お方だからです。イスラエルの斥候をかくまったラハブに対してもその慈しみを示してくださいます。

 

 「幾千代にも及ぶ慈しみ」ということは、ラハブとその家族に対しても、誠意をお示しになるということになるでしょう。「だから」と言うべきか、「そのために」と言うべきか。ラハブの子ボアズがダビデ王の曾祖父となり(マタイ福音書1章5,6節)、そしてその28代後に「メシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」(同16節)のです。

 

 新約聖書に「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます」という言葉があります(使徒言行録16章31節)。家族の一人が主イエスを信じると、その信仰で、神の救い、神の慈しみがその家族に及びます。それが神の御心、ご計画だということです。

 

 私たちは、変わらない愛で主なる神を愛せるでしょうか。私たちがどのような思いで主を信じ、愛しているか、主ご自身がよくご存じです。むしろ、私たちが信仰を失うことのないように、主が執り成し祈っていてくださいます。私たちの信仰は主の祈りに守られ、支えられているのです(ルカ22章31~32節参照)。

 

 ラハブはさらに、確かな証拠を求めました。そのことで、斥候は「我々の命をかけよう」(14節)と答えます。もしも、ラハブにその確証を与えなければ、無事にエリコの町を出ることは出来ないでしょう。だから、「命をかける」というのは、彼らの本気を示しているわけです。

 

 さらに、「我々をつり降ろした窓にこの真っ赤なひもを結び付けておきなさい。またあなたの父母、兄弟、一族を一人残らず家に集めておきなさい」(18節)と告げます。そのひものある家は攻撃の対象から外すということです。さながら、過越の出来事を思い起こさせる行為です(出エジプト記12章6,7,13節参照)。ラハブはすぐに、その赤いひもを窓に結び付けました(21節)。

 

 私たちに与えられる救いの確証とは、真理の御霊、聖霊です(エフェソ1章13~14節参照)。聖霊が、わたしたちが神の子であることを証ししてくださり、御国を受け継ぐ保障となってくださるのです。だから、主なる神を「アッバ、父よ」と呼び求めます(ローマ書8章15節、ガラテヤ書4章6節)。

 

 さらに、聖霊を通して、私たちの心に神のご愛が注がれます(ローマ5章5節)。御霊によって、すべてをありのまま受け入れる広い愛、すべての罪を赦し救う深い愛、いつまでも変わらない永遠の愛、そして、御国の栄光を示す清く高い愛を知り(エフェソ3章17節以下)、その愛をもって互いに愛し合いましょう。

 

 主よ、御子を信じる信仰によって私たちが神の子とされていること、その権威、その力を知り、またそのためにどんなに大きな愛を賜ったかを悟らせてください。そうして、私たちに委ねられている使命を自覚し、聖霊の力と愛を受けて、それをしっかり果たすことが出来ますように。 アーメン

 

 

「ヨシュアが祭司たちに、『契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ』と命じると、彼らは契約の箱を担ぎ、民の先に立って進んだ。」 ヨシュア記3章6節

 

 イスラエルの民は、エジプトの奴隷生活430年(出エジプト記12章40節)、荒れ野の放浪生活40年を経て(民数記14章34節、申命記5章6節)、ようやくヨルダン川の岸辺にやって来ました(1節)。夢にまで見たといえるかどうか分かりませんが、主が与えると約束されたカナンの地は、もう目の前です。

 

 冒頭の言葉(6節)で「契約の箱を担ぎ、民の先に立って、川を渡れ」と命じられている通り、契約の箱を担いだ祭司、レビ人たちが民の先頭を進みます。契約の箱を担いだ祭司たちが「民の先に立って」と言われているのは、主なる神が民の先頭を歩まれるということでしょう。民は主の後ろに従って歩むのです。

 

 民は、契約の箱との間に、約二千アンマの距離をとり、それ以上近寄ってはならないと言われます(4節)。二千アンマは約900メートルです。これは、民が契約の箱に触れて打たれることがないようにという注意でしょう。また、契約の箱を担いだ祭司たちがヨルダン川を渡るときに何が起こるのか、離れた安全な場所からその様子をつぶさに観察するという目的があるのかも知れません。

 

 契約の箱は、縦2.5アンマ(約112.5センチ)、横1.5アンマ(約67.5センチ)、高さ1.5アンマという立方体で、アカシヤ材で作られ、それを金で覆っていました(出エジプト記25章10節以下)。その蓋は「贖いの座」と呼ばれ(同17,21節)、そこには2体のケルビムがつけられていました(同18節以下)。

 

 ケルビムは、翼を持つ半人半獣の天的な生き物で、エデンの園を守り(創世記3章24節)、神を乗せて運ぶ(サムエル記下22章11節)などの役割を持っています。つまり、ケルビムは、そこに主がおられるということを表しています。

 

 また、契約の箱には、十戒を記した石の板が納められていました(出エジプト記25章16節、申命記10章4,5節)。十戒を中心とする神の戒め、掟、律法は、イスラエルの民に対する神の御心、ご意志を教えるものです。

 

 契約の箱の後に従って進むというのは、進む道が示されるだけでなく、これから彼らが受け継ぐことになる約束の地において、神の教えに耳を傾け、その御心に従って生きるということを示しているのです。 

 

 彼らは、「川を渡れ」と命じられています。ヨルダン川には、歩いて渡れる浅瀬がありますが、祭司たちがその知識を持っていたとは思えません。「渡れ」と命じられたので、渡れると単純に考えていたのではないでしょうか。

 

 ところが、祭司たちがヨルダン川のところに来たとき、「春の刈り入れの時期」、レバノン山系の雪解け水と春の雨の時期で川の水量が増し、「堤を越えんばかりに満ちて」(15節)いて、歩いて渡るのは不可能でした。

 

 主はヨシュアに命じて「祭司たちに、ヨルダン川の水際に着いたら、ヨルダン川の中に立ち止まれと命じなさい」と言われ(8節)、それを受けたヨシュアは、「全地の主である主の箱を担ぐ祭司たちの足がヨルダン川の水に入ると、川上から流れてくる水がせき止められ、ヨルダン川の水は、壁のように立つであろう」(13節)と民に告げました。

 

 祭司たちの目の前には、川幅一杯にみなぎった川があります。そんな川の中に立ち止まれるようには見えなかったでしょう。以前、イスラエルの民はモーセに率いられて葦の海を渡りました(出エジプト記14章参照)。そのときは、モーセが杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べたところ、主が激しい東風で海を押し返されので、乾いた地が表われ、民はそこを通ったのです(同16,21節以下)。

 

 今度は、ヨルダン川です。今、川の水は滔々と流れています。しかし、彼らは箱を担いで川の中に進みました。ここに彼らの信仰を見ることが出来ます。彼らは、川の水が分かれたから、渡り始めたのではなく、堤を越えんばかりに満ちて流れ下る川に、信仰をもって踏み込んだのです。

 

 それはしかし、無鉄砲ではありません。「川上から流れてくる水がせき止められる」(13節)と言われた主の御言葉を信じ、「渡れ」という主の命令に従って進んだのです。そして神は、お語りになったとおり、ヨルダン川の水をせきとめられたので(16節)、祭司たちは川の真ん中の干上がった川床に立ち止まることが出来、民は皆、川を渡り終えました(17節)。

 

 そのことは、主が神であられること、主の言葉は真実であること、そして、主の言葉を告げるヨシュアは、確かにモーセの後継者であることを、民の目の前で明らかにしました。

 

 私たちが御言葉に従って信仰の決断をするとき、それを試すかのように進路に困難が立ち塞がることがあります。逆風に行く手を阻まれるかもしれません。けれども、御言葉に従うときに不思議な平安がその歩みを支え、それが確かに神の御心であることを教えてくれるのです。

 

 主の御声に耳を傾けましょう。その聞いたところに従い、信仰をもって歩み出しましょう。

 

 主よ、イスラエルの民は、信仰をもってヨルダン川を渡り、約束の地に入ることが出来ました。そこには、御言葉がありました。そして、主の先立ちがありました。主が共にいてくださるしるしを、そこに見ることが出来たのです。今、私たちにも御言葉が与えられています。そして、聖霊が私たちの内に住み、常に共にいてくださいます。日々、信仰によって前進させてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「ヨシュアはまた、契約の箱を担いだ祭司たちが川の真ん中で足をとどめた跡に十二の石を立てたが、それは今日までそこにある。」 ヨシュア記4章9節

 

 民がヨルダン川を渡り終えた時(1節)、主がヨシュアに「民の中から部族ごとに一人ずつ、計十二人を選び出し、彼らに命じて、ヨルダン川の真ん中の、祭司たちが足を置いた場所から、石を十二個拾わせ、それを携えて行き、今夜野営する場所に据えさせなさい」(2,3節)と命じられました。

 

 それは、ヨルダン川の流れが主の契約の箱の前でせき止められたことを記念する、記念碑なのです(7節)。神がイスラエルの民のためにヨルダン川の流れをせき止め、乾いたところを渡らせたというのは、驚くべき出来事です(22節)。そう何度も経験出来ることではありません。

 

 23節に「それはちょうど、我々が葦の海を渡りきるまで、あなたたちの神、主が我々のために海の水を涸らしてくださったのと同じである」と記されているとおり、イスラエルの民は、エジプトを脱出するときに葦の海を渡る奇跡を経験し、そして、約束の地に入るとき、ヨルダン川を渡る奇跡を経験しています。

 

 いわば、シナイの荒れ野の旅が、葦の海の奇跡で始まり、ヨルダン川の奇跡で閉じられたということになります。

 

 しかしながら、その両方を経験したのは、エフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアの二人だけです。葦の海を渡るという奇跡を経験し、また荒れ野でマナを食べ、岩から出た水を飲み、ときには鶉の肉まで与えられるという日毎の糧に与りながら、なお神に不平を言い、あろうことか異教の神々を慕い求めたため、神はイスラエルの民を荒れ野で打たれました。

 

 それで、ヨシュアとカレブを除いて、ヨルダン川を渡って約束の地に入れた者はいなかったのです。そうしたことにならないように、ヨルダン川を渡ったことを記念する碑を立てさせたわけで、記念碑を見る者が、その度にヨルダン川の奇跡を思い出すようにさせ、そしてまた、子々孫々にこの出来事を告げ知らせるようにするのです(6,7節、21,22節)。

 

 それはしかし、ただ単にヨルダン川の奇跡を語り継がせるためだけではなく、24節で「地上のすべての民が主の御手の力強いことを知るためであり、また、あなたたちが常に、あなたたちの神、主を敬うためである」と言われているように、その奇跡を通して示された、イスラエルの民に対する神の恵みを知って、すべての民が常に主を畏れ敬い、その恵みをいつも新しく味わうようになるためなのです。

 

 そのことは、3章11,13節で「全地の主」と言われていることと関連しています。そこでは、主の契約の箱と並列で記されていますので、神が与えると約束したイスラエルの全地という意味で用いられていると考えてよいとも思いますが、しかし、その枠を越えて、ミカ書4章13節のように「全世界の主」(原文は「全地の主」コール・ハー・アーレツ)の意味で用いられているとも考えられます。

 

 ヨルダン川の奇跡を目の当たりにしたイスラエルの民も、川床の石で造られた記念碑を目にし、そこでなされた奇跡を伝え聞かされた全世界の人々も、主の御手の力強さを知り、神を畏れ敬うことを学ぶでしょう。主の力を知り、神を畏れ敬うことを学んだ人々は、主との契約関係に入ることを喜びとすることでしょう。

 

 イスラエルの民は、ヨルダン川を渡ってエリコの町の東境にあるギルガルに宿営しました(19節)。そこで、主に命じられたとおり、ギルガルに記念碑が立てられました。「ギルガル」については、5章9節で「エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)」と関連して、その名がつけられたと記されています。

 

 ところで、12の石を立てた記念碑は、ヨルダン川を渡った最初の宿営地ギルガルに設置されただけでなく、冒頭の言葉(9節)によれば、ヨルダン川の真ん中にも置かれているようです。ギルガルに立てられた記念の石は、祭司らが足を置いたヨルダン川の真ん中から取られたのですが(3節)、ヨシュアがヨルダン川の真ん中に立てた記念の石は、どこから持って来られたのでしょうか。

 

 8節とのつながりから言えば、まずヨルダン川から石が取られてギルガルに据えられ、次いでギルガルから石を取ってヨルダン川の真ん中に立てたというように見えます。川の中の、祭司たちが足を止めた場所を記念するということでしょう。註解書に、祭司に対する敬意を表すという解釈も記されていました。それも意味深いものだと思います。

 

 第一コリント10章2節に「皆、雲の中、海の中で、モーセに属するものとなるバプテスマを授けられ」と記されています。葦の海を通った経験を「モーセに属するものとなるバプテスマを授けられ」たと表現しているわけです。であれば、ここでイスラエルの民は、ヨルダン川の中でヨシュアに属するものとなるバプテスマを授けられたということになります。

 

 ここで、「ヨシュア(イェホシュア)」は、ギリシア語音写すると「イエス」になります。モーセに従って主なる神との旧い契約に導き入れられた民が、ヨシュア(=イエス)に従って約束の地に導き入れられたというのは、とても意味深いものでしょう。

 

 私たちキリスト者は、キリスト・イエスに結ばれるためにバプテスマを受けました(ローマ6章3節)。私たちがキリストの死に与る者となり、そしてキリストにあって新しい命に生きるためです。そして、私たちのバプテスマの記念碑とは、約束された聖霊で証印を押されたということでしょう(エフェソ1章13節)。この聖霊こそ、わたしたちが御国を受け継ぐことの保証です(同14節)。

 

 主を信じる信仰によって恵みの世界に導き入れられた者として、常に主を畏れ敬い、御言葉と背入れの導きにより、日々新しくその恵みを味わわせていただきましょう。

 

 主よ、キリストの死に与るバプテスマにより、キリストと共に生きるものとされたことを感謝します。神の憐れみにより、自分自身を死者の中から生き返ったものとして神に献げ、また義のための道具として神に献げます。何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかを弁えることが出来ますように。 アーメン

 

 

「主の軍の将軍はヨシュアに言った。『あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である』。ヨシュアはそのとおりにした。」 ヨシュア記5章15節

 

 ヨルダン川を渡ってギルガルに宿営している民に、主は割礼を施すよう命じられました(2節)。エジプトを出て来た人々は割礼を受けていましたが、彼らは荒れ野を巡り歩いている間に死に絶えてしまいました(4,5節)、そして、荒れ野で生まれた男たちは、割礼を受けていなかったのです(5,7節)。

 

 割礼は、主なる神との契約のしるしとして、男子に施されました(創世記17章9節以下、レビ記12章3節)。荒れ野で生まれた男たちが無割礼だったということは、荒れ野を旅する間、いかに主と民との間の契約が蔑ろにされていたかというしるしになるでしょう(6節)。

 

 割礼を受けた場所を「ギブアト・アラロト」(3節)といいます。「ギブア」が丘、「アラロト」が包皮で、「ギブアト・アラロト」は「包皮の丘」という意味です。包皮を切り取る割礼を行った場所ということで、そのように言われたわけです。

 

 主がヨシュアに「今日、わたしはあなたたちから、エジプトでの恥辱を取り除いた(ガラ)」(9節)と言われました。それで、その場所がギルガルと呼ばれるというのです。包皮を切り取ることが、エジプトの恥辱を取り除くこと取り除くという説明になっています。

 

 「今日、エジプトでの恥辱を取り除いた」ということは、エジプトを脱出するだけでは、恥辱は取り除かれたことにならなかったということです。そして、続く荒れ野の生活においても、その恥辱を雪ぐことが出来なかったのです。

 

 「エジプトでの恥辱」というのですから、それは、エジプトにおける奴隷生活のことを指しているのでしょうけれども、モーセに率いられてエジプトを脱出したものの、不信仰、不従順であったために、エジプトを脱出した第一世代は、約束の地に入ることが出来なかったということをも、ここに示しているわけです。

 

 それが「エジプトでの恥辱」という言われ方をするのは、民数記14章での、約束の地に行って剣で殺され、妻子を奪われるくらいなら、エジプトに引き返した方がましだというイスラエルの民の反抗により、彼ら自ら、エジプトの奴隷の地位にいることを良しとして、神が与えると言われた約束の地における真の自由を受け取ろうとしなかったため、ということなのでしょう。 

 

 割礼を受けた後、彼らはエリコの平野で過越祭を祝いました(10節)。それは、永遠に守るべき定めとして、「主が約束されたとおりあなたたちに与えられる土地に入ったとき、この儀式を守らねばならない」(出エジプト記12章25節)と規定されていたからです。

 

 割礼を施した後に過越祭を祝ったのは、「無割礼の者は、だれもこれを食べることができない」(同12章48節)という規則になっているからです。ということは、これまでずっと過越祭が行われてこなかったということ、これから、主の救いの出来事を祝いつつ生きる、新たな生活が始まるということです。かくて、ヨシュアたちは今ここに神との契約を確認し、皆で喜び祝ったわけです。

 

 ただ、彼らがどのようにして麦を手に入れることが出来たのかは、不明です。ある註解者は、1節に示されるヨルダン川の西側にいた者たちが、ヨルダン川を渡って来たイスラエルの人々に恐れをなして逃げ出した結果、そこに残されていたものであろうと推察しています。

 

 過越祭が行われた後、どれほどの日時が経過したのか分かりませんが、あるときヨシュアは、エリコのそばで、抜き身の剣を手にした一人の男が立っているのを見ました(13節)。ヨシュアが歩み寄り、「あなたは味方か、それとも敵か」と問いかけると(13節)、彼は、「いや。わたしは主の軍の将軍である。今、ついたところだ」と答えました(14節)。

 

 「いや」というのは、味方でも敵でもないということです。即ち、主の軍の将軍はこのとき、ヨシュアに味方するために来たというのではありません。ことを決するのは神であり、ヨシュアが主の命に従うかどうかを試しに来たわけです。

 

 抜き身の剣といえば、預言者バラムの前に立ち塞がった主の御使いのことを思い出します(民数記22章22節以下)。バラクの報酬に目のくらんでいるバラムは、抜き身の剣を持って立っている主の御使いを認めることが出来ませんでした。後で目の開かれたバラムに「この人たちと共に行きなさい。しかし、ただわたしがあなたに告げることだけを告げなさい」(同35節)と御使いが告げました。

 

 一方、ヨシュアはすぐにひれ伏して拝し、「わが主は、この僕に何をお言いつけになるのですか」と尋ねます(14節)。つまり、ヨシュアは主の軍の将軍の前にひれ伏すことで、主に従う姿勢を示したのです。神は、どんないけにえよりも、御前に謙り、御言葉に聴き従うことを喜ばれます(サムエル記上15章22節、詩編40編7節、51編18,19節)。

 

 主の軍の将軍は、冒頭の言葉(15節)の通り、「あなたの足から履物を脱げ。あなたの立っているところは聖なる所である」と言います。これは、神の山ホレブで燃える柴の間からモーセに語られた神の言葉を思い出させます(出エジプト記3章5節)。つまり、ここで主の将軍は、ヨシュアに履物を脱がせて、まさしく、主に聴き従う下僕として召しているのです。

 

 また、「聖なる所」は6章19節の「聖なるもの」と同じ言葉です。その関連で、モーセの立っている場所が「聖なる所」だというのは、エリコが主のものであるという宣言と考えることが出来ます。だから、主の命に従ってその地を獲り、すべてを神にささげることが求められることになるのです(6章2,17節)。その召しを受けて、「ヨシュアはそのとおりにした」(15節)と記されています。

 

 ペトロが「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです」(第一ペトロ5章6,7節)と告げています。

 

 私たちも日々主の御前に謙り、その御言葉のとおりに喜びをもって従いたいと思います。

 

 主よ、あなたはヨシュアに履物を脱ぐように命じました。私たちも今、履物を脱ぐ思いで御前にいます。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。どうぞお語りください。僕どもは聞いております。いたるところで御名が崇められますように。御心がこの地にもなされますように。その道具として私たちを清め、用いてください。 アーメン

 

 

「彼らが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、その音があなたたちの耳に達したら、民は皆、鬨の声をあげなさい。町の城壁は崩れ落ちるから、民は、それぞれ、その場所から突入しなさい。」 ヨシュア記6章5節

 

 5章13節に登場した「主の軍の将軍」は、天使なのでしょうか。新約聖書において、天使を礼拝することは禁じられていますが(ヨハネ黙示録19章10節、22章8,9節、コロサイ書2章18節)、旧約においては、主の御使いが神と区別出来ない場合が多々あります。

 

 たとえば、モーセに現れた主の御使いは(出エジプト記3章2節)、次の段落では、主、神と記されています(同4節以下)。それと同じように、ヨシュアの前に抜身の剣を手にしてあらわれた主の軍の将軍は、次の段落に進むと(6章1節以下)、「主」と呼ばれています。そして、ヨシュアが「ひれ伏して拝し」たとき(5章14節)、主の軍の将軍は、それを拒まず、むしろ、履き物を脱ぐように命じています(同15節)。

 

 そうすると、「主の軍の将軍」いうのは、「万軍の主」の別名と言ってもよいのかも知れません。だから、「主の御前である。控えおろう。履き物を脱げ」ということになるわけです。

 

 そのようにひれ伏しているヨシュアに、主がエリコの町を攻撃するための作戦を授けました。その作戦とは、まず、祭司7人の先導を受けた神の箱を先頭に、兵士たちが町の周りを一巡りし、それを六日間続けます。そして、七日目は町を七周するというものです。そのとき、祭司たちは「雄羊の角笛」を携えます。角笛を吹き鳴らしながら行進するのです(3,4,8節以下)。

 

 そして、冒頭の言葉(5節)の通り、七日目に町を7周回って、角笛を長く吹き鳴らした音を合図に、後方に控えているイスラエルの民全員で鬨の声をあげます。そうすると城壁が崩れ落ちるので、そこから町に突入せよというのです。

 

 町の周りを一日目から六日目まで1周、七日目は7周、合計13周回り、大声を出せば城壁が崩れ落ちるというのは、いつでもどこでも、誰がやっても、必ずそのようになるという作戦ではありません。むしろ、そんなことは起こり得ないという話でしょう。主が授けてくださった作戦だからこそ、今回それが起こるのです。

 

 城壁が壊れれば、それで戦いは終わりということではありませんけれども、しかし、エリコの人々は、イスラエルの攻撃に備えて城門を堅く閉ざすという、いわば籠城作戦を採ったわけで、剣を交えることになれば、勝ち目はないと考えていたのです。

 

 5章1節に「ヨルダン川の西側にいるアモリ人の王たちと、沿岸地方にいるカナン人の王たちは皆、主がイスラエルの人々のためにヨルダン川の水を涸らして、彼らを渡らせたと聞いて、心が挫け、もはやイスラエルの人々に立ち向かおうとする者はいなかった」と言われていました。だから、籠城している町の城壁が壊れると、勝敗は見えているということになります。

 

 しかしながら、主が授けた作戦というのは、俄かには信じ難い内容です。実行するのが難しいということではありませんが、それをまともにやってみようと思える人がどれほどいるだろうかと考えてしまいます。ここでしかし、ヨシュアは単純に信じました。だから、先ず祭司たちを呼び集めて、主から授けられた作戦を伝えました(6節)。

 

 次に、民全体にそれを命じました(7節)。すると、祭司から(8節)、武装兵(9節)、そしてその他の民に至るまで(10,20節)、誰もが素直に聴き、それに従います。そして、七日目、7周回った後、皆で鬨の声をあげると、主が告げたとおり、城壁が崩れ落ちました。

 

 そこで、イスラエルの民は崩れ落ちたところから城内に入り、町を占領しました(20節)。そして、町の人々だけでなく、牛、羊、ろばに至るまで命あるものはことごとく、剣にかけて滅ぼし尽くしました(21節)。

 

 あらためて考えてみると、エリコの城壁が崩れたのは、吹き鳴らされた角笛や鬨の声の大きさの故ではありません。また、何度も町の周りを回ったからということでもありません。城壁を崩したのは、主の御力です。主が御腕を伸ばされたので、城壁が崩れたのです。

 

 ということは、町の周りを13周回ることも、角笛を吹くこと、鬨の声をあげることなども、城壁を崩落させるための必要な条件ではないのです。つまり、主がなさろうと思われれば、イスラエルの民が何もしなくても、城壁を崩落させ、町を破壊することが出来たはずです。

 

 しかも、「わたしが鬨の声をあげよと命じる日までは、叫んではならない。声を聞かれないようにせよ。口から言葉を発してはならない。あなたたちは、その後で鬨の声をあげるのだ」(10節)と命じています。城壁が崩れ落ちるまで、エリコの町の周りを回る間、城壁の上からエリコの町の人々に罵詈雑言を浴びせられても、黙っていろ、声を出すなということでしょう。

 

 それは、決して容易いことではありません。しかし、主なる神はこのようにして、イスラエルの民が御言葉に聴き従うか否かを御覧になったわけです。

 

 エレミヤ書1章12節に、「あなたの見るとおりだ。わたしは、わたしの御言葉を成し遂げようと見張っている」と記されています。主は、どんな状況であっても、ご自分の御言葉を成就することがお出来になります。「わたしの言葉を成し遂げようと見張っている」と言われるのは、御言葉が信仰をもって聞かれるか、御言葉がそれを聞いた人々と信仰によって結びつけられるか否かを見張られるわけです。

 

 神はこのとき、イスラエルの罪を裁くため、北にあるバビロニア帝国を「燃えたぎる鍋」として、用いようとしておられました(同13節参照)。もしもイスラエルの民が、エレミヤの預言の言葉を聞いて悔い改め、神に従う信仰を示していたならば、その災いが止められることになったでしょう。

 

 ヘブライ書4章2節に「彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結びつかなかったためです」と記されています。エジプトを脱出した民が、神の御言葉を信じなかったために荒れ野で神に打たれ、約束の地に入れなかったということです。

 

 そして、その不信仰、不従順は、シナイの荒れ野でのことに留まらず、ソロモン以後エレミヤの時代に至るまで繰り返されたため、結局、国が南北に分裂した後、北はアッシリアに、南はバビロンによって滅ぼされ、捕囚となる憂き目を見るようになったわけです。

 

 ヘブライ書の記者は「信じたわたしたちは、この安息に与ることができるのです」(同3節)と言います。即ち、私たちが神の言葉を信じ、それに聴き従うことを求めているわけです。一度信じさえすれば、それでよいわけではありません。信じ続けること、聴き従い続けることが求められています。

 

 日々、主の御言葉を信仰をもって聴き、その御心を悟ることが出来るように、その導きに従って歩み出すことが出来るように、祈りつつ御言葉を開きましょう。

 

 主よ、あなたの御言葉ほど確かなものはありません。昨日も今日も、そして永遠に真実です。ただ、主の御言葉だけが永遠に堅く立つのです。私たちに御言葉を聴く信仰を与えてください。謙って御言葉に従うことが出来ますように。 アーメン

 

 

「イスラエルの人々は、滅ぼし尽くしてささげるべきことに対して不誠実であった。ユダ族に属し、彼の父はカルミ、祖父はザブディ、さらにゼラへとさかのぼるアカンは、滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取った。主はそこで、イスラエルの人々に対して激しく憤られた。」 ヨシュア記7章1節

 

 エリコの町を攻め滅ぼしたイスラエルは、次の標的にアイの町を選びました。ヨシュアが数人の斥候に町を探らせると(2節)、彼らは戻って来て、「アイを撃つのに全軍が出撃するには及びません。二、三千人が行けばいいでしょう。取るに足りぬ相手ですから、全軍をつぎ込むことはありません」(3節)と報告しました。

 

 ヨシュアはそこで、三千人の兵士を向かわせます。全軍をつぎ込むまでないと、三千人で攻め上ったというのは、ギデオンが三百の兵でミディアンの大軍を打ち破った記事を思い起こさせます(士師記7章参照)。

 

 ところが、期待に反して彼らはその戦いに敗退し(4節)、城門を出て来たアイの兵士によって36名の犠牲者が出ました(5節)。ギデオンの軍は、主への信頼を示していたのに対し、ヨシュアの軍は、3節に見られるようなうぬぼれと、主なる神への「不誠実」(1節)を表すものでした。

 

 アイの兵士の前に敗退したヨシュアは主に「ああ、わが神、主よ。なぜ、あなたはこの民にヨルダン川を渡らせたのですか」(7節)と問い、「カナン人やこの土地の住民は、このことを聞いたなら、わたしたちを攻め囲んで皆殺しにし、わたしたちの名を地から断ってしまうでしょう。あなたは、御自分の偉大な御名のゆえに、何をしてくださるのですか」と訴えます(9節)。

 

 それに対して主は「イスラエルは罪を犯し、わたしが命じた契約を破り、滅ぼし尽くしてささげるべきものの一部を盗み取り、ごまかして自分のものにした。だから、イスラエルの人々は、敵に立ち向かうことができず、敵に背を向けて逃げ、滅ぼし尽くされるべきものとなってしまった」(10節以下、11,12節)とお答えになりました。

 

 それを聞いたヨシュアは、主の言葉に従ってイスラエルの部族を集めます。そこで、主が部族ごと、氏族ごと、家族ごとに進み出させて指摘をします。「主から指摘を受ける」とは恐らく、くじを引かせたものと思われます(口語訳、新改訳、岩波訳など参照)。

 

 部族ごとにくじを引かせるとユダ族にあたり(16節)、ユダの諸氏族にくじを引かせるとゼラに当たり、ゼラの全家族にくじを引かせるとザブディ家に当たり(17節)、ザブディ家の男子全員にくじを引かせるとカルミの子アカンに当たりました(18節)。

 

 アカンはヨシュアに「わたしは、確かにイスラエルの神、主に罪を犯しました」と語り(20節)、盗みを告白します(21節)。アカンが主に罪を犯し、それがイスラエル全家に災いをもたらすことになったのです。そのため、アカンとその家族は石で打ち殺され、全財産は火で焼かれました(25節)。

 

 アカン一人のために、36名の兵士、そしてアカン自身の家族が犠牲になったわけです。アカンは初め、自分の振る舞いがイスラエル全家に災いをもたらすことになるとは、考えても見なかったことでしょう。自分がしたのは小さなことで、主なる神もお目こぼしになるだろうと思っていたかも知れません。

 

 しかし、多くの犠牲者が出て民の心が挫けてしまったとき(5節)、それが自分のした罪の所為だと気づいたのではないでしょうか。それでも、それを言い出しませんでした。くじがユダ族に当たり、ゼラの氏族に当たり、ザブディ家に当たり、そして自分に当たったとき、ようやく口を開きました。

 

 自分さえよければ、気づかれなければと、罪に手を染め、追い詰められなければ、その罪を認め、悔い改めることができない、人の弱さが示されます。あらゆる場でのモラルの低下、なかなか後を絶たない偽装、検査の数値改竄なども、同じ根っこでしょう。

 

 そう考えると、これはアカン一人の罪でもないということにならないでしょうか。そもそも、アイの町は「取るに足りぬ相手」と見なし、そのためか、主に問うこともしませんでした。このときイスラエルの民は、全軍が出るまでもないという思いの中で、主の助けが必要とは全く考えていなかったわけです。

 

 であれば、エリコの町を落とせたのは、主がヨシュアに指示を与え、勝利を賜ったからであったのに、あたかも自分たちの力で打ち破ったかのような思い上がりが兵士たちの間に蔓延していたと考えられます。だからこそ、アカンは戦利品を私しようとしたわけです。

 

 冒頭の言葉(1節)に「イスラエルの人々は、滅ぼし尽くしてささげるべきことに対して不誠実であった」と記されていました。「イスラエルの人々」とは、アカン一人のことではありません。御言葉を軽んじ、主を畏れることを疎かにするからこそ、「不誠実」になります。人として同じ弱さを持っている私たちです。

 

 神に従うことに「不誠実」になることがないよう、主を畏れ、絶えず御言葉に耳を傾けましょう。主に栄光を帰し、主をほめたたえましょう。

 

 主よ、私たちの中にも、アカンと同様、神の栄光を盗んで我が物にしようとする弱さ、罪があることを知っています。褒められるといい気になり、けなされると心挫けて水のようになります。主を畏れることを忘れてしまいます。絶えず御前に謙り、御旨に聴き従うことが出来ますように。主の平安で私たちの心と考えを守ってください。 アーメン

 

 

「主はヨシュアに言われた。『恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。』」 ヨシュア記8章1節

 

 前章に続き、再びアイの町を攻撃することになりますが、今回は、主の命令に従って行動を起こします。主は、冒頭の言葉(1節)のとおり、「全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい」と言われます。そこで先ず、「ヨシュアは、三万の勇士をえりすぐって」(3節)送り出します。

 

 先の攻撃では、斥候に行った者たちは、全軍が出るまでもなく、二、三千人も行けば十分とヨシュアに進言していました(7章3節)。けれどもそれは、主の命令を受けてということではありませんでした。そして、その判断が相当に甘かったということ、やはり、この戦いにも主の助けが必要であるということを、徹底的に思い知らされたわけです。

 

 4節で、勇士3万が、裏手から町を伺う伏兵とされ、彼らはベテルとアイの間の待ち伏せ場所で待機しました(9節)。さらに12節で、5千人を伏兵として、同じ場所に配置したとされています。合わせて3万5千の伏兵が置かれたということになります。

 

 ヨシュアが率いていた全軍隊というのは、その時戦いに参加することの出来たイスラエルの全軍、モアブで数えられた60万ということでしょう(民数記26章51節)。そんな大軍でなければ勝てないということよりも、今回、すべてのものが神の命令に従うよう導かれたと考えたらよいでしょう。

 

 しかも、最初の戦いに送り出した兵の10倍以上に及ぶ伏兵を置くということは、アイの町の兵の強さ、城壁の堅固さなどもあって、ニ、三千人が行けば攻め落とせるという町ではなかったということです。それは、エリコを打ち破ったイスラエルの民が、その時、いかに高ぶっていたかということを示すものでもあります。

 

 ヨシュアの大軍がやって来たという報せがアイの町の王にもたらされ、町の人々も急ぎ迎え撃つため、町を出て進軍します。彼らは、伏兵の存在には、全く気付いていませんでした(14節)。イスラエル全軍が押し寄せて来ていたにも拘らず、籠城ではなく開戦を選んだところに、アイの王の判断の甘さがあります。

 

 ヨシュア軍は、アイの町の軍隊が町を出たのを見ると、何ほどもしないうちに退却します(15節)。すると、追撃するため、町の中にいた全兵士がおびき出されました(16節)。前の戦いと同じ展開になったのを、イスラエルの策略と見抜くことが出来なかったためです。

 

 17節には、「イスラエルを追わずに残った者は、アイにもベテルにも一人もいなかった」と記されています。ここに「ベテル」の名が記されていますが、アイの北西2kmほどのところにベテルの町があり、そこからの援軍があったということでしょう。しかし、ベテルの援軍に関して、これ以外に何の記述もありません。

 

 あるいは、ベテルとは「神の家」という意味ですから(創世記28章19節)、ベテルの町ではなく、アイの町にあった神殿のことを指しているのかも知れません。当時の神殿は、町を守る最後の要塞となるよう、堅固な城壁で囲まれていました。神殿を警護する兵士までも、イスラエル追撃に参加したということになれば、町を守る者は、全く残っていなかったということになります。

 

 そのうえ、「イスラエルの後を追ったとき、町の門は開けたままであった」というのですから、先の勝利に味を占めたアイの王の自信過剰振りが、ここに如実に表されています。そして、それを誰も咎めず、イスラエルの後を追ったというところに、主なる神の御手があったということです。

 

 アイの全軍がおびき出されたところで、主がヨシュアに、伏兵に合図するようにと言われます(18節)。伏兵は合図を見て町に攻め込み、そこを占領した後、火を放ちます(19節)。その火を合図に、今度はヨシュア軍が退却をやめ、追撃してきたアイの兵士に打ちかかり(21節)、町を出た伏兵も後ろから挟撃します(22節)。アイの兵士全員が戦死し、王は生け捕りにされました(23節)。

 

 町に残っていた全住民も一人残らず剣にかけられ、総数1万2千が殺されたと報告されます(25節)。それに対して、神の助けを得たイスラエル軍に、3万5千の伏兵を含む60万の大軍が必要だったのかというところですが、やはり今回の戦いは兵の数ではなく、すべての民が神の命令に全く忠実に聴き従うことを求められたわけです。

 

 この戦いにおけるヨシュアの役割は、勇敢な兵士、また有能な指揮官というのではなく、「アイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった」(26節)ということでした。これは、かつてアマレク軍が戦いを挑んできたときに、モーセが手を上げていたことを思い起こさせます(出エジプト記17章8節以下、11,12節)。

 

 つまり、ヨシュアはモーセの後継者として、戦いのために背後にあって祈りの手をあげるという役割を担ったわけです。ということは、今回の勝利は、主が彼らのために戦ってくださったために得られたものであるということを、あらためてここに示しています。

 

 この記事について、今日、神の名による戦争を肯定するものとして読むことは出来ません。主イエスが「剣を取る者は皆、剣で滅びる」(マタイ26章52節)と仰ったからです。パウロは「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」(エフェソ書6章12節)と言っています。

 

 私たちの内外に働きかけて、御言葉に従うことを妨げ、神に従わせまいとする様々な力に対して、まさに御言葉に聴き従うことを通して、神の助けを求めて手を挙げて祈ることにより、完全に勝利すべきであるという神の教えとして、心に銘じましょう。

 

 主よ、私たちを聖霊の宮としてその内に住み、絶えず共にいてくださることを感謝します。あなたこそ私たちを守る堅固な岩であり、砦です。御力に依り頼みます。御教えに聴き従います。どうか私たちの耳を開いてください。絶えず御顔を仰がせてください。御足跡に従うことが出来ますように。 アーメン

 

 

「ご覧ください。わたしたちは今はあなたの手の中にあります。あなたがよいと見なし、正しいと見なされることをなさってください。」 ヨシュア記9章25節 

 

 エリコとアイの町がイスラエルによって滅ぼされたというニュースが、「ヨルダン川の西側の山地、シェフェラ(「低地」の意。口語訳、新改訳参照)、レバノン山のふもとに至る大海の沿岸地方に住むヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の王たち」に伝わり(1節)、彼らは集結してイスラエルと戦うことで一致しました(2節)。

 

 ところが、ギブオンの町に住む民は、主なる神がこの地をイスラエルにお与えになり、この地の住民をすべて滅ぼせと命じておられることを知り(申命記7章1,2節、ヨシュア記3章10節など)、そして、エリコの町、アイの町になしたことを聞いて(3節)、それに恐れを抱いたギブオンの住民は、賢く立ちまわり、一計を案じて生き残りを計ったのです(4節以下)。

 

 彼らは、一日でつけるような距離を、あたかも長い月日がかかったように見せかけるため、使い古しのぶどう酒の皮袋をろばに負わせ(4節)、古靴に着古した外套をまとい、干からびたパンを携えて(5節)、ギルガルにヨシュアを訪ねました。それは、イスラエルと協定を結ぶためです(6節)。

 

 イスラエルはうっかり策略に乗せられ、ギブオンの住民と協定を結んでしまいます(14,15節)。しかし、直にギブオンがアイやベテルからほど近くにある町であることが分かります。22~26節は、騙されたことを知ったヨシュアとギブオンの住民とのやりとりの場面です。

 

 特に、冒頭の言葉(25節)で「わたしたちは今はあなたの手の中にあります」というのは、どのようにでもしてくださいと完全に自分を明け渡し、相手のするままに委ねた言葉です。ここにギブオンの住民は、自分たちの運命をヨシュアに託したわけです。

 

 そもそも、ギブオンの住民は、追い払われる対象でした。7節に、ギルガルにやって来たギブオンの人々を「ヒビ人」と言っていますが、ヒビ人は3章10節に記されている追い払うべき対象7民族の一つです。もし、ギブオンの住民が策略を用いてイスラエルと協定を結んでいなければ、彼らは滅ぼされるべき運命にあったのです(24節参照)。

 

 本来、人は神の形に似せて創られ、神と語らい、神のみ声を聞き、神がお与えくださるすべてのものを味わい、楽しみ、喜ぶことが出来る者でした。けれども、自ら神に逆らい、自分勝手に振る舞ってエデンの園を追放され、神の御顔を見ることも、御声を聞くことも出来なくなりました。そうして、苦労して生活し、罪の中に死ぬべき者となったのです。

 

 しかるに神は、イエス・キリストを通して、私たちと新しい協定、新しい契約を結び、交わりが回復され、永遠の命に与る道を開いてくださいました。イエス・キリストが契約のための贖いの代価を払ってくださったのです。その贖いにより、滅ぼされる対象であった私たちが神の恵みを受け、永遠の命を受け継ぐ者と変えられたのです(エフェソ書2章1節以下参照)。

 

 先に記したとおり、ギブオンの住民は、自分たちの処遇をヨシュアに委ねました。エレミヤ書18章6節に「見よ、粘土が陶工の手の中にあるように、イスラエルの家よ、お前たちはわたしの手の中にある」という御言葉があります。陶器師が土で思いのままに器を作り、また作り直すことが出来るように、イスラエルを思いのままにすることが出来ると、主が言われたのです。

 

 陶器は、火の中に入れる前であれば、作り直すことができますが、一度熱を加えてしまえば、その後、再び直すことは出来ません。壊して捨てるほかはないのです。

 

 主イエスは、私たちを神の子とするために、神と等しい身分であることに固執しようとは思われないで、かえって自分を無にして、私たちと同じ人間になられました。父なる神の御前に全く謙り、死に至るまで、従順であられました(フィリピ書2章6~8節)。

 

 主イエスは、神の御旨のままに生きられましたが、それにも拘わらず、人からも神からも捨てられるという罪の呪いをその身に受けられました。私たちの代わりに捨てられてしまい、代わりに私たちが神の子とされたのです。

 

 主イエスが十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ15章34節)と叫ばれました。常に神を「父」と呼んでおられた主イエスですが、その時、神は「父」と呼ぶことを、主イエスにお許しにはなりませんでした。既に、神に見捨てられていたのです。

 

 けれども、主イエスはそれでもなお、父なる神を信じ、一切を神の御手に委ねきっておられました。主イエスの十字架上での最後の言葉は「父よ、わたしの霊を御手に委ねます」という言葉でした(ルカ23章46節)。ご自分を陰府にくだらせ、律法の呪いを負わせる神を、最後にもう一度「父」と呼んでおられます。

 

 かくて、ギブオンの住民はイスラエルの奴隷となり、柴を刈り、水を汲む者となりました。かつて、モーセは燃える柴を見、その中から語りかける神の御声を聞きました(出エジプト記3章)。そのように、柴を刈る者は、神の御声を聞く者となることが出来るということではないでしょうか。

 

 そしてまた、カナの婚礼において主イエスの命じられて水を汲んだ僕たちは、水がぶどう酒に変えられる奇跡を目の当たりにしました(ヨハネ福音書2章1節以下)。水を汲んだ僕たちだけが、主イエスの奇跡の御業の目撃者、体験者となったのです(同9節)。そのように、水を汲む者は、主の御業を見る者となることが出来るということではないでしょうか。

 

 私たちも、主の僕としてその御声を聞き、御業を見ることが出来る者とされたのです。あらためて、私たちは神の子とされた者であることを確認し、自覚し、その恵みを無駄にすることなく、すべてを主に委ね、いつも喜び、絶えず祈り、どんなことも感謝する信仰で主イエスと共に歩ませていただきましょう。

 

 主よ、あなたの御愛に感謝します。罪の中に死ぬべき者に目をとめ、深く憐れみ、義に生きるように御自分の独り子を犠牲にして、その命の代価で贖ってくださいました。その恵みに感謝し、御言葉に耳を傾け、御旨に従って生きる者とならせてください。 アーメン

 

 

「彼らを恐れてはならない。わたしは既に彼らをあなたの手に渡した。あなたの行く手に立ちはだかる者は一人もいない。」 ヨシュア記10章8節

 

 エルサレムの王アドニ・ツェデクは、イスラエルがエリコ、アイを滅ぼし、ギブオンと和を講じたことを知り(1節)、他のアモリ人の4人の王に人を遣わして(3節)、一緒にギブオンを攻めようと提案します(4節)。すると、彼らはすぐに意気投合し、連合軍を組織してギブオンに攻め上ります(5節)。

 

 ギルガルに宿営しているイスラエル軍が、エリコ、アイを破り、ギブオンと連合することで、イスラエルが南北に分断されつつあり、このまま放置すると、各個撃破されてしまうだろうと恐れたのでしょう。そこで先ず、これまで隣人であって、今や敵となったギブオンから攻略しようということになったわけです。今回の連合軍は、分断されるイスラエル南方のアモリ人の町の軍隊です。

 

 戦いを仕掛けられたギブオンは、ギルガルにいるヨシュアに援軍要請をします(6節)。要請を受けたヨシュアは、全兵士を率いて出陣しました(7節)。彼らは、夜通し行軍してギブオンにいた5王連合軍に襲い掛かり、大打撃を与えました(9,10節)。

 

 さらに、敗走する連合軍を追撃し、わずかの敗残兵を除き、彼らを全滅させることが出来ました(20節)。5人の王は捕えられ、殺されて木にかけられました(17,23,26節)。

 

 それは、主ご自身が戦ってくださっての勝利というべきでしょう。冒頭の言葉(8節)に「彼らを恐れてらない。わたしは既に彼らをあなたの手に渡した」とあります。特にヨシュアが主の託宣を求めたという記事もありませんので、主の方から、イスラエルの勝利を約束されたかたちです。エリコを攻略する際、主の軍の将軍が登場して、策を授けてくださった時も、同様でした。

 

 それは、これらの戦いが主の手の中にあり、その勝利の鍵をヨシュアに授けられるということであり、ゆえに、主を信頼することを求めておられるということです。そして、その勝利を通して、カナンの地をイスラエルに与えるという約束を、主自ら実行しておられるということを、表しているのでしょう。

 

 イスラエル軍が夜を徹して行軍し、アモリ人連合軍を急襲したとき(9節)、「主はイスラエルの前で彼らを混乱に陥れられたので」(10節)、夜の闇もイスラエルに味方したので、それこそ戦いにならなかったのです。その上、敗走する兵士たちに向かって、天から雹が降りました(11節)。イスラエル軍が剣で殺したよりも多くの兵士が、雹に打たれて死にました。

 

 雹について、はじめは「大石」(アバーニーム・ゲドーロート)と表現しています。あとで「雹」と訳されているのも、正確には「雹の石」(アブネー・ハッ・アーラード)という言葉遣いになっています(新改訳、岩波訳など参照)。それは、雹が主の戦いの武器(石投げ)であるということを示そうとしているのではないでしょうか。

 

 雹がアモリ人兵士だけを正確に襲い、イスラエル兵に犠牲が出なかったというのであれば(21節からの類推)、それはおよそ自然現象などではありません。

 

 さらに、ヨシュアが「日よ、とどまれ、ギブオンの上に、月よ、とどまれ、アヤロンの谷に」(12節)というと、まる一日、日も月も動かなかったという(13節)、考えられない記述が続きます。日や月が動かなかったということは、地球の自転がを停止したということでしょう。自転を停止した地球が、一日後に再び自転し始めるなどということは、科学的には、到底あり得ない現象です。

 

 ここに言い表されているのは、神が自然に働きかけて、日も月もイスラエルが勝利を収めるのに協力したり、雹を石投げの石として、正確にアモリ人を打ち倒したりしたことなど、神があらゆるものを動員して、イスラエルに圧倒的な勝利を収めさせてくださったということです。

 

 特に、アモリ人らが太陽や月を神として拝む偶像礼拝を行っていたし、その後、イスラエルの民も、そのような偶像礼拝に巻き込まれて行ったので、日や月が動きをとめるようにというヨシュアの宣言、そして、主なる神がご自身への訴えと受け止めて、日と月の動きをとどめられたことを記して、主なる神の権威と力をイスラエルの民に示したものといってよいと思います。 

 

 14節に「主がこのように人の訴えを聞き届けられたことは、後にも先にもなかった」と言われており、これが特別な出来事だったということを強調しています。それを「主はイスラエルのために戦われたのである」と記して、「わたしは既に彼らをあなたの手に渡した」(8節)と仰ったことを、主が自ら戦って実現してくださったと、あらためて感謝の意を込めて言い表しているのです。

 

 使徒パウロが、「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」(ローマ書8章31,32節)と言っています。私たちが今置かれている状況がどのようであれ、神は主イエスを信じる私たちに味方してくださいます。

 

 また、ご自分の栄光の冨に応じて、私たちに必要なものすべて満たしてくださいます(フィリピ書4章19節)。さらに、万事が益となるように共に働いてくださるのです(ローマ書8章28節)。

 

 万事を益とされる主を信じ、暗闇も、雹も、そして太陽や月さえも用いられる主の御前に謙りましょう。主の御心が行われることを求め、その御業のために用いていただきましょう。

 

 主よ、あなたが御心に留めてくださるとは、なんという幸いでしょう。あなたに顧みられるとは、私たちは何者なのでしょうか。あなたこそ、私たちの岩、私たちの支え。私たちの砦、私たちの逃れ場、私たちの盾、避け所です。絶えず新しい歌をもってあなたを褒め歌います。私たちを御業のために用いてください。豊かな実りを得ることが出来ますように。 アーメン

 

 

「ヨシュアは、彼らに対して主の告げたとおりにし、馬の足の筋を切り、戦車を焼き払った。」 ヨシュア記11章9節

 

 ハツォルの王ヤビンは、エルサレムの王らアモリ人の王たちの連合軍を打ち破り(10章1節以下)、カデシュ・バルネアからギブオンまでパレスティナ南部を征服したこと(同41節)などを聞きました(1節)。そこで、パレスティナ北部の町の王たちに使いを送り、連合してイスラエルと戦おうと呼びかけます。この書き出しは、10章1節とよく似ています。

 

 ハツォルは、ガリラヤ湖の北方約10kmのところにある町で、エジプトと小アジアやメソポタミアを結ぶ隊商路が通っており、早くから栄えていました(10節参照)。後にソロモンが、北方面の守りの拠点として、この町を軍事要塞化します(列王記上9章15節以下)。マドン以下の町や地域は、場所が特定出来ないところが多いですが、ガリラヤ地方一帯を指していると考えられます(1,2節)。

 

 ヤビンの呼びかけに、「東西両カナン人、アモリ人、ヘト人、ペリジ人、山地のエブス人、ヘルモン山のふもと、ミツパの地に住むヒビ人」(3節)たちがメロムの水場に集まり、イスラエルと戦うために連合軍を組織しました(5節)。その兵の数は「浜辺の砂の粒ほどの大軍」(4節)と言われ、「軍馬も戦車も非常に多かった」(4節)そうです。

 

  20節に「彼らの心をかたくなにしてイスラエルと戦わせたのは主であるから、彼らは一片の憐れみを得ることもなく滅ぼし尽くされた」とあります。「かたくなにして」(レ・ハッゼーク)は、「強くする、勇気づける」(ハーザク・ピエル形)という言葉です。

 

 これは、1章6節などでヨシュアに対して、「強くあれ」と繰り返し励ましを与えた言葉です。主なる神が王たちを頑迷にしたというより勇猛果敢にし、戦車などの近代兵器で武装した大軍をもってイスラエルに立ち向かわせたという言葉遣いです。 

 

 一方、主はヨシュアに対して「彼らを恐れてはならない。わたしは明日の今ごろ、彼らすべてをイスラエルに渡して殺させる」(6節)と言われました。イスラエルをして、パレスティナ北部の種族を滅ぼす道具とするというわけです。そこで、ヨシュアはイスラエル全軍を率いて、メロムの水場を急襲し(7節)、これを撃って全滅させました(8節)。

 

 主は戦いに際して、「あなたは彼らの馬の足の筋を切り、戦車を焼き払え」(6節)と命じられ、冒頭の言葉(9節)のとおり、ヨシュアは主の命令に従って、「馬の足の筋を切り、戦車を焼き払」います。馬や戦車は、開けた場所での戦闘に威力を発揮します。奇襲をもって馬の足の筋を切り、戦車を焼き払うことで、連合軍の近代兵器を無力化する作戦だったといえます。

 

 一方、イスラエルにとって、戦いを少しでも有利に進めるために、彼らの馬や戦車を手に入れることは、願ってもないことではなかったかと思います。しかし、主なる神は、それを禁じられました。

 

 申命記17章14節以下の「王に関する規定」でも、「王は馬を増やしてはならない」(同16節)と命じられています。これは、イスラエルの民が、王の勇猛さ、兵の勇敢さ、武器の種類や兵の数などに頼るのではなく、どんな時にも主なる神に信頼すること、主の命令に従うことが求められているわけです。

 

 そのことは、戦いの中で明らかになります。多くの軍馬、戦車を持ち、数え切れないほどの大軍であっても、主を信じ、御言葉に従って進軍するイスラエルの敵ではありませんでした。軍馬も戦車も、神の手を逃れることは出来なかったのです。

 

 御言葉に背いて馬と戦車を手に入れ、イスラエル軍の武装を強化することができたとしても、神を敵にまわすならば、それは何の助けにもなりません。だからこそ、ヨシュアは主の告げたとおりにしているわけです。

 

 主なる神は、ヨシュアが御言葉に素直に聴き従っているのを見られ(9,15節)、その態度を喜ばれたことでしょう。だから、主ご自身がイスラエルのために戦われ、かくて、カナンの地南部に続いて、北方の地からも、先住の民を滅ぼされたのです。神が連合軍の王の心を強くしたのは、徹底的に彼らを打ち破らせるためだったわけです。

 

 それを思うとき、誰よりも豊かな知恵と賢明な心が授けられたはずのソロモン王が(列王記上3章12節)、戦車用の馬の厩舎4万に騎兵1万2千(同5章6節)、戦車千四百を有し(同10章26節)、さらにエジプトとクエから馬を輸入しています(同28節)。まさにそれは絶大な冨と権力を象徴するものですが、そこに、ソロモンの驕りを見ることが出来ます。

 

 「主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る」(箴言1章7節)という言葉を書き記すことのできたソロモンはしかし、それに自ら耳を傾けようとしなかったからです(列王記上11章1節以下、9,10節)。そのため、国は傾き始め、彼の死後、南北に分裂し(同11章11節以下、30,31節、12章)、やがて、滅びを刈り取ることになってしまいました。

 

 私たちは、キリストの贖いを通して救いに与った者として、常に主を仰ぎ、絶えずその御言葉に聴き従い、感謝と喜びをもって日々歩みましょう。

 

 主よ、あなたは心を尽くして御前を歩む私たちに豊かに慈しみを注がれ、御口をもって約束されたことを、御手をもって成し遂げてくださいます。どうか私たちが、あなたの御言葉からそれて、右にも左にも曲がることがありませんように。信仰の正道をまっすぐに歩ませてください。御名があがめられますように。 アーメン

 

 

「ヨシュアの率いるイスラエルの人々がヨルダン川のこちら側、すなわち西側で征服した国の王は次のとおりである。ヨシュアは、レバノンの谷にあるバアル・ガドからセイル途上にあるハラク山に至る地域をイスラエル各部族にその配分に従って領地として与えた。」 ヨシュア記12章7節

 

 12章には、イスラエルが征服した王たちのリストが記されています。1節から6節まで、モーセに率いられていたとき、ヨルダン川の東側で征服した二人の王について、7節以下は、ヨシュアに率いられてヨルダン川を渡ってから、その西側で征服した町の王31名について報告されます。

 

 6章からの記事で、それらの町がどのように征服されたのか物語られていますが、11章18節の「ヨシュアとこれらすべての王たちとの戦いは長い年月にわたり」という言葉は、10章、11章に記されている戦いがそれぞれ一両日程度で終結したかのような印象を持つだけに、多少意外な感じがします。しかしながら、恐らく「長い年月にわたり」というのが正確な描写でしょう。

 

 10章42節に「ヨシュアがただ一回の出撃でこれらの地域を占領し、すべての王を捕らえることができたのは、イスラエルの神、主がイスラエルのために戦われたからである」と記されていますが、一度の出撃ですべての地域を占領出来たとか、戦闘は一日で終結したということを意味するのではありません。

 

 たとえば、一度の出撃で一つの町を落とした。その戦いには、何ヶ月も要することがあったという具合に考えた方がよいでしょう。

 

 また、征服といっても、町全体が滅ぼされ、焼き払われたアイの町のようなところもあれば(8章1節以下)、王が殺されただけで、町が攻められたという記述もないエルサレムの町のようなところもあります(10章23節以下)。

 

 実際、エルサレムは、ダビデが占領するまで、エブス人が町を支配していました(サムエル記下5章6,7節)。つまり、全土を完全に占領するまでには、さらに年月がかかったということになります。

 

 冒頭の言葉(7節)にヨシュアが征服した地域が、「レバノンの谷にあるバアル・ガドからセイル途上にあるハラク山に至る地域」と語られています。バアル・ガドはダンの北18km、ヘルモン山の麓というイスラエルの北限です。バアル・ガドとは、「幸運の主」という意味で、ガドという異教の神が礼拝されていたところでした。

 

 一方、「セイルの途上にあるハラク山」ですが、セイルは「毛深い」という意味で、ヤコブの兄エソウとその子孫、の居住地となりました(創世記32章4節)。エソウとの関連で、「赤い」という意味のエドムと呼ばれることもあります(同25章30節)。

 

 ハラク山は「裸の山」という意味です。草木の生えていない赤土の山なのでしょうか。これは、ベエル・シェバの南方42kmに位置する山で、ヨシュアが占領したカナンの地の南限を指します。

 

 バアル・ガドからハラク山までというのは、「ダンからベエル・シェバまで」(サムエル記上3章20節、サムエル記下3章10節など)と同様の表現で、それを南北にもう少し広くした言い方です。この地域に、イスラエルに征服された31の町があったわけです。

 

 山地もあれば低地(シェフェラ)もあり、水辺もあれば荒れ野もあり、堅固な町もあれば、そうでもないところもあったでしょう。それこそ、あっけなく落ちた町もあれば、陥落させるのに長い月日を必要とした町もあったと思われます。

 

 いずれにせよ、この地を各部族の領地として分配するために、31の町を征服しなければならなかったのです。そして、イスラエルが主に聴き従うとき、主はイスラエルと共にいて、イスラエルのために主ご自身が戦ってくださり(10章14節)、それを征服することが出来ました(10章14節、11章15,20,23節)。

 

 私たちが置かれている状況も、様々です。日々困難をおぼえつつ闘っておられる方もあります。その困難がいつまで続くのかと、途方に暮れるような思いになることもあるでしょう。そのような方を慰め、励ますことも、これまた容易なことではありません。ただ、私たちと共におられる神は、万事を益としてくださるお方です。

 

 スキーのジャンプ競技は、逆風を受けた選手が一番高く遠くまで跳ぶことが出来ます。飛行機は、向かい風に向かって飛び立つのです。私たちに吹き付けてくる逆風を神の息吹と受け止め、主を信頼して信仰の翼を広げるなら、イザヤ書40章31節に語られるごとく、いつしか私たちは、鷲のように翼を張り、上昇気流に乗って空高く舞い上がることでしょう。

 

 主を信頼し、御言葉に耳を傾けつつその導きに従って進むなら、いつの間にか悲しみが喜びに、苦しみが楽しみに、不安が平安に、呻きの祈りが感謝の賛美に変えられることでしょう。絶えず主を見上げ、日々主の御言葉に耳を傾け、聖霊の導きによって常に祈りましょう。主に信頼して、歩み続けましょう。

 

 主よ、私たちの心を探ってください。私たちのうちから、御前に相応しくないものを取り除いてください。主に従って実を結ぶ歩み、働きをすることが出来ますように。御言葉の内に留まらせてください。御霊に満たされ、その力に与ることが出来ますように アーメン

 

 

「わたしは、イスラエルの人々のために、彼らすべてを追い払う。あなたはただ、わたしの命じたとおり、それをイスラエルの嗣業の土地として分けなさい。」 ヨシュア記13章6節

 

 11章23節に「ヨシュアはこうして、この地方全域を獲得し、すべて主がモーセに仰せになったとおりになった」と記されていましたが、13章1節では、主がヨシュアに「あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている」と告げられます。

 

 これは互いに矛盾しており、理解に苦しむところです。資料を並べる順序が入れ替わってしまったのでしょうか。

 

 2節以下、残っている土地として示されているのが、「ペリシテ人の全地域」(2節)、「エジプトの東境のシホル」(3節)、「ヘルモン山のふもとバアル・ガドからレボ・ハマトに至るレバノン山東部全域」(5節)などです。これらは、イスラエル周辺地域のことを指しているようです。

 

 ということは、確かに、ヨシュアは約束の地の大半を獲得したのかもしれません。しかし、まだ完全なものではないと言われるのです。

 

 かつて、主なる神がアブラハムと契約を結んで「あなたの子孫にこの土地を与える。エジプトの川から大河ユーフラテスに至るまで」(創世記15章18節)と言われました。この約束は、イスラエルの国力が最大となったソロモン王の時代でも、文字通りに実現してはいません。

 

 その意味でいえば、「占領すべき土地はまだたくさん残っている」(1節)という言葉は、ヨシュアだけでなく、あらゆる時代の指導者たちにも等しく当てはまるわけです。

 

 これを霊的に考えてみましょう。私たちは主イエスを信じ、心に、生活の中に主を迎え、御言葉に従う生活を始めました。ときの経過と共に、あらゆる面において、主に聴き従う生活が出来るようになり、まだ不十分だと言和ざるを得ないようなところなどはもうない、完全な者となったと言えるようになれたでしょうか。

 

 私自身、1968年のクリスマスに主イエスを信じる信仰を公に表明してクリスチャンとなってから、既に49年余りが経過しました。けれども、主のために新たに占領しなければならない部分など、もはや残っていないなどとは、およそ口が裂けても言える状況ではありません。むしろ、今なお主のために、占領すべき土地はまだたくさん残っていると言わなければならない体たらくです。

 

 主なる神はヨシュアに、冒頭の言葉(6節)のとおり、「わたしは、イスラエルの人々のために、彼らすべてを追い払う」と言われました。ここで、「追い払う」という言葉は、1節の「占領すべき」と言われた言葉と、形態(ヒフィル形とカル形)は異なりますが、同じ「ヤーラシュ」という動詞が用いられています。

 

 同じ言葉の裏と表と言いますか、主なる神が先住民を追い払い、イスラエルの民が彼らの地を占領するということで、神がお与えになったものを、そのまま受け止めよということでしょう。

 

 主は続けて「あなたはただ、わたしの命じたとおり、それをイスラエルの嗣業の土地として分けなさい」(6節)と語られました。取るべき多くの地から、そこに住む民を皆追い払うのは主ご自身で、ヨシュアの仕事は、主が彼らに獲得させたそれらの土地を分配することです。

 

 土地の分配は、どのようにして行なわれるのでしょうか。15章以下を読めば分かりますが、くじで土地を割り当てるのです。「分けなさい」というのはナーファルという言葉で、これは、「落ちる、倒れる」という意味です。祭司は神託を受けるためにウリムとトンミムというくじを投げ、その落ち方、倒れ方で神意を読み取ります。

 

 ということは、土地の分配も、神の御心に従って決定するわけです。新改訳は、「くじで分けよ」と訳しています。土地が分けられて、各部族の嗣業の地となり、そして、土地の実りを産み出します。

 

 創世記2章15節に「主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた」という言葉があります。主は、イスラエルの民をエジプトの地から導き出し、約束の地に連れて来て住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされました。ということは、ユダヤ人にとって、約束の地は当にエデンの園だったのではないでしょうか。

 

 私たちが自分の知恵や力で、主の御前に相応しくないものをすべて追い払い、御心に適うように整えることは不可能と言わざるを得ません。自分で自分に死ぬことなど出来ません。私たちが心に思うことは、幼いときから悪いと、主が仰ったとおりだからです(創世記21節参照)。

 

 ただ主の御言葉を聴き、御言葉どおりになることを主に祈り、私たちの内から主の御前に相応しくないものを追い払ってくださるよう願うほかありません。

 

 主の語られた御言葉は生きていて力があり(ヘブライ書4章12節)、主の望まれることを成し遂げ、主がお与えになった使命を必ず果たします(イザヤ書55章11節)。

 

 日々主を仰ぎ、御言葉に耳を傾けましょう。その導きに従って一歩ずつ歩ませていただきましょう。

 

 主よ、私たちの心には様々な計画、思いがありますが、ただ主の御旨だけが堅く立ちます。御心がこの地になされますように。御国が来ますように。御業のために、私たちが用いられる器となれますように。そして、主の御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「ご覧ください。主がモーセにこの約束をなさって以来四十五年、イスラエルがなお荒れ野を旅した間、主は約束どおりわたしを生きながらえさせてくださいました。今日わたしは八十五歳ですが、今なお健やかです。モーセの使いをしたあのころも今も変わりなく、戦争でも日常の務めでもする力があります。」 ヨシュア記14章10,11節

 

 ヨルダン川の西側、カナンの土地で、嗣業の地の分配が始まりました。祭司エルアザルとモーセの後継者ヌンの子ヨシュアが分配の責任者で(1節)、9つ半の部族のために「くじ」を用います(2節)。祭司の持つウリムとトンミムが用いられたのかも知れませんね。そしてそれは、嗣業の地の割り当てが人の思いではなく、神の御心によるものであるということを示してます。

 

 既にルベン族とガド族、そしてマナセ族の半分は、ヨルダン川の東側に嗣業の地を得ていました(13章)。また、レビ族には、割り当ての地を与えません(3節)。代わりに、ヨセフ族の子孫がマナセ族とエフライム族の二つの部族となって、嗣業の地の割り当てを受けました(4節)。

 

 こうしてヨセフの子孫が他の部族の2倍の嗣業の地を得るということは、この時点で、ヨセフがイスラエル12部族の長男としての地位を得ているということになります(申命記21章17節参照)。

 

 ただ、最初に分配を受けるのは、ユダ族です(15章1節以下)。それに先立って、「ケナズ人エフネの子カレブ」が、ギルガルのヨシュアのもとにやって来ます(6節)。それは、ヘブロンを嗣業の地として受けるためでした(12,13節)。

 

 「ケナズ人」とは、エサウの孫ケナズの子孫ということですが(創世記36章10,11節)、民数記13章6節では「ユダ族では、エフネの子カレブ」とされています。ケナズ人エフネが、彼の世代でユダ族に加わることになり、その子カレブは、ユダ族の一員として、その代表になったことがあると言ったらよいのでしょう。

 

 エソウの子孫はエドム人で(創世記25章30節、申命記23章8節)、いわゆる異邦人ではありませんが、エジプトを脱出して約束の地を目指し北上しようとしたイスラエルに道を譲らず、むしろ、強力な軍勢をもって迎え撃とうとしたので、迂回せざるを得ませんでした(民数記20章14節以下、18,20,21節)。

 

 そんなケナズ人の子孫がイスラエルの一部族の代表となれたというのは、カレブが示した主なの絶対的な信頼、主の御心を行う熱心さと無縁ではないのでしょう。カレブは、ヘブロンを受け取る根拠として、モーセの約束カデシュ・バルネアから斥候として遣わされた時のことを持ち出しました(6節以下、9節)。

 

 カレブは先に記したとおり、ユダ族の代表として、約束の地を偵察する斥候の一人になりました(民数記13章4節以下、6節)。斥候に行った12人のうち10人は先住民を恐れ、約束の地に入れないという報告をして民の心を挫きましたが、カレブとヨシュアは主に信頼して、必ず勝てるので上って行こうと進言しました(民数記13章30節、14章6~9節)。

 

 その信仰を喜ばれた主が、モーセを通してカレブを祝福され、「あなたがわたしの神、主に従いとおしたから、あなたが足を踏み入れた土地は永久にあなたと、あなたの子孫の嗣業の土地になる」と約束されました(9節、申命記1章36節)。

 

 次いで、冒頭の言葉(10,11節)の通り、カレブは自分の健康状態を持ち出します。彼が斥候となったのは40歳のときでした(7節)。それから45年が経過して、主の約束どおり、ヨシュアとカレブは約束の地を踏むことが出来ました(10節)。85歳となった今も健やかで、45年前と同様に、戦争でも日常の務めでもすることが出来ると語ります(11節)。

 

 カレブが要求したのは、ヘブロンの町のある「ユダの山地」ですが、「そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々があります」(12節)。これは、10人の斥候が、約束の地には上って行けないと語っていた理由です(民数記13章28節)。

 

 けれどもカレブは、「断然上って行くべきです。」と言いました(同30節)。他の斥候たちはアナク人の強大さを見ましたが(同31~33節)、ヨシュアとカレブは、神の強大さを見ていたのです。

 

 だから、「もし、我々が主の御心に適うなら、主は我々をあの土地に導き入れ、あの乳と蜜の流れる土地を与えてくださるであろう」(同14章8節)と言い、「彼らは我々の餌食に過ぎない。彼らを守る者は離れ去り、主が我々と共におられる。彼らを恐れてはならない」(同9節)と語ることが出来たのです。

 

 ということは、カレブが元気だからヘブロンを取ることが出来るというのではなく、「我々が主の御心に適うなら」、そして主が共にいてくだされば、主がアナク人を餌食としてくださるので、町を取ることが出来るというわけです。

 

 そのように主なる神を信じる信仰が、45年前から今日に至るまで変わらず、否、主が絶えず共にいてカレブを支えてくださったので、その信仰はカレブの内にいよいよ熱く燃え上がっていたことでしょう。

 

 ヨシュアはカレブを祝福し、ヘブロンを嗣業の地としてカレブに与えました(13節)。14節に「ヘブロンはケナズ人エフネの子カレブの嗣業の土地となって、今日に至っている」と記されています。ということは、カレブは先住民を追い払うことに成功して、その子孫がヘブロンの嗣業の地に住み続けているわけです。

 

 私たちもカレブのように、インマヌエルと唱えられる主イエスと共に歩み、「今日わたしは85歳ですが、今なお健やかです。信仰に入ったあのころも今も変わりなく、戦争でも日常の務めでもする力があります」と語る信仰を得させていただきたいと思います。

 

 となれば、私たちはその年齢まで元気で主にお仕えすることが出来るというわけですが、それは勿論、私たちの能力や健康のゆえなどではありません。ただ、主なる神の深い憐れみに依ることです。

 

 主の恵みと導きを祈りつつ、日々御言葉に従って歩みたいと思います。

 

 主よ、御名をほめたたえます。絶えず新しい恵みをもって私たちを楽しませ、また、守り導いてくださるからです。いつも御顔を拝し、御言葉に耳を傾けます。御言葉は私たちを真理に導き、真理は私たちを自由にします。恐れや不安が除かれ、平安と希望が与えられます。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「彼女は言った。『お祝いをください。わたしにネゲブの地をくださるなら、溜池も添えてください』。彼は上と下の溜池を娘に与えた。」 ヨシュア記15章19節

 

  15章には、ユダ族に与えられた地の範囲が記されています。それは、ヨルダン川が死海に注ぎ込む河口から西に地中海まで線を引き、その線の南方、死海と地中海に挟まれた地域が、ユダの嗣業の地です。南部は雨の少ない山地で、農耕にはあまり適しませんが、面積では、カナンの地の三分の一以上の大きさがあります。

 

 父祖ヤコブの4男ユダが活躍する場面はあまりありませんが、ルベンと共に、ヨセフの命を守ったことや(創世記37章21節以下)、ヨセフの弟ベニヤミンの命を請け負い(同43章8節以下)、ベニヤミンの身代わりになると訴えたこともありました(同44章18節以下)。

 

 ヤコブの長男ルベンの姦淫や(同35章22節)、次男シメオンと三男レビのシケムでの蛮行のゆえに(同34章)、ヤコブの覚え宜しく(同49章)、ユダの子孫が最も重要な部族となったと考えてよいのでしょう。

 

 13節に、ヨシュアがカレブにヘブロンを割り当て地として与えたことが記されています(14章13節も参照)。ヘブロンは、もとは「キルヤト・アルバ」と呼ばれていました(13節、14章15節)。これは、アナクの偉大な人物アルバに由来する名前(「アルバの町」の意)です。ヘブロンは、海抜1000mの丘陵地で、泉が多くあり、斜面はぶどうの名産地になっているそうです。

 

 アブラハムの時代は、ヘブロンにヘト人が住んでいて、妻サラを葬るために、ヘト人エフロンの畑と洞穴を墓地として購入したことが、創世記23章に記されていました。その後、この墓地には、アブラハム(同25章9,10節)、その子イサク(同35章節以下)と妻リベカ(同49章31節)、その子ヤコブ(同50章13節)と妻レア(同49章31節)が葬られました。

 

 カレブは、ヘブロンからアナク人の子孫シェシャイ、アヒマン、タルマイという3氏族を追い出し(14節)、次いで、デビルの町を攻めました(15節)。それを自分が攻め落とすというのではなく、攻め落とすことが出来た者に、自分の娘を妻として与えると約束します(16節)。

 

 すると、カレブの兄弟オトニエルが名乗りを上げ、町の占領を成し遂げました。そこで、カレブは娘アクサを妻としてオトニエルに与えました(17節)。

 

 アクサは夫となるオトニエルに、父から畑をもらえと言い、アクサ自身はカレブに冒頭の言葉(19節)の通り、溜池も添えてくれと願います。前述のとおり、イスラエル南部ネゲブの地はあまり耕作に適さない荒れ野ですから、水の確保は欠かせません。カレブはその求めに対して、「上と下の溜池を娘に与えた」と言われています。

 

 アクサは、父カレブが自分たちの求めに必ず応えると信じていたのでしょう。パウロは、「わたしの神は、御自分の栄光の冨に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます」(フィリピ4章19節)と言いました。神は豊かなお方で、その豊かさに従って私たちに必要なものを豊かに満たしてくださるお方だと、教えてくれます。

 

 二つの池といえば、イスラエルの大きな湖のガリラヤ湖と死海を思い出します。ガリラヤ湖には多種多様な魚が群れており、ここで漁れた魚の一部は海外に輸出されるほどだそうです。ところが、ヨルダン川下流の死海には、魚が一匹もいません。

 

 ガリラヤ湖の水は、水源地フィリポ・カイザリヤから上ヨルダン川を通して流れ込んで来ます。そして、下ヨルダン川を通じて、死海に向かって流れ出して行きます。ところが、死海は海面下-396mで、その水は蒸発する以外、どこにも流れ出ていきませんので、塩分が濃縮してしまいます。塩分濃度が高すぎて、生物など生息出来る環境ではないのです。

 

 それはさながら、恵みを受けるだけで他者に分け与えなければ、その恵みは死んで、無駄になってしまうということを、見えるかたちで教えているようです。イスラエルの父祖アブラハムは、地上のすべての氏族が彼を通して祝福に入るよう、祝福の源として選ばれました(創世記12章2,3節)。キリスト者はアブラハムの子として(ガラテヤ書3章7節)、その使命を受けているのです。

 

 新約聖書ヨハネ福音書に、二つの泉の記述があります。ひとつは4章14節で「わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」と記されています。これは、主イエスを信じる者の内に、永遠の命に至る水が湧き出る泉ということで、主イエスとの交わりによって豊かに活かされるという表現と見ることが出来ます。

 

 今ひとつは7章38節の「わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」という言葉です。その人の内か生きた水が泉となって湧き上がり、流れ出て川となるというのは、それは霊のことを指していると、同39節に注記されています。

 

 つまり、霊の働きはその人を泉として、命の水が川となって流れ出るようにさせることだというわけです。しかも、「川(ポタモイ=rivers)」は複数形です。幾筋もの川となって流れ出していくということで、それは何という豊かな泉、川の流れでしょうか。

 

 使徒言行録1章8節に「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたし(主イエス)の証人となる」とはそのことです。即ち、主イエスとの交わりによって生かされている人には、聖霊の恵みが与えられ、それは、他の人を生かす働きをする主イエスの証人となる力を与えるということです。

 

 また、「一人一人に霊の働きが現れるのは、全体の益となるためです」(第一コリント書12章7節)と言われます。カリスマ(霊の賜物)は、全体の益となるために与えられているというのです。

 

 神の恵みを豊かに受けて、それを他の人のために用いる人は、さらに豊かに与えられるでしょう。恵みを私するなら、それは腐って役に立たなくなってしまうでしょう。信仰によって二つの泉を持ち、常に主の御業に励む者とならせて頂きましょう。

 

 主よ、主イエスの贖いによって罪赦され、神の子とされ、永遠の命が授けられました。今、私たちの内には聖霊が宿り、御言葉の真理を教え、主の証人となる力を授けてくださいます。主との日毎の交わりが豊かにされ、力を受けて主の御用をまっとうすることが出来ますように。 アーメン

 

 

「彼らがゲゼルに住むカナン人を追い出さなかったので、カナン人はエフライムと共にそこに住んで今日に至っている。」 ヨシュア記16章10節

 

 16~17章には、ヨセフの一族に割り当てられた領土について記されています。ヨセフには、マナセとエフライムという二人の子があり、それぞれ部族の長となりました。ヨセフ族が分かれて二つの部族となったということです(14章4節)。

 

 別の見方をすれば、ヨセフは他の兄弟の2倍の嗣業の地を受けることになったわけで、そのことにおいて、イスラエルの長子としての権利を所持していたということになります(申命記21章15節以下参照)。

 

 イスラエルの子孫のうちで、レビ族は嗣業の土地をもらえませんでした(13章14節)。レビの代わりに、ヨセフの子らがそれぞれ、一部族となったので、合計12部族という数は保持された形です(14章3,4節)。

 

 また、シメオン族はユダの地に17の町と周囲の村々を与えられただけでした(19章2節以下)。12分割された土地の三つ分を、ヨセフの子孫が獲得することになりました(マナセがヨルダン川の東西に一つずつ、エフライムにも一つ)。ヨセフの子孫がそのような恵みを受けたのも、ヤコブの祝福の祈りのゆえでしょう(創世記49章22~26節)。

 

 レビとシメオンが嗣業の地を得られなかったのは、やはりヤコブの祈りの中で、シメオンとレビに関して、「彼らの剣は暴力の道具」(同49章5節)といい、「呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。わたしは彼らをヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」(同7節)と言われていたからでしょう。 

 

 また、約束の地においては、弟エフライムが兄マナセよりも先に嗣業の土地を受けています(4節以下、17章1節以下)。イスラエルでは、長男に父親の資産を受け継ぐ大きな特権がありますが、ヤコブはヨセフの二人の子どもを祝福するとき、弟エフライムを先立てて祝福していたのです(創世記48章)。

 

 モーセの後継者としてイスラエルの指導者となったヌンの子ヨシュアは、ヤコブによって祝福されたヨセフの子、エフライム族の出身でした(民数記13章8,16節)。特別に祝福を受けた部族から指導者ヨシュアが出たというのは、記憶すべきことです(同27章15節以下、申命記31章1節以下、14節以下)。主の祝福を受けた者は、主のため人のために働くのです。

 

 冒頭の言葉(10節)に「彼らがゲゼルに住むカナン人を追い出さなかったので、カナン人はエフライムと共にそこに住んで今日に至っている」とあります。何故、イスラエルの民は、ゲゼルに住むカナン人を追い出し、滅ぼしてしまうことが出来なかったのでしょうか。それは、カナン人が強かったからです。

 

 17章16節に「カナン人は、皆、鉄の戦車を持っています」とあります。当時、ペリシテ人が製鉄技術を独占していました。王国時代になっても、イスラエルには鍛冶屋はなく、鋤や鍬などを研いでもらうために、ペリシテ人のところに行かなければなりませんでした(サムエル記上13章19節以下)。

 

 だから、サウル王の軍で鉄の武器を手にしていたのは、サウル王とその子ヨナタンだけという状況だったのです(同22節)。約束の地に入ったばかりのイスラエルには、鉄の道具は全くなかったといってよいでしょう。そのような状況では、武装しているカナン人と戦うことは出来ません。特に戦車がその威力を発揮する平地において、強い敵に立ち向うことは出来なかったわけです。

 

 そのことについて、私たちの信仰と悪しき力との関係で考えてみましょう。私たちは本来、神の子どもとして、神により、神のかたちに創られました。ところが、罪によって神との関係が絶たれ、罪の支配、悪の霊の支配を受けるようになりました。

 

 しかるに、主イエスは、私たちを罪の力、悪しき霊の支配から解放し、救うために、私たちの罪を御自分の身に負われ、十字架にかかって死んでくださいました。のみならず、三日目に復活されました。罪と死の力に完全に勝利されたのです。

 

 主は完全に勝利され、私たちの心の王座にお着きになったのですが、私たちの内に先住権を持っていた罪の力、悪しき霊の力が再度復権しようとして、様々な戦いを挑んで来ます。この戦いに決着をつけなければなりません。

 

 偉大な伝道者パウロが「わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか」(ローマ7章24節)と言っています。自分のなすべきことは出来ず、したくないと思うことをしてしまう、罪の支配を受け、そのとりこになっていると言います。それを、自分ではどうすることも出来ないのです。だから、誰が救ってくれるのかと問うているのです。

 

 しかしながら、パウロは自分を救ってくださる方を見出しました。同25節に「わたしたちの主イエス・キリストを通して神に感謝いたします」と言います。即ち、主イエスが救ってくださるのです。私たちは、主イエスの憐れみによって、完全な救いを得ることが出来ます。

 

 信仰は確かに戦いです。自分たちの現実の生活の中には、困難があります。でも、相手がどんなに強くても、私たちの味方となり、共に戦ってくださる神がどんなに強いお方であるかが分かれば(同8章31節)、勇気百倍です。私たちの神は、強く雄々しい主、雄々しく戦われる主(詩編24編8節)、万軍の主、栄光に輝く王(同10節)と呼ばれるお方なのです。

 

 天地万物を創造された主なる神の御手にすべてを委ね、私たちを愛し、救ってくださる主に信頼する信仰に立ちましょう。御言葉に耳を傾け、御霊の導きに従って歩みましょう。

 

 主よ、私たちは土の器に過ぎません。叩けば壊れ、落とせば割れてしまいます。しかし、私たちの内に宝なる主イエスがおられます。主イエスは、天と地の一切の権能を持っておられます。それが私たちの喜びです。平安です。希望です。私たちの内を聖霊で満たし、悪しき霊の働きを完全に追放してください。 アーメン

 

 

「山地は森林だが、開拓してことごとく自分のものにするがよい。カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことができよう。」 ヨシュア記17章18節

 

 16章で、エフライムの人々がカナン人を追い出さなかったという御言葉から学びましたが、17章にも、「マナセの人々はこれらの町を占領できなかったので、カナン人はこの地域に住み続けた」(12節)という言葉があります。

 

 彼らがカナン人を追い出せなかったのは、カナン人が強かったからでした。カナン人は皆、鉄の戦車を持っています(16節)。剣や槍など、鉄の武器を殆ど持たないユダヤ人が、鉄の戦車で武装しているカナン人と戦うのは、どだい無理な話と言わざるを得ません。

 

 マナセとエフライムは、ヨルダン川の東部分も入れれば、イスラエル12部族の中で最も広い、3つの地域を嗣業の地として割り当てられています。けれども、問題は、その広い場所のすべてを占有しているわけではないということです。

 

 14節以下の議論を読むと、11章までにこの地方全域を獲得したと言われているにも拘らず(11章23節)、エフライム族やマナセ族の領地の中にカナン人が住んでいるところがあるというよりも、むしろ、未だカナン人の領地にイスラエルの民が侵入して、何とか自分たちの住む場所を確保することができるように頑張ろうというレベルのように見えます。

 

 先ず、ヨセフの子らはヨシュアに、自分たちに割り当てられた土地は、主に祝福されてこんなに数多くの民となった私たちには狭すぎると言っています(14節)。神から豊かな恵み、祝福を頂いていても、自分の目で見ると、小さい、少ない、足りないというのです。これでは、神の祝福が不満の材料になったかたちです。

 

 ヨシュアはエフライム族の一員ですが、他の部族に分配したところを削って、それを自分たちに与えよというような要求には応えることはできません。だからヨシュアは、エフライム山地が手狭なら、森林地帯を開拓するがよいと答えました(15節)。

 

 すると、私たちは数の多い民なので、山地だけでは足りない。そして、数は多いけれども、鉄の武器がないので、カナン人を追い出せないと言います(16節)。山地や森林地帯などでは鉄の戦車は使えないから、ある程度戦いになりますが、開けた場所では、戦車の威力の前に、全く立ち向かうことが出来ないというわけです。

 

 それを聞いたヨシュアは、冒頭の言葉(18節)のとおり、「カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかも知れないが、きっと追い出すことができる」と断言します。鉄の武器なしでは戦えないというヨセフの子らに、きっとカナン人を追い出すことが出来ると告げるヨシュアの、その根拠は何なのでしょうか。

 

 それは、神です。私たちの神です。神が私たちの側に、私たちと共におられるということです。天地万物を創られた神が、私たちの味方なのです。ヨシュアは、鉄の武器を頼りにしている相手より、神が味方についてくださる自分たちの方が強いと考えているのです(民数記13章30節、14章9節、ローマ書8章31,37節も参照)。

 

 信仰は確かに戦いです。自分たちの現実の生活の中には、問題が色々あります。困難があります。問題が大きく、克服するのが困難に見えるとき、私たちは自分の無力を思い知らされます。そんなとき、神がとても小さい存在に思えてしまいます。

 

 突然の突風で沈没しそうになっている船の中で、主イエスは枕して眠っておられましたが、弟子たちは「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(マルコ福音書4章38節)と叫んで主イエスを起こしました。弟子たちには、平安はありませんでした。むしろ、主イエスが何もしてくださらないことに対する不満と、沈没してしまうという恐れに満たされていたわけです。

 

 弟子たちがその嵐の海の上で守られたのは、彼らの力、彼らの知恵、彼らの信仰のゆえなどではありません。嵐になって、主イエスを大声で呼び求めたからということでもありません。主イエスが彼らと共にいてくださったからこそのことです。

 

 信仰生活には戦いがあるということを自覚するなら、そのために備えるでしょう。心構えが違って来るでしょう。そして、相手がどんなに強くても、私たちと共にいてくださるお方の強さが分かれば、勇気百倍でしょう。主イエスは、インマヌエルと呼ばれるお方(マタイ福音書1章23節)、どんなときにも共にいてくださるお方です(同28章20節)。

 

 もしも、共におられる主イエスの姿を見失ってしまったら、どうしましょう。問題が大きくて、主が見えなくなったらどうしましょう。そんなときは、賛美するのです。マリアが「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます」と歌っています(ルカ福音書1章46,47節)。これは、マリアの賛歌の冒頭の句です。

 

 ここで「あがめる」というのは「メガルノー」というギリシア語で、「拡大する、長くする」という意味の言葉です。主を崇めるとは、主を拡大するという言葉遣いなのです。賛美で心が満たされる、主への賛美、主への感謝が心に満ち溢れるという感じでしょうか。

 

 問題の中で主を賛美するのは、決して容易いことではありませんが、だからこそ賛美する。私たちの心の中で主を拡大するということが、問題に打ちひしがれるような状況だからこそ、必要ということだと思います。そして、主なる神は、イスラエルの賛美を住まいとされるお方です(詩編22編4節)。私たちが賛美するとき、そこを主の聖所としてくださるのです。

 

 今、私たちを取り囲んでいる現実がどのようであっても、それがどのように見えているとしても、必ず妨げるものを追い出し、きっと約束のものを受け取ることが出来ます。絶えず神の愛と恵みのうちを歩むことが出来るのです。

 

 主イエスを信じ、賛美と祈りをもって進んで参りましょう。神は必ず乗り越えさせてくださいます。自分の力では出来ないことでも、神には出来ます。神は何でもお出来になる方です(マルコ福音書10章27節)。そして、私たちに思いを起こさせ、それを実現に至らせてくださるお方です(フィリピ書2章13節)。主を信じ、御言葉を信じましょう。

 

 主よ、あなたはカナン人を追い出せと命じられました。だから、ヨシュアは、きっと追い出すことが出来ると信じました。主が語られる言葉を聴き、その御言葉は実現すると信じることが出来る人は幸いです。私たちにもその幸いに与ることが出来るように、主の御言葉を聞く耳、主の御業を見る目、主の御心を悟る心を与えてください。 アーメン

 

 

「イスラエルの人々の共同体はシロに集まり、臨在の幕屋を立てた。この地方は彼らに征服されていたが、イスラエルの人々の中には、まだ嗣業の土地の割り当てを受けていない部族が七つ残っていた。」 ヨシュア記18章1,2節

 

 イスラエルの民は、ヨルダン川を渡って以来、ギルガルに本営を置いていましたが(4章19節)、ユダ族(15章)、エフライム族(16章)、マナセ族(17章)に嗣業の地を割り当てたところで、冒頭の言葉(1節)のとおり、本営をシロに移し、そこに臨在の幕屋を立てました。

 

 シロは、ギルガルから北西に約25㎞、ベテルとゲリジム山の中間にある町で、約束の地カナンのほぼ中央部にあたります。そしてそこは、エフライム族に割り当てられたところです。指導者のヨシュアはエフライム族であり、自分の所属している部族の嗣業の地とされたところに本営を設け、そこに臨在の幕屋を立てさせたわけです。

 

 それ以来、士師時代を経て預言者サムエルが登場して来る頃、隣国ペリシテとの戦いに敗れ、神の箱が奪われるという一大事件が起こるまでの間(サムエル記上4章)、シロがイスラエルの中心聖所の置かれた町でした。人々はシロに来て主を礼拝し、いけにえを献げていたのです(同1章3節)。

 

 サムエル記にその記述はありませんが、詩編78編59節以下、エレミヤ書7章12節以下、26章6節以下の記事から、神の箱がペリシテに奪われたとき、神の幕屋もシロの町もろとも破壊されてしまったのではないかと推察されます。それは、祭司エリの二人の息子たちの罪の故ですが、息子たちだけでなく、3万4千の兵士に加え、シロの町の住民までもが、その犠牲となったわけです。

 

 ところで、割り当て地が手狭であり(17章14節)、平地のカナン人は強くて追い出せない(同16節)というヨセフの子らのクレームに対し、山地を開拓せよ、そして、カナン人を必ず追い出すことが出来ると、ヨシュアは答えていました(同17節以下)。

 

 今ここに、会見の幕屋をおのが嗣業の地の中心に設置することで、主なる神がヨセフの子らを初めイスラエルの民と共にいて、彼らのために戦われるお方であるということを、全イスラエルに対して示そうとしているかのようです。

 

 そしてヨシュアは、まだ割り当てを受けていない7部族から代表を3人ずつ出させて、カナンの地を巡回させ、その記録に基づいて(4節)、残りの地を7分割し(5節)、その上で、各部族のためにヨシュアがくじを引き(6節)、割り当て地を決めることにしました。

 

 イスラエルにおけるくじ引きは、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というような運試しなどとは縁がありません。これは、神託を得る手段です。だからヨシュアは、「主の前で、わたしはあなたたちのためにくじを引く」というのです(6,8節)。

 

 使徒言行録1章15節以下で、死んだイスカリオテのユダに代わる使徒を選ぶのに、ヨセフとマティアをたて、くじを引いて決めたというのも、その決定を主の手に委ねているわけです(同1章24節)。

 

 残り7部族のうちで最初に割り当てを受けたのは、ベニヤミン族でした(11節以下)。割り当て地は、ユダ族とヨセフ族との間の小さいところですが(地図など参照)、エリコ(21節)やベテル(22節)、ギブオン、ラマ(25節)、ミツパ(26節)、エルサレム(28節)など、その名をよく知っている町が登場して来ます。

 

 余談ですが、ヤコブ=イスラエルの子ら12人の中で、ベニヤミンだけがイスラエル国内で生まれました(創世記35章16節以下)。また、ユダヤ教の伝承によると、エジプトを出て葦の海を先頭で渡ったのがベニヤミン族でした。

 

 そして、イスラエルの初代の王サウルは、ベニヤミン族の出身です(サムエル記上9章)。また、サウル王と同じ名を持つ使徒パウロも、ベニヤミン族でした(使徒言行録13章9節、ローマ11章1節、フィリピ3章5節)。

 

 最も小さい部族がそのような栄誉に与ったのは(サムエル記上9章21節参照)、イスラエルの神が、知恵ある者、力ある者を辱め、地位のある者を無力にするために、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を、敢えて選ばれるお方だからです(第一コリント1章26節以下、ルカ福音書1章46節以下、52節)。

 

 自分の弱さ、小ささを知る者は、避け所、砦であられる主なる神に依り頼むでしょう(詩編46編2節)。「主は助けを求める人の叫びを聴き、苦難から常に彼らを助け出される」(同34編18節)お方であり、「主は打ち砕かれた心に近くいまし、悔いる霊を救ってくださる」(同19節)のです。

 

 ヨシュアがシロに主の幕屋を据えたように、私たちも先ず心の中心に主をお迎えし、すべてを主にお委ねしましょう。主は私たちを、共に食事をするという親しい交わりへ導いてくださいます(黙示録3章20節)。主を第一として歩みましょう。何よりも先ず神の国と神の義を求める者に、主は私たちの必要の一切を添えて与えてくださいます(マタイ6章33節)。

 

 主よ、私たちは取るに足りないものですが、あなたの豊かな恵みに与っています。この貧しい者、小さき者が呼び求める声をあなたは聞き、苦難から常に救ってくださいます。御使いが周りに陣を敷き、主を畏れる私たちを守り助けてくださるのです。どのようなときにも主の御名をほめ讃えます。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「以上は、祭司エルアザル、ヌンの子ヨシュアおよびイスラエル諸部族の家長たちが、シロの臨在の幕屋の入り口で、主の前においてくじを引き、受け継いだ嗣業の土地である。土地の割り当ては、こうして終わった。」 ヨシュア記19章51節

 

 これまで、ヨルダン東側で、ルベン族、ガド族、マナセ半部族(13章)、そして、ヨルダン川を渡った西側で、ユダ族(15章)、エフライム族(16章)、マナセ半部族(17章)、ベニヤミン族(18章)が嗣業の地を得ました。あと残り6部族のために、嗣業の地の割り当てが行われます。

 

 シメオン族(1節以下)は、独自の嗣業の地の割り当てはなく、ユダ族の嗣業の地の中から、土地の分配を受けました(1節)。それは、ユダ族への割り当ての地が多過ぎたからという説明が、9節になされています。譲られたのは、計17の町とそれに属する村です。

 

 15章を見ると、ユダ族には合計112の町とそれに属する村が与えられていました。民数記26章で登録されたのは、ユダ族が7万6千5百人、シメオン族が2万2千2百人でした。その割合を見ると、譲渡した町の数がかなり少ないことから、ユダ族は喜んでシメオン族に町を譲り渡したわけではないということが分かります。

 

 創世記49章7節に「呪われよ、彼らの怒りは激しく、憤りは甚だしいゆえに。わたしは彼らをヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」という、シメオンのためのヤコブの祈りがあります。文字通り、祝福ではなく呪いです。この祈りが、シメオンの嗣業の地の割り当てに影を落とし、独自の嗣業の地を得ることが出来ず、ユダの地の中の17の町に分散させられているわけです。

 

 続いて、ゼブルン族が受けました(10節以下)。記されている地名は、殆ど知られていません。15節の「ベツレヘム」(「パンの家」の意)は、主イエスがお生まれになったとされる町のことではありません。ユダの地だけでなく、ガリラヤの地に嗣業を受けたゼブルンの割り当て地にも、ベツレヘムがあったわけです。

 

 次に、イサカル族に分配されました(17節)。主イエスが公生涯に入られるまでお過ごしになったナザレの町は、ゼブルンとイサカルの分譲地の境界線の辺りに位置しています。ナザレは旧約聖書に全く出て来ない町なので、比較的新らしい町だろうと考えられます。それもあって、主イエスの弟子となるナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」(ヨハネ1章46節)と言っています。

 

 主イエスはナザレ人と呼ばれますが(マタイ2章23節)、それは預言者たちを通して、「先にゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは、栄光を受ける」(イザヤ8章23節)と預言されていたことが、実現するためでした。

 

 ということは、主なる神は預言成就のため、ゼブルンの地にナザレの町を設け、そこに主イエスの家族を住まわせるようにされたわけです。そして、「何か良いものが出るだろうか」と言われようが、「異邦人のガリラヤ」と揶揄されようが、否、だからこそ主なる神はその地を選び、そこにご自身の栄光を表わしてくださるのです。

 

 続いて、アシェル族(24節以下)、ナフタリ族(32節以下)、ダン族(40節以下)に土地の分配が行われました。これで、全12部族への嗣業の地の配分が終わりました。

 

 なお、47節に「しかし、ダンの人々は領地を奪われた後、北上し、レシェムを攻めてこれを占領し、剣をもって住民を撃ち、そこを手に入れて、そこに住んだ。彼らは、先祖ダンの名に従って、レシェムをダンと呼んだ」とあります。これは、士師記18章に記されている出来事でしょう(士師記18章7,29節の「ライシュ」は「レシェム」と同地)。

 

 ただ、そこには「そのころまで、彼らにはイスラエル諸部族の中で嗣業の地が割り当てられていなかったからである」(同1節)と記されていて、「領地が奪われた後」(47節)という表現に合いません。

 

 「領地を奪われた」というのは、南からペリシテに攻められ、初めの割り当て地を追い出されてしまったということではないかと思われます。そこで北上して、ヨルダン川の水源のあるダンの地を手に入れ、移り住んだのです。

 

 ダンの町はイスラエルの北限の地にあるので、南方の「ベエル・シェバ」と合わせて「ダンからベエル・シェバ(まで)」(士師記20章1節、サムエル記上3章20節、サムエル記下3章10節など、)という表現で、イスラエルの北から南(歴代誌上21章2節などでは「ベエル・シェバからダン」つまり南から北)、即ち主の約束の地の全体を言い表します。

 

 嗣業の地の割り当てが終わってから、最後に指導者ヨシュアもエフライムの山地に嗣業の土地を受け、そこに町を建てて移り住みました(49,50節)。こうして、冒頭の言葉(51節)のとおり、相続地の配分が完了しました。あらためて、「くじを引き」と言われているところに、その配分が神の御心のままに行われたということを示しています。

 

 かつて、神がアブラハムに約束されたことが、今ここに実現しました(創世記12章7節、15章7節参照)。約束が実を結ぶまでの間には、430年に及ぶエジプトでの奴隷生活がありましたし(出エジプト記12章40節)、シナイの荒れ野の40年の旅がありました(ヨシュア記5章6節)。ざっと20世代ほどのそ代があったということになります。

 

 その間、彼らはエジプトの奴隷の苦しみ、そして、シナイの荒れ野の苦難を味わう中にあって、神の約束の実現など思いも及ばないことだったかもしれません。けれども、歴史は御言葉の実現に向かって進んで行きました。どんなにマイナスに見えても、結局、万事が益となるよう動いていくということが(ローマ書8章28節)、ここにはっきりと示されています。

 

 主に信頼し、日々御言葉に耳を傾けましょう。御言葉を自分に語りかけられたものとして受け止め、その恵みに与りましょう。導きに従い、信仰をもって共に前進しましょう。

 

 主よ、御名を崇めて感謝します。あなたは私たちに与えられた分、私たちの杯、私たちの運命を支える方です。人の目にそれがどのように映ろうとも、自らそれをどのように感じようとも、測り縄は麗しい地を示し、私たちは輝かしい嗣業を受けたのです。御心がこの地になされ、御名が崇められますように。そのために用いられる器としてください。 アーメン

 

 

「モーセを通して告げておいた逃れの町を定め、意図してでなく、誤って人を殺した者がそこに逃げ込めるようにしなさい。そこは、血の復讐をする者からの逃れの場所になる。」 ヨシュア記20章2,3節

 

 イスラエル全部族への嗣業の地の割り当てが終了した後、冒頭の言葉(2節)のとおり、「逃れの町を定めよ」と、主がヨシュアに仰せになりました。

 

 逃れの町を定めるのは、過失によって人を死なせてしまった者が、正当な裁判を受ける前にその遺族から復讐され、「罪なき者の血」を流すことがないよう、保護するためです(3節)。それはたとえば、振り上げた斧の柄からその頭が抜けて隣人に当たり、死なせてしまったというような、過失による殺人の場合です(申命記19章5,10節)。

 

 逃れの町を定めることについては、出エジプト記21章13節、民数記35章6節以下、申命記19章1節以下に既に語られていました。主なる神がモーセに命じられていたことを、今ここでヨシュアによって実行させようとしておられるのです。

 

 ヨルダン川東側のギレアドの地には、三つの町が既に選ばれていました(申命記4章43節)。今回は、ヨルダン川西側のカナンの地に三つの町を選びます。それは、ナフタリ山地のケデシュ、エフライム山地のシケム、ユダの山地のキルヤト・アルバで、北部、中部、南部から一つずつ、その町が選ばれました。

 

 ほぼ60キロメートルおきに,逃れの町が置かれることになりました。徒歩で二日程度の道のりというところでしょうか。ということは、イスラエルのどこにいても、約1~2日あれば、逃れの町に辿り着くことが出来るということになります。

 

 逃れの町は、レビ人の居住する町でもあります(民数記35章6節)。そこには、神を礼拝するための聖所、いけにえをささげるための祭壇があったでしょう。

 

 ケデシュは、そもそも「聖所」という意味で、イスラエル国内に幾つもその名で呼ばれる町があったようです(ヨシュア記15章23節:ユダの地、カデシュ・バルネアのことか。歴代誌上6章57節:イサカルの地。歴代誌上6章61節:「ナフタリ族からはガリラヤにあるケデシュ」など)。

 

 シケムは、後にヨシュアがイスラエルの全部族を集め、イスラエルの民との間に契約を結び、掟と法を定めたとき(24章1節以下、25節)、「ヨシュアは、これらの言葉を神の教えの書に記し、次いで、大きな石を取り、主の聖所にあるテレビンの木のもとに立て」(同26節)ました。アブラハム以来の聖所がそこにあったのです(創世記12章6節)。

 

 そして、かつてキルヤト・アルバと呼ばれていたヘブロンは、甥ロトと別れたアブラハム夫婦が住み着いた町で、創世記13章18節に「ヘブロンにあるマムレの樫の木のところに来て住み、そこに主のために祭壇を築いた」と書かれています。マムレの樫の木は、シケムとの類比で、ヘブロンの聖所だったと考えてもよいでしょう。そこに、アブラハムが祭壇を築いて主の名を呼んだのです。

 

 主の聖所、祭壇のあるところが、逃れの町になるというのは、なかなか意味深いことです。出エジプト記21章13節に「故意にではなく、偶然、彼の手に神が渡された場合」という言葉があり、偶発的な事故を「偶然、彼の手に神が渡された場合」と言い、その人は神の定めるところに逃れ、神の保護が受けられるというのです。

 

 列王記上1章50節に「アドニヤもソロモンを恐れ、立って行き、祭壇の角をつかんだ」とあります。祭壇の角をつかんだのは、神の守りを願ったということでしょう。詩編61編5節の「あなたの幕屋にわたしはとこしえに宿り、あなたの翼を避け所として隠れます」という言葉からも、神の幕屋、聖所は、神の御翼の下、その庇護を受けることの出来る場所であるというように見ることが出来ます。

 

 そして、「彼は、共同体の前に出て裁きを受けるまでの期間、あるいはその時の大祭司が死ぬまで、町にとどまらねばならない。殺害者はその後、自分の家、自分が逃げ出して来た町に帰ることができる」(6節)とされます。裁きによって無罪が言い渡された場合の他、大祭司の死後、逃れの町を出て自分の家に帰ることが許されました。大祭司の死によって、故意ではない殺人の罪が贖われたと考えられたのです。

 

 この恵みは、主イエスの血による新しい契約において、さらに拡大されました。どのような人も、神の許に逃れ場を得、御子キリストの十字架の贖いにより、罪の赦しに与ることが出来ます。そこには、故意、偶然の区別はありません。

 

 それは、私たちの身代わりに、主イエスが十字架で私たちのすべての罪の罰を受けてくださったからです。主イエスは、神によって立てられた永遠の大祭司なのです(ヘブライ書4章14節以下、5章9,10節)。

 

 十字架の主の許に行くために、一日の道のりを歩く必要はありません。主は、十字架に死なれましたが、三日目に甦られました。今も生きて、私たちと常に共におられます。

 

 主イエスは、「インマヌエル」(私たちと共におられる神)という名で呼ばれるお方です(マタイ福音書1章23節)。そして、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(同28章20節)と約束してくださっています。

 

 共におられる主イエスに向かい、その罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、すべての罪を赦し、あらゆる不義から私たちを清めてくださるのです(第一ヨハネ1章9節)。「だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくため、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」(ヘブライ書4章16節)。

 

 主よ、罪人の私たちのために、罪のない独り子が身代わりに罪を負い、十字架にかかって死んでくださいました。御子の命によって贖われた私たちです。その召しに相応しく整え、御業のために用いてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「主がイスラエルの家に告げられた恵みの約束は何一つたがわず、すべて実現した。」 ヨシュア記21章45節

 

 21章には、レビ人に与えられる町と放牧地が記されています。これは、民数記35章で、主から命じられていたものです。その規定に従えば、レビ人の町は、およそ1千アンマ(約450m)四方の居住地の外側に幅1千アンマの放牧地があるというものです(同35章4,5節)。そのような町が48、各部族から与えられることになります(同7節)。

 

 レビ族は12部族中最小で、生後1ヶ月以上の男子が2万2~3千人というのですから(同3章39節、26章62節)、女性と合わせても5万人いるかいないかというところでしょう。ということは、48に分かれると、一つの町におよそ千人ずつ入るといった勘定です。

 

 そのようにレビ人の町が設けられたということは、彼らは、各部族の嗣業の地の中の割り当てられた町で、寄留民のような生活を送ることになったわけです。それはしかし、散らされた町々で、宗教家集団としての役割を果たすことが期待されているということでしょう。

 

 レビ人に割り当てられる48の町の内訳は、ケハトの諸氏族のうち、祭司アロンの子らには、ユダ、シメオン、ベニヤミン、つまり南ユダの諸部族から13の町(4,13節以下)、その他のケハトの子らには、エフライム、ダン、マナセ半部族から10の町が与えられます(5,20節以下)。

 

 また、ゲルションの子らには、イサカル、アシェル、ナフタリと、ヨルダン川東側のマナセ半部族から13の町(6,27節以下)、メラリの子らには、ゼブルンと、ヨルダン川東側のルベン、ガドから12の町(7,34節以下)で、合計48の町になります。

 

 レビ人の任務は、掟の幕屋の奉仕、幕屋や祭具の管理、運搬、警護などでしたが(民数記1章50~54節、18章22節)、彼らにあてがわれた48の町のうち、6つは「逃れの町」でもあります(13,21,27,32,36,38節、20章7,8節)。ということは、逃れの町に割り当てられたレビ人は、故意でない殺人を犯した人々を保護監督する役割をも担うことになったわけです。

 

 臨在の幕屋がシロに設置されてイスラエルの中心聖所となったので(18章1節)、幕屋の祭具などを運搬する任務は必要でなくなりました。イスラエルの全域に居住地が散らばることになるので、幕屋の警護を務めとするケハトの人々(民数記3章28節)以外は、シロの幕屋で働く務めに携わることもなくなるということでしょう。

 

 だから、祭司アロンの子ら以外のケハトの人々のために、シロの聖所のあるエフライムと隣接のマナセに割り当ての町を与えられたのでしょう。北方のダンから四つの町が与えられるのは、その理由に当てはまりませんが。

 

 このように、レビ族独自の嗣業の地が与えられず、イスラエルの各地に散らされて居住地に住み、その結果、レビ人の多くが神の幕屋の務めから解かれてしまうことも、ヤコブがシメオンとレビについて、「わたしは彼らをヤコブの間に分け、イスラエルの間に散らす」(創世記49章7節)と、呪いを込めて語った祈りの言葉の実現なのでしょう。

 

 しかし、主なる神はこの呪いを逆手にとって、レビ人をイスラエルの間に散らすことにより、逃れの町の管理運営、そこに逃れて来る人々の保護監督というような、神の御言葉を守り行うために仕える務めを、イスラエル各地で展開されるようになさったのではないでしょうか。勿論、神の御言葉を教え、信仰の指導をするといったことも、それぞれの町で、また、その町周辺の地域でなされたことでしょう。

 

 こうして、12部族にそれぞれ嗣業の地があてがわれ、レビ人もその任地が定まり、ここに、荒れ野を旅する生活が完全に終結することとなりました。ヨシュア記の著者は、冒頭の言葉(45節)のとおり、「主がイスラエルの家に告げられた恵みの約束は何一つたがわず、すべて実現した」と告げています。

 

 エジプトを脱出したイスラエルの民は、困難に出会う度に神の約束を疑い、何度、荒れ野で死ぬよりは、エジプトで奴隷をしていた方がましだったと嘆いたことでしょうか。何度、主なる神に背いて、異教の神々に頼ろうとしたことでしょうか。

 

 勿論、私には、そのようなイスラエルの民を責める資格はありません。思いがけない試練や苦しみを経験するとき、パニックを起して同じように御言葉を疑い、ぶつぶつと呟き、自分の不幸を嘆く者だからです。

 

 その意味で、、主がイスラエルに告げられた恵みの約束がすべて実現したというのは、文字通り、主の恵みです。イスラエルの民の不真実にも拘らず、神は、真実をもって行動されたのです(ローマ書3章3,4節)。

 

 パウロが語る通り、神がキリスト・イエスにおいて私たちに望んでおられる、いつも喜び、絶えず祈り、どんなことにも感謝する信仰に、主の恵みによって、常に与らせて頂きましょう(第一テサロニケ書5章16~18節)。

 

 主よ、おとめマリアが、「お言葉どおりこの身に成りますように」と御言葉を信じ受け入れたように、御言葉は必ず実現すると信じる幸いを私たちにも授けてください。神に仕えるレビ人が全地に散らされて御言葉の奉仕をしたように、私たちをいたるところに遣わして、御言葉の恵みを証しさせてください。 アーメン

 

 

「わたしたちは今日、主がわたしたちの中におられることを知った。あなたたちは主に対してこの背信の行為をすることなく、イスラエルの民が、主の手にかけられるのを免れさせた。」 ヨシュア記22章31節

 

 ヨシュアは、ルベン、ガド、マナセの半部族、即ち、先にヨルダン川東部のギレアド地方に嗣業の地を得ていた部族の人々を集め、ギレアド地方の自分たちの所有地に帰るよう指示を与えました(1節以下、4節)。それは、主が約束されたとおり、同胞に安住の地をお与えになったからです。

 

 ルベン、ガド、マナセの半部族の人々は、約束の地カナンに入る前、ギレアドを所有地として与えて欲しいと願い、モーセによってそれが許可されました(民数記32章)。そのときに出された、ギレアドの地の所有を認める条件は、彼らが武装して、他部族の者たちと共にヨルダン川を渡り、カナンを征服するために共に戦うということでした(同17,20節以下)。

 

 21章までにカナンの地の征服が完了し、土地の分配も終わったので、ここにヨルダン川東部のそれぞれの所有の地に帰る許可が出たわけです。

 

 帰る途中、彼らは、ヨルダン川を渡る前、ゲリロトに一つの祭壇を築きました(10節)。それを知った他の部族の者がシロに集まって協議し、彼らに軍を差し向けることにしました(12節)。21章44節に、「彼らに立ちはだかる敵は一人もなくなった。主は敵を一人残らず彼らの手に渡された」と記されていましたが、今ここに、新しい敵が出現したのでしょうか。

 

 イスラエルの人々は、先ず、祭司ピネハスとイスラエル各部族から1名ずつ、計10名の家系の長を遣わしました(13,14節)。それは、外国人のためではありません。ルベン、ガド、マナセの半部族がゲリロトに祭壇を築いたのは、異教の神々に仕える祭壇をゲリロトに築いたためではないかと考えたのです。それを確認するための祭司ピネハスの派遣でした。

 

 というのも、彼らが異教の神々を礼拝するために祭壇を築いたのであれば、それは、イスラエルの民全体の不幸を招く恐れがあるからです。かつて、シナイの荒れ野を旅していたとき、ペオルでバアルを礼拝して神を怒らせ、2万4千人が打たれて死ぬという災いを経験していました(17節、民数記25章参照)。

 

 また、アカン一人の背きが、イスラエル全体の苦しみとなり、そのために死んだ者も、アカン一人にとどまりませんでした(20節、7章1節以下)。ここに、またもや神に敵対する行為で神を怒らせ、神を敵に回すことになるのではないかと心配したのです。

 

 それに対して、ルベン、ガド、マナセ半部族の人々は、自分たちが祭壇を築いたのは、異教の神々を礼拝するためなどでなく、ギレアドに住む自分たちの子らと、カナンの地に住むイスラエルの子らとの間柄を示す証拠とするためであると答えました(24節以下、27,28節)。

 

 そもそも、ヨルダン川東部のギレアドの地、即ち自分たちの所領の側にではなく、西岸のゲリロトに祭壇を築いたのは、自分たちがそこでいけにえをささげて、神を礼拝しようとするものではないという思いを表わそうとしていたのでしょう。

 

 背景に、ギレアドの地はもともと約束の地ではなく、それを嗣業の地としたために、後に自分たちの子孫が社会的宗教的な差別を受けるのではないかという懸念があったのではないでしょうか。

 

 祭司ピネハスが「もしもお前たちの所有地が汚れているなら、主の幕屋がある主の所有地に渡って来て、わたしたちの間に所有地を持つがよい」(19節)と語った言葉の背後に、ギレアドの地のことを、異教の民が住んでいる汚れた地と見なす思いが滲んでいるようです。

 

 しかるに、祭司ピネハスとイスラエルの家系の長は、ギレアドに住む者らの答えに納得が行き、冒頭の言葉(31節)のとおり「わたしたちは今日、主がわたしたちの中におられることを知った」と言います。

 

 もしも、ギレアドに住む者らがゲリロトに祭壇を築いたことを神が咎めておられるなら、自分たちから神が離れてしまわれたことでしょう。だから、「主がわたしたちの中におられることを知った」というのは、ギレアドに住む人々の行為を主がよしとされたということを表わしています。

 

 さらには、「わたしたち」がカナンの地に住む10部族のことというより、イスラエル全家のことを指していると考えられるので、カナンの地に嗣業の地を得た自分たちだけでなく、ギレアドの人々の中にも、主がおられることを知ったという意味にもなります。

 

 そもそも、ギレアドを嗣業の地として求めたのは、ルベンとガドの2部族だったのですが(民数記32章1~5節)、モーセはそれに加えて、マナセの半部族にも領地を得させました(同33節)。

 

 その理由が明らかにされていなかったのですが、マナセ族がヨルダン川の東と西に別れて領地を持つことで、ギレアドの人々はイスラエルの民ではない、ギレアドは約束の地ではないと非難するのは誤りであるということを、それによって確認させようとしたのではないかと、今ここで示されます。

 

 主イエスが弟子たちの足を洗われたとき、「わたしのしていることは、今あなたには分かるまいが、後で、分かるようになる」と言われました(ヨハネ13章7節)。神のなさっていることが今すぐには分からなくても、後から、「わたしたちは今日、主がわたしたちの中におられることを知った」という恵みに与る日が必ず到来することでしょう。

 

 主を信じ、御言葉を信じて、日々着実に歩ませて頂きたいと思います。 

 

 主よ、あなたのなさることはときに適って美しく、いつも最善であることを信じて感謝します。時に、そのことが分からず、主に向かって呟き嘆く者ですが、あなたはそれを感謝と喜びに変えてくださいます。見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎ、主がわたしたちの中におられることを常に知ることが出来ますように。 アーメン

 

 

「だから、あなたたちも心を込めて、あなたたちの神、主を愛しなさい。」 ヨシュア記23章11節

 

 23章は、小見出しに「ヨシュアの告別の言葉」という通り、まさにヨシュアの遺言ともいうべきものです。1節に「イスラエルに安住の地を与えてから長い年月が流れ、ヨシュアは多くの日を重ね、老人となった」とあります。ヨシュアの生涯は、110年でした(24章29節)。

 

 3節でヨシュアは「あなたたちの神、主があなたたちのためにこれらすべての国々に行われたことを、ことごとく、あなたたちは見てきた」と言い、民が見たのは、「あなたたちの神、主は御自らあなたたちのために戦ってくださった」ことと示します。

 

 そして4節で「わたしはヨルダン川から、太陽の沈む大海に至る全域、すなわち未征服の国々も、既に征服した国々もことごとく、くじによってあなたたち各部族の嗣業の土地として分け与えた」と、約束の地カナンの土地の分配を行ったことを告げます。

 

 そして5節で「あなたたちの神、主は、神自ら彼らをあなたたちのために押しのけ、あなたたちのために追い出される。あなたたちの神、主の約束されたとおり、あなたたちは彼らの土地を占領するであろう」と語り、未征服の地を主が完全に占領することになることが予告されます。

 

 主はかつてヨシュアに、「あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている」(13章1節)と言われていました。老人には無理だから、もう諦めなさいと言われたのではありません。老齢になっても、取らなければならないもの、望むべきもの、進むべき地があったのです。

 

 今その役割を終えて、歴史の舞台から降りようとしているヨシュアの心に満ちているのは、主なる神を信じ、御言葉に従う歩みの確かさ、それ故の感謝の念でした。だから6節で「右にも左にも逸れることなく、モーセの教えの書に書かれていることをことごとく忠実に守りなさい」と言い、8節で「今日までしてきたように、ただあなたたちの神、主を固く信頼せよ」と命じています。

 

 モーセからバトンを受け継ぎ、「強く、雄々しくあれ」(1章6,7,9,18節など)と励まされながら、ヨシュアが心がけたのは、主を固く信頼すること、モーセの教えの書に記されている主の御言葉に聴き従うことだったのです。

 

 そこで、「占領すべき土地はまだたくさん残っている」と主が語られた御言葉は、必ず実現出来ると信じ、「カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことが出来る」(17章18節)と告げることも出来ました。

 

  そして冒頭の言葉(11節)で「だから、あなたたちも心を込めて、あなたたちの神、主を愛しなさい」と言います。イスラエルの民にとって最も重要なことは、神様を愛することだというのです。「あなたたちも」に示されているのは、ヨシュアがそうして来たとおりとにいうことです。

 

 これは、主イエスが最も重要な掟として示した、「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(マタイ福音書22章37節、申命記6章5節)という命令とも通じます。

 

 私たちは、山を眺めて美しいと思います。しかし、実際に高い山に登り、深い森に分け入ってみると、見ただけでは決して味わえない、そこに行かなければ分からない世界があります。また、海の青さに感動することもありますが、深い海の底は光も届かない闇の世界です。やはり、そこに行かなければ味わい見ることの出来ない光や音、命の営みがあるのです。

 

 信仰的なこと、霊的なことも同様です。さらに深く神を知ることが出来ます。さらに深く神を信じることが出来ます。さらに深く神を愛することが出来ます。毎日、忙しくあわただしく過ごしていると、つい見過ごし、見逃しているものが少なくありません。心静かに神の御言葉に耳を傾けることが出来るでしょうか。神は私たちをさらに深い恵みの世界へ導こうとしておられるのです。

 

 「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。誰が神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう」(ローマ書11章33節)とパウロは言いました。神の知恵、神の知識、神の道を完全に理解し、把握出来るという人はいないでしょう。

 

 けれども、聖書は、それならば理解しなくてよいなどとは言いません。「『目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された』と書いてあるとおりです。わたしたちには、神が霊によってそのことを明らかに示してくださいました。霊は一切のことを、神の深みさえも究めます」(第一コリント書2章9~10節)と告げています。

 

 また、「知恵と知識の宝はすべて、キリストの内に隠れています」(コロサイ2章3節)とも語られていて、パウロは、主イエスとの親密な交わりを通して、その内に隠されている知恵と知識の宝を、神から頂くことが出来ると教えているのです。

 

 主イエスも、「わたしのもとに来て、わたしの言葉を聞き、それを行う人が皆、どんな人に似ているかを示そう。それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人に似ている」(ルカ福音書6章47,48節)と言われています。 

 

 ヨシュアは、神の御声を聞きました。神の御業を見ました。神の御心を悟る心が与えられました。私たちはどうでしょうか。もっと深く神を知り、もっと深く恵みを味わい、霊の深みから真心込めて神に礼拝をささげたいと思います。深く御言葉を味わい、御霊の泉の中に身を置きたいと思います。

 

 心を込めて主を愛し、その御言葉を慕い求めましょう。御声に耳を傾け、御霊の導きに従いましょう。

 

 主よ、あなたは御子をさえ惜しまず、私たちにお与えくださいました。その御愛は、御子が御自分の命を私たちのためにささげてくださった、まさに命そのものです。その御心を悟らず、御手に委ねることが出来ず、自分勝手に歩んでいる自分を悔い改めます。日々神を信じる信仰の深みを教えてください。その広さを悟らせてください。 アーメン

 

 

「あなたたちはだから、主を畏れ、真心を込め真実をもって彼に仕え、あなたたちの先祖が川の向こう側やエジプトで仕えていた神々を除き去って、主に仕えなさい。」 ヨシュア記24章14節

 

 

 本日は、ヨシュア記最後の学びです。24章には、ヨシュアがイスラエル全部族に、主なる神との契約を結ばせるという出来事が記されています。ヨシュアは、この契約のために全イスラエルをシケムに集めました(1節)。シケムは、エフライム族の嗣業の地で、逃れの町として定められ、レビ人が住む町になっていました(20章7節、21章21節)。

 

 なぜヨシュアは、神の幕屋を設置したシロや、初めの宿営地ギルガルではなく、シケムに民を集めたのでしょうか。はっきりとその理由は、ここに語られてはいません。

 

 イスラエルの父祖アブラハムが主の御言葉に従って父の家を離れ(創世記12章1節以下)、カナン地方に入ってシケムの聖所、モレの樫の木までやって来たとき(同5,6節)、主がアブラハムに現れて、「あなたの子孫にこの土地を与える」(同7節)と約束されました。その約束が実現したので、その契約を更新するために集ったというのが、その理由ではないかと考えられます。

 

 そのことについて、2節以下で歴史を振り返っています。そして13節で「わたしは更に、あなたたちが自分で労せずして得た土地、自分で建てたのではない町を与えた。あなたたちはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている」と、イスラエルの民が約束の地を獲得出来たのは、すべて主が働かれ、イスラエルにお与えになったからこそだと、主が語っておられます。

 

 ここで、「自分で労せずに得た土地」、「自分で建てたのではない町」、そして「自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実」と、少しずつ言葉を換えながら、それが人の業に依らない、イスラエルの民に対する主なる神の恵みであることを、明確に言い表しています。

 

 ヨシュアは、冒頭の言葉(14節)のとおり、「あなたたちはだから、主を畏れ、真心を込め真実をもって彼に仕え、あなたたちの先祖が川の向こう側やエジプトで仕えていた神々を除き去って、主に仕えなさい」と命じます。ここで「川の向こう側」とは、2,3節との関連で「ユーフラテス川の向こう側、すなわちハランの地ないしカルデヤのウルを指していることが分かります。

 

 民を約束の地に導き入れられたのは主なる神であって、「川の向こう側」、即ちかつて先祖が住んでいたメソポタミアの神々や「エジプトで仕えていた神々」ではないということですが、主がイスラエルの民をエジプトから導き出されなければ、さらには、アブラハムを川の向こうから連れ出されなければ、今でもイスラエルの民は、異教の神々に仕えさせられていたということです。

 

 そのことを民に確認させて、「もし主に仕えたくないというならば、川の向こう側にいたあなたたちの先祖が仕えていた神々でも、あるいは今、あなたたちが住んでいる土地のアモリ人の神々でも、仕えたいと思うものを、今日、自分で選びなさい」(15節)と言います。主なる神に仕える者が、同時に川向こうの神々やアモリ人に代表されるカナン地方の神々にも仕えるということは出来ないのです。

 

 イスラエルは、神の選びの民でした。アブラハムが川向こうの地から連れ出されたのも、イスラエルの民がエジプトから導き出されたのも、アモリ人の国を得、そしてカナンの地を占領したのも、神が彼らを選ばれたからです。信仰とは、その神の選び、神の召し出しに応答することです。

 

 自分の仕える神を選べということは、「主を畏れ、真心を込め真実をもって主に仕え」(14節)ない者は、アブラハム以来の主の恵みを忘れ、他の神々を選んだということだと語っていることになります。

 

 勿論、どの神を選んでも同じ結果が得られるわけではありません。どこから登っても山頂に到達出来る、どの宗教でも同じだという議論がありますが、それは間違いです。たとえば、念仏や修行によって自ら悟りを開くことを本願とする仏教と、神の恵みに基づくキリストの救済を説くキリスト教が、同じ山頂を目指しているはずがないからです。

 

 また、人としてとるべき行動、所謂、倫理道徳という点では、宗教間の差違はそれほどないかもしれません。ということでは、同じ山頂に立つかもしれません。問題は、そこから人間が自分の力で天にまで昇ることは出来ないということです。私たちは、私たちを天に国籍を持つ者としてそこに迎え入れてくださる神がおられることを信じています。 

 

 23章16節に「もし、あなたたちの神、主が命じられた契約を破り、他の神々に従い、仕え、これにひれ伏すなら、主の怒りが燃え上がり、あなたたちは与えられたよい土地から、速やかに滅び去る」と告げられていました。即ち、主に従わない者に対する裁きの言葉です。

 

 そうするとこれは、申命記30章19,20節で「わたしは今日、天と地をあなたたちに対する証人として呼び出し、生と死、祝福と呪いをあなたの前に置く。あなたは命を選び、あなたもあなたの子孫も命を得るようにし、あなたの神、主を愛し、御声を聞き、主につき従いなさい」と告げたモーセの言葉と同じことになります。

 

 シナイ山で契約を結んだ民は、シナイの荒れ野で神に背き、撃たれました。モアブの地で契約を結んだ民は、約束の地を踏むことが許されました。年を重ねて老人となったヨシュアは、ここシケムにおいて、あらためて民に主との契約を結ばせ、「右にも左にもそれることなく、モーセの教えの書に書かれていることをことごとく忠実に守」(23章6節)るよう示したのです。

 

 裁きを恐れてではなく、神に従うことを喜びとして、御言葉に耳を傾けるようになりたいと思います。そのために、御霊の導きと満たしを求めて祈りましょう。

 

 主よ、私たちがあなたを選んだのではなく、あなたが私たちを選ばれました。それゆえ、救いの恵みに与ることが出来たのです。いつも主の恵みを忘れず、招きに忠実に答えることが出来ますように。絶えず主を畏れること、感謝を込めて心から主に仕えることを学ばせてください。聖霊の満たしと導きが豊かにありますように。 アーメン

 

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