エゼキエル書

 

 

「第30年の4月5日のことである。わたしはケバル川の河畔に住んでいた捕囚の人々の間にいたが、そのとき天が開かれ、わたしは神の顕現に接した。」 エゼキエル書1章1節

 

 今日から、エゼキエル書を読み始めます。本書の著者エゼキエルについては、ここに記されている以外のことは、全く不明です。3節に「祭司ブジの子エゼキエル」とあり、ユダヤの祭司職は世襲なので、エゼキエル自身も幼いときから祭司となるための教育を受けて来たものと思われます。

 

 冒頭の言葉(1節)のはじめに「第30年」とあるのは、恐らくエゼキエルの年齢を指しているものと考えられます。これは、祭司の家系に属する者が祭司に就任する年齢でした(民数記4章3節)。けれども、エゼキエルは現在、エルサレムの神殿にはいません。ケバル川の河畔に住む捕囚の人々の中にいました。つまり、バビロンの奴隷として働かされていたのです。

 

 もしかするとエゼキエルは、エルサレムに帰って祭司として働きたいという夢も希望も、完全に失っていたかも知れません。ところが、そのケバル川河畔にいたエゼキエルに、神がご自身を顕されたのです。

 

 「それは、ヨヤキン王が捕囚となって第5年の、その月の5日のことであった」(2節)というのですから、紀元前593年の夏頃ということになります。ということは、エゼキエルが25歳の時にヨヤキン王が攻め寄せてきたバビロン軍に降伏し、エゼキエルは王らと共に囚われの身となり、バビロンに連れて来られたわけです。

 

 かつて、神はイスラエルを選ばれ、エルサレムに都を置かれました。そこに、ソロモン王が、主なる神に礼拝をささげるための壮麗な神殿を建てました(列王記上5章15節以下、6章38節)。けれども神は、一つの国、ひとつの町、一つの場所にだけ限定して御自身を顕わされるというのではなく、いつでもどこにでもおいでになり、顕現されることがお出来になるのです。

 

 4節以下にその様子が記されています。彼の見た光景があまりにも荘厳で神々しく、とうてい言葉で表現し得ないようなことを、何とかその様子の一端だけでも言い表そうと努力した結果、非常に難解な文章になってしまっているのだと思います。しかし、伝えようとしていることは分かります。

 

 「四つの生き物」(5節)、あるいは、「四つの顔を持つ生き物」(15節)の傍らに、ひとつの車輪が見えました。「四つの顔を持つ生き物」は、ケルビムを象徴しているのだと思われます。そして、車輪とは、契約の箱を象徴しているようです。

 

 かつて、イスラエルの民がエジプトの奴隷生活から解放されたとき、神はイスラエルの内にあって共に旅するために、神の幕屋と共に契約の箱を作らせ、蓋を贖いの座としてその上にケルビムを置き、そこをご自分の臨在を表す場所、玉座と定められました(出エジプト記25章8節以下)。

 

 「生き物の霊が、車輪の中にあった」(21節)というのは、契約の箱の中に、契約のしるしとして十戒を記した石の板が入れられていた(出エジプト記25章16,21節、列王記上8章9節)ことに対応していると考えられます。

 

 このような光景が、今バビロンの捕囚とされているエゼキエルの眼前に鮮やかに表されたということは、このケバル川の河畔が神のいます場所、神に礼拝をささげるべき場所として選ばれたということを示していることになります。これは夢でしょうか、幻でしょうか。到底、現実のこととは思われません。しかし、エゼキエルにとって、これは大きな希望となりました。

 

 かつて、預言者イザヤが神殿にいて、主なる神が高く天にある御座に座しておられるのを見ました(イザヤ書6章1節)。その時、主の衣の裾が神殿いっぱいに広がっていました。御座の上にはセラフィムがいて(同2節)、主を讃えていました(同3節)。エルサレムの神の宮と天の御座がつながっていたのです。 

 

 バビロンは、神のおられない、神に呪われた場所などではありません。また、一生の間、奴隷として、したくない仕事をしていなければならないということでもありません。エゼキエルのいるケバル川河畔と天の御座がつなげられました。主なる神は今その捕囚の民の上におられ、エゼキエルを神と人の間に立ち、神の言葉を語り、人々を執り成す神の祭司としての務めに立てようとしておられるのです。

 

 捕囚としてバビロンに連れられて来て5年、30歳となった今、そのときが来ました。かつて、ヤコブがルズの地で天に届く梯子を幻で見、そこを「ベテル(=神の家)」と呼んだように(創世記28章10節以下参照)、今、神がケバル川河畔を神の聖所とされ、ご自身の祭司として自分を召されたことを、エゼキエルは知ったのです。

 

 私たちも信仰の目を開いて絶えず主の十字架を仰ぎ、耳を開いて主の御言葉を聞かせていただきたいと願います。今のような時代だからこそ、主の御声が聴かれなければなりません。聴いたところに従って、主の御業が進められる必要があります。

 

 日毎に主の御前に進み、主の御言葉に耳を傾けましょう。自分に語りかけられる主の御声を聴きましょう。そして、その身備置気にしたがった歩みましょう。 

 

 主よ、どうぞ御業のために私たちを整え、用いてください。私たちに聞くべき御言葉を聞かせ、語るべき御言葉をお与えください。また、御言葉に従って行動することが出来ますように。そうして、御心がこの地になりますように。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「人の子よ、あなたはあざみと茨に押しつけられ、蠍の上に座らされても、彼らを恐れてはならない。またその言葉を恐れてはならない。彼らが反逆の家だからといって、彼らの言葉を恐れ、彼らの前にたじろいではならない。」 エゼキエル書2章6節

 

 神の顕現に接して御前にひれ伏しているエゼキエルに、神が語りかけられました。「人の子よ、自分の足で立て。わたしはあなたに命じる」(1節)。ここで、エゼキエルは「人の子」(ベン・アーダーム)と呼ばれています。この表現は、人、人間一般を指して用いられますが、エゼキエル書ではエゼキエルの呼び名として用いられていて、神の御前にある人の小ささ、弱さを示すものと考えられます。

 

 「自分の足で立て」と命じられますが、霊がエゼキエルの中に入って立たせたと報告されます(2節)。それは、実際に立ち上がったというよりも、神のために働く預言者として召されたということを表しています。立候補すれば預言者になれるわけではありません。人が推薦したり、選挙したりしてなるものでもありません。神ご自身が預言者として選ばれ、神の霊によって立てられるのです。

 

 「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけていって実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである」(ヨハネ福音書15章16節)というのは、そのことを言っています。

 

 主なる神はエゼキエルに「わたしはあなたを、イスラエルの人々、わたしに逆らった反逆の民に遣わす」(3節)、「恥知らずで、強情な人々のもとに、わたしはあなたを遣わす」(4節)と言われます。エゼキエルが遣わされるのは、「主なる神はこう言われる」(4節)と告げさせるためです。

 

 「主なる神はこう言われる」というその内容は、まだ明らかにされてはいません。全くの白紙といってよいでしょう。何を語るのか、今はまだ分かりません。預言者が口を開くのは、自分が語りたいかどうかではありません。神の言葉に同意したとか、それに得心がいったとかいうものでもありません。まさに、神の語られた言葉を、ただそのまま告げ知らせるだけなのです。

 

 そして、この務めは、決して楽なものではありません。なぜなら、エゼキエルが神の言葉を告げ知らせるのは、「わたし(主なる神)に逆らった反逆の民」(3節)と言われる、「恥知らずで、強情な人々」(4節)なのです。

 

 ゆえに主は、冒頭の言葉(6節)のとおり、「あなたはあざみと茨に押しつけられ、蠍の上に座らされても、彼らを恐れてはならない」と言われます。これは、恥知らずの民を恐れることなどない、強情な人々など恐れるに足りないということではありません。

 

 あざみと茨に押しつけられるのです。蠍の上に座らされるのです。即ち、酷いことをされるということでしょう。痛い目に遭わされるということでしょう。誰が怖がらないでいられましょうか。誰が進んでそんなところに行きたいと思うでしょうか。

 

 「主がこう言われる」と、神に命じられる言葉をそのまま告げ知らせるとき、エゼキエルにはそのような苦痛や危険が待ち受けているというわけです。恐れに満たされることでしょう。逃げ出したい思いに駆られることでしょう。

 

 しかしながら、エゼキエルには、この使命を拒むことは許されません。「あなたは反逆の家のように背いてはならない。口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい」(8節)と言われるのです。彼には、主の御言葉に従うほか、進むべき道はありません。たとえ口に苦くても、それを呑み込むしかないのです。ここに、預言者として務めを果たす厳しさを思います。

 

 「口を開いて食べなさい」と言われて差し出されたのは、巻物でした(9節)。その巻物を開くと、表だけでなく裏にも文字が記されています。「それは哀歌と、呻きと、嘆きの言葉」(10節)でした。巻物といえば、エレミヤがバルクに書き記させた預言のことを思い出します(エレミヤ書36章2節以下)。

 

 エレミヤはその巻物を、神殿で人々に読んで聞かせるようにさせました(同5節以下、8節)。それを聞いた役人たちがヨヤキム王に読み聞かせました(同20節以下)。ヨヤキム王は、その巻物をすべて暖炉で燃やしてしまいました(同23節)。

 

 エレミヤが巻物に書かせた言葉は、「哀歌」などではなかったと思いますが、ヨヤキムはそれを悲しい思いで聞いたのではないでしょうか。それは、ユダの背きの罪を糾弾し、バビロンがユダを滅ぼすと告げるものだったからです(同29節)。 

 

 エゼキエルに与えられた巻物も、そこに書かれている言葉が嘆きの言葉、悲しみの言葉というよりも、それを語り聞かせられた人々に嘆きや悲しみを与えるということでしょう。しかし、それが神への悔い改めにつながるというのではなく、かえって彼らをいよいよ頑なにして、エゼキエルにアザミと茨を押しつけ、サソリの上に座るようにさせるというのです。

 

 主イエスは、「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(マタイ福音書8章20節)と言われ、また、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(ルカ福音書9章23節)と命じられます。

 

 私たちは、主イエスの深い愛によって救われました。使徒パウロは、「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」(フィリピ書1章29節)と語っています。

 

 「私ならば出来ます」という勇気も力もありませんが、主がせよと言われるのでしたら、「お言葉ですから、やってみましょう」と従わせて頂きたいと思います(ルカ福音書5章5節参照)。知恵も力もないことは、主なる神のほうが先刻承知なのですから。

 

 主が私たちに「せよ」と言われるということは、そう命じられる主ご自身の権威、権能、権勢をもってそれを成し遂げてくださるということだと信じます。そのために、霊が私たちの中に入り、自分の足で立てるようにしてくださると信じます。信仰をもって主の御言葉を聴きましょう。

 

 主よ、信じます。信仰のない弱いわたしをお助けください。聖霊の満たしと導きに与り、力を頂いて主の証人としての使命を全うすることが出来ますように。聖霊によって語るべき言葉を示してください。なすべき務めに遣わしてください。御名が崇められますように。御国が来ますように。キリストの平和と喜びが、日本全土にありますように。 アーメン

 

 

「主なる神はこう言われる。聞き入れようとする者は聞き入れよ。拒もうとする者は拒むがよい。」 エゼキエル書3章27節

 

 主なる神がエゼキエルに「人の子よ、目の前にあるものを食べなさい」(1節)と言って、巻物を食べさせます。巻物には、「表にも裏にも文字が記されて」(2章10節)いました。

 

 通常、巻物を開いた面の裏側に文字が記されていることはありません。両面に記されているということは、エゼキエルに与えられた、民に告げるべき預言の言葉、民に伝えたい神の御言葉が、非常に多いということでしょう。

 

 また、巻物は食べることが出来るものとも思われませんが、エゼキエルは主が命じられたとおりに口を開き、それを食べました。2章3,4節で捕囚のイスラエルの民を、神に反逆した、恥知らずで強情な人々と言われていわれましたが(同4節)、エゼキエルは神に従う者であるということを示すためのパフォーマンスでしょう。

 

 エゼキエルが食べると、「それは蜜のように口に甘かった」(3節)と言われます。巻物に記されていたのは、「哀歌と、呻きと、嘆きの言葉」(2章10節)でした。神に従うのは、苦労を避けて通れるということを意味しません。けれども、苦いと思われる主の言葉を記した巻物が、口に甘かったということは、主に従う者に与えられる恵みがあるということでしょう。

 

 申命記8章3節に「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」と言われます。

 

 私たちが生きるために、食べ物が必要です。マナを初め、必要なものはすべて、主の口から出るすべての言葉によって民に与えられたのです。主なる神は、ここでエゼキエルに御言葉を記した巻物を食べさせ、それによって主の預言者としての必要な力を得させたということでしょう。

 

 エゼキエルは、主に遣わされてケバル川河畔のテル・アビブに住む捕囚民のもとに行きます(15節)。「テル・アビブ」とは、「洪水の丘」という意味のアッカド語のヘブライ語音写です(岩波訳脚注参照)。それは、洪水の跡を残す荒れ地だったのではないでしょうか。そのような場所が捕囚民に居住地として提供されたわけです。

 

 因みに、1948年5月にイスラエル国家樹立が宣言された「テル・アビブ」は、イスラエル西部地中海沿岸の町で、エルサレムに次ぐ人口第二位の都市です。ヘブライ語で「アビブ」は穀物の穂という意味で「春」を表します。イスラエルの正月にあたるニサンの月は、別名アビブの月といい、大麦の収穫の始まりを祝う月です。

 

 話をもとに戻して、エゼキエルはケバル川河畔のテル・アビブで、七日間を呆然として過ごします(15節)。これは、ヨブの友人が彼の災難を聞いて慰めに来て、あまりの苦しみの激しさに七日間、話しかけることも出来なかったという記事を思い出させます(ヨブ記2章11節以下)。

 

 御言葉を受け、聖霊の力で引き上げられた(12節)エゼキエルの目に、捕囚民の姿が映ります。彼らに何を語ったらよいのか、何をしたらよいのかという思いになったのかも知れません。それは特に、彼らは主なる神に反逆して頑なになっているので、エゼキエルの言葉を聞こうとはしないと主ご自身が仰っているからです(7節)。

 

 14節でエゼキエルが「苦々しく、怒りの燃える心をもって出て行った」というのは、捕囚の苦しみを味わっている同胞が、主に心閉ざし、頑なになって御言葉を聞こうとしないということについて、捕囚の苦しみの中にいる同胞への同情と、しかし、彼らに厳しい裁きの言葉を告げなければならない責任など、様々な思いに板挟みになっている様子が窺えます。

 

 エゼキエルが主に聴き従うのは、彼が特別に従順だったからでしょうか。真剣に主を求める者だったからでしょうか。はっきりとは言い切れませんが、彼も五十歩百歩、特別に他のイスラエル人と特別に違うという存在ではなかったのではないかと思います。

 

 ただ、特別な主の憐れみによって主の幻を見(1章1節)、聖霊の力を受けました(2章2節)。それによって、苦しみの中から、また、希望を持てず無気力になってうずくまっていたところから、立ち上がることが出来たのです。もしも、エゼキエルと他のイスラエル人とを分けるとすれば、差し出された主の御手、主の憐れみを、彼は確かに受け取ったという点です。 

 

 七日の後、主の言葉がエゼキエルに臨み(16節)、「人の子よ、わたしはあなたを、イスラエルの家の見張りとする。わたしの口から言葉を聞くなら、あなたはわたしに代わって彼らに警告せねばならない」(17節)と告げられます。彼は、イスラエルの民に危機が臨むのを警告する見張り人としての責任を、主から与えられました。

 

 民に臨む危機とは、主が民を裁き、罰を与えるということです(18節)。そのためにエゼキエルが見張りとされ、民に警告を与える務めが与えられたということは、主は民を裁きたいのではなく、悔い改めに導きたい、滅びではなく、むしろ救いを与えたいと思っておられるということです。つまり、エゼキエルを預言者として立てられたのは、主の深い愛によるということです。

 

 エゼキエルは主に、「人の子よ、わたしがあなたに語るすべての言葉を心に納め、耳に入れておきなさい。そして捕囚となっている同胞のもとに行き、たとえ彼らが聞き入れようと拒もうと、『主なる神はこう言われる』と言いなさい」(10節)と命じられていました。

 

 イスラエルの背きの罪とは、主の語られる御言葉を聞こうとしないで、神ならぬものの声に耳を傾けていたということでしょう。だから、エゼキエルに対して、繰り返し主の言葉を聞くように命じられ、従うことが求められるわけです。

 

 主なる神が冒頭の言葉(27節)で、「聞き入れようとする者は聞き入れよ。拒もうとする者は拒むがよい」と言われました。主の御心は、私たちが主の御言葉を聞き入れて、その導きと恵みに与ることであるのは、明白です。

 

 主なる神は、エゼキエルの舌を上顎につかせ、物が言えないようにし(26節)、また、口を開いて主の御言葉を告げ知らせられます(27節)。エゼキエル自身がまず、どんな時にも神に従って歩み、預言者として神が語らせるまま、ただそれだけを語るように、徹底的に訓練され、整えられているのです。

 

 主はそのようなエゼキエルの信仰の姿勢、預言者として徹底的に主に仕え、徹底的に主に従う生き方、歩む姿を通して、イスラエルの民に御自身の御心を明らかにしようとしておられるのです。

 

 共に主の御言葉に心から耳を傾け、共に御旨に従って歩ませていただきたいと願います。

 

 主よ、どうぞ私たちの耳を開いてください。主の御声を聞くことが出来ますように。困難の中でも、素直に従う信仰を与えてください。御心を行う者となることが出来ますように。キリストにある恵みと平和が、日本全土に拡げられますように。ここを神の御国としてください。 アーメン

 

 

「左脇を下にして横たわり、イスラエルの家の罪を負いなさい。あなたは横たわっている日の数だけ、彼らの罪を負わなければならない。」 エゼキエル書4章4節

 

 ケバル川の河畔にいるエゼキエルに、神の言葉が臨みました。それは、煉瓦を一つ取り、そこにエルサレムを刻むこと(1節)、それを包囲して周囲に堡塁を築き、陣営を敷き、破城槌を配備することで(2節)、エルサレムが軍に包囲された様子を描かせます。それは、紀元前588年に起こった2回目のエルサレム包囲のことでしょう。

 

 エゼキエルは鉄板を用意して、自分とエルサレムの都を刻んだレンガとの間に置き、鉄の壁の外から都に顔を向けます。これは、3章8節の「今やわたしは、あなたの顔を彼らの顔のように硬くし、あなたの額を彼らの額のように硬くする」というエゼキエル召命の言葉と響き合っています。

 

 エゼキエルがエルサレムを包囲するバビロン軍の一部を演じるわけですが、このように語ることで、バビロン軍がエルサレムを裁く神の代行だということを示しています。また、鉄の壁によって、エルサレムの都が神の臨在と栄光から切り離されてしまったことを表わしています。

 

 続いて神は、冒頭の言葉(4節)のとおり、「イスラエルの家の罪を負わねばならない」と言われ、左脇を下にして390日(5節)、右脇を下にして40日(6節)、横たわるようにと言われます。

 

 イスラエルの家の罪のために390日、ユダの家の罪のために40日と言われていますが、なぜそのような日数になるのか、ここに説明されてはいません。ギリシア語訳旧約聖書(70人訳)は、390日を190日としています。

 

 イスラエルの家の罪ということで、390日は、ソロモンによるエルサレムの神殿奉献(紀元前960年頃)からバビロンによる神殿破壊(紀元前587年)までの年数を表わしているものでしょう。

 

 そして、390日と40日を加えた430日は、イスラエルの民がかつてエジプトの奴隷として苦しみを受けた年数であり(出エジプト記12章40節)、それとの関連で、40日は、イスラエルの民が荒れ野を彷徨った年数にもあたります(民数記14章34節)。

 

 イスラエルの家の罪を背負って430日も横たわるということは、かつてイスラエルの民がエジプトで430年の奴隷生活を送ったように、今イスラエルの民は、バビロンで奴隷生活を送らねばならないこと、そしてそれは、イスラエルの家の罪の故であるということが、このようなかたちで明確に示されているわけです。

 

 ただ、390日の間、縄がかけられて、「寝返りを打つことができなくなる」(8節)と言われているので、これはどんなに大変なことでしょう。全く身動き出来ないように縛り上げられたならば、それは、想像を超えた苦しみを味わわねばならないでしょう。

 

 実際、その姿勢のまま1年以上も過ごすのは、不可能なのではないでしょうか。また、一日20シェケル(約230グラム)の食糧と(10節)、水六分の一ヒン(約0.64リットル)で(11節)、一年余を健康的に過ごすことも不可能なことでしょう。

 

 エゼキエルは、パンを人糞で焼けと命じられたときには(12節)、「わたしは我が身を汚したことがありません」(13節)と、その命令に従うことについて、拒否します。祭司の家に育った者として、『仰せの通りにいたします』ということが出来なかったのです。 それに対して、「牛糞を用いることをわたしは許す」(15節)と主は言われました。それが当時の燃料だったのです。

 

 あらためて、エゼキエルが身を横たえていたのは、昼間など一定の時間だけ、また、そのような少量の食事は、人々の前に姿を現している際の公務上のもので、それとは別に私的な食事を摂っていただろうと思われます。とはいえ、それでも大きな苦痛を伴うものだったことは明らかです。

 

 左脇を下にして390日、右脇を下にして40日という期間、来る日も来る日も同じ姿勢を続け、そうしている間は少量の食糧で過ごすエゼキエルは、身をもってイスラエルとユダの家の罪の重さを体験させられたわけですし、それを見た人々は、自分たちが神に犯した罪の大きさ、そして神の裁きの厳しさを思い知らされることになったのではないでしょうか。

 

 ただ、かつてエジプトで奴隷生活をしていたイスラエルの民は、430年の後、エジプトの軛から解放され、約束の地に入ることが出来ました。とすれば、ここに言われる390日と40日、合わせて430日が経過した後には、第二の出エジプトを経験するということになるようです。

 

 主は既にエレミヤによって、「バビロンに70年のときが満ちたなら、わたしはあなたたちを顧みる。わたしは恵みの約束を果たし、あなたたちをこの地に連れ戻す」(エレミヤ書29章10節)と語っておられました。

 

 「左脇を下にして横たわり、イスラエルの家の罪を負わねばならない」(4節)、「彼らの罪の年数を、日の数にして、390日と定める」(5節)と言われて、エゼキエルはそれに従順に聞き従うことが求められています。それは、イスラエルが神の御言葉に聞き従えば、バビロンの奴隷生活から解放されることになるという神のメッセージなのです。

 

 その意味では、従順を学び、解放の恵みに与るための産みの苦しみの期間を、主に信頼し、主に期待して待ち望めということにもなるでしょう。神は、闇に光を灯し、憂いを笑いに変えられるお方です。罪が赦され、すべてが一新されるときが来るのです。憐れみの主を仰ぎましょう。

 

 主よ、闇が地を覆い、先が全く見えない状況では、私たちは倦み疲れ、躓き倒れてしまいます。けれども、あなたは、疲れた者に力を与え、勢いを失っている者に大きな力を与えられるお方です。私たちはあなたに望みを置きます。鷲のように翼を張って上ることができるよう、新しい力に与らせてください。聖霊の風に乗せて舞い上がらせてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「人の子よ、あなたは鋭い剣を取って理髪師のかみそりのようにそれを手に持ち、あなたの髪の毛とひげを剃り、その毛を秤にかけて分けなさい。」 エゼキエル書5章1節

 

 4章に続いて、主なる神によるイスラエルの民の裁きが語られます。それは、民の三分の一が疫病、三分の一は剣で殺され、残りは諸国に離散させられるというものです(12節、エレミヤ書15章2節など)。捕囚を免れた者たちは皆、大変過酷な運命を味わわされたのです。

 

 13節で主は、「わたしは彼らに向かって怒れるだけ怒り、憤りに身をまかせて、恨みを晴らす」と言われています。それは、エルサレムの民が主に背き、その裁きを拒んで主に聴き従おうとしなかったからです(6節)。「お前はあらゆる憎むべきものと忌まわしいものをもってわたしの聖所を汚した」(11節)と言われるとおりです。

 

 そこで、親がわが子を食べ、子がその親を食べるという極めておぞましいことが起こります(10節)。それは、エルサレムの都が厳しい飢餓に襲われるということでしょう。具体的には、バビロン軍に包囲され、籠城を続けている民や兵士たちの食糧が底をついてしまうということです。それが主の裁きなので、「わたしは憐れみの目をかけず、同情もしない」(11節)と言われます。

 

 それをイスラエルの民に告げるのに、主はエゼキエルに奇妙なことをさせます。それは冒頭の言葉(1節)のとおり、髪の毛とひげをそり落とすことでした。そして、その毛を秤にかけて三分の一づつに分け、一つは都の中で火で燃やし、一つは剣で打ち、残りは風に乗せて散らさせます(2節)。エゼキエルの髪の毛とひげが、イスラエルの民に降りかかる運命を象徴していたわけです。

 

 しかし、髪の毛とひげをそることは、ユダヤ人にとっては屈辱的なことです。特に祭司の家に生まれたエゼキエルにとって、それは律法で禁じられている、身を汚すことだったのです(レビ記21章5節)。5節に「これはエルサレムのことである」と告げられています。主の選びの民イスラエル、神の都エルサレムが、主の御前に惨めな恥ずべき姿になっていることを、剃毛によって示すのです。

 

 また、イスラエルには死者を悼み、嘆きを表すために、剃髪する習慣がありました。ですから、イスラエルの民が神に裁かれることを悼み、嘆くように主が命じられているとも考えられます。これは、二者択一というより、様々な意味がそこに込められているということだろうと思います。

 

 もしかすると、エゼキエルに剃髪の恥を負わせ、おのが民の裁きを示すように命じられた神ご自身が、民の死を悼み、苦しんでおられることも、そこに表わされているのかも知れません。イスラエルはご自分が憐れみによって選び分け、愛を注いで守り導いて来た民ですから、それを裁いて滅ぼしてしまうことを何とも思わないという神ではありません。

 

 神に聴き従わない背きの罪、神ならぬ者を神として拝み、頼りにならないものに依り頼もうとするのは、自ら滅びを招く愚かなことです。危機に際し、「溺れる者は藁をもつかむ」ものですが、しかし、藁では何の役にも立ちません。

 

 神は、民を裁きたくて裁くのではなく、裁かざるを得なくてそうしている、つまり、民を愛すればこその裁きであり、それゆえに、愛すればこそ苦しむのです。それは、イスラエルの民を裁き滅ぼしてしまうためではなく、悔い改めて真に信頼に足るお方のもとに立ち帰らせるためです。

 

 放蕩息子は(ルカ15章11節以下)、生前贈与された父親の財産を好き勝手に使い果たしてしまい、ひどい飢饉にも見舞われて(同14節)、豚飼いに身を落とし、その餌で腹を満たしたいと思うほどになります(同16節)。そこで我に返り、父親の元に戻る決心をしました(同17節以下)。父親が財産の生前贈与を認めたのは、それこそ裁きでしょう。

 

 父親の庇護を離れるとどうなるか、息子は身をもって味わったのです。そして、父親は息子の帰りを、自分のはらわたが痛むような思いで待ち続けていました。息子の苦しみは父親の痛みでもあったのです。ゆえに、帰って来た息子を喜び迎え(同20節)、持てるすべてのものを彼に与えます(同22,23節)。

 

 この例え話が示しているのは、主イエスの十字架です。神は、放蕩息子のごとき私たちを愛して、その罪を赦し、神の子として受け入れてくださいました。そして、その罪の呪いを独り子のキリストに負わせられたのです。主イエスの十字架の苦しみは、神ご自身の苦しみです。そしてそれは、罪人の私を愛するがゆえの苦しみなのです。

 

 エフェソ書5章8節に「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて光となっています。光の子として歩みなさい」とあります。それをリビングバイブルは「あなたがたの心は以前は暗やみにおおわれていましたが、今は主からの光にあふれています。そのことを態度で示しなさい」と意訳しています。

 

 主の愛を受けた者として、それを態度で示すというかたちで周囲の人々に主の愛と恵みを証ししましょう。

 

 主よ、十字架の主を仰ぎます。キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。キリストの死は、神が私たちを愛してくださったからこそであり、神の愛に生きる者になるようにと、強く促されます。今日も、あなたの御言葉に耳を傾けます。御心をわきまえさせてください。御言葉を行う者とならせてください。聖霊に満たされ、主の愛の証人となることが出来ますように。 アーメン

 

 

「そして彼らは、わたしが主であり、理由もなくこの災いを彼らにくだすと告げたのではなかったことを知るようになる。」 エゼキエル書6章10節

 

 主の言葉がエゼキエルに臨み(1節)、「人の子よ、顔をイスラエルの山々に向け、それに向かって預言して、言え」(2,3節)と命じられ、続けて「イスラエルの山々よ、主なる神の言葉を聞け。主なる神は、山と丘、川と谷に向かって、こう言われる。わたしは剣をお前たちに臨ませ、聖なる高台を破壊する」(3節)と語られます。

 

 イスラエルの山と丘、川と谷には、聖なる高台、祭壇、香炉台、偶像など、主なる神に背く異教の礼拝を営むための施設、設備が置かれていました(3,4節)。主はそのような異教の礼拝所を荒らして廃墟とされ(3~6節)、異教の神を拝んでいた人々を剣と飢饉と疫病で死に至らせると告げられます(7節以下、11節、5章12節、7章15節も参照)。

 

 偶像とは、人が彫刻し、あるいは鋳造した神の像のことです。しかし、まことの神、主は人が神の像を造ることを厭われます(出エジプト記20章3~7節、34章17節、レビ記26章1節など)。それは、創造主なる神と被造物なる人間の立場を逆転させ、神を自分の思い通りにしようとすることだからです。

 

 まことの神を離れて異教の神を礼拝することを、姦淫と呼ばれます(9節、出エジプト記34章15節、申命記31章16節など)。主なる神はイスラエルの民に愛されること、礼拝されることを求めておられるのであり(出エジプト記23章25節、申命記6章4,5節など)、その御心は、イスラエルの民が主に信頼し、御言葉に従って歩み、恵みを得、平安で豊かな生活を送ることにあるのです。

 

 剣と飢饉と疫病によって多くの民が死に至る中で(11,12節)、諸国に散らされる人々がいます(8節)。そのとき、「剣を逃れた者を諸国民の間に残しておく」(8節)と言われます。

 

 エレミヤ書52章30節に、バビロンに捕囚として連れ去られた人の総数が4600人と記されています。列王記下24章14節には「すべての高官とすべての勇士1万人、それにすべての職人と鍛冶を捕囚として連れ去った」と記されており、数字が合いませんが、いずれにせよ、剣や飢饉、疫病で命を落とした者たちの方が圧倒的に多く、残された者は一握りということになります。

 

 かつて、出エジプトの民は、兵役に就くことの出来る男性だけで、60万人余いました(民数記1章46節、26章51節)。さらに、ダビデのときには、イスラエルに80万、ユダに50万、合わせて130万もの戦士がいたのです(サムエル記下24章9節)。

 

 その一握りの者たちが、捕囚として連れ去られた地で、まことの神を思い起こします(9節)。そして、冒頭の言葉(10節)によれば、何故自分たちが亡国の憂き目に遭い、捕囚とされたのか、その理由を悟るようになるということです。

 

 6章に、「わたしが主であることを知るようになる」という言葉が4度出て来ます(7,10,13,14節)。主なる神は、イスラエルの民がこのまことの知識に到達することを願っておられ、そのために主の民の生き残る道を造られたとも言えそうです。

 

 それはしかし、苦難を伴う道でした。国を失い、多くの同胞を失い、異国で異教の民に奴隷として仕えなければならなかったのです。あるいは、死んでしまったほうがよかったとも思えるような苦しみを味わい、屈辱的な経験をしたことでしょう。

 

 しかるに主は、深い愛のゆえに、民を滅ぼし尽くそうとはなさらず、救いの道を備えられます。それは、イスラエルの民が捕囚として連れ去られたバビロンの地で、主を離れ去る姦淫の心、偶像に惹かれる姦淫の目を打ち砕かれるということです(9節)。

 

 それによって、イスラエルが亡国と捕囚という苦しみを味わわなければならなくなったのは、この偶像礼拝の罪の故であったと知るようになるのです(10節)。そうして、イスラエルの民が主なる神に立ち帰り、霊とまことによる礼拝が始まるならば、彼らの苦しみは、いわば産みの苦しみということになり、その苦しみはやがて、大きな喜びに変えられます(ヨハネ福音書16章21節)。

 

 前章でも学んだように、イスラエルの民の味わった苦しみは、彼らを愛してやまなかった主なる神ご自身の苦しみでもあります。即ち、愛する者に背かれる苦しみであり、そして、愛する者をその罪のゆえに罰しなければならない苦しみです。

 

 そして、主なる神は、独り子の主イエスに全人類の罪を背負わせ、十字架につけてしまわれました。その死により、私たちは贖われ、命に与ったのです。主を知るとは、主なる神についての知識を得ることではなく、まさに主がお与えくださった永遠の命に与ること、その恵みを味わうことなのです(同17章2,3節)。

 

 絶えず主を仰ぎましょう。御言葉に聴き従いましょう。 

 

 主よ、あなたから離れる姦淫の心、異教の偶像に惹かれる姦淫の目を打ち砕いてください。絶えず主に目を注ぎ、心から主を礼拝させてください。御霊の導きにより、新しい歌をもって主をほめたたえさせてください。御子キリストが私たちを罪から贖い出し、神の子とする信仰の道を開いてくださったからです。永遠の命の恵みに与り、ますます主の御名を崇めさせてください。 アーメン

 

 

「わたしは彼らから顔をそむける。彼らはわたしの宝を汚し、乱暴な者が襲いかかって汚す。」 エゼキエル書7章22節

 

 7章には、「終わりが来る」(2,3,6節)、「怒りを送る」(3,8,12,14節)、「災いが来る」(5,26節)、「時は来た」(7,12節)、「その日が来る」(7,10,12節)などという、神の裁きの言葉、イスラエルの終末が今にも到来することを示す言葉が、繰り返し語られています。

 

 冒頭の言葉(22節)の中に、「宝」(ツァーファン)という言葉があります。これは、「隠す、蓄える、保護する」などという意味の言葉です。口語訳や新改訳は、これを「聖所」と訳しています。24節に「彼らの聖所は汚される」という言葉があり、「汚す」という言葉との関連で「ツァーファン」がエルサレムの聖所(ミクダシュ)、神殿のことを指していると考えての翻訳でしょう。

 

 一方、岩波訳は「ツァーファン」を「宝物」と訳し、それに「イスラエルの民のこと」という注釈をつけています。出エジプト記19章5節に「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる」とあり、神がイスラエルの民を「わたしの宝」と呼んでおられます(申命記7章6節、14章2節、詩編135編4節参照)。

 

 紀元前597年にバビロンに連れて来られた捕囚の民にとって、主なる神がエルサレムの都におられ、かつてエジプトの奴隷の苦しみから解放するためにモーセをお立てになったように(出エジプト記3章7節以下)、バビロンの縄目から解放してくれる強力な王をダビデの子孫から立ててくれるということが、最後の望みでした。

 

 しかしながら主なる神は、「外には剣があり、内には疫病と飢饉がある。野にいる者は、剣にかけられて死に、町にいる者は飢えと疫病が滅ぼす」(15節)と言われます。即ち、剣や疫病、飢饉によって、彼らが一縷の望みとしていた神の都エルサレムの民が滅ぼされるというわけです。これは、エレミヤ書15章2節にも預言されていたことです。

 

 宝を「聖所」と解釈した口語訳、新改訳に従えば、エルサレムの神殿、聖所が主なる神によって汚され(22,24節)、神殿の聖なるものが諸国の悪者どもに奪い取られてしまいます(24節)。主にとって、既にエルサレムが「神の都」ではなく、神殿が主を礼拝するための「聖所」でなくなっている証拠です。

 

 イスラエルの民は、諸外国の圧力や、飢饉、疫病といった災害が起こると、自分の力で何とか解決しようとしますが、なんともなりません。かつては、苦しみの中から呼ばわると、主なる神が助けてくださいました(列王記下19章14節以下、詩編34編7節、50編15節など)。けれども、今は、主ご自身が敵となられ、彼らは主によって苦しめられているのです(エレミヤ書21章5節、哀歌2章4,5節)。

 

 彼らは、このような事態を何とかしてもらおうと、憎むべき忌まわしい偶像を造り(20節)、礼拝をささげます。まことの神に背き、主のもとを離れて異教の神々を慕う偶像礼拝を行っていることが、この苦しみの原因であるのに、その原因に目を向けようとせず、対処療法的に「溺れる者は藁をもつかむ」と言わんばかり、手当たり次第あらゆるものに手を伸ばします。

 

 けれども、それでは何の解決にもなりません。むしろ、問題をますます深刻にするだけです。イスラエルの民の背きの罪のために汚されたエルサレムの都を主なる神は見放され、主の加護を失った都は荒れるにまかされることになるのです。

 

 けれどもそれは、イスラエルを滅ぼし尽くすことを目的としているのではありません。むしろ、彼らの背きの原因を取り除き、彼らが真に目覚めて主なる神のもとに立ち帰ることを期待しておられるのではないでしょうか(6章8節)。

 

 主の祈りのはじめに、「御名が崇められますように」という言葉があります。原文を直訳すると、「あなたの名前が聖とされますように」となります。「聖とされるように」と祈るということは、御名が汚されているということです。誰が汚したのかと言えば、それは、この祈りを祈る私自身です。

 

 御名が汚されたとは、神が冒涜されたということです。ですから、御名を聖とするということは、御名を汚した者を裁くということになります。そこで、私が冒涜の罪を犯して主の御名を汚しましたので、私を裁いて御名を聖別してくださいと祈るのです。

 

 主の祈りの最初の言葉でそのように祈れと教えられた主は、私の罪を覚えさせ、その裁きを祈らせて、私を滅ぼしておしまいになりたいというわけではなかったでしょう。むしろ、そのように主の御前に跪いて祈りをささげる私に、「子よ、安かれ、汝の罪赦されたり」(ルカ5章20節、7章48節参照)と仰せくださるのです。

 

 そしてその赦しのために、神の御子が私の身代わりに裁かれ、死なれました。一切の高ぶりを捨て、主の御前に謙りましょう。日々主の御言葉に耳を傾け、絶えず御霊の導きに従いましょう。 

 

 主よ、私たちを憐れんでください、御慈しみをもって。深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐってください。私たちの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。御前から私たちを退けず、あなたの聖なる霊を取り上げないでください。御救いの喜びを再び私たちに味わわせ、自由の霊によって支えてください。主にある喜びと平和が、常に豊かにありますように。 アーメン

 

 

「人の子よ、イスラエルの人々がわたしを聖所から遠ざけるために行っているはなはだ忌まわしいことを見るか。」 エゼキエル書8章6節

 

 1節に「第6年の6月5日のこと」とあります。「第6年」は文脈から、ヨヤキン王が捕囚となってから(1章2節参照)、即ち第一次バビロン捕囚(紀元前597年)が起こってから6年目ということ、「6月」は、現在の9~10月ですから、紀元前592年の秋ごろに、エゼキエルが見た有様ということです。

 

 エゼキエルの前に、ユダの長老たちが座っています(1節)。これは、エルサレムから長老たちがやって来たということではありません。彼らは、エゼキエルと一緒に捕囚となった長老たちです。彼らは、エルサレムの都とそこに建てられた神殿が、今どうなっているのかということを、預言者として立てられたエゼキエルに尋ねるためにやって来たのでしょう。

 

 長老たちにとって、エルサレムの都は彼らが帰るべき故郷であり、神殿は主なる神がそこにおられるというしるしです。ゼデキヤ王の御世、エルサレムの都が安泰であるならば、捕囚の民は、イスラエルに帰る希望を持つことが出来ます。もし、都が破壊され、国が滅びてしまえば、彼らは戻る家を失うことになるわけです。

 

 長老たちの求めに応じ、エゼキエルが主に託宣を求めたのでしょう。そのときエゼキエルに主なる神の御手が下り、人の有様のような姿をした天からの使者にエルサレム神殿の幻を見せられます(1,3節)。そこには、「激怒を起こさせる像」(3節)が収められていました。

 

 「激怒を起こさせる像」とは、「ねたみを引き起こすねたみの偶像」(口語訳、岩波訳)という意味の、主に妬みを起こさせる異教の偶像のことです。それはアシェラの像であろうという学者がいます。岩波訳の脚注には、「シリアなどの神殿や宮殿の入り口から出土する神像や精霊像を思わせる」と記されています。

 

 また、「北に面する内側の門」(3節)とは、王宮につながる門のことです。そこに偶像の祭壇が置かれているということは(5節参照)、この偶像をそこに設置したのは、ユダの王自身であるということを示しているのでしょう。

 

 次に、庭の入り口に連れて行かれます(7節)。そこにある壁に穴をうがつと、入り口があります。その入り口から中に入ると、周りの壁一面にあらゆる地を這うものと獣の憎むべき像、およびイスラエルの家のあらゆる偶像が彫り込まれています(10節)。

 

 本来の神殿のすべての壁面には、ケルビムとなつめやしと花模様の浮き彫りが施されていました(列王記上6章29節)。壁の穴をうがってその中にあらゆる偶像が彫り込まれた壁があるということは、主の神殿という外形をもってはいるけれども、その実、あらゆる偶像のための礼拝が、そこでなされているということでしょう。

 

 そしてそこには、イスラエルの長老が70人います(11節)。「70」は完全数「7」と同じく完全数「10」とを掛け合わせた数であり、また、出エジプトの際に、民の指導者として集められ、モーセに授けられている霊の一部を授けられた長老の数です(民数記11章16節)。

 

 その中心に、「シャファンの子ヤアザンヤ」が立っています(11節)。シャファンは、ヨシヤ王の書記官で(列王記下22章3節以下)、ヨシヤ王の右腕として神の律法に基づく宗教改革を推進しました。ところが、その子ヤアザンヤは、忌むべき偶像礼拝の中心人物になっているというのです。この強いコントラストによって、エルサレムがいかに堕落しているかということを際立たせています。

 

 また、神殿の北に面した門の入り口では、「女たちがタンムズ神のために泣きながら座って」(14節)います。タンムズ神はバビロンの神です。また、聖所の入り口で太陽を拝んでいる25人ほどの人がいます(16節)。それは、主の聖所で働く祭司たちでしょう。彼らは「主の聖所を背にし、顔を東に向けていた」(16節)と記されています。

 

 かくて、王や長老、女たち、そして主の祭司たちまでもが、まことの神に背いて異教の神々を拝んでいます。それも、主なる神を礼拝すべきエルサレムの主の神殿で、偶像礼拝が行われているというのです。

 

 冒頭の言葉(6節)のとおり、天からの使者はエゼキエルに、「人の子よ、イスラエルの人々がわたしを聖所から遠ざけるために行っている甚だ忌まわしいことを見るか」と言われました。

 

 岩波訳は「イスラエルの家がここで行っていることは大それた忌まわしい行為であって、わが聖所からかけ離れたことだ」と記しています。また新改訳は「イスラエルの家は、わたしの聖所から遠く離れようとして、ここで大きな忌みきらうべきことをしているではないか」と訳しています。

 

 主なる神以外に神なるものはありません。イスラエルの民が異教の神々を拝むのは、まことの神を遠ざけ、あるいは、神の聖所から遠ざかる行為です。主を遠ざけ、主の聖所から遠ざかったということは、主の恵みと保護を受けることが出来ない、否、受けなくても良いといっていることになります。ゆえに、エルサレムは滅ぼされてしまうわけです。

 

 これはしかし、昔話などではありません。私たちの礼拝の姿勢、その心が問われているのです。主なる神は、霊と真理をもって主を礼拝する者を求めておられるからです(ヨハネ福音書4章23節)。ゆえに、私たちは、霊と真理をもって主なる神を礼拝しなければなりません(同24節)。

 

 「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのもの(あなたがたに必要なもの)はみな加えて与えられる」(マタイ6章33節)と言われました。神の国とは主のご支配のこと、神の義とは主との義しい関係のことで、それをまず第一に求めるというのは、私たちにとって、主が最も大切なお方だということです。

 

 主なる神は、私たちに必要なものが何であるかをよくよくご存じなので、主を第一に求める私たちに、その必要をお与えくださると約束されているわけです。つまり、私たちに希望を与えるのは、聖地エルサレムの町やそこに建てられている神殿などではなく、まことの神ご自身なのです。確かに、私たちの助けは、天と地を造られた主なる神のもとから来るのです(詩編121編1,2節)。

 

 主なる神は私たちのために、御子キリストをこの世にお遣わしになりました。救いの恵みに与った者として、絶えず主イエスを仰ぎ、御言葉を豊かに心に宿らせましょう。そして、主に向かって心から賞め歌いましょう。

 

 主よ、どうか私たちを助けて、足がよろめかないようにし、まどろむことなく見守ってくださいますように。すべての災いを遠ざけて、私たちを見守り、私たちの魂を守ってくださいますように。私たちの出で立つのも帰るのも、見守ってくださいますように。あなたなしに、しっかり立ち、正しく歩むことは出来ないからです。恵みの御手の下に留まり、主と共に歩ませてください。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「主は彼に言われた。『都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ』。」 エゼキエル書9章4節

 

 主なる神が天から遣わされた使者が、「この都を罰する者たちよ、おのおの破壊する道具を手にして近寄れ」(1節)と大声で預言者の耳に語ります。すると、北に面する神の門に通ずる道から、6人の男たちが、都を突き崩す道具を手にしてやって来ました(2節)。

 

 そこに、亜麻布をまとい、腰に筆入れを着けた人物がいました(2節)。新共同訳は「そのうちの一人は」といって、6人中の一人としていますが(口語訳、岩波訳も)、新改訳は「もう一人の人が・・彼らの中にいた」といって、7番目の人物のように記しています。どちらの訳も可能だろうと思われます。

 

 冒頭の言葉(4節)のとおり、主なる神は腰に筆入れをつけている男に、「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印を付けよ」と命じられました。

 

 他の者たちには、「彼の後ろについて都の中を巡れ。打て。慈しみの目を注いではならない。老人も若者も、おとめも子どもも人妻も殺して、滅ぼし尽くさなければならない。しかし、あの印のある者に近づいてはならない。さあ、わたしの神殿から始めよ」(5,6節)と言われます。

 

 エルサレムの罪のゆえに嘆き悲しむ者たちの額には印がつけられ、その印がない者は、神の御使いに打たれ、滅ぼし尽くされるのです。

 

 かつて、イスラエルがエジプトを脱出するとき、エジプト人の家と区別をするために、家の鴨居に小羊の血で印をつけました。その印のつけられた家は、神の使いが災いを下さずに過ぎ越し、印のない家に入って、その初子を打ちました(出エジプト記12章参照)。しかし、今度はイスラエルの民が打たれることになります。

 

 最初の過越の出来事によって、神の民イスラエルが生まれました(紀元前1400年頃)。それから800年後(紀元前592年頃、8章1節参照)、二度目の過越の出来事によってイスラエルの歴史にピリオドが打たれるのです。 

 

 その幻を見せられたエゼキエルは、「ああ、主なる神よ、エルサレムの上に憤りを注いで、イスラエルの残りの者をすべて滅ぼし尽くされるのですか」(8節)と、助けを求めて執り成し祈ります。

 

 このときエゼキエルは、都の中で行われている忌まわしいことのゆえに嘆き悲しみ、額に印を押される者、即ちこの災いを免れることの出来る者が一人もいないのではないかと考えたのではないでしょうか。だから、「イスラエルの残りの者を滅ぼし尽くされるのですか」と尋ねるのです。

 

 8章で見たとおり、エルサレムの都には、主なる神を怒らせる異教の偶像が満ちていました。ですから、都に住む民が主に打たれても文句が言える立場でないことは、百も承知の上です。主が破壊する道具を手にした男たちに「慈しみの目を注いではならない。憐れみをかけてはならない」(5節)と命じられる言葉も聞いていました。

 

 それでもなお、エゼキエルは主の憐れみを求めて、祈らずにはいられませんでした。このことは、アブラハムがソドム、ゴモラのために、そこに住んでいるロトとその家族のために、執り成した祈りを思い出させます(創世記18章16節以下)。

 

 その祈りに対して主は、「イスラエルとユダの家の罪はあまりに大きい。この地は流血に満ち、この都は不正に満ちている」(9節)、「それゆえ、わたしも彼らに慈しみの目を注がず、憐れみをかけることもしない。彼らの行いの報いを、わたしは彼らの頭上に帰する」(10節)と答えられました。 

 

 そうこうしているうちに腰に筆入れをつけている者が戻って来て、「わたしは、あなたが命じられたとおりにいたしました」(11節)と報告します。9章はここで終わりです。印が付けられた者がいたのかどうか報告されていません。けれども、もし印を付けた者が一人もいなかったならば、1「あなたが命じられたとおりに致しました」と報告されることもないように思われます。

 

 かつて、主が預言者エリヤに「わたしはイスラエルに七千人を残す。これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者である」(列王記上19章18節)と言われたことがあります。これは、エリヤが、自分以外にはまことの神を礼拝する者は一人も残っていないと考えて意気消沈していたので、主なる神が励ましを与えたときの言葉です。

 

 ダビデが北イスラエルに80万の兵士を数えていて(サムエル記下24章9節)、女性や子ども、高齢者を含めると全人口は250万ほどにもなろうかと考えると、バアルにひざまずかなかった者が7千人というのは,いかにも少数です。それは、アハブ王が妻イゼベルと共にバアル信仰を押し進めてきたからです。それでも、バアルに膝を屈めなかった七千人がいるというところに、希望があります。

 

 7千は7に10の三乗を掛け合わせた数です。7も10も、イスラエルにおいては完全数といわれ、完全数を4つも掛け合わせるということは、主なる神にとってそれは十分な数ということになります。 

 

 額に印のつけられた人の数は不明ですが、しかし、主のご計画は、すべてを滅ぼし尽くすということではない、憐れみ救うというところにあること、主と心を一つにする者を残そうとしておられるということが示されます。エルサレムのために執り成すエゼキエルとユダの長老たちの祈りを受けて、憐れみ深い主は、相当の者たちを残されたのではないでしょうか。

 

 我が国の自殺者数は、2003年をピークに2012年から減少に転じてはいるものの、自殺者白書によれば、年間2万5千人余の方が自ら命を落としています。その理由について、健康の問題が60%、経済問題が25%などと分析されています。

 

 死因に見る自殺者の割合は、10代前半で死因の3位(12%)、10代後半では2位(30%)、20代~40代前半はトップ(20代は50%以上、30代は40%前後、40代前半は25%)、40代後半は2位(20%)、50代は3位(10%前後)などとなっています。60代前半は4位(5%)となっています。10歳未満、65歳以降は、ランキング上位に入っていません。

 

 即ち、ローティーンから徐々に問題が深刻になって20代で最大になり、40代後半から減少していき、60代後半は、他の死因の方が圧倒的に多くなるという状況です。これは、我が国の明日を担うべき若者たちが、いかに現状を悲観的に見ているかということの表れです。当然のことながら、対策を急がなければなりません。特に、私たち宗教者の果たすべき役割は小さくありません。

 

 我が国の若者たちが健康な日々を送ることが出来るように、経済的な必要が満たされるように、将来に希望の持てる国となるように、武力によらず国際的平和の構築に貢献する国となるように、国のリーダーの周囲に神を畏れる人々が配置されるように、共に祈りましょう。

 

 主よ、日本を憐れんでください。あなたの深い愛と憐れみが、我が国に豊かに注がれますように。国の指導者たちの周りに神を畏れる者たちを置き、舵取りを誤ることがないようにしてください。主の愛と平和が人々の心に満たされますように。健やかな日々を過ごせますように。すべての必要が満たされますように。今日もこの日の糧をお与えください。私たちは、あなたの口から出る一つ一つの言葉で生かされています。感謝です。 アーメン

 

 

「主の栄光は神殿の敷居の上から出て、ケルビムの上にとどまった。」 エゼキエル書10章18節

 

 エゼキエルは、エルサレム神殿でケルビムの頭上の大空の上に、サファイヤの石のようで、形は王座のように見えるものを、幻で見せられます(1節)。

 

 ケルビムは、主なる神の乗り物とされています(サムエル記下22章11節、詩編18編11節など)。神の掟の箱(契約の箱とも言う)の蓋の両端に、一対のケルビムの像が取り付けられていました。この箱の蓋を贖いの座として、神がそこに臨在を表わすと言われています(出エジプト記25章22節)。

 

 また、出エジプト記24章10節には、「彼らがイスラエルの神を見ると、その御足の下にはサファイアの敷石のような物があり、それはまさに大空のように澄んでいた」と記されています。つまり、1節の記述は、ケルビムの上に座しておられる神の姿を描写しているようです。

 

 ソロモンの建てた神殿の壁面や扉などには、ケルビムの浮き彫りが施されていました(列王記上6章29節以下)。それは、エデンの園の命の木に至る道を守るためにケルビムと剣の炎が置かれたように(創世記3章24節)、神殿をケルビムが守るということを表わしています。

 

 9章3節に、ケルビムの上にとどまっていた神の栄光が神殿の敷居の方に向かって、腰に筆入れを着けた者に呼びかけたという言葉があり、続く4節に「主は彼に言われた」と記されているので、ケルビムの上にとどまっていた「神の栄光」とは「主」ご自身のことです。

 

 

 主が亜麻布をまとった者、それは腰に筆入れを着けていた男ですが(9章2節参照)、彼に向かって、「ケルビムの下の回転するものの間に入れ。そして、ケルビムの間にある燃える炭火を両手に満たし、それを都の上にまき散らせ」(2節)と言われます。

 

 「燃える炭火」では、万軍の主を仰ぎ見たイザヤが、「災いだ。わたしは滅ぼされる。わたしは汚れた唇の者。汚れた唇の民の中に住む者」(イザヤ書6章5節)というと、セラフィムの一人が祭壇から炭火を取ってきて(同6節)、それをイザヤの口に触れさせ、「見よ、これがあなたの唇に触れたので、あなたの咎は取り去られ、罪は赦された」(同7節)と言われたという出来事を思い出します。

 

 炭火はその時、罪を自覚し、告白するイザヤを赦し、清めるという働きをしました。同様に、亜麻布をまとった者によって額に印のつけられた人々(9章4節)の上にまかれる炭火は、彼らを赦し清める働きをしたことでしょう。

 

 しかしながら、主の忌み嫌う偶像礼拝を行って主を怒らせた人々には(8章7節以下)、ソドムとゴモラの上に降った硫黄の火のごとく(創世記19章24,25節)、主の裁きの火となります。主を畏れなければなりません。バビロンによって主の神殿と王宮、エルサレムの家屋が焼き払われたのは(列王記下25章9節)、まさにこの裁きの火だったのでしょう。

 

 かつて、ソロモンがエルサレムに神殿を建て上げ、神に奉献する賛美がなされたとき、雲が神殿に満ち、神の栄光に包まれました(歴代誌下5章13,14節)。今再び、エゼキエルの前で、神殿が雲で満たされ、庭に主の栄光の輝きが満ちました(4節)。けれどもそれは、エルサレムの町に神の栄光が与えられるという意味のものではありませんでした。

 

 神殿を満たした主の栄光が、その敷居の上から出て、ケルビムの上に留まりました(18節)。そして、ケルビムは翼を広げてその地から上り、神殿の東の門の入り口に止まったのです(19節)。つまり、主の栄光が神殿、そしてエルサレムの都を離れようとしているということです。

 

 エゼキエルは、ケルビムの有様を9~14節に描写していますが、1章5節以下に記された四つの顔を持つ生き物によく似ています。そして20節に「これがケバル川の河畔で、わたしがイスラエルの神のもとにいるのを見たあの生き物である。わたしは、それがケルビムであることを知った」と記されています。

 

 ということは、エゼキエルはそれまで、ケルビムについて、よく知らなかったということでしょうか。祭司の家に生まれた者として、ケルビムについて学ぶ機会もあったでしょうけれども、それまで見聞きしていたものと、ここに示されたケルビムとが、随分違っていたということかも知れません。

 

 上記の通り、ケルビムは契約の箱の贖いの座や、神殿壁面の浮き彫りで見ていたもので、それは神の都エルサレムにあるはずのものだから、捕囚の地バビロンでケルビムを見ること自体が信じられなかったのかも知れません。

 

 いずれにせよ、1章で見た四つの顔をした生き物が、エルサレムの神殿の庭に主の栄光の輝きを満たした主なる神の臨在を現わしたケルビムであることを、悟ったのです。そしてそれは、単にケルビムを認識したということに留まりません。

 

 というのは、ケバル川の河畔でそのケルビムを見たのであり(1章5節)、今エゼキエルは幻の中で、主の栄光が神殿を離れて飛び去ろうとしている様子を見ているからです(19,22節)。つまり、エルサレムを離れた主の栄光がバビロンに来ていること、主が捕囚の民と共におられるということを、エゼキエルは悟ったわけです。

 

 エルサレムの都やそこに建てられている神殿、あるいはまた、王の存在がイスラエルの希望なのではなく、主の臨在、主が共にいてくださるということが、真の希望なのです。主に対する真実な信仰が失われ、神殿にさえ主の忌み嫌われる悪が満ちたので(8章参照)、栄光がエルサレムを去り、ケバル川の畔でエルサレムのために嘆き悲しんでいるエゼキエルのもとにやって来たのです。

 

 第一コリント書3章16節に「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」とあります。また、同6章19節に「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです」と言われています。

 

 パウロはまた、「わたしはキリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです」(ガラテヤ書2章19,20節)と言っています。

 

 主イエスは「インマヌエル」、即ち「神は我々と共におられる」と唱えられるお方だと、マタイ福音書1章23節に記されています。そして、マタイ福音書の最後、28章20節に「わたし(イエス)は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と告げられた言葉があります。

 

 イエス・キリストを救い主、主と信じる者の内に主が住まわれ、聖霊において宿り、私たちの体を神の宮、神殿とされています。そのことをコロサイ書1章27節で「あなたがたの内におられるキリスト、栄光の希望です」と言っています。

 

 主の臨在、主が共におられるということが真の希望だと先に記しました。それが新約聖書で明言されているわけです。主を信じる信仰に堅く立ち、私たちの内にお住まいくださっている聖霊の導きに従って主の道をまっすぐに歩みましょう。 

 

 主よ、私は罪人です。私の罪を赦し、清い火をもって清めてください。私の内に歓迎いたします。私の心の中心にお座りください。絶えず、清い愛と恵みの光で私の心を照らし、平安と喜びに満たしてください。日々御言葉に耳を傾け、聖霊の導きに従って、主の真理の道、命の道をまっすぐに歩ませてください。 アーメン

 

 

「わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける。わたしは彼らの肉から石の心を除き、肉の心を与える。」 エゼキエル書11章19節

 

 霊に引き上げられて主の神殿の東門のところに行くと、民の指導者、アズルの子ヤアザンヤとベナヤの子ペラトヤを含む25人の男がいました(1節)。そこは、主の栄光がその上にあるケルビムが止まったところです(10章18,19節)。

 

 「アズルの子ヤアザンヤ」は、8章11節の「ヤアザンヤ」と同じ名前ですが、8章では「シャファンの子」と言われるので、別人でしょう。ペラトヤと共に「民の指導者」と呼ばれていますが、彼らがどのような立場、権限を持つ者なのか、よく分かりません。

 

 東の門の入り口にいた25人の男たちについて、注解書に「王の助言者ないし内閣の大臣たちの特別な会議、もしくは幹部会」とあり、「その中に預言者は二人の高位の役人を認めている」と記されていました。この会議に、ゼデキヤ王の姿はありません。王抜きで、そのような会議が行われていたわけです。

 

 彼らはそこで、「家をすぐに建てる必要はない。この都は鍋で、我々は肉だ」(3節)と言っていました。鍋と肉については、7節、11節でも触れられていて、肉が鍋の主役ということで、彼らがエルサレムの町の指導者だといっているということになります。

 

 注解者の中には、「家をすぐに建てる必要はない」を「家をすぐ建てなくてもよいのか」という疑問文とするという人もいます。それは、平和の時代が来るという表現で、鍋で中の肉を守るように、エルサレムの都が我々住民を守ってくれるという比喩だと解釈するのです。

 

 バビロン軍がヨヤキン王を捕囚としたとき(1章2節、列王記下24章15節)、彼らはヨヤキンに替えて、伯父マタンヤあらためゼデキヤをイスラエルの王としました(王下24章17節)。それでも、ヤアザンヤたちが「我々が指導者」というのは、バビロンの傀儡のゼデキヤを「王」とは認めないという発言なのでしょう。

 

 ゼデキヤは、25人の幹部会議に参加できないほど、政治的に非力でした。彼はバビロンへの服従を主張するグループと、エジプトの援護を期待してバビロンと事を構えるべきだと主張するグループの間で、板挟みになっていたのです。

 

 預言者エレミヤは、バビロンの王ネブカドネツァルに仕えよと語り続けていました(エレミヤ書27章1節以下など)。けれども、つまるところ、エジプトに期待してバビロンと戦争するという声が有力となり、バビロンの傀儡の王にもかかわらずそれに反対できずに、反乱を起こすことになってしまいます(列王記下24章20節)。

 

 ところが、バビロンが攻め寄せて来たときに期待していたエジプトの援軍は現われず、結局、多くの民は飢えと剣によって倒れ(同25章1節以下)、エルサレムの都は焼き払われ(同25章9節)、都に残っていた者たちは捕囚としてバビロンに連れ去られることになったのです(同11節)。

 

 考えてみるまでもなく、肉は料理されるために鍋に入れられるもので、鍋は肉を保存したり、保護したりするものではありません。町が鍋で民が肉というのは、民が町から出られないように取り囲まれているという状況とも思われます。家など建てている場合ではない、何とかしなければ、滅ぼされてしまう、そこでエジプトとの同盟に動くということになったのでしょう。

 

 7節の「お前たちがこの都の中に積み上げる殺された者こそ、その肉にほかならず、都は鍋である。しかしわたしは、お前たちをそこから引き出す」とは、バビロンに服従しようと主張した人々が肉で、党派争いやバビロンとの戦争の犠牲者になったということでしょう。

 

 しかし、バビロンとの戦争を主張した人々はエルサレムで死ぬことは許されず、そこから引き出され(7節)、異国人の手によって(9節)、国境で裁かれることになるというのです(10,11節)。そしてそれは実行されて、イスラエルの高官らはバビロンの司令部のあるリブラに連行されビロンの王ネブカドネツァルのもとに連行され、王は彼らを打ち殺させました(列王記下25章18~21節)。

 

 民の指導者といわれた二人の内の一人ペラトヤの死を見たエゼキエルが、「ああ、主なる神よ。イスラエルの残りの者を滅ぼし尽くされるのですか」(13節)と大声で叫びました。これは、9章8節でもエゼキエルが神に助けを求めて語った言葉でした。「ペラトヤ」という名前は、「主は逃れさせ給う」という意味です。

 

 しかし、ヤアザンヤやペラトヤたちが依り頼んだのは、主ではなくエジプトの力であり、異教の偶像でした(8章7節以下)。反乱を起こしたイスラエルをバビロンが赦さないように、背く民を主はお赦しにならず、滅ぼし尽くされるだろうと、エゼキエルは考えているわけです。

 

 そして、神の都エルサレムに留まっている者がそのように滅ぼされるとすれば、バビロンに連れて来られたエゼキエルら捕囚の民は、解放されてエルサレムに戻れるどころか、皆この地で滅びてしまうのではと考えたのではないでしょうか。

 

 エゼキエルがそう考えた根拠が、エルサレムの住民がエゼキエルら捕囚の民に対して、「主から遠く離れておれ。この土地は我々の所有地として与えられている」(15節)と主張しているといわれる言葉です。捕囚とされたのは罪のゆえに主から、つまり神の都エルサレムと主の神殿から遠く切り離されて、エルサレムに戻る権利はないということです。

 

 けれども、「わたしは、彼らが行った国々において、彼らのためにささやかな聖所となった」と主は言われます(16節)。即ち、捕囚となった人々のところに主はおられて、彼らの祈りを聞かれ、恵みをお与えになるのです。

 

 「ささやかな聖所」の「ささやかな」(メアト:「少し、僅か、小さい」の意)について、口語訳、新改訳、岩波訳は、「しばらくの間」と訳しています。それは、捕囚として過ごす期間が「しばらくの間」だと考えての訳語でしょう。

 

 そして、「わたしはお前たちを諸国の民の間から集め、散らされていた諸国から呼び集め、イスラエルの土地を与える」(17節)と言われます。エルサレムに残されていた住民が都の所有権を主張していましたが(15節)、主は諸国から呼び集められる捕囚の民にそれを与えるといわれます。つまり、エルサレムの住民ではなく、捕囚の民によってイスラエルが再建されるということです。

 

 主から招集を受けた諸国に散らされている人々は、イスラエルに戻ってきて、主が憎まれる忌まわしい偶像をすべて、地から取り除きます(18節)。そのため、冒頭の言葉(19節)のとおり、主は諸国に散らされている民に一つの心、新しい霊が授けると言われます。

 

 主に聴き従うためには、主の御前に石のように頑なな心ではなく、柔らかな肉の心が必要なのです。そしてその従順を学ぶために、ユダの民は亡国と捕囚という苦難を経験しなければならなかったのでしょう。苦難を通して、神でないものを神とすることの愚かさに気づかされ、主こそ神であることを知ったのです。

 

 23節で「主の栄光は都の中から昇り、都の東にある山の上にとどまった」というのは、主が神殿からオリーブ山に移られたということで、さらに遠く東のバビロンを目指して近づいて来られるということでしょう(24節)。捕囚の民は、帰国が許されるまでの間、バビロンのケバル川河畔の主の「ささやかな聖所」で主なる神を礼拝するのです。

 

 エゼキエルは、示されたすべてのことを、捕囚の民に語り聞かせました(25節)。私たちも置かれている状況がいかにあれ、主が日々語ってくださる御言葉に耳を傾けましょう。石の心ではなく、肉の心で御言葉を従いましょう。  

 

 主よ、今あなたは私たちの心を神の宮、聖所としてそこに臨まれ、私たちと共に歩まれ、私たちの賛美と祈りに耳を傾けていてくださいます。常に主を畏れ、その御言葉に従って歩み、御名を崇めさせてください。御心を行わせてください。主の恵みと導きが絶えず豊かにありますように。 アーメン

 

 

「それゆえ、人の子よ、あなたは捕囚の荷物を造り、白昼彼らの目の前で捕らわれの身となって行きなさい。彼らは反逆の家であるが、あるいは、それに目を留めるかもしれない。」 エゼキエル書12章3節

 

 エゼキエルは、イスラエルの民に行動と言葉をもって主なる神の御旨を知らせるように命じられます。それは冒頭の言葉(3節)のとおり、捕囚の荷物を造り、捕らわれの身となること(3節)、自分の荷を捕囚の荷物として持ち(4節)、壁に穴を開けて運び出すこと(5節)、荷物を肩に載せ、暗闇の中を運ぶこと、その際、顔を覆ってこの土地を見ないようにすることです(6節)。

 

 そして、人々から「何をしているのか」(9節)と尋ねられたら、「わたしは、あなたたちのためのしるしである。わたしがやって見せたようなことが、彼らに起こる。彼らは捕囚として捕囚の地へ行く。彼らの中の首長も、暗闇の中で荷物を肩に担ぎ、壁に運び出すための穴をうがって出て行く。彼は目でこの土地を見ないように顔を覆う」(11,12節)と答えるのです。

 

 これは、エルサレムの首長、つまりゼデキヤ王が夜の闇に紛れてエルサレムの都を逃げ出すけれども、捕えられて目の前で王子たちが殺され、ゼデキヤ自身も目を潰されてバビロンに連行され、そこで死ぬことになり(13節、列王記下25章4,5節)、また、今エルサレムに残されている人々も諸国の間に散らされことになるというメッセージです(14,15節)。

 

 エゼキエルの不思議な行為を見せられたとき、捕囚の民は、自分たちがこの地を去って帰国する日が近いのか、と期待した人がいたかも知れません。しかしながら、翌朝、エゼキエルの解き明かしを聞くと、さぞやがっかりしたことでしょう。特に、エルサレムに残っている民がバビロンを倒し、捕囚から解放されることを期待していた人々には、およそ聞くに堪えない話だったかも知れません。  

 

 けれども、実際に紀元前587年、バビロン軍の前にエルサレムが陥落し、ゼデキヤ王は両眼を潰され、青銅の足かせを嵌められてバビロンに連行されました(列王記下25章7節)。また、剣と飢饉で死ななかったエルサレムの残りの民は、バビロンに投降した者も含め、捕囚として連れ去られました(同11節)。

 

 これまで、主は繰り返し預言者を遣わし、神ならぬものを神として礼拝する偶像礼拝の罪を悔い改め、謙って主に聴き従うように、繰り返し招かれました。しかし、それに聞くことはありませんでした。

 

 ヨシヤ王が律法の書を見つけて主の御旨を尋ねに預言者フルダのもとに使者を遣わした際、「この書のすべての言葉のとおりに、この所とその住民に災いをくだす」(同22章16節)と告げられました。エルサレムの裁きが確定したということです。

 

 それでも、ヨシヤ王がその災いに心を痛め、主の前に謙り、衣を裂き、主の前で泣いたので、主は王の願いを聞き入れて、エルサレムに下される災いをその目で見ることはない。安らかに息を引き取って墓に葬られると言われています(同19,20節)。

 

 今回、これが最後通牒だということで、「もはや、イスラエルの家には、むなしい幻はひとつもない。気休めの占いもない。なぜなら、主なるわたしが告げる言葉を告げるからであり、それは実現され、もはや、引き延ばされることはない。反逆の家よ、お前たちの生きている時代に、わたしは自分の語ることを実行する」(24,25節)と宣言されています。

 

 もちろん、主がことを決定され、実行されれば、そこから逃れ得る者は一人もいません。必ず、語られたとおりのことが行われ、それを語られたお方がまことの神であったと、誰もが知る結果となるでしょう。しかしながら、なぜ主は、裁きの預言を語り続けてこられたのでしょうか。そして今回、最後通告をされたのはなぜでしょうか。

 

 それが冒頭の、「彼らは反逆の家であるが、あるいは、それに目を留めるかもしれない」という言葉(3節)に表されている主の御思いではないでしょうか。つまり、主のメッセージに目を留めて欲しい、その御言葉を聴いて欲しい、そして、生活の方向を変えて欲しいということでしょう。

 

 それは、主は既にイスラエルに災いを下し、滅ぼすことを決定しておられるけれども、なお悔い改めの余地を残しておられ、赦しの道を開いておられるということでしょう。ヨシヤのような指導者が登場してくることを期待されてのことと言ってもよいでしょう。

 

 裁きが確定したということは、もはや彼らがエゼキエルの預言に目を留めることも、耳を傾けて御言葉に従うこともなかろうと主はお考えになっているということでしょう。それでもなお、もしかすると目を留めてくれるかも、そして、もしも耳を傾けてくれるなら、聴き従ってくれるならと、一縷の望みをかけておられたわけです。

 

 このような憐れみ深い主の御心を悟らず、聴こうともしない者は、やがて震えながらパンを食べ、恐れ、おびえながら水を飲む生活になります(18節以下)。自分を守る者がすべて失われた姿です。命の食物をお与えになるまことの神、主から離れて、その裁きを受けるからです。

 

 「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4章4節)、すなわち、パンをお与えになる神に生かされて生きているのです。主イエスこそ、命のパンであり(ヨハネ6章35,43節)、「このパンを食べる者は、永遠に生きる」(同58節)と言われます。

 

 今日も命の糧をお与えくださるまことの主を礼拝しましょう。御言葉を聴きましょう。賛美しましょう。祈りましょう。

 

 ♪み言葉をください 降り注ぐ雨のように 恵みの主よ。 飢えと渇きに 苦しみ呻き 闇路さまよう 命のために。 み言葉をください 吹いて来る風のように 救いの主よ。 絡みつく罪 根こそぎ払い 全き勝利の 清めのために。 み言葉をください 草におく露のように 生命の主よ。 人と人との 心通わず 争い悩む 世界のために。 アーメン♪ (讃美歌第二編80番)

 

 主よ、私たちに今日も必要な糧を備え、生かし、歩ませてくださることを感謝します。いつも命の御言葉を聴かせてください。聴く耳を与えてください。御心をそのままに受け止めさせてください。聴いて従う者となることが出来ますように。 アーメン

 

 

「平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。」 エゼキエル書13章10節

 

 エレミヤが偽預言者を告発したのと同様(エレミヤ書14章13節以下など)、エゼキエルも偽りの預言者を非難する預言を語っています。主なる神が「語れ」と言われていないのに、「自分の霊の赴くままに」(3節)むなしい幻を見、欺きの占いを行い、主から遣わされてもいないのに、「主は言われる」(6,7節)と語るのは、偽りであり、愚かなことです。

 

 エゼキエルは偽りの預言者を、「廃虚にいる山犬のようだ」(4節)と言います。それは、山犬が人のいない廃虚に住み着くように、偽りの預言者は神のおられないところで活動するということであり、また、山犬が餌をあさって廃虚を歩き回るように、ただ自分の腹のことだけを考えて行動するということです。

 

 それで、「主の日の戦いに耐えるために、城壁の破れ口に上ろうとせず、イスラエルの家を守る石垣を築こうともしない」(5節)と、偽りの預言者がエルサレムのためには何の役にも立たないことが告げられます。

 

 彼らが「平和だ」と語ったとき、それが真の神の言葉であるならば、そのとき平和がなくても、その言葉によって町に平和がもたらされるでしょう。しかし、それが偽りであるならば、徒に民を安心させて危機への対応を怠らせるので、平和が保たれるどころか、それこそ町を廃虚にしてしまうことでしょう。

 

 そのことを、冒頭の言葉(10節)のとおり、「壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ」と言います。敵の襲来に備えて堅固な城壁を築く必要があるのに、いい加減、適当に壁を作ってその内容を誤魔化すために、上から漆喰を塗ったというのです。しかし、そんな壁が役に立つでしょうか。内にいる者を守ってくれるでしょうか。

 

 エゼキエルが非難しているのは、預言者でもないのに、自分勝手に預言者と称しているという人々ではありません。彼らは、神によって立てられた「イスラエルの預言者たち」(2節)です。そして、イスラエルの民は、彼らの語る預言に喜んで耳を傾けているのです。

 

 なぜ、彼らは主なる神に聞かずに自分勝手に預言するのでしょうか。それは恐らく、エレミヤやエゼキエルの語り告げる主の言葉が、イスラエルの民に不興だからでしょう。誰も、国が滅びるというような言葉や、敵に降伏せよ、捕虜となれという言葉に進んで耳を傾けてはくれません。誰もが、「大丈夫だ、明日は晴れる」という、希望に満ちた言葉を聞きたいと思っているのです。

 

 つまり、「イスラエルの預言者たち」は「神の声」ならぬ「民の声」に耳を傾け、彼らの耳に快く響く言葉を語っているのです。ということは、エゼキエルが非難しているのは、イスラエルの預言者たちのみならず、彼らの語る耳障りのよい偽りの預言だけに耳を傾けるイスラエルの民のことでもあるわけです。

 

 漆喰が塗られた壁は、火に対して力を発揮するかも知れませんが、主は、彼らが考えていなかった豪雨と暴風で漆喰をはぎ落とし、壁を崩壊させてしまわれます(11~13節)。それで、壁に漆喰を塗った者とその中にいた者、即ち偽りの預言者たちとエルサレムの住民は、共に滅びることになります(14節)。

 

 わが国では、原子力発電の安全神話がいかに脆弱なものであったかということが露呈しました。原発は安全ということで、危機への対処、検討というものが殆どなされていなかったのです。以前から危険性を指摘されながら、対策を検討しようともしなかった「想定外」の自然災害で、ゆゆしき事故が起こりました。今もそしてこれからも、多くの人々が放射能に脅かされ、以前の生活を取り戻せないでいるのです。

 

 8年半も前に事故を起こした福島第一原発の放射能汚染が、いまだ解決の糸口も見えず、事故原因の究明もなされていないままなのに、原子力規制庁は、基準を満たした原発について、この基準は安全を保証するものではないとうそぶきつつ再稼働を許可するという、およそ名前と実態がそぐわない矛盾した行動を示しています。

 

 それを受けて、政府は、規制庁が世界一安全な基準に基づいて許可したのだから、原発を再稼働すると言ってはばかりません。電力会社も政府も規制庁も、本気で国民の安全を守ろうとは考えていない、自分たちさえ良ければ、今さえ良ければと考えているとしか思えない振る舞いです。

 

 まさに、だれ一人責任を取らずに信用回復に努めると口に出来る神経は、全く理解出来ないものです。こうした現実を考えると、日本の将来のために、すべての核利用を今すぐ廃止すべきではないでしょうか。

 

 私たちは、独り子をお与えになったほどに、この世を愛してくださっている神を信じています。そして神は、神の子どもたちがこの世において、世の光となり、地の塩として、その使命、責任を果たしていくことを求めておられます。そのため、日々神の御言葉に耳を傾け、神の御心がこの地に実現することを、祈り求めて参りましょう。

 

 主よ、今日も私たちにあなたの御言葉を聴かせてください。真理の光の内を歩ませてください。この国の為政者たちが、正義と公正をもって政を行いますように。すべての民に主を畏れる心が与えられますように。御心がこの地になりますように。私たちを御心を行う道具として用いてください。 アーメン

 

 

「たとえ、その中に、かの三人の人物、ノア、ダニエル、ヨブがいたとしても、彼らはその正しさによって自分自身の命を救いうるだけだ、と主なる神は言われる。」 エゼキエル書14章14節

 

 14章には、「偶像礼拝と神の審判」について記されています。

 

 イスラエルの長老がエゼキエルを訪ねて来ました。訪問の目的は明らかにされていませんが、今後、自分たちを待ち受けている運命について、あるいは捕囚から解放されるのはいつかといったことを、預言者に尋ねようとしていたのではないでしょうか。

 

 しかしながら、主なる神はエゼキエルに、「この人々は偶像を心に抱き、彼らをつまずかせる罪を目の前に置いている」(3節)と言われ、彼らが偶像礼拝に勤しみながら、主の導きをも求めようとしていることが、ここに示されます。

 

 それに対して主は、「悔い改めて、お前たちの偶像から離れ、すべての忌まわしいものから顔を背けよ」(6節)と命じられ、それに従わない者には、「わたしはその者に向かって顔を向け、彼をしるしとし、ことわざとして、わが民の中から断つ。その時お前たちは、わたしが主であることを知るようになる」(8節)と告げられました。

 

 そして、「それは、イスラエルの家がもはやわたしから迷い出ず、あらゆる背きによって二度と自分を汚さないためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる」(11節)と、その裁きの目的を語っておられます。つまり、主が裁きを告げられるのは、民が悔い改めて主のもとに帰ること、主の御言葉に聴き従う者となることを願っておられるからなのです。

 

 更に主は言葉を継いで、「人の子よ、もし、ある国がわたしに対して不信を重ね、罪を犯すなら、わたしは手をその上に伸ばし、パンをつるして蓄える棒を折り、その地に飢饉を送って、そこから人も家畜もたち滅ぼす」(13節)と語られました。

 

 「ある国」とは、すべての国を指す表現ではありますが、まず第一に、イスラエルのことが考えられていると言うべきでしょう。イスラエルは、主なる神の選びの民でありながら、主の前に不信を重ね、罪を犯し続けているからです。

 

 ダビデ王朝最後の王となったゼデキヤも「主の目に悪とされることをことごとく行った」(列王記下24章19節)と言われ、それゆえ、「エルサレムとユダは主の怒りによってこのような事態(第二次バビロン捕囚を招いた)となり、ついにその御前から捨て去られることになった」(同30節)のです。

 

 そしてそのとき、冒頭の言葉(14節)のとおり、飢饉が送られて人も家畜も断ち滅ぼされる事態になったとき、たとえそこにノア、ダニエル、ヨブという義人たちがいたとしても、彼らは自分の息子、娘たちも救うことが出来ない。ただ彼らは自分自身を救い得るのみであると言われます。

 

 そして、悪い獣(15節)や剣(17節)、疫病で(19節)国が荒れ廃れ、人も家畜も断ち滅ぼされるとき、三人の人物がそこにいたとしても、その正しさによって自分自身を救い得るだけだと繰り返し語られています(16,18,20節)。

 

 この背景には、アブラハムの執り成しに見るような、10人の義人の存在の故に、町が滅ぼされることはないという考え方があり(創世記18章16節以下)、それゆえ、ノア、ダニエル、ヨブのような義人の代表の名が取り沙汰されているのでしょう。

 

 かつて、ノアは箱舟を造り、それによって家族と動物たちを救いました(創世記6章以下)。ヨブは、家族や財産を一度に失うという経験をしましたが、最終的に、すべてが回復され、財産は倍になりました(ヨブ記1章、42章7節以下)。ダニエルについては、この件に関して、その名が上げられる理由はよく分かりません。

 

 ただ、ダニエル書の「ダニエル」とはヘブライ語の綴りが違うので、紀元前13世紀ごろ記されたウガリット文書に出て来る正義の支配者ダニエルのことではないかという説があります。ノアはイスラエル建国前の人物で、メソポタミアのギルガメシュ叙事詩との関連が無視出来ませんし、ヨブはウツの地の住民ですが(ヨブ記1章1節)、それはエドムのことだろうと考えられています。

 

 ということは、ここに名が挙げられた三人はいずれも、いわゆる「ユダヤ人」ではないということになります。そのことによって、世界中から「義人」を呼び集めたとしても、そして、彼らがイスラエルの救いを執り成し祈ったとしても、それによってイスラエルを救うことは出来ないということが示されるわけです。

 

 もしかすると、偽りの預言者たちが、この三人の名前を上げながら、彼らがイスラエルの平和を回復してくれる、それに期待しようと告げていたのかも知れません。エゼキエルのもとにやって来た長老たちも、そのような執り成し手の登場を待ち望んでいたのではないかと思われます。

 

 けれども、そのような期待は適いません。三人は自分の子らさえ救うことが出来ず、ただ自分自身を救い得るのみだと言われています(14,18,20節)。つまり、イスラエルの民自身が悔い改めて、主に立ち帰るほかに、災いを免れる道はないのです。

 

 しかるに、「まことに、主なる神はこう言われる。わたしがこの四つの厳しい裁き、即ち、剣、飢饉、悪い獣、疫病をエルサレムに送り、そこから人も家畜も立ち滅ぼすとき、そこに、わずかの者が残されるであろう」(21,22節)と言われます。

 

 そして、あとに残されるわずかな者について、「息子、娘たちは逃れて救い出され、お前たちのところに出て来る」(22節)と言っています。エルサレムの住民の中で命の危機を免れた息子、娘たちが「お前たちのところ」つまりエゼキエルたちのいるバビロンに連れて来られるというのです。

 

 災いの下されたエルサレムに「わずかの者が残される」のは、彼らが正しい者だからではなく、主が彼らを憐れまれたからです。彼らの歩みと行いを見てエゼキエルたち捕囚の民が慰められるのは、そこに主の憐れみを見るからです。つまり、ユダの民は偶像の罪によって主に裁かれ、捕囚としてバビロンに連れてこられたけれども、それは主の憐れみを見るためだったというのです。

 

 かの義人ノア、ダニエル、ヨブは自分自身を救い得るだけでしたが、私たちには神の御子キリスト・イエスがおられ、私たちのために執り成し祈ってくださっただけでなく、自ら私たちの罪を負い、購いの業を完成してくださいました。それは、まさに一方的に与えられた主の深い憐れみです。

 

 キリストによる励ましと愛の慰め、聖霊の交わりを受けている者として(フィリピ2章1節参照)、その恵みにふさわしい歩みを続けることが出来るように、日々主の御言葉に耳を傾け、へりくだって主に従う者とならせていただきましょう。  

 

 主よ、私たちは義人ではありませんでした。しかるに、私たちの罪を赦し、罪の呪いから解放するために、御子イエスを遣わしてくださいました。その命によって私たちを贖い、神の子としてくださったことを、心から感謝致します。私たちの耳を開いて御声を聴かせてください。御心をわきまえ、主の御業に励む者とならせてください。 アーメン

 

 

「人の子よ、ぶどうの木は森の木々の中で、枝のあるどの木よりもすぐれているであろうか。」 エゼキエル書15章2節

 

 主なる神が冒頭の言葉(2節)で、ぶどうの木が他のどの木よりも優れているかと尋ねられ、さらに3節で、物を作るために役立つ木材が取れるかと尋ねておられます。主がそのように尋ねられたのは、エゼキエルの答えが知りたいということではありません。

 

 ぶどうの木は、枝振りを誇る木ではありませんし、木釘にするような堅い木でも、また、柱や板にするような木でもありません。薪以上の役割を探すのは困難です。しかも、「火に焼かれて焦げてしまったら、もはや何の役にも立たないではないか」(5節)と言われます。

 

 ここに全く触れられてはいませんが、ぶどうの木には、もっと別の役割があります。ぶどうの木が、森の木々の中でどの木よりも優れているところは、なんと言っても、ぶどうの実をつけるという点です。ぶどうの木以外に、ぶどうの実がなる木はないからです。

 

 ぶどうの木が多くの実を着けるのは樹齢が20年から25年位のもので、それ以降は生産力が落ちるそうです。だから、私たちが食べるぶどうは、比較的若い樹齢の木からとれた実ということになります。

 

 そして、樹齢が25年を超えたものは、深く根を張っているので栄養分をしっかり確保できて、生産力は落ちるものの品質の良いぶどうが獲れるそうです。それで、ワイン用には深みの出た品質のよいぶどうを得るために、樹齢が30年を超える古木が使われるそうです。しかし、一般的に60年から80年と言われる寿命を超えて枯死したようなぶどうの木は、薪にする以外の利用方法はないようです。

 

 ここで、ぶどうの木と言われているのは、イスラエルのことです。詩編80編9節以下、イザヤ書5章1節以下、エレミヤ書2章21節、エゼキエル書17章5節以下、19章10節以下、ホセア書10章1節など、何度もイスラエルがぶどうの木にたとえられています。

 

 ぶどうの木が豊かに実を結び、その実から薫り高いぶどう酒を造り、多くの人々を楽しませるように、イスラエルには、主の恵みを広く世界に示す役割が与えられています。そのために主に選ばれたのです。ところが、彼らは主に背き続けて、その役割を果たそうとはしません。

 

 エジプトから導き出され、約束の地に植えられたイスラエル(詩編80編9節以下)、肥沃な丘のよく耕されたぶどう畑によいぶどうの木として植えられたイスラエル(イザヤ書5章1節以下)が、しかし、期待通りの実をつけません。これでは、寿命が尽きて死んだも同然という扱いを受けることになってしまいます。

 

 8節で主が、「わたしはこの地を荒廃させる。彼らがわたしに不信を重ねたからである」と語っておられるのは、そのことです。そのために、役立たずのぶどうの木が切り倒され、薪として火に投げ込まれるように(6節)、ユダに主の裁きが臨み、エルサレムの町は燃やされ、民は捕囚の憂き目を見るのです。

 

 4節でぶどうの枝が火に投げ込まれて焼かれ、焦がされた枝が何の役に立つだろうかと語られているのは、紀元前597年に第一次捕囚としてヨヤキン王がバビロンに連れ去られたときに、既にイスラエルの運命は定まっていて、ゼデキヤ王を初めエルサレムに残された者たちがイスラエルを再建する希望を持つことは出来ないということを、そのように語っているのでしょう。

 

 実際に、ゼデキヤはバビロンの傀儡として王位につけられましたが(列王記下24章17節)、主の目に悪とされることをことごとく行って主を怒らせ、ついに御前から捨てられることになります(同19,20節)。ゼデキヤがバビロンに対して反旗を翻した結果、バビロンに滅亡させられてしまったのです(同25章1節以下)。

 

 これはしかし、2600年前の昔話というのではありません。今日を生きる私たちのために物語られているということも出来ます。

 

 主イエスが、「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である」(ヨハネ福音書15章1節)と言われ、さらに、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしから離れては、あなたがたは何もできないからである」(同5節)と言われました。

 

 私たちは、イエス・キリストを救い主、主と信じる信仰により、主イエスとつながるぶどうの枝としていただきました。それは、私たちが豊かに実を結ぶためです。私たちがその人生において様々な労苦を味わうとき、それは、父なる神が農夫として、私たちが豊かに実を結ぶように手入れしてくださっているということかも知れません。

 

 主イエスを信じ、お従いして、どんな実を結んでいるのでしょうか。主が私たちに、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、神である主を愛すること(申命記6章5節)、そして、隣人を自分のように愛すること(レビ記19章18節)、それが最も大切な命令だと答えられました(マルコ福音書12章28節以下など)。すなわち、愛の実を結ぶことが求められているのです。

 

 けれども、隣人を自分のように愛する愛を、私は持っていません。だから、主イエスにつながっていなければならないわけです。主イエスにつながっていれば、私たちに与えられた聖霊によって、私たちの心に神の愛が注がれて来るのです(ローマ書5章5節)。

 

 ぶどうの枝が幹とつながって豊かに実を結ぶように、主イエスを信じ、絶えず主に目を向け、その御言葉に耳を傾け、その導きに従って実を結ぶものとなりましょう。それは、いつも主を指し示し、その恵みを証しすることです。

 

 そのため、聖霊に満たされましょう。御霊の結ぶ実は、「愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制」だからです(ガラテヤ書5章22,23節)。

 

 主よ、私たちが御子イエスを選んだのではなく、御子イエスが私たちを選んでくださいました。その選びにふさわしく、私たちを整えてください。豊かに実を結ぶ枝となるように、手入れしてください。絶えずあなたに目を向け、その御言葉に耳を開かせてください。今日も神の愛と恵みをしっかりと受け取らせてください。そして、主の証し人として用いてください。そのために、聖霊に満たし、力に与らせてください。 アーメン

 

 

「だが、わたしは、お前の若い日にお前と結んだわたしの契約を思い起こし、お前に対して永遠の契約を立てる。」 エゼキエル書16章60節

 

 主なる神がエゼキエルに、長いたとえ話でエルサレムの背きについて物語られました。その物語の中で、主がエルサレムを御自分の都に選ばれたのは、それにふさわしかったからということではなく、主がエルサレムに憐れみをかけられたからであるという主張が、最初に語られます。

 

 もともと、エルサレムはエブス人の町でしたが(サムエル記下5章6節)、そこをダビデが陥れてダビデの町としました(同7節)。そして、周囲に城壁を築き(同9節)、王宮を建てました(同11節)。その後、神の箱を運び上げて(同6章)、エルサレムをイスラエルの都としたのです。

 

 そのことを先ず、「お前の出身はカナン人の地、父はアモリ人、母はヘト人である。誕生について言えば、お前の生まれた日にお前のへその緒を切ってくれる者も、水で洗い、油を塗ってくれる者も、塩でこすり布にくるんでくれる者もなかった。誰もお前に目をかけず、これらのことの一つでも行って、憐れみをかける者はいなかった。お前が生まれた日、お前は嫌われて野に捨てられた」(3~5節)と言われます。

 

 エブス人はヒッタイト(ヘト人)の一部でした。そして、アモリ人はカナンの地の先住民を意味する包括的な呼び名だと、注解書に記されていました。エルサレムが捨て子だったと言われるのはなぜか、よく分かりません。あるいは、この地に住むのは、モレクに子どもを献げることなど、異教の偶像を礼拝する民であって、真の神から遠く離れている存在だったということなのかも知れません。

 

 しかるに主は、「わたしがお前の傍らを通って、お前が自分の血の中でもがいているのを見たとき、わたしは血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言った。血まみれのお前に向かって、『生きよ』と言ったのだ」(6節)と言われます。つまり、主が捨てられたその子を救うことにされたというのです。

 

 やがてその子が美しく成長しました。8節に「わたしはお前に誓いを立て、契約を結び、お前は、わたしのものになった」と、結婚を思わせる表現があります。そして、美しく着飾らせ(9節以下)、その美しさのゆえに名声を得ました(14節)。

 

 ダビデの世に周辺諸国が平定され(サムエル記下8,10章)、王位を継いだソロモンにより、その国力は最大となります。ソロモンの知恵の豊かさは、あらゆる国々に知れ渡りました(列王記下5章9節以下、11節)。20年かけて建設した神殿と王宮で行った催しでシェバの女王の度肝を抜き(同9章20節、10章1節以下)、交易によって莫大な富を手に入れました(同10章14節以下)。

 

 ところが、「その美しさを頼みとし、自分の名声のゆえに姦淫を行った」(15節)という言葉から、「お前の姦淫は他の女たちとは逆である。だれも、お前を誘って姦淫したのではない。お前が報酬を支払われるのではなく、お前の方から報酬を支払っているところが逆である」(34節)という言葉まで、いかにして姦淫を行ったのかということを、事細かに物語ります。

 

 主の憐れみによって選ばれ、その恵みによって美しく整えられたことを忘れ、自分で美しくなったかのように、否、もともと美しいものであったかのように思い違いし、驕り高ぶって姦淫を行い、主の怒りを買ってしまいました。この罪により、エルサレムは美しい装いを剥ぎ取られて裸にされます(37,39節)。

 

 夫に捨てられ、裸にされ、汚された女というのは、生まれたときの惨めな状態に戻されたということです。エルサレムの美しい神殿が破壊され、町中が燃やされてしまって、その民はバビロンに捕囚となってしまいました(41節、列王記下25章9,10節)。けれども、エルサレムを裁くのは、主なる神にとって痛みであり辛く悲しいことです。

 

 59節の「お前が行ったように、わたしもお前に対して行う。お前は誓いを軽んじ、契約を破った」という言葉に続いて、冒頭の言葉(60節)のとおり、「だが、わたしは、お前の若い日にお前と結んだわたしの契約を思い起こし、お前に対して永遠の契約を立てる」と、主は驚くべきことを語られました。

 

 かつて、惨めに捨てられていたイスラエルを憐れまれたように、今また、誓いを軽んじ、契約を破って主なる神の怒りを買い、亡国と捕囚の憂き目を見て惨めになっているイスラエルをもう一度主は憐れまれ、エルサレムに対して新しく永遠の契約を立ててくださるというのです。

 

 そして、主なる神は、罪の中に死んでいたような私たちをも憐れまれて「生きよ」と仰せくださり、主イエスの十字架の血によってその罪を赦し清め、キリストの贖いによって永遠の契約を結んでくださったのです。

 

 絶えず十字架の主を仰いで悔い改め、主こそ神であることを知る者とならせていただきましょう(62,63節)。

 

 主よ、あなたの深い愛と憐れみのゆえに、心から感謝致します。今も、その愛によって守られ、生かされています。どんな時にも御言葉に耳を傾け、御声を聞き分ける心を授けてください。御心を行うことが出来ますように。御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「わたしは高いレバノン杉の梢を切り取って植え、その柔らかい若枝を折って、高くそびえる山の上に移し植える。」 エゼキエル書17章22節

 

 17章に2羽の鷲が登場して来ます。最初に登場する「大きな翼と長い羽をもち、彩り豊かな羽毛に覆われた大鷲」(3節)は、バビロンの王を表わしています。バビロンの王は、3,4節で「レバノン杉の梢」、「その頂の若い枝」にたとえられているユダの王ヨヤキンを捕囚として、バビロンに引いて行きました(12節、列王記下24章10節以下)。

 

 しかるに捕囚となって37年目にヨヤキンは、バビロン王エビル・メロダクの即位の年に情けをかけられ、獄を出されて手厚いもてなしを受けることになりました(同25章27節以下)。その背後に、主の深い憐れみとご計画があったのです。

 

 また、5,6節に「その地の種を取って苗床に蒔き、苗を豊かな水のほとりに柳のように植えた。やがてそれは育ち、低く生い茂るぶどうの木となった」とありますが、これは、バビロンの王がヨヤキンをバビロンに連れ去って、代わりにユダの王として立てたゼデキヤのことを表わしているようです(13節、列王記下24章17節以下)。

 

 初めゼデキヤは、「その枝は鷲の方に向かって伸び、根はその鷲の下に張り、若枝を広げ、つるの伸びたぶどうの木となった」(6節)とあるとおり、バビロンに隷属しながらユダ王国を保っておりました。

 

 ところが、もう一羽の大鷲が登場して来ると、ぶどうの木は態度を変え、根を鷲の方に向け、若枝をその鷲の方に伸ばして、水を得ようとしたのです。「もう一羽の大鷲」(7節)とは、エジプトのファラオを表わしています。

 

 根と若枝をその鷲の方に伸ばして水を得ようとしたのは、バビロンに対して共同戦線を張ろうというエジプトの誘いに乗り、バビロンに対して反旗を翻したことを言っているわけです(15節、列王記下24章20節)。はてさて、このぶどうの木の運命やいかに。

 

 バビロンの王ネブカドレツァルが、捕囚として連行したヨヤキンに代わる王としてゼデキヤを立てるときに、「これと契約を結び、誓いを立てさせ」(13節)、更に有力者を連れて行って、ユダが高ぶることなく従順に契約を守り続けさせようとしたと言われています(14節)。ゼデキヤは、この契約に背き、服従の誓いを破ったことになります。

 

 また19節で「彼が軽んじたわたしの誓いと、彼が破ったわたしの契約とを、必ず彼の頭上に報いる」と主なる神が言われており、ここに、バビロンとの契約が主の名によってなされていたことが示されます。ゼデキヤは、バビロンに背いただけでなく、主なる神に対する誓いを軽んじ、破ったことになると言われているわけです。

 

 ゼデキヤにとっては、バビロンとの契約も主の名による誓いも、状況が変われば別に乗り換える、一つの方便のようなものです。そして、この主を畏れない態度、その不真実が、主の怒りを買ってその裁きを受けることになった(20,21節)根本原因なのです。

 

 しかしながら、その主の裁きは、イスラエルを愛するが故です。だから主なる神は、「高いレバノン杉の梢を切り取って植え、その柔らかい若枝を折って、高くそびえる山の上に移し植える」(22節)と言われるのです。

 

 「高くそびえる山」とは、23節で「イスラエルの高い山」と言われていることから、シオンの山のことを指していることが分かります。主の裁きによって「商業の地、商人の町」(4節)バビロンに移されたヨヤキンの子孫が、再び「イスラエルの高い山に移される」、つまり、エルサレムの都を回復させるということです。

 

 捕囚から帰還した民の中に「シェアルティエルの子ゼルバベル」(エズラ記2章2節、3章2節)がいます。ハガイ書2章2節でゼルバベルは、ユダの総督と言われています。

 

 マタイ福音書1章12節に「バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを」と記されています。ヨヤキンのことを、歴代誌上3章16,17節、エステル記2章6節、エレミヤ書24章1節、27章20節などではエコンヤと呼びます。つまり、ヨヤキン王の別名エコンヤの孫が、ユダの総督ゼルバベルだということです。

 

 エルサレムに帰還した総督ゼルバベルは、祭司イエシュアと共に祭壇を築いて主に礼拝をささげ(エズラ記3章2節以下)、第二神殿の建築に携わりました(同8節以下、ハガイ書2章1節以下、ゼカリヤ書4章6節以下)。確かに、ヨヤキンの子孫がエルサレムの都回復のために用いられたのです。

 

 さらに、イザヤが「エッサイの株(ダビデの子孫)から一つの芽が萌えいで、その根から一つの若枝が育ち」(イザヤ書11章1節)と預言したメシア=救い主の誕生を、あらためてエゼキエルも、ここに預言していると読むことが出来ます。そして、主なる神はこの預言の成就として、独り子イエスをこの世にお遣わしになりました。

 

 主イエスは、ダビデの子孫としてベツレヘムでお生まれになりましたが(ローマ書1章3節、マタイ2章1節以下)、短い公生涯の後、御自分を十字架の上に贖いの供え物となさり(ローマ書3章24節、ガラテヤ書3章13節)、ご自分を受け入れた人々、御名を信じた人々に、神の子となる資格をお与えくださいました(ヨハネ1章12節)。

 

 「あらゆる鳥がそのもとに宿り、翼のあるものはすべてその枝の陰に住むようになる」(23節)とは、主イエスによる救いの完成を示しているようです。キリストに結ばれた者として、絶えず主を仰ぎ、御言葉に従って歩ませていただきましょう。

 

 主よ、あなたの恵みと導きを感謝します。その恵みから漏れることのないように、日々主の命の言葉に与り、その導きに従って歩むことが出来ますように。今日も御心が行われますように。御国が来ますように。 アーメン

 

 

「『お前たちが犯したあらゆる背きを投げ捨てて、新しい心と新しい霊を造り出せ。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ』と主なる神は言われる。」 エゼキエル書18章31,32節

 

 主なる神が、「先祖が酢いぶどうを食べれば、子孫の歯が浮く」(2節)という諺を、民が繰り返し口にするのはどういうことかと尋ねられます。この言葉はエレミヤ書31章29節にも取り上げられており、エルサレムでも、そして捕囚の地でも、まさに諺として、広く知れ渡っているものであることが分かります。

 

 この諺は「親の因果が子に報い」という意味で用いられているもので、イスラエルが亡国と捕囚という憂き目を見たのは、先祖の罪のたたりだと、人々が繰り返し語っているということになります。

 

 それは、「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す。しかし罰すべき者を罰せずにはおかず、父祖の罪を、子、孫に三代、四代までも問う者」(出エジプト記34章7節、民数記14章18節も参照)という主の言葉に起因するものです。

 

 ただ、出エジプト記20章5,6節の「わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える」という言葉で、「父祖の罪を子孫に三代、四代までも問う」のは、「わたしを否む者」に対してのこととされています。

 

 確かに、ユダの人々が捕囚の苦しみを味わうことになったのは、王たちが繰り返し罪を犯してきた所為ですが(列王記下22章13節、16節以下など参照)、だから子孫に罪がなくても先祖の罪で罰を受けることになったとは言えず、本人が主を否んだので、父祖の罪をも重ねて裁かれることになるということです。

 

 それで主は、「このことわざを二度と口にすることはない」(3節)と言われます。つまり、自分に災いが臨み、捕囚の苦しみを味わわせられた責任は先祖の罪にあるかも知れないけれども、今の苦しみをすべて先祖の所為にすることは出来ない。現在の生活は、各々自分でその責任を負わなければならないということです。

 

 即ち、自分の運命を嘆きつつも、その責任をすべて先祖の所為、環境の所為にして、現状を変えるために何の努力も払わない者、自分の人生に正しく向き合い、日々の生活において誠実に責任ある態度で歩もうとしない者が、「先祖が酢いぶどうを食べれば、子孫の歯が浮く」という諺を無作為の言い訳にすることは、もはや許されないと、主が言われているのです。

 

 そのことを5節以下に、正しく歩む人は生きることが出来るといい、10節以下、その息子が乱暴者で正しく歩まず、忌まわしいことを行うならば、生きることは出来ないと言います。また14節以下で、その息子が父を反面教師として生活を改めて正しく歩むなら、必ず生きると言われます。

 

 かくて、子が父の罪の呪いを受けることはなく、逆に父がこの罪の報いを受けることもない。正しい人の正しさはその人だけのものであり、悪人の悪もその人だけのものであると告げます(20節)。

 

 しかし、「悪人であっても、もし犯したすべての過ちから離れて、わたしの掟をことごとく守り、正義と恵みの業を行うなら、必ず生きる。死ぬことはない」(21節)と言われ、逆に、「正しい人でも、その正しさから離れて不正を行い、悪人がするようなすべての忌まわしいことを行うなら、彼は生きることができようか」(24節)と語られます。

 

 一度の過ちや一時期の正しい振る舞いで、生死が決められるわけではなく、今のこのときをどのような思いで歩んでいるのかが問われるのです。そのことを、「イスラエルの家よ。わたしはお前たちひとりひとりをその道に従って裁く、と主なる神は言われる。悔い改めて、お前たちのすべての染む記から立ち帰れ。罪がお前たちをつまずかせないようにせよ」(30節)と告げています。 

 

 主なる神は私たちの罪を処断されます。私たちの悪を見過ごされません。それは、私たちがその悪から離れて生きるためなのです。冒頭の言葉(32節)で、主が「わたしはだれの死をも喜ばない。お前は立ち帰って、生きよ」と仰っているとおりです。

 

 そのために、「お前たちが犯したあらゆる背きを投げ捨てて、新しい心と新しい霊を造り出せ」(31節)と言われています。「新しい心と新しい霊を造り出せ」とは、心を入れ替えてまっとうに生きよという意味でしょう。

 

 しかしながら、どうすれば、心を入れ替えることが出来るのでしょうか。それは、自分で出来ることではありません。「新しい心と新しい霊を創り出せ」と言われる主に頼るほかありません。

 

 詩編51編の作者が「神よわたしを憐れんでください」(同3節)、「わたしの咎をことごとく洗い、罪から清めてください」(4節)、「神よ、わたしの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください」と願っているのは、 それを実践しているのです。

 

 それには先ず、私たちが自分の罪を認め、神の前にそれを言い表すことです。「自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます」(第一ヨハネ書1章9節)と言われるとおりです。

 

 私たちの罪が赦されるのは、無代価ではありません。私に代わって神がその代価を払われました。イエス・キリストの十字架です。私を生かすために、神の独り子が犠牲とされたのです。そうして、すべての人々のために、罪赦されて神の御前に、神と共に生きる道が、キリストの贖いを通して、開かれたのです。私が立ち帰って生きること、ここに神の愛の御心があるのです。

 

 そのことに目が開かれたとき、神の愛と恵みに感謝すること、神を愛することが、私たちの生活の中の大切な要素になります。パウロが、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」(第一テサロニケ書5章16~18節)と記していますが、これは、パウロが神の愛を受け、その恵みを味わっているからです。

 

 「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」(第二コリント書5章17節)。

 

 主よ、御子キリストの贖いのゆえに罪が赦され、主イエスを信じる信仰によって神の子とされる特権に与ることが出来て、心から感謝致します。どうか、いつも私と共に、私の内にいてください。私がいつも主を喜び、絶えず主に祈り、どんな時にも主に感謝して歩む者となりますように。 アーメン

 

 

「イスラエルの君侯のために、あなたは悲しみの歌をうたって、言いなさい。お前の母は獅子たちの中にあって、どんな雌獅子だったろうか。前の母は子獅子の間に伏し、若獅子たちを育てた。」 エゼキエル書19章1,2節

 

 冒頭の言葉(1,2節)のとおり、主がエゼキエルに、イスラエルの君侯のために哀歌を歌えと命じられます。その歌は、獅子と詠われる二人の王を子に持つ皇太后の哀歌です。

 

 一人はエジプト(4節)、もう一人はバビロンに連れて行かれたとあります(9節)。となれば、この二人を子に持つ皇太后とは、カルケミシュに向けて進軍しようとするエジプトの王ファラオ・ネコをメギドで迎え撃ち、返り討ちにされたヨシヤ王の妻ハムタルのことでしょう。そして、二人の王とはヨアハズ(列王記下23章31節以下)とマタンヤ改めゼデキヤのことです(同24章18節以下)。

 

 ヨアハズは、戦死した父ヨシヤに代わって王位に就きましたが、ヨシヤをメギドで討ったファラオ・ネコは、ヨアハズをハマトのリブラに幽閉し(同23章33節)、後にエジプトに連行しました。そして、ヨアハズはエジプトで死んだと伝えられます(同34節)。ヨアハズが王としてユダを治めたのは、わずか3ヶ月でした(同31節)。

 

 ネコは、ヨアハズに代えてヨシヤの腹違いの子エルヤキムを王とし、名をヨヤキムと改めさせました(同34節)。エジプトの傀儡政権です。ところが、バビロン軍がカルケミシュでエジプト軍を撃破(紀元前605年)、その勢いを駆ってイスラエルに攻め上って来ました。ヨヤキムはバビロンに降伏しますが、3年後に反逆します。それが、列王記下24章1節の出来事です。

 

 ヨヤキムの反乱に伴い、バビロン軍が再び攻め上って来ます。そのとき、バビロン軍を迎えることになったのは、ヨヤキムの息子ヨヤキンです。エレミヤ書22章18,19節などの記述から、ヨヤキムは暗殺されたのではないかという学者もあります(列王記では自然死のように記述されています)。

 

 ヨヤキムの子ヨヤキンは、攻めて来てエルサレムを包囲したバビロン軍に投降します。そして后、皇太后、宦官、国の有力者たちと共にバビロンに連行されます(同24章10節以下、15節)。第一次バビロン捕囚です(紀元前587年)。

 

 バビロンの王ネブカドネツァルは、ヨヤキンに代えて、ヨヤキンの叔父(ヨアハズの弟、ヨヤキムの異母弟)でハムタルの子マタンヤをユダの王とし、その名をゼデキヤと改めさせました(同217節)。バビロンの傀儡政権が、ここに誕生したのです。

 

 ところが、ヨヤキム同様、ゼデキヤもバビロンに反旗を翻します。甥のヨヤキンをはじめ、捕虜とされた人々のことは考えていなかったようですね。それとも、エジプトに連れて行かれた兄ヨアハズのために、エジプトと共同歩調を取ることにしたのでしょうか。

 

 しかし、今度もバビロン軍に攻め込まれ(同24章20節、25章1節以下)、ゼデキヤは逃亡を図りますが捕らえられてバビロン王の前に引き出され(同6節)、目の前で王子らが殺され、その後自身の両眼を潰され、両足に青銅の足かせをはめられて、バビロンに連行されました(同7節)。ゼデキヤが王位にあったのは、11年間でした(同24章18節)。

 

 今日の箇所ではまだ、ゼデキヤらはエジプトと同盟を結んでバビロンに立ち向かおうと考えているところですが、主なる神は皇太后ハムタルのために悲しみの歌をうたわせて、エジプトへの期待は失望に終わることを預言させているわけです。それは、ヨシヤの子らがとされることを行っており(前記箇所参照)、それゆえ、主に捨て去られる結果を自ら招いてしまったからです。

 

 彼らの父ヨシヤが、「主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった」(列王記下22章2節)と言われていますので、その子らの不信仰、不従順は、極めて残念なことです。二人の子らが王位に就いたとはいえ、それぞれ強国エジプトとバビロンに連れて行かれ、そこで命を落としたとなると、母ハムタルの嘆きはどれほどのものだったでしょう。

 

 だから今、ユダの指導者たちがなすべきことは、ゼデキヤ王の政策に期待をかけてエジプトと同盟することなどではなく、主に背いて悪政を行い、人々を餌食としてきた王たちのために(3,6節)、嘆き、悲しみ、泣くことです(1節、9章4節)。そして、主の前に謙り、主の御言葉を慕い求めることです。

 

 ヤコブ書4章8~10節に、「神に近づきなさい。そうすれば、神は近づいてくださいます。罪人たち、手を清めなさい。心の定まらない者たち、心を清めなさい。悲しみ、嘆き、泣きなさい。主の前にへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高めてくださいます」とあります。

 

 確かに今は、笑っていられる時ではありません。国の行く末を案じ、指導者たちのために悲しむべき時、嘆き、泣く時でしょう。彼らが悔い改めて正しい道、平和の道に戻るよう、祈るべきときです。

 

 第一ペトロ書5章6~7節には、「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます。思い煩いは、なにもかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです」と記されています。

 

 私たちが辛く苦しい経験をするときに、それを主の御手と思って耐え忍ぶとき、神は必要な助け、平安をお与えくださり、やがて再び立ち上がらせてくださるのです。主を信頼しましょう。日々御言葉に耳を傾け、信仰の道をまっすぐに歩みましょう。

 

 主よ、今日も御言葉を聴かせてください。御言葉の真実を味わわせてください。御言葉が私たちの生活の中で実現しますように。そして、御名を崇めさせてください。あなたこそ、私たちの神、主だからです。 アーメン

 

 

「お前たちイスラエルの家よ、主なる神はこう言われる。おのおの自分の偶像のもとに行き、それに仕えよ。その後、お前たちは必ずわたしに聞き従い、二度と偶像に贈り物をささげて、わたしの聖なる名を汚すことはなくなる。」 エゼキエル書20章39節

 

 20章の冒頭に「第7年の5月」(1節)とありますので、8章1節の「第6年の6月5日」という記述からおよそ1年が経過した、紀元前591年の夏の終わり頃ということになります。そして、1年前のときと同じように、イスラエルの長老たちが主の託宣を求めてエゼキエルの前に座っています。

 

 イスラエルの長老たちがどのようなことで託宣を求めてきたのか、ここに記されてはいません。けれども、エゼキエルに与えられた主の言葉を見れば、彼らは、今後イスラエルはどうなるのか、自分たちはいつごろバビロンから解放されることになるのかということを尋ねたのでしょう。

 

 しかしながら、主なる神はその問いには答えないと告げられます(3節)。そして、捕囚という苦難の原因はイスラエルの背きの罪にあることを、これまでの歴史を振り返って物語られます(5節以下)。それは、イスラエル人ならば誰もが知っている出エジプトの物語です。

 

 イスラエルの民は、かつてエジプトから救い出してくださった神が、今度はバビロンからも救い出してくださると期待して、何度も出エジプトの物語を聞き直したのではないかと思います。しかし、エゼキエルが語ったのは、彼らに希望を与えるためではありません。イスラエルが忘れていることを思い出させるためでした。

 

 それは、イスラエルの民はその初めから神に背いていて、エジプトの偶像を捨てようとはしなかったということです(8節)。430年の奴隷生活で染みついた習慣だったのでしょうか。いつしかそれが、彼らにとっての先祖の神、家の神になっていたのかも知れません。

 

 カナンに定住すれば、「高い丘や茂った木」で象徴されるバアルやアシェラという神々も祀るようになりました(27節以下)。さらに捕囚の地バビロンでも、「お前たちは『我々は諸国民のように、また、世界各地の種族のように、木や石の偶像に仕えよう』と言っている」(32節)と断じられています。

 

 これはしかし、捕囚となったユダの民だけの問題ではありません。私たちも、生活の中で繰り返している悪い習慣があります。悪循環からなかなか抜け出せません。やめようと思うことがやめられず、しなければならないことが出来ません。パウロはこれを、罪の法則と言いました(ローマ書7章19節以下)。この罪の法則を断ち切らず曖昧にしたままで、真の救いを得ることは出来ません。

 

 エゼキエルは冒頭の言葉(39節)で、「各々自分の偶像のもとに行き、それに仕えよ」と言い、そして、「その後、お前たちは必ずわたしに聞き従い、二度と偶像に贈り物をささげて、わたしの聖なる名を汚すことはなくなる」と続けます。

 

 前半と後半が、「その後」という言葉でつながれていますが、そこには大きな断絶があります。偶像に仕える民が、どのようにして、「その後」を迎えることが出来るのでしょうか。どのようにして、「わたしの聖なる山、イスラエルの高い山で」(40節)、つまりエルサレムに戻って、主なる神に仕えるようになるのでしょうか。

 

 イスラエルの民が捕囚からの帰還を果たしたとき、救いが神の恵みによってなされたことを知ったとき、彼らは主こそ神であることを知り(42節)、自分たちの行いを思い起こし、嫌悪するようになると言います(43節以下)。

 

 民がおのが罪を悔い改めて神に立ち帰ったから、帰国が許されるようになったというのではなく、先に神が民を憐れみ、一方的な恵みで捕囚の苦しみから解放され、帰還を果たすことが出来るようにされたわけです。そして、その神の恵みを味わい知ったとき、自分たちの罪深さに嫌気が差すようになると言われるのです。

 

 私たちも、一方的な神の恵みにあずかりました。あらためて、どのようなところから救われたのか、自分の救いの事実に目を留めなければなりません。第一ヨハネ3章1節に「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです」と語られています。

 

 父なる神の愛の御業を絶えず思い起こし、日々感謝しつつ主に聴き、その御言葉に従って歩ませていただきましょう。

 

 主よ、恵みを忘れ感謝を忘れて、罪を繰り返す愚かな私を赦してください。主の十字架を絶えず仰がせてください。御言葉の導きに従うことが出来ますように。謙って主に従うことこそ、私たちを自由にし、平安を与える道だからです。 アーメン

 

 

「ネゲブの森に言いなさい。主の言葉を聞け。主なる神はこう言われる。わたしはお前に火をつける。火はお前の中の青木も枯れ木も焼き尽くす。」 エゼキエル書21章3節(21章1~5節は、口語訳聖書、新改訳聖書では20章45~49節)

 

 主の言葉がエゼキエルに臨みました。冒頭の言葉(3節)の通り、「ネゲブの森に言いなさい。主の言葉を聞け。主なる神はこう言われる。わたしはお前に火をつける。火はお前の中の青木も枯れ木も焼き尽くす」というものです。これは、捕囚のユダの民にとって、どのような意味を持つ言葉だったのでしょうか。

 

 エゼキエルは、この預言の言葉は、聴いている人々に理解されないだろうと考えていたようです。だから、「彼はことわざを語る者にすぎないではないか」(5節)と言われたと主に訴えています。それというのも、ネゲブはイスラエル南部の乾燥した荒れ地で、「ネゲブの森」と呼ばれるようなところはどこにも存在しないからです。

 

 ですから、そこで山火事など起こりようがないと、ユダの人々は考えるでしょう。そして、主がそのようにしてユダを裁くと言われても、それは無意味なことだと思うでしょう。だから、エゼキエルは聴衆のために、もう少し丁寧な説明が必要だと考えたのです。

 

 そこで、主なる神は6節以下の解説をお与えになりました。2節と7節を並べてみると、「テマン」は「エルサレム」、「ダロム」は「聖所」、「ネゲブの野の森」は「イスラエルの地」を表していることになります。

 

 そして、火で焼き尽くすとは、剣で滅ぼすという意味だということが分かります(8節以下)。そもそも、ソロモンがエルサレムに建てた王宮は、「レバノンの森の家」(列王記上7章2節)と言われていました。それは、レバノン杉がふんだんに用いられているからです。そうしたことから、「ネゲブの森」という表現が出て来たのかもしれません。

 

 主は、「人の子よ、呻け。人々の前で腰をよろめかし、苦しみ呻け」(11節)と言われます。それは行動で示す預言で、「剣」に示されるバビロン軍の攻撃によってイスラエルが滅ぼされ、エルサレムが崩壊したという報せを受けたこと、それによって腰砕けになり、もはや呻くほかないことを象徴的に示すのです。

 

 ところで、どうして主は、最初からエルサレムを剣で滅ぼすと言われないで、ネゲブの森を火で焼くと言われたのでしょうか。それは、もはや、主がその預言をユダの民に理解されることを求められないということではないでしょうか。けれども一方、主の言われることにきちんと耳を傾ければ、解説など聞かなくとも分かるはずだと考えておられるようにも思われます。

 

 また、主が「ネゲブ」と言われたとき、それは固有名詞としてでなく、一般名詞の「南」という意味で言われていると考えることも出来ます。実は、2節の「テマン」も「ダロム」も、南という意味です。口語訳では、どちらも南と訳されています。そして、「ネゲブ」も南という意味なのです。

 

 つまり、2節に同じ意味になる言葉を三つ重ねて配置し、「南」を強調していることになります。イスラエル、エルサレムは、バビロンから見て南にあります。主なる神は、北から南に災いを送る、つまり、バビロンからイスラエルに災いが来ると示されているわけです。

 

 ところで、ネゲブが荒れ野なのは、雨が少ないからです。そこには、水源がないのです。それと同様に、ユダが亡国と捕囚という憂き目を見たのは、真の水源である主から離れてしまったからです(19章10,13節参照)。

 

 それは、「お前たちは父祖の歩みに従って自らを汚し、彼らの憎むべき偶像と姦淫を行ってきた」(20章30節)という言葉に示されるとおり、まことの神との交わりを捨て、異教の神々を礼拝してきたということです。

 

 そのことは、エレミヤ書2章13節で「まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源であるわたしを捨てて、無用の水溜を掘った。水をためることのできないこわれた水溜を」と語られていたとおりです(同17章13節、ヨハネ4章13,14節も参照)。 

 

 もしも、主との契約が守られていたなら、イスラエルの民が主との交わりを大切にしていたなら、彼らが枯れ木になることはなかったでしょう。否むしろ、命の水の源としっかりとつながって、文字通り「ネゲブの森」と呼ばれるような豊かな森を形成し、多くの命を育んでいたことでしょう。

 

 詩人が、「いかに幸いなことか、神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者に道にとどまらず、傲慢なものと共に座らず、主の教えを愛し、その教えを昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」(詩編1編1~3節)と詠いました。

 

 「口ずさむ」は「思い巡らす」とも訳される「ハーガー」という未完了形の動詞です。英欽定訳聖書(KJV)は「meditate(瞑想する)」と訳しています。つまり、主の教えを何度も繰り返し口ずさむ、ずっと思い巡らし続けているという言葉です。主の教えが心と思いを満たし、歌うように何度も口ずさむ、それが主の教えを喜び楽しむ姿勢、主の教えを愛するという態度です。

 

 主イエスを信じ、主が語られる言葉に留まり、そこに堅く立たせて頂きましょう。

 

 主よ、どうか私たちを祝福してください。祝福の地境を広げてください。あなたの御手であらゆる災いから守り、すべての苦しみを遠ざけてください。私たちが今、どのような環境にあり、どのような苦難に遭遇しているとしても、主よ、あなたを信じ、あなたの御言葉にお従いします。御心を示し、導いてください。御名があがめられますように。 アーメン

 

 

「この地を滅ぼすことがないように、わたしは、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことができなかった。」 エゼキエル書22章30節

 

 主なる神が、イスラエルの都エルサレムを「流血の都」(2節)と呼ばれ、裁きを下されます。「流血」とは、殺人によるものでしょう。それも、6節の「君候たちは、お前の中でおのおの力を振るい、血を流している」という言葉から、党派的な権力争いのことをいうのだろうと思われます。

 

 また、異教の神々にささげられる生け贄の血も含まれるのかも知れません(3,4節)。党派的権力争いということでは、親エジプト派、親バビロニア派といった存在が考えられ、更にそれぞれの神々を祀っていたのではないでしょうか。

 

 いずれの立場の者たちも、敬うべき両親を軽んじ、他国人、孤児や寡婦など社会的弱者を虐げ(7節)、主なる神の聖なるものをさげすみ、安息日を汚しました(8節)。そのようにして(9節以下も)、幾重にも聖なる都が汚されてしまったというイメージです。

 

 主の裁きについて、17節以下では金属の精錬がたとえとして語られます。鉱石から純粋な金属を取り出すには、高温で鉱石を溶かし、そこから触媒などを用いて不純物(金滓など)を取り除きます。

 

 これと同じようなたとえをイザヤが1章21節以下で用いており、そこでは、銀が金滓となってしまっているから(同22節)、灰汁で滓を溶かし、不純なものを取り去ってもとのようにする(同25節)、そのような神の裁きによってエルサレムは正義の都、忠実な町となり(同26節)、そして、背く者と罪人、主を捨てる者が断たれる(同28節)と語られていました。

 

 エゼキエルも、金滓を溶かして不純物を取り除くというのですが、預言者が見ているのは、不純物が取り除かれて純粋な金属が取り出されるところではありません。イスラエルは本来、銀や銅、錫、鉄、鉛などといった純粋な金属であったはずなのに、今やすべて金滓となってしまっています(18節)。

 

 どこにも純粋な金属が見当たらない、完全に金滓になってしまっているので、金属が炉で溶かされるように、エルサレムという炉の真ん中に集め(19節)、怒りの火を吹き付けて溶かすという情景を見ているのです。21章でネゲブ(南)の森を火で焼くというのは(同3節)、イスラエルを剣で滅ぼすということでした(同8節以下)。

 

 先にも触れたように、イスラエルがいかに汚され、どのような金滓になってしまっているのかということが、3節以下に述べられていました。異教の神を祀ったことに始まり、長幼の序は崩れ、福祉はおろそかにされている。性は乱れ、不正が横行している。もはや自分の力で悪を浄化することも出来ない。信仰の乱れが生活全般の乱れになっているという預言者の主張を、そこに見ることが出来ます。

 

 そしてこれは、ローマ書1章18節以下でパウロが展開している「人類の罪」の有様です。ということは、私たちにとっても決して他人事ではありません。「正しい者はいない。一人もいない」(同3章10節、詩編14編1,3節)と言われているとおりです。

 

 しかし、主なる神がエゼキエルにこれを語らせているのは、本当にイスラエルを捨て去ってしまいたいからではないでしょう。むしろ、真に頼るべきお方に依り頼むよう、主に立ち返り、その罪を清めていただくようにという主の恵み、憐れみによる招きではないでしょうか。

 

 冒頭の言葉(30節)に、「この地を滅ぼすことがないように、わたしは、わが前に石垣を築き、石垣の破れ口に立つ者を彼らの中から探し求めたが、見いだすことができなかった」と記されています。

 

 「石垣の破れ口に立つ者」について、詩編106編23節に「主は彼らを滅ぼすと言われたが、主に選ばれた人モーセは、破れを担って御前に立ち、彼らを滅ぼそうとする主の怒りをなだめた」と詠われています。モーセは、荒れ野を行くとき、繰り返し主に背く民のために御前に執り成しをして、その怒りをなだめたので、民が滅ぼされることはなかったと言われているのです(出エジプト記32章11節以下など)。

 

 つまり、このモーセのような執り成し手、指導者を主は探されたのだけれども、民の指導者として立てられた王や預言者、祭司たちは、主の眼鏡には適わなかったということです。そのため、「わたしは憤りを彼らの上に注ぎ、怒りの火によって彼らを滅ぼし、彼らの行いの報いをその頭上に返す」(31節)と言われるとおり、結局イスラエルを滅ぼさざるを得なかったというわけです。

 

 しかしながら、やがて主なる神はご自分の独り子キリスト・イエスを、この破れ口に立つ者としてお遣わしになりました。この主イエスの十字架の贖いの死によって、私たちは罪赦されました。神の子とされました。神は、独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るようにしてくださったのです(ヨハネ福音書3章16節)。

 

 その恵みを疎かにすることなく、主イエスを愛し、その御言葉に従って歩む者としていただきましょう。そして、多くの人々と共に、主の恵みに与る喜びを分かち合いたいと思います。

 

 主よ、この国を憐れんでください。キリストの血潮によってあらゆる不義を清め、不純なものを取り去り、正義の都、忠実な町と呼ばれるようにしてください。社会的弱者たちを守る公正と正義に生き、破れ口に立って執り成し祈る指導者を与えてください。すべての者が真に主を畏れ、主の聖なるものを重んじ、主の導きに従う恵みが与えられますように。この地に神の国を来たらせてください。 アーメン

 

 

「主なる神はこう言われる。彼女のために会衆を招集せよ。彼女らを恐怖と略奪の的とせよ。会衆は彼女らを石で撃ち殺し、剣で切り倒す。また、彼女らの息子、娘たちを殺し、家を火で焼く。」 エゼキエル書23章46,47節

 

 23章では、オホラとオホリバという二人の女性が、姦淫の罪で裁かれるというたとえが用いられています(2節以下)。その中で、オホラはサマリア、オホリバはエルサレムのことであると説明されます(4節)。サマリアは北イスラエル王国の首都であり、エルサレムは南ユダ王国の首都です。

 

 姉のオホラはアッシリアと姦淫を行い、愛人である戦士アッシリア人に欲情を抱き、その偶像によって身を汚したので、主はオホラをアッシリアの手に渡して滅ぼされたと言われます(5節以下、9,10節)。

 

 具体的に、北イスラエルとアッシリアとが手を結んだとか、それを望んだということはなかったろうと思います。むしろ、アラム(シリア)と結んでアッシリアと対抗しようとしていました。

 

 列王記下16章5節で「アラムの王レツィンとイスラエルの王、レマルヤの子ペカがエルサレムを攻めようとして上って来た」というのは、アッシリアに対抗するためにアラムと北イスラエルが連合し、南ユダにも連合に参加するよう招いたけれども、誘いに乗らなかったので、アッシリアと戦う前に南ユダを負かしておこうとしてのことです。

 

 攻め上って来たアラム・北イスラエル連合軍に対して、南ユダの王アハズはアッシリアに使いして、アラムとイスラエルの連合軍から守ってくれるよう要請し、アッシリアに金品を贈ります(同7節以下)。敵の敵と手を結んで友達の関係になったというかたちです。

 

 アッシリアはアハズの要請に応えてアラムに攻め込み、首都ダマスコを占領し(同9節以下)、それから9年後、北イスラエルに攻め上り、3年後に首都サマリアを占領。ホシェア王を始め、イスラエル人は捕らえられてアッシリアに連れて行かれました(同17章1節以下、6節)。

 

 アッシリアと対抗しようとしていたことを「戦士アッシリア人に欲情を抱いた」(5節)と言われているのでしょうか。むしろ、アッシリアに欲情を抱き、彼らの偶像を首都エルサレムに持ち込んだのは、ユダの王アハズでした(列王記下16章10節以下)。

 

 姉オホラが主に裁かれてアッシリアに滅ぼされたのを見たオホリバが、姉よりもひどい姦淫を行ったと11節に告げられています。これが、上記の通りアッシリアの神をエルサレムに祀ったということです。それゆえ、姉の杯を飲まねばならない(31,32節)、つまり、彼らが姦淫を行った結果、バビロンの手によって裁かれると言われているのです(17節、28節以下)。

 

 紀元前721年、背きの罪のために、北イスラエルはアッシリアに滅ぼされました(列王記下17章)。アッシリアは南ユダにも攻め寄せましたが、イザヤの執り成しの祈りにより、国を保持することが出来ました(同18,19章)。

 

 もしかすると、そうしたことのために、南ユダは北イスラエルに対して優越感を持っていたのかも知れません。しかし、主はその誇りを打ち砕かれました。南の背きは北よりも醜悪だと言われるのです。それは、彼らがある時はアッシリア、ある時はバビロン、そしてまたある時はエジプトと姦淫したからです。

 

 アッシリアやバビロンとエジプトは、イスラエルを南北から挟んでいる超大国です。それぞれの国が帝国の領土を拡大しようとするとき、両大国の間に挟まれたイスラエルをはじめパレスティナ諸国が戦場になりました。国を守るため、イスラエルは絶えずどの国と同盟すべきかという判断を迫られました。

 

 アッシリアがエルサレムに迫ったとき、貢ぎ物を贈って国を守ろうとしました(列王記下18章14~16節)。後に、バビロンと結び合おうとします(同20章17節以下)。バビロンがアッシリアを破り、さらにパレスティナ、エジプトにまで迫ろうとしたとき、今度はエジプトと同盟して戦おうとしたわけです(同24章1節以下、20節)。

 

 これは、国力において比較にならない小国の懸命の生き残り策でした。それによって南ユダの平和が保たれるならば、外交政策の成功ということになります。しかるに主なる神は、これらのことを姦淫と呼ばれているのです。

 

 そもそも、エジプトの奴隷として異教の神々のもとにいた南北イスラエルの民をご自分の民として選び、約束の地をお与えになりました。「彼女たちはわたしのものとなり、息子、娘たちを産んだ」(4節)と記されています。だから、イスラエルは自分たちの主人である神に頼るべきだったのであって、強国の力や彼らが拝む神々を当てにしてはならなかったのです。

 

 主なる神はこの姦淫の罪を裁かれ、「わたしは、お前の心が離れた愛人どもを呼び起こし、お前に立ち向かわせ、彼らを周囲からお前のもとに来させる。それはバビロンの人々とカルデアのすべての人々、ペコド、ショア、コアおよびアッシリアのすべての人々である」(22,23節)と語られました。

 

 また、冒頭の言葉(46,47節)の通り「彼女のために会衆を招集せよ。彼女らを恐怖と略奪の的とせよ。会衆は彼女らを石で撃ち殺し、剣で切り倒す」と言われます。姦淫の罪を犯した者が会衆によって石で撃ち殺されるがごとく(申命記22章22節以下)、主なる神に背き、異教の偶像を拝む者たちをバビロン軍が剣で切り倒すのです。  

 

 正直に言えば、私たちが大きな問題に直面するとき、神様より問題の方が大きく見えます。神が解決してくださるからといって、落ち着いていることが出来なくなります(イザヤ書30章15,16節参照)。むしろ、誰に助力を頼もうか、どうやって切り抜けようかとあれこれ思い悩み、眠れぬ夜を過ごします。

 

 しかし、もう一度、「彼女はわたしのものとなった」(4節)と言われる主の御言葉を心に留めたいと思います。主はエジプトにおけるイスラエルの苦難を見過ごしにはされませんでした。彼女らの叫びに耳を傾けられたのです。

 

 主の語られる御言葉に耳を傾けましょう。へりくだって聖霊の導きに従いましょう。

 

 主よ、どうか弱い私を憐れんでください。私たちの歩むべき道を示してください。試練に耐える力と共に、乗り越える道をも備えてくださる主を信じます。神よ、天の上に高くいまし、栄光を全地に輝かせてください。 アーメン

 

 

「人の子よ、わたしはあなたの目の喜びを、一撃をもってあなたから取り去る。あなたは嘆いてはならない。泣いてはならない。涙を流してはならない。声をあげずに悲しめ。死者の喪に服すな。」 エゼキエル書24章16,17節

 

 1節初めに「第九年の十月十日」と記されています。これは、ヨヤキンがバビロンの捕囚とされて九年目ということであり、それはまた、ユダの王ゼデキヤの治世を示しています。20章1節に「第七年の五月」とありました。その時から2年4ヶ月余りが経過したことになります。

 

 その10月10日、バビロン軍がエルサレムに到着し、都を包囲して陣を敷きました(2節、列王記下25章1節)。いよいよ、エルサレム攻撃が始まります。第9年の10月10日とは、紀元前588年の1月頃のことです。

 

 3~5節は、鍋で美味しい羊のシチューを作る様子が描かれています。それに対して6節以下、「流血の都」(6節、22章2節)と言われるエルサレムを「災いだ」と言い、 都に流血があることを、「錆のついた鍋」と言い表します。錆がシチューを台無しにしてしまうため、錆を除こうとしても適わず(12節)、鍋も肉も焼けて使い物にならなくなります。

 

 鍋がエルサレム、錆が背きの罪、肉や骨はエルサレムの民、火はバビロン軍と考えれば、分かり易いでしょうか。 背きの罪によってエルサレムの民は主に裁かれ、バビロン軍の攻撃を受けて多くの民が剣で殺され、、神殿は破壊され、町は焼かれ、残りの民は捕囚とされました。

 

 15節以下、エゼキエルの妻の死について、主の御言葉がエゼキエルに臨みました。冒頭の言葉(16節)で「人の子よ、あなたの目の喜びを、一撃をもってあなたから取り去る」と主が言われています。「あなたの目の喜び」とは、エゼキエルの妻のことを指しており、その表現から、夫婦の仲むつまじい様子を窺わせます。しかし、その妻がその日のうちに取り去られるというのです。

 

 それだけでとんでもないことですが、主なる神はさらに厳しいことを要求されます。それは、妻の死を「あなたは嘆いてはならない。泣いてはならない。涙を流してはならない。声をあげずに悲しめ。死者の喪に服すな」(16,17節)と言われるのです。

 

 人は、その愛する者を失ったとき喪に服し、嘆き苦しみ泣く時を過ごして、また、共に嘆き泣く者の涙を通して、心に慰めを得るものでしょう。ところが、エゼキエルはここで、主なる神からそれを禁じられてしまいました。彼がそれをどのように感じたのか、その思いなどは全く記されていません。

 

 レビ記21章10,11節に「同僚の祭司たちの上位に立ち、聖別の油を頭に注がれ、祭司の職に任じられ、そのための祭服を着る身となった者は、髪をほどいたり、衣服を裂いたりしてはならない。自分の父母の遺体であっても、近づいて身を汚してはならない」という規定があります。この規定が、祭司の家の出であるエゼキエルに適用されたようなかたちです。

 

 主が語られた日の夕方、主の御言葉が現実となり、エゼキエルは告げられたとおりに行動します(18節)。当然、エゼキエルの周りにいる捕囚の民は、なぜエゼキエルは妻が死んでも喪に服さないのかという疑問を抱き、それにはどんな意味があるのかと、エゼキエルに質問します(19節)。

 

 そこで、主がイスラエルの家の目の喜び、心の慕うものであるエルサレムの聖所を汚されること、都に残されていた者たちは、剣によって滅ぼされること、しかし、そのために嘆いてはならない、泣いてはならないと主なる神が言われているということを、彼らに語るのです(20~23節参照)。

 

 真の神である主に背いて異教の神々を祀っているようなエルサレムの神殿(11章参照)が汚され、偶像を慕う民が剣で滅ぼされるのは当然で、そのために泣くな、悲しむ必要はないということでしょう。

 

 しかしながら、それはイスラエルの象徴が失われることであり、そしてそのことは、イスラエルという国が完全に滅んでしまうということ、主なる神を信じ、礼拝する民が失われてしまうことを意味するのです。それは、悲しみ泣くというよりも、絶望で一切の力を失ってしまうような出来事です。

 

 そうして主なる神は、そのような出来事を通して、もう一度、主が神であることを捕囚の民は知るようになるというのです(24節)。これは、そのような出来事を通らなければ、不信仰のために、イスラエルの民が真の神である主を思い出すことが出来なくなっしまっているということでしょう。

 

 これらのことは、放蕩息子が持ち金をすべて無駄遣いしてしまった後(ルカ福音書15章11節以下、13節)、ひどい飢饉で食べるに困り(同14節)、豚の世話をしながら(同15節)、豚の食べるイナゴ豆で飢えをしのごうとしたときに(同16節)、我に返った(同17節)という物語を思わせます。

 

 「我に返る」とは、「自分自身に入る」(エイス・ヘアウトン・エルソーン)という言葉遣いで、本来の自分に戻るという表現でしょう。口語訳は「本心に立ちかえって」、岩波訳は「己に返って」と訳していました。つまり、苦難を通して、本来あるべき姿、自分の戻るべきところを示されたということです。

 

 ですから、捕囚の民がエルサレムの聖所が汚されたゆえではなく、都が焼き滅ぼされたゆえでもなく、「お前たちは自分の罪のゆえに衰え、互いに嘆くようになる」(23節)というとおり、自らの不信仰を嘆き、泣くとき、主なる神がそれを顧みてくださるのです。

 

 それにしても、預言者というものはなんと厳しい使命を担っていることでしょうか。自分の愛する妻の死をすら預言の道具とされ、自らの感情を表現することを禁じられ、そうして神の御言葉に完全に従うことが求められるのです。エゼキエルはその通りにしました。そして、彼の預言したとおりのことが、エルサレムの上になされました。

 

 勿論、自分が告げた預言が、そのとおり成就したということを、素直に喜ぶことが出来ません。それは、悲しみに悲しみを重ねることだっただからです。目の喜びを失う悲しみを心に持ちながら、主に従う姿を民に見せることで、捕囚の民がこれから、目に見えるものにではなく、見えない神に従うことを学ばせるのです。

 

 エゼキエルに対して御言葉に聴き従うことを求められた主なる神は、私たち人類の罪のために独り子イエスを犠牲にされたお方です。エゼキエルの悲しみがお分かりにならないお方ではありません。むしろ、分かり過ぎるくらいお分かりになっておられるお方です。

 

 どのようにしてかは分かりませんが、御言葉に忠実に従う預言者エゼキエルのために、主がその心に直接触れて、天来の慰めをお与えになったことでしょう。「悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる」(マタイ福音書5章4節)と言われるとおりです。

 

 悲しみを喜びに、呻きを賛美に変えてくださる主を信頼し、日々御顔を仰いで、その御言葉に耳を傾けましょう。 

 

 主よ、私たちは主の僕です。どんなときにも主に従うことが出来ますように。絶えず主を仰がせてください。いつも御声を聞かせてください。そのために、目を開き、耳を開き、何より心を清めてください。希望の源である主が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とで私たちを満たし、聖霊の力によって希望に満ち溢れさせてください。 アーメン

 

 

「お前はわたしの聖所が汚され、イスラエルの地が荒らされ、ユダの家が捕囚となって行ったことを、あはは、と言って嘲った。」 エゼキエル書25章3節

 

 25~32章には、周辺諸国に対する預言が記されています。25章は、アンモン人(1節以下)、モアブ(8節以下)、エドム(12節以下)、ペリシテ(15節以下)に対する主の裁きが、預言として語られています。

 

 冒頭の言葉(3節)は、エルサレムの町がバビロンによって破壊され、神殿が荒らされ、ユダの民が捕囚となったときに、アンモンがそれを見て嘲り笑ったと、その罪状が述べられています。その他の国々の罪状も同じようなものです(6,12,15節)。

 

 主なる神は、真の神に背いた罪でイスラエルを裁き、民は捕囚となりました。しかし、それを嘲り喜ぶアンモンに対して(3,6節)、彼らもイスラエルと同じように憂き目を見ることが記されています(4,7節)。

 

 アンモンは、ヨルダン川東部ギレアドの地でイスラエルと国境を接しており、「ラバ」(5節)がその首都です。アンモン人は、ロトの娘が産んだ「ベン・アミ」の子孫です(創世記19章38節)。つまり、イスラエルとアンモンは、本来、親族関係にあるということです。

 

 だからということでしょうか、イスラエルとアンモンは、同盟を結んだこともあります。息子アブサロムの反逆で都を逃げ出したダビデの下に、アンモン人ナハシュの子が援助に現れました(サムエル下17章27節)。ダビデの抱えた30人の勇士の一人にアンモン人がいます(サムエル下23章37節)。

 

 ダビデの子ソロモンは、アンモンの王女を妻に迎えています(列王上11章1節、14章21節)。この頃は、友好的な関係にあったものと考えられます。けれども、その後イスラエルとアンモンは、概ね利害関係によって離合集散を繰り返しています。

 

 イスラエルと国境を接していたアンモンにとって、イスラエルの滅亡ということは、笑っていられる対岸の火事ではなかったはずです。あるいは、バビロンの側について、イスラエルを嘲笑していたのでしょうか。そして、イスラエルの領土、あるいはその一部を、我が物に出来ると考えていたのでしょうか。

 

 しかし、イスラエルの裁きに対する同情心のないアンモンの人々の態度を、主は裁かれます。主なる神は、単にイスラエルの神であるばかりでなく、あらゆる国民の神でもあられます。ですから、主こそが真の神であるということを、アンモン人も、おのが国の滅亡を通して知るようになると言われるのです(7節)。

 

 このことで、かつて主がアブラハムに、「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る」(創世記12章2,3節)と言われた言葉を思い出します。

 

 地上のすべての氏族を祝福すべきイスラエル、あらゆる種族の祝福の源となるべき、アブラハムの子孫たるイスラエルが、主の祝福を自ら呪いに変えてしまいました。しかしながら、イスラエルを呪う者は主に呪われるのです。

 

 私たちも、他者の成功がなかなか素直に喜べません。隣に蔵が建つとこちらの腹が立つと言います。むしろ、隣人の不幸を見て喜ぶ傾向があります。人の悪い噂話をすることが好きです。それこそ、今日のアンモンではないでしょうか。

 

 イスラエルを嘲ざ笑うアンモンが主に裁かれた、いい気味だと、その不幸を嘲笑っているなら、主の御手が自分の上にも置かれているということを忘れているのです。それ以上に、主の恵みに与っている者として、隣人の祝福を祈る責任、隣人に福音を語り告げる使命があることを忘れているのです。であれば、隣人が災いにあったことの責任を、主に問われることになりはしないでしょうか。

 

 使徒ペトロが「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」(第一ペトロ書3章9節)と語っています。アブラハムに告げられた祝福の言葉を言い換えたものといってよいでしょう。アブラハムの子は、神の恵みを受け、その恵みを分かち合う者となることが期待されています(ルカ福音書19章9節参照)。

 

 私たちも、主の救いに与った者として、祝福を受け継ぐために召されたという使命を自覚し、「舌を制して、悪を言わず、唇を閉じて、偽りを語らず、悪から遠ざかり、善を行い、平和を願って、これを追い求め」(第一ペトロ3章10,11節)ましょう。

 

 主なる神よ、どうか私たちを祝福してください。祝福の地境を広げてください。私たちの町静岡が、静岡県、東海地方、中部圏、そして全日本が、主の祝福で満たされますように。キリストの平和がありますように。皆が健康でありますように。事業が守られますように。すべての必要が満たされますように。そうして、御名の栄光が拝せられますように。 アーメン

 

 

「人の子よ、ティルスがエルサレムを嘲る。『ああ、諸国民の門であったお前は打ち破られ、わたしのものになった。わたしは富み、お前は廃れる。』」 エゼキエル書26章2節

 

 26~28章には、ティルス(口語訳:ツロ)に対する預言が記されています。ティルスは、イスラエル北方の隣国フェニキアの主要都市です。地中海沿岸のこの町は、沖合い数百メートルにある島とあわせて、交易によい港を備えており、陸路で東方メソポタミアなどから運ばれてきた商品などを、海路スペインにまで運ぶといった、陸と海の要衝の地でした。

 

 ティルスの東にはレバノンの山々が峰を連ね、そこにレバノン杉がうっそうと茂り、森をなしていました。レバノン杉は堅牢で腐食し難いということで、重宝されました。エジプトのピラミッド建造のため、大量に伐採されたといいます。また、紫の染色と青銅細工という工芸技術も優れていました。

 

 ダビデが王となった時、ティルスの王は使節を遣わして杉材に木工、石工を送り、ダビデの王宮を建てて同盟を結びました(サムエル記下5章11節)。その後、ソロモンは神殿や王宮を建てるため、建築資材と共に技術者の派遣を要請し、ティルスの王はそれに応じています(列王記上5章15節以下、7章13節以下)。同盟関係が次世代に引き継がれ、より強固にされたわけです。

 

 ティルスは、東にレバノンの山々、西は地中海、そして本土と沖合いの島の両方によい港があるため、本土が攻められたときは島に逃れればよく、島は四方が海なので陥落させることはなかなか困難です。このような防衛上の有利さと、国際貿易によって得られる莫大な富によって、小さな都市ですが、大変大きな影響力を持っていました。

 

 それが過剰な自信となったのか、ティルスは冒頭の言葉(2節)のとおり、「ああ、諸国民の門であったお前は打ち破られ、わたしのものになった。わたしは富み、お前は廃れる」(2節)といってエルサレムを嘲ります。

 

 1節に「第十一年、その月の第一日」とあります。「その月」がいつのことかは不明ですが、恐らく紀元前597年の終わりか596年の初め、エルサレムが陥落して、その報告がエゼキエルらのもとに届いた直後のことだろうと思われます。

 

 かつての同盟国に対するそのような利己的な発言に対して、「ティルスよ、わたしがお前に立ち向かう。わたしは、海が波を巻き起こすように、多くの国々をお前に立ち向かわせる。彼らはティルスの城門を倒し、塔を破壊する。わたしはその土くれまでぬぐい去り、ティルスを裸の岩にする」と、ティルスを裁く主の言葉がエゼキエルに告げられます(3節以下)。

 

 神の裁きが、他国による攻撃というかたちで表されるのです。実際、エルサレムが陥落した後、続いてティルスがバビロンによって攻撃を受け、難攻不落の要塞島で13年にも及ぶ猛攻にも耐えました。しかし、それがフェニキヤ帝国の最後でした。ティルスは残された島で海運を続け、繁栄もしましたが、最後は、ギリシアのアレクサンダーによって滅ぼされました。

 

 エルサレムを嘲笑ったティルスが、ここで主なる神が預言者を通して告げられた通り、「ああ、あなたは滅びてしまった。海のかなたから来て住み着き、誉れある町となったのに」(17節)と嘆きの歌をうたわれる対象となったのです。

 

 競争相手を打ち負かし、大きな富を獲得することは快感かもしれません。前に勝ち組、負け組という言葉が多用され、激しい競争を勝ち抜くことが善と考えられていたところがあります。それによって、持てるものと持たざるものとの格差が拡大しました。しかしながら、貪欲に富を獲得するために競争相手を食い潰すというやり方を続けていって、本当に生き残れるのでしょうか。

 

 食物連鎖の上位にいる強いものは、下位の弱いものがいなくなれば生存できません。草食動物は、肉食動物がいなくても生きていけます。しかし、肉食獣は、肉を提供する草食動物によって生かされているわけです。勿論、草食動物も、餌となる植物を食い尽くしてしまえば、死滅を免れません。草食動物は、植物によって生かされているわけです。それを忘れて奢り高ぶるものは、自滅の道を辿っているのです。

 

 現在、自分たちの快適な生活のために自然を破壊し続けている人間は、それによって自分の首を絞めていることに気づき始めてはいます。地球温暖化に拍車をかける化石燃料の使用を減らし、温暖効果ガスの排出を抑える必要があるでしょう。森林伐採なども、きちんとした歯止めがなければ、自滅するしかなくなるかも知れません。

 

 温暖効果ガスの排出を減らす切り札として、原子力発電へのシフトが行われて来ましたが、東日本震災と津波による事故で、温暖効果ガスの排出よりもさらに深刻な放射能汚染と向き合わされることになりました。事故から8年余りが経過した今も、4万3千人もの方々が避難生活を続けておられます。原発事故のなかった阪神淡路大震災などとは、全く違う状況です。

 

 日本の国土には、広い範囲を襲う豪雨や台風、地震に津波、火山噴火などの天災から完全に安全な場所などありません。未来に禍根を残さないために、快適さを追い求めていく生活を改め、この日本にすべての人が健康に住み続けられる生活へ、視点を変え、考え方を変えていく必要があるでしょう。

 

 互いに謙り、互いに尊敬し、信頼し合える関係を、私たちの周囲から町、地域、国、そして世界に拡げていきたいものです。

 

 神様、私たちに知恵を与えてください。聖霊の導きに与らせてください。人と人との間に、民と民との間に、国と国との間に、神の愛が働きますように。私たちが共に神の愛に生きることが出来ますように。神の平和を共に生きることが出来ますように。 アーメン

 

 

「海沿いの国々の住民は皆、お前のことで驚き、王たちは恐れおののき、顔はゆがんでいた。」 エゼキエル書27章35節

 

 前章に続き、27章にもティルスに対する預言が記されています。

 

 3節から25節まで、ティルスの繁栄ぶりが、詩の形で描かれています。それは、一艘の大変美しい船でいかなる交易をしたのかということを歌う詩です。

 

 ティルスは、「わたしの姿は美しさの極み」(3節)と自ら歌うほど、富み栄えていました。そして、彼らが追い求めた船の強さと美しさ(5~7節)、船員の技術の高さ(8,9節)、他国の人々が憧れる戦士の強さ、美しさ(10節)が歌われます。

 

 その詩の中に、詩を分断する形で散文(11~24節)がはめ込まれています。これは、詩の形で描かれたティルスの交易品の豊かさ、交易範囲の広さなどを具体的に説明するものです。その交易品の豊富さ、質の良さから、ティルスがその時、どれほど繁栄していたのかということを窺い知ることが出来ます。

 

 その豊かさ、美しさに引き寄せられて、世界中の国々がティルスと貿易を行います。それゆえ、賞賛の声はますます高まりました。その意味で、「美しさの極み」を手に入れようとする努力は、決して悪いものではないでしょう。船の強さや美しさ、操船技術の高さ、そして良質高級な商品をもっての交易が、他者に責められるものであるはずがありません。

 

 けれども、「優秀さ」という力や名声を一旦手に入れると、往々にして努力が驕りに、精進が傲慢に変わることがあります。「わたしの姿は美しさの極み」と自ら言うのは、その表われということになるのではないでしょうか。だから、エルサレムの裁き=滅びを見て、嘲り笑いもするわけです(26章2節)。

 

 ところが、事態が一変します。世界中のよい商品を満載したティルスの船が大海原に漕ぎ出したとき、東風が船を打ち砕き(26節)、すべてのものが海の藻屑となってしまいました(27節)。

 

 最強の船は、少々の嵐にはびくともしなかったでしょう。最高の操船技術を持った船員たちは、嵐を乗り切る術を知っていたでしょう。しかし、どんなに最高の材料と技術で作られた優秀な船でも、船員の豊富な経験や最高の技術をもってしても、到底及び得ない大自然の力があるのです。

 

 彼らがこの危険を回避出来なかったのは、その心に驕りがあったからです。それゆえ、想定を超える危機に対する備えを怠り、最高の材料と技術で造られた優秀な船、高級で貴重な積み荷、そして経験豊富で優秀な船員たちを、東風によって一度にすべて失う結果になってしまいました。

 

 冒頭の言葉(35節)のごとく、海沿いの国々の住民は最強の船が沈んだこと、最高の技術が東風に打ち砕かれたことにあらためて驚き、王たちは恐れました(28節以下参照)。彼らは、人の手に負えないものがあることを具体的に学びました。これは、その力の前に人が人生航路を進んでいくためには、知識や経験、能力だけでなく、まことの神に対する信仰が必要だと教えているのです。

 

 エルサレムの滅亡を嘲り笑って滅びを招いたティルスは、本当は海沿いの諸国の住民と王たちのごとく、主の選びの民の滅亡を驚き、恐れなければならなかったのです。そこから、まことの神への信仰を新たにすべきだったのです。

 

 そして、これは私たちも同様です。人々の苦難を知るとき、さらに謙虚になって苦しみから救ってくださる主に向かい、共に主の助けを求めて叫ぶ者とならせていただく必要があります。

 

 私たちの人生にも、様々な嵐が襲って来ます。中には、自分たちの力ではどうにも対処出来ないというようなことも起こります。そのとき私たちには、助けを求める私たちの叫びを聞き、応えてくださるお方が、私たちの傍に、私たちと共にいてくださるのです。

 

 舟に乗り込まれた主イエスと弟子たちが、湖の真ん中で突然の嵐に遭いました(マルコ福音書4章35節以下、37節)。弟子たちは、艫の方で眠っておられた主イエスを叩き起こし、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(同38節)と訴えました。起き上がられた主イエスは、風を叱り、湖に命じて「黙れ、静まれ」と言われ、すっかり凪にされました(同39節)。

 

 私たちの主こそ、「仰せによって嵐を起こし、波を高くされ」るお方であり(詩編107編25節)、そして、「嵐に働きかけて沈黙させられ」、波をおさめられるお方(同29節)なのです。

 

 「主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる」(同31節)。ハレルヤ!アーメン!

 

 主なる神よ、世界各地にある紛争、政情不安を鎮めてください。共に主の十字架を仰がせてください。まことの主を畏れることを学ばせてください。全世界に主の平和と喜びがありますように。神の子らが平和の御業のために用いられますように。 アーメン

 

 

「お前はダニエルよりも賢く、いかなる奥義もお前には隠されていない。」 エゼキエル書28章3節

 

 ティルスに対する託宣(26~28章)の最後の章で、ここには王に対する託宣が記されています(2節)。冒頭の言葉(3節)では、ティルスの王に対して、「ダニエルよりも賢く、いかなる奥義もお前には隠されていない」と言われています。

 

 ダニエル書1章17節に「この四人の少年は、知識と才能を神から恵まれ、文書や知恵についてもすべて優れていて、特にダニエルはどのような幻も夢も解くことができた」と言われています。註解書に「古代世界における伝説的な賢人であり、ツロ(ティルスのこと)より少し北のラス・シャムラで発掘されたウガリット語の文献の中でも言及されている」とありました。

 

 そんなダニエルよりも賢いと言われるティルスの王は、知恵を用いて国際貿易で大きな利益を上げ、金銀を宝庫に蓄えることが出来ました(4節)。ところが、彼は愚かさを示したと言われます。それは、「取引に知恵を大いに働かせて富を増し加え、お前の心は富のゆえに高慢になった」(5節)と言われているからです。

 

 さらに、「わたしは神だ。わたしは海の真ん中にある神々の住みかに住まう」(2節)と思い上がり、自分が人間に過ぎないという真実を認めることが出来なくなっています(2,6,9節)。その意味で、「ダニエルよりも賢く」(3節)というのは、思い上がって自分を神であるかのように思っていることを皮肉った表現ではないでしょうか。

 

 これはしかし、ソロモン王のことを言っているようでもあります。「何でも願うがよい」(列王記上3章5節)と言われた主に、ソロモンは「民を正しく裁き、善と悪を判断することが出来るように、この僕に聞き分ける心をお与えください」(同9節)と求め、知恵に満ちた賢明な心と共に(同12節)、富と栄光が与えられました。 

 

 その結果、イスラエルは繁栄を極め、交易によって莫大な富が得られるようになりました(同9章26節以下、10章14節以下)。ところが、それによって彼の心は迷い、多くの外国の女を愛して7百人の王妃と3百人の側室を迎え(同11章1節以下)、后らのために数多くの異教の神々を祀る施設を設けました(同5節以下)。そして、ソロモンは主の戒めを破ったのです(同9,10節)。 

 

 13節を見ると、ティルスの王はエデンの園にいたとあり、そして14節では、「お前を翼を広げて覆うケルブとして造った」と言われます。ケルブの複数形がケルビムです。ケルビムは天的存在の象徴で、一般に手足を持つ有翼の像として表現されます。彼らは人間の理性と動物の威力を合せ持つと考えられており、超人的な力を象徴しています。

 

 創世記3章で、蛇が人間に善悪の知識の木の実を食べさせるとき、神のように善悪を知るものとなる、つまり、神のように賢い者となると誘惑ましたした。知識の木の実を食べた結果、神のように賢くなるどころか、神との交わりが断たれ、エデンの園を追放されてしまいます。

 

 そして神は、命の木の実を食べて永遠に生きる者となることがないよう、命の木に至る道を、ケルビムときらめく剣の炎に守らせられました(同3章24節)。これが、旧約聖書に最初にケルビムが登場してくる記事です。

 

 このことで、アダムたちから命の木を守るようにという使命を仰せつかったケルビムが、おのが知恵と美しさに心昂ぶり、「わたしは神だ」と言い出して、主なる神に裁かれているという状況が思い浮かびます。

 

 確かに、優れた知恵をもっていれば、この世において、様々な工夫やアイデアで大きな業績を上げ、莫大な富と力を手にすることが出来るでしょう(4,5節)。ただ、そのような工夫や努力、成し遂げた成果に目を奪われていて、その知恵をお与えくださった神を忘れてしまいます。

 

 聖書は、「主を畏れることは知恵の初め」(箴言1章7節など)と語ります。真の知恵を神から授かった者は、当然、主なる神を畏れることを知っているわけで、その人間が、「わたしは神だ」、「自分の心は神の心のようだ」などと思うはずがないのです。それなのに、他人と比べて優れた知恵を持っていると、自分が人間に過ぎないことを忘れてしまうのです。

 

 同じ箴言に、「豚が鼻に金の輪を飾っている。美しい女に知性が欠けている」という言葉があります(11章22節)。金の輪は美しいものだけれども、それを豚の鼻輪にするのは不釣合いです。ですから、対句の「美しい女性に知性が欠けている」というのは、美しい女性に知性が欠けていて、不釣合いだということになります。

 

 豚が鼻に金の輪を飾り、美しい女に知性が欠けているという組み合わせから、文字通り自分の美しさを鼻にかけている女性は、豚が金の花輪をしているようで、およそ知性に欠けているという意味に読めばよいのでしょう。

 

 そしてこれは、女性の美だけを語っているものではないでしょう。自分の知恵の豊かさを鼻にかけたり、財産の多さを鼻にかけたりと、自分の持ち物を過信する者たちの愚かさを語っているのです。それは、いかにも不釣合いなので、神に取り上げられてしまうのです。豚に真珠を投げ与えるべきではないからです(マタイ福音書7章6節)。

 

 私たちにすべての賜物をお与えくださった主の恵みを忘れず、賜物を生かして用い、主にあって豊かな実を結ぶ人生を歩ませて頂きましょう。その原点は、主を畏れること、主を愛すること、主を信じることです。

 

 主よ、私たちが持っているもので、本当に私たちのものといえるものは一つもありません。それらは皆、委ねられた使命のために用いるようにと、あなたから預かっているものです。主にあって豊かな実を結ぶ人生を歩むことが出来るよう、日々御言葉を賜り、その導きに忠実に従うことが出来ますように。 アーメン

 

 

「その日、わたしはイスラエルの家のために一つの角を生えさせ、彼らの間にあってその口を開かせる。そのとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。」 エゼキエル書29章21節

 

 29章から32章まで、エジプトに対する預言が、それが語られた日付つきで記されています。最も早いのが29章1節の「第10年の10月12日」すなわち紀元前587年1月ごろ、そして最も遅いのが29章17節の「第27年の1月1日」すなわち紀元前571年4月ごろのことです。

 

 ここに、約16年の開きがありますが、預言者は度々、エジプトに対する神の裁きを予告しているわけです。神の預言は、文字通りに実行されるということよりも、その預言を聞いた人々が今までの生き方を反省し、神の導きに従って方向転換することを求めて、その悔い改めのために語られるという側面があります。

 

 最も遅く語られた日付になっている17節以下の箇所に、バビロンの王ネブカドレツァルはティルスと戦って、費やした労苦に見合う報酬を得なかったから、彼にエジプトを報酬として与え、戦利品をぶんどり、略奪をほしいままにするなどと記されています(18~20節)。

 

 そして驚くべきことには、彼らがエジプトを報酬として与えられるのは、「彼らが、わたしに代わって、このことをしたからである」(20節)と、主なる神が語っておられるのです。この背景には、主がティルスの裁きを預言され(26~28章)、にもかかわらず驕り高ぶって悔い改めようともしなかったティルスを、バビロンが攻撃したということがあります。

 

 ティルスは本土と沖合い数百メートルにある島からなり、南北に走る隊商路と、外国との交易に適したよい港を有して、富み栄えていました。バビロンは13年に亘って攻撃を加えましたが、沖合いの島で防備を固めたティルスを陥落させることが出来ませんでした。

 

 そのため、取るべきものは殆どなく、兵士に報酬を与えられず、骨折り損のくたびれ儲けになってしまったというわけです。そして、ティルス攻撃をさせたのが主なる神であり、バビロンは主のためにそれを行ったので、ティルスの代わりにエジプトを報酬としてバビロンに与えると言われているということでしょう。

 

 エジプトが裁かれるのは、彼らが思い上がり、「ナイル川はわたしのもの、わたしが自分のために造ったものだ」(3節)と言っているからです。ナイル川はエジプトに豊かな富をもたらし、優れた文明を育みました。言うまでもなく、エジプトがナイル川を造ったのではなく、ナイル川がエジプトを造ったのです。

 

 ナイル川を主がエジプトの民に授けられた豊かな賜物、タラントンであると考えてみれば(マタイ福音書25章14節以下)、この物語は私たちに対する警告として聴くべきです。

 

 主がご自分のご計画を進めるためには、異教の民バビロンをさえ用いることが出来ます。つまり、主なる神の支配は、世界の全地に及んでいるということです。そして、それぞれに悔い改めが勧告され、聴き従うことが求められます。

 

 今、ティルスを打ち、そしてまたエジプトを打つために主の道具として用いられているバビロンも、主を畏れ、謙って主に聴き従うものとならなければ、今度はバビロンが裁かれることになります。主に用いられていることで思い上がらず、栄光を主に帰しつつ働かせていただきましょう。

 

 エジプトが裁かれる日、冒頭の言葉(21節)のとおり、「わたしはイスラエルのために一つの角を生えさせ、彼らの間にあってその口を開かせる」と主なる神は言われます。「角」(ケレン)は、力や権威を象徴的に表現するものです。

 

 「わたしは逆らう者の角をことごとく折り、従う者の角を高く上げる」(詩編75編11節という言葉もあります。ここでは、バビロン捕囚によって断ち切られたダビデ王朝を再び回復させ、新たな王が立てられるという表現として語られています。

 

 詩編132編17節で、「ダビデのために一つの角をそこに芽生えさせる。わたしが油を注いだ者のために一つの灯を備える」と言われているとおりです。その意味でこれは、エレミヤ書23章5節などと同様、エゼキエルによるメシヤ誕生の預言が、ここに語られているものといってよいでしょう。

 

 「その日」がいつのことなのか明示されてはいませんが、エゼキエルに主の言葉が臨んでからおよそ11年後、バビロンがエジプトを攻略して6年ほど経過した561年、ヨヤキンがバビロンの王に情けをかけられて出獄し、王と共に食事をする特権に与りました(列王記下25章27節以下)。

 

 そして、ペルシア王キュロスによってバビロンから解放されたとき、ヨヤキンの孫ゼルバベル(「バビロンの種」の意)が総督として民を率いてエルサレムに帰還しました(エズラ記2章)。そして、エルサレムに第二神殿を再建したのです(同3章)。しかしながら、その後、ダビデの子孫がイスラエルの王となることはありませんでした。

 

 けれども、エゼキエルの預言した「その日」が実現する日が来ます。それは、ヨヤキン(エコンヤ)から数えて十四代目、メシアと呼ばれるイエスの誕生によって成就したのです(マタイ福音書1章12節以下、16,17節)。

 

 主の告げられた言葉は必ず実現します(ルカ1章20,45節)。主の御前に謙り、御言葉に耳を傾けましょう。御言葉に従いましょう。 

 

 主よ、計り知れない深い愛と憐れみにより、独り子キリストをこの世に遣わし、贖いの供え物として十字架につけ、私たちの救いの道をお開きくださって、心から感謝致します。また、御霊の賜物を授け、主の御業のために用いてくださることを感謝致します。常に聖霊に満たしてください。御業のために用いてください。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「わたしはバビロンの王の腕を強くする。ファラオの腕は弱くなる。わたしがバビロンの王の手に剣を与え、彼がそれをエジプトの地に伸ばすとき、彼らはわたしが主であることを知るようになる。」 エゼキエル書30章25節

 

 「主の言葉がわたしに臨んだ」(1節)という言葉は、エジプトに対する主の託宣として記されている29~32章に7回登場しますが、その中で唯一、ここでは日付が記されていません。2節に「その日は近い、主の日は近い。それは密雲の日、諸国民の裁きの時である」と、エジプトを含む周辺諸国の裁きの近いことを告げています。それがいつ告げられたのか、定かではありません。

 

 エジプトと共に裁かれる諸国として、クシュ(4,5,9節、エチオピア)、プト(5節、リビア)、リディア(5節、小アジア西部地域)、クブ(5節、リビア方面)の名が挙げられています。これらの国々は6節にあるとおり、エジプトを支え、協力している諸国ということでしょう。

 

 5節の「その他の同盟国」というのは「契約の地の子ら」(ブネー・エレツ・ハ・ブリート)という言葉です。素直に読めば、アブラハムの子らに与えられると約束された「カナンの地」(創世記17章7,8節)を指していると思われます。つまり、エジプトとその周辺諸国と共に、主なる神の民イスラエルも裁かれると読めます。

 

 20節に「第11年の1月7日」とあります。これは、29章1節の「第10年の10月12日」という日付からほぼ3ヶ月後、第一次バビロン捕囚(紀元前597年)から10年が経過した、紀元前587年4月初旬ごろのことです。

 

 それは、バビロンによってエルサレムの都が包囲されて1年3ヶ月が経過し(23章1節、列王記下25章1節以下参照)、いよいよ都がバビロンの手に落ち、徹底的に破壊されてしまう直前の時期です。すでに捕囚となっているユダの人々にとっても、今エルサレムに残っている人々にとっても、最も不安と動揺が大きい時期です。

 

 当時、ユダの民は、ゼデキヤ王の要請によってエジプトが援軍を送ってくれることに最後の望みをかけていました。自力でバビロンに対抗することは到底出来ることではないけれども、エジプトが加勢してくれれば、周辺諸国と力を合わせれば、バビロンから独立することも可能なのではないかと。

 

 しかるに主は、この希望を完全に打ち砕かれました(20,23章も参照)。預言者エゼキエルは、彼らの期待とは全く逆の託宣を告げます。主なる神は冒頭の言葉(25節)にあるとおり、「バビロンの王の腕を強くする。ファラオの腕は弱くなる」と語られたのです。

 

 それは、思い上がっているエジプトを打つためであり(4,6,8節以下、18節)、そして異教の神々を慕って偶像礼拝を行い、まことの神に頼らず、人を頼みとするイスラエルを裁くためです(5,6節、上述のとおり)。

 

 主はこれらのことを通して、主こそ神であることを知らしめようとしておられます(8,19,25,26節)。イスラエルもエジプトもバビロンも、謙遜と従順が求められているのです。バビロンが強いので、エジプトを滅ぼすことが出来るというわけではありません。主がバビロンの王の腕を強くし、ファラオの腕を弱くされるのです。つまり、すべては主の御腕にかかっているわけです。

 

 イスラエルは、南にエジプト、北はバビロンという強国に挟まれています。自分でその圧力を跳ね返せないので、あるときは南のエジプト、あるときは北のバビロンに援軍を要請して、その場を凌いで来ました。それだけでなく、それらの国々の異教の神を祀ることさえして来ました(8章など参照)。主はそのようなイスラエルの政治、信仰の姿勢を裁かれるのです。

 

 周りに強いものがいて、自分の腕の力が弱いのは、不安でしょう。何とかしなければと思うでしょう。そのための策を練るでしょう。しかしながら、腕の力を強くされるのも弱くされるのも主なる神であられるならば、力の弱いことは問題ではありません。そのようにされている主に信頼するかどうかが問題なのです。

 

 それゆえ、ここでイスラエルがバビロンから解放されるためにすべきことは、エジプトに信頼するということなどではありません。バビロンが主の器としてパレスティナを打ち、エジプトを打つために用いられていることを認め、背きの罪を主の御前に悔い改めるべきなのです。

 

 使徒パウロは、自分のトゲを取り除いてくれるように三度主に願いました(第二コリント書12章8節)。「三度」とは「何度も、繰り返し」という表現で、神が答えてくださるまで、真剣に祈ったということでしょう。あるいはまた、主イエスのゲッセマネでの三度の祈りになぞらえたのかも知れません。トゲが取り除かれることで、もっと宣教の業に励むことが出来ると考えていたのです。

 

 しかしながら、主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(同12章9節)と答えられました。弱さがあるからこそ主を信頼し、主がそこで力を十分に発揮してくださるということであり、そのとき、主が神であられるということが、明らかにされるということです。

 

 それを聞いたパウロは、「だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(同9,10節)と語り、その信仰が強められています。

 

 問題があるとき、まず祈りましょう。問題の解決が自分の手に余るとき、祈りましょう。信じられないで不安になるとき、祈りましょう。主なる神に訴え、叫びましょう。主が最善に導いてくださいます。主は万事を益に変えられるお方なのです。

 

 主よ、今日も私たちと共にいてください。私たちの問題に触れてください。弱い私たちの心に触れてください。私たちの問題に目を留め、解決を与えてくださる主を信じます。私たちの言葉にならない呻きを、聖霊が呻きをもって執り成してくださり、主がすべてをプラスにしてくださることを感謝します。御名があがめられますように。 アーメン

 

 

「もはや、水のほとりの木もすべて丈を高くしえず、梢を雲の間に伸ばしえず、水に潤う木も、高ぶってそびえ立つことはできない。彼らはすべて死に渡され、穴に下る人の子らと共に地の深き所へ行く。」 エゼキエル書31章14節

 

 31章には、預言者エゼキエルに臨んだ、エジプトに対して語られる5番目の主の言葉が記されています。2節で「お前の偉大さはだれと比べられよう」と述べた後、3節以下、エジプトのファラオとその軍勢の偉大さが、レバノンの杉の木にたとえて語られています。以前、エゼキエルは、イスラエルのことをレバノン杉にたとえていました(17章3,22,23節)。

 

 エジプトを示すレバノン杉の丈の高さについて「雲間にとどいた」(3節)、「野のすべての木より高くなり」(5節)と言い、その枝の美しさについて「神の園の杉もこれに及ばず、樅の木も、その大枝に比べえず、すずかけの木もその若枝と競いえず、神の園のどの木も美しさを比べえなかった」(8節)と詠っています。

 

 それほどに成長したのは、「水がそれを育て、淵がそれを大きくした。淵から流れる川は杉の周りを潤し、水路は野のすべての木に水を送った」(4節)から、そして「豊かな水に根を下ろしていたから」(7節)と説明されます。

 

 「淵」(テホーム)は、創世記1章2節、7章11節、8章2節などで「深淵」と訳される太初の海のことです。地下深くに太初の海があり、木の根がそこにまで達したので、それほどに成長することができたというわけです。

 

 この3~9節は、ご覧のとおり詩文であり、預言の言葉とは別に、本来エジプトを讃える歌としてよく知られていたものではないかと考えられています。「神の園エデンのすべての木もうらやんだ」(9節)とは、あたかもエジプトを神であるかのように詠っているようです。

 

 この預言が主からエゼキエルに臨んだのは、「第11年の3月1日」(1節)のことです。それは30章20節に記されている第4の預言の「第11年の1月7日」という日付から2ヶ月後、即ち紀元前587年6月ごろのことです。

 

 それは、イスラエルの都エルサレムがバビロン軍に包囲されて、まさに陥落寸前といったときでした。このことから、「神の園エデンのすべての木もうらやんだ」(9節)という表現は、そのとき、イスラエルがエジプトを頼りとしていたということを指しているようにも思われます。

 

 古代エジプトは、今の科学技術をもってしても驚くほどの高い文明や土木技術を有していました。ナイル川流域の古代遺跡は、3000年以上の時の流れを超えて、今もその文明の高さ、美しさを物語っています。

 

 そんなエジプト帝国が、なぜ倒れたのでしょうか。政治的に、歴史的に、民俗学的に、様々な分析が出来るのでしょうけれども、エゼキエルは「彼の丈は高くされ、その梢を雲の間に伸ばしたので、心は驕り高ぶった」(10節)と、その理由を語っています。

 

 丈が高くなること、即ち、国が偉大になることが問題なのではありません。心の驕り高ぶりが問題なのです。このことは、ティルスに対する託宣の中でも繰り返し語られていました(26~28章参照)。「神は、高慢の者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる」(ヤコブ書4章6節、第一ペトロ書5章5節、箴言3章34節)のです。

 

 神はここにエジプトの驕りを裁かれ、諸国の民の最も強い者の手で杉の大木を切り倒し、山々の上に捨てさせます(11,12節)。その嘆きは、大木が倒されたことだけにとどまりません。この大木の周りには、木陰を求めて多くの民らが憩っていたからです(6,12節)。

 

 また、枝に巣をかけている鳥や根本で子を産む獣もいました(6,13節)。熱い日射を避ける憩いの場、雨露をしのぐ宿り場として木陰を提供していた杉の大木が失われることは、その木のもとで恵みを受けていたものたちにとって大問題です。

 

 だからそれは、実に大きな嘆きとなったことでしょう。エジプトを頼り、その力に期待してバビロンに反旗を翻したイスラエルにとって、自分たちの盾となってくれるはずのエジプトが切り倒されてしまえば、イスラエルもエジプトと同様の目に遭わされることでしょう。

 

 かくて、杉の木が切り倒されたことは、他の木々にも試金石となります。ゆえに、「もはや水のほとりの木もすべて丈を高くしえず、梢を雲の間に伸ばしえず、水に潤う木も、高ぶってそびえ立つことはできない。彼らはすべて死に渡され、穴に下る人の子らと共に地の深き所へ行く」(14節)と語られているわけです。

 

 あらためて、偉大さで賞賛を受けるということは、それを賞賛するものたちに対する責任を負っているという点で恐れを感じます。ドイツ語で賜物を「ガーベ(gabe)」というそうです。そして「上に」を意味する「アウフ(auf)」をつけて「アウフガーベ(aufgabe)」といえば「使命、課題」を意味する言葉になるそうです。神の賜物は、使命、課題を果たすために与えられるということでしょう。

 

 あらゆるものに優る恵みを受けたエジプトには、また多大な課題、使命、役割が主なる神から託されていたというわけです。どこまでも謙遜で職務に忠実であることが、主から求められているということになります。 

 

 しかしながら、誰がこのような責任を果たし得るでしょうか。誰にも出来はしません。ただ一人を除いては。それは、主イエス・キリストです。主イエスは神の独り子ですが、ご自分を無にして人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで従順であられました(フィリピ2章6節以下参照)。その翼のもとにすべてのものを集め、神の御国に入る道を開いてくださったのです。

 

 私たちも主に倣い、自分に委ねられた使命のために、喜び感謝して励む者にならせていただきましょう。そして、主に命じられたことを果たし終えたとき、「わたしは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです」(ルカ福音書17章10節)と報告する僕にならせていただきましょう。

 

 主よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心がこの地上にも行われますように。私たちを清め、御言葉に従っておのが十字架を負い、主の御足跡に続いて歩む者とならせてください。 アーメン

 

 

「『これは嘆きの歌。彼らは悲しんでこれを歌う。国々の娘たちも、悲しんでこれを歌う。彼らはエジプトとそのすべての軍勢のために悲しんでこの歌をうたう』と、主なる神は言われる。」 エゼキエル書32章16節

 

 32章冒頭に、「第12年の12月1日」(1節)とあります。これは紀元前585年2月末頃のことです。エルサレムが陥落したのは紀元前587年ですから、既にその知らせがバビロンにいるエゼキエルら捕囚民のもとに届いていたはずです。この主の言葉は、その後にエゼキエルに伝えられたものということです。

 

 かつて、捕囚民の中には、ゼデキヤ王とイスラエルの民がエジプトなどの支援を受けて、バビロンを打ち破ってくれることを期待する人々がおりました。それによって、自分たちも帰国を果たすことが出来ると考えていたのです。ところが、イスラエルに期待した神風は吹きませんでした。エルサレムは陥落し、町は焼かれ、神殿も破壊されてしまったのです(列王記下25章)。

 

 エゼキエルはここで、エジプトの王ファラオのために嘆きの歌をうたって言えと命じられます(2節)。それは、百獣の王たる「若獅子」になぞらえられるエジプトのファラオは、実は川の中で暴れ回る「水中のわに」のようだと言われます(2節)。

 

 「わに」と訳されている原語は、「タンニーム(ジャッカル)」という言葉ですが、それを「タンニーン(わに、蛇、竜)」と読み替えたものです(29章3節も同様)。主なる神に敵対する怪獣というところでしょうか。

 

 だから、「水中のわに」なるエジプトを、網で捕らえ(3節)、野に投げ捨て、地上の獣に食べて飽かせ(4節)、肉を山に捨て、谷を満たし(5節)、同様に流れ出た血を山に注ぎ、谷間を満たし(6節)、天体が光を失ってエジプトの地を闇で覆う(7,8節)というのです。

 

 31章3節で「レバノンの杉の木」にたとえられ、偉大さ、美しさがたたえられていたエジプトですが(同2節以下)、驕り高ぶって主に裁かれ(同10節以下)、「諸国の最も凶暴な民である異国人が彼を切り倒し、山々の上に捨てる。その枝はすべての谷間に落ち、若枝は切られて地のすべての谷を埋める」(同12節)と言われていました。

 

 血の災い、暗闇の災いというのは、出エジプトの際に襲った災いを思わせます(出エジプト記7章14節以下、10章21節以下)。出エジプトの際には、それらの災いの後に、主がエジプトのすべての初子を打たれるという最後の災いが臨みました。今回も、エジプトを滅ぼす最後の災いとして、エルサレムを陥落させた「バビロンの王の剣」がエジプトに臨みます(11節)。

 

 エジプトには人も家畜もいなくなり(13節)、荒れるにまかされます(15節)。そして、それらのことが起こったとき、人々は主こそ神であられることを知るようになり(15節)、2節以下の「嘆きの歌」が歌われるようになるというのです(16節)。 

 

 ところで、捕囚の民は、この歌をどのような思いで聞いていたのでしょうか。このときはまだ、エジプトがバビロンとの戦いに敗れてしまったわけではありません。滅んでしまってはいません。エルサレムは破壊されたとしても、エジプトさえ健在ならば、まだエルサレムの町は再建出来る、エジプトが倒されることなどあり得ないと考えて、一縷の望みを抱いていたのでしょうか。

 

 それとも、エルサレムが破壊されてしまった以上、自分たちにもはや希望はない、エジプトがどうなろうと、それは知ったことではないと思っていたでしょうか。あるいはまた、エルサレムのための嘆きにエジプトのための嘆きが加えられて、いよいよ絶望的になっていたでしょうか。

 

 捕囚とされているユダの民は、今このように諸国の民に向かって語られる主の託宣を聞きながら、大切なことを学ばされています。それは、イスラエルの神は、世界の主であられるということであり、また、世界の歴史の背後に、イスラエルの神の御手が働いているということです。そしてそれは、主がイスラエルの民の都合のよいように働かれるということではありません。

 

 イスラエルの民だけでなく、世界中で蔑ろにされている主の秩序、神の平和を回復するために、時にイスラエルを選び、あるときはエジプト、またあるときはバビロンを選んで用いられるということです。そして、主の意に沿わなければ、いかに主の選びの民であっても、はたまたどんな大国といえども、その御前から退けられてしまうということです。

 

 ただ、主なる神が、「人の子よ、エジプトの王ファラオに向かって嘆きの歌をうたい、彼に言いなさい」(2節)と語っておられますが、捕囚としてバビロンにいるエゼキエルが、エジプトのファラオに直接この歌を届け、主の託宣を告げることは不可能でしょう。

 

 これは、バビロンに捕囚となっているユダの民に向かって、主の裁きの言葉がエジプトの上に成就して、この言葉を語られたお方が主なる神であられることを、ユダの民が知るようにと、ここに記されているのです。

 

 そしてそれは、今まさにエゼキエルの歌う嘆きの歌を聴いている捕囚の民が、今ここで主の御言葉に耳を傾け、悔い改めて心から主の導きに従って歩み出すならば、かつて、イスラエルの民を神の選びの民、宝の民としてエジプトから脱出させられた主は(出エジプト記19章5,6節)、バビロンからの解放をお与えくださり、イスラエルを再建させてくださるでしょう。

 

 それは、イスラエルを神の道具として大きく用いられるためです。そして、そのためにこそ、主の御言葉が預言者エゼキエルに臨んでいるのです。

 

 私たちも、日毎に主の御言葉を心に留め、御心に従って歩ませて頂きましょう。

 

 主よ、日ごとに御言葉を聴かせてください。御言葉を姿見として、おのが信仰の姿勢を省み、絶えず正しい道に戻らせてください。主の御心を悟り、御業に励む者としてください。聖霊に満たし、その力を受けて地の果てまで主の深い愛と憐れみの証し人として用いてください。 アーメン

 

 

「民は来て、あなたの前に座り、あなたの言藁を聞きはするが、それを行いはしない。彼らは口では好意を示すが、心は利益に向かっている。」 エゼキエル書33章31節

 

 預言者エゼキエルが、再びイスラエルについて預言を始めました。24章で自分の妻の死を通してエルサレムの陥落と神殿の破壊を預言して以来、諸国民に対する預言が続いて、イスラエルについての言葉が中断されていました。今ここで、再びエゼキエルに主の言葉が臨みました(1節)。

 

 21節に「我々の捕囚の第十二年十月五日に、エルサレムから逃れた者がわたしのもとに来て言った。『都は陥落した』と」という言葉があります。ということは、2節以下の主の言葉は、24章15節以下にある妻の死を通しての象徴的行為預言から、33章21節以下のエルサレム陥落の報告に対する主の託宣までの間に、エゼキエルに臨んだ言葉ということになります。 

 

 主はエゼキエルに、「わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたが、わたしの口から言葉を聞いたなら、わたしの警告を彼らに伝えねばならない」(7節)と言われます。これは、3章17節に語られていたのと同じもので、それが繰り返されているということは、改めてエゼキエルを見張り人(主の警告を告げる預言者)として主が召しておられるわけです。

 

 3章では、ゼキエル個人に向けて語られていたものですが、この箇所では、見張り人の責任や、その警告に従うべきことが、民に向かって語られます(2節以下)。捕囚の民が見張り人の使命を理解し、それに協力することが求められているのです。

 

 見張り人が警告の角笛を吹いたとき、兵士たちは武器をとって城壁の防御を固め、住民たちは安全な場所に身を隠さねばなりません。おのおのが自分の責任を自覚せず、その定めを実行することを疎かにするなら、町を守ることができません。一人の人物の行為が他者に、時には全体に、大きな影響を与えることになります。各自に授けられた使命は、他者に対する責任を伴っているわけです。

 

 これまでエゼキエルは、真の神に頼らず、異教の神々を礼拝し、また、エジプトの軍隊に依り頼んでいるために、主の裁きとしてバビロン軍がエルサレムに攻め上り、滅ぼそうとしていること、周辺諸国、就中エジプトも裁きを受けようとしていることを警告して来ました。しかしながら、それをしっかり受け止め、主の御声に聴き従おうとする者はほとんどいなかったようです。

 

 改めて見張り人として召されたエゼキエルは、これから、どのようなことを民に告げ知らせることになるというのでしょうか。勿論、ここに具体的な出来事が想定されているわけではありませんが、捕囚後の未来に向かって、新しい役割が与えられようとしているということでしょう。 

 

 捕囚の民が、「我々の背きと過ちは我々の上にあり、我々はやせ衰える。どうして生きることができようか」(10節)と言っていました。捕囚となった原因を「我々の背きと過ち」と考え、それが主に裁かれて亡国の憂き目を見たのであれば、もはや生きる希望はないというのです。

 

 しかるに主なる神は、「わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか」(11節)と言われます。イスラエルの民が悔い改めて神に立ち帰るなら、彼らには生きる道が備えられます。希望があるのです。

 

 一方、エルサレム陥落の報告を受けたとき、エゼキエルに臨んだのは厳しい言葉でした。エルサレムの廃墟にいる者たちは必ず剣に倒れ、野にいる者はすべて獣の餌食となり、砦と洞穴にいる者は疫病によって死ぬ(27節)、そして、その地は荒廃し、そこを通る者もなくなるというのです(28節)。

 

 このように厳しく語られるのは、エルサレムの滅亡したわけを理解せず、アブラハムの契約をたてに、「アブラハムはただひとりのとき、この土地を所有していた。我々の数は多い。我々にこの土地は所有として与えられている」(24節)と、なお土地の回復と繁栄を期待しているからです。

 

 彼らは、主が忌み嫌われることを行い、それによって滅びを招いていながら(25,26節)、どうしてアプラハムの契約を主の前に持ち出せるのでしょうか。自分自身の罪に対する鈍感さが、彼らを愚かにしているのです。

 

 捕囚の民は、「さあ、行って、どんな言葉が主から出るのか、聞こうではないか」(30節)と、エゼキエルの語る言葉を聞きに来ました。かつて、「イスラエルの家は、あなたに聞こうとはしない」(3章7節)と言われていましたが、エゼキエルの預言どおりにエルサレムが滅ぼされたのを見て、これから何があるのか聞いてみようと人々が言い始めたわけです。

 

 表面的に見れぱ、状況が良い方向に変わってきたように思われます。けれども主は、「民は来て、あなたの前に座り、あなたの言葉を聞きはするが、それを行いはしない。彼らは口では好意を示すが、心は利益に向かっている」(31節)と告げておられます。

 

 この期に及んでなんと愚かなことと思いはしますが、しかし、自分の危機に気づかない愚かさというのは、決して他人事ではありません。その愚かさゆえに、真剣に主の御言葉を聞こうとしませんし、今それで不自由がなけれぱ、それでもよいのです。

 

 この愚か者とは、だれでもない私のことです。私はすぐに愚かになります。鈍感になります。怠け者になるのです。御言葉の前を離れると、自分の姿を忘れてしまいます(ヤコブ書1章23,24節)。

 

 だからこそ、絶えず主の御前に謙り、主を畏れてその御言葉に聴き従いましょう。主の弟子として日々主の御言葉を聞き、そこにとどまる者は、真理を知り、真理は私たちを自由にするのです(ヨハネ福音書8章32節)。

 

 主なる神よ、どうか私たちの耳を開いてください。絶えす御声を聴くことが出来ますように。どうぞ私たちの心を清めてください。「悪人が死ぬのを喜ぱない」と仰ってくださるあなたの御心を深く悟ることが出来ますように。 アーメン

 

 

「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる。」 エゼキエル書34章23節

 

 34章には、イスラエルの牧者たちに対する裁きが預言されています。2節で「イスラエルの牧者」と呼ばれているのは、王をはじめとする、イスラエルの民を守り養う役割、責任を主なる神から委ねられている政治的、宗教的な指導者たちのことです。

 

 エレミヤ書23章1節以下にも同様の預言があります。もしかすると、エゼキエルがまだエルサレムにいた頃に実際に耳にしたかも知れませんし、バルクが書き記したエレミヤの預言を目にしたかも知れません。そして、同様の預言が再びエゼキエルに示されたわけです。

 

 詩編23編には、羊と牧者との素晴らしい信頼関係を見出します。それは、牧者が絶えず羊と共にいて、体をはって羊を守り、鞭と杖で羊を正しい道に導くからです。そこに詠われている牧者とは、主なる神ご自身のことです。そして主なる神は、王や祭司たち指導者を、ご自分の代務者、いわば副牧者として立て、ご自分の群れを彼らの手に託されたわけです。

 

 けれども、彼らがその務めを果たさないどころか、自分自身を養うために群れを利用したと言われます(2,3節)。それは、羊の乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた羊を屠って食べながら(3節)、自分自身を養ったということです(8節)。

 

 それなのに、「弱いものを強めず、病めるものをいやさず、傷ついたものを包んでやらなかった。また、追われたものを連れ戻さず、失われたものを捜し求めず、かえって力ずくで、過酷に群れを支配した」(4節)と言われるごとく、牧者としての務めをまったく果たさないので、群れは野の獣の餌食となり、野に山に、散り散りになってしまいました(5節)。

 

 つまり、イスラエルの指導者たちがその地位を利用して私腹を肥やし、利益をむさぼりながら、指導者としての役割を全く果たしていなかったということになります。それは、羊の毛についた寄生虫のようなもので、民の指導者でも保護者でもなかったわけです。 

 

 そこで、主なる神は群れを牧者たちから取り上げ、もはや牧者たちの餌食とはさせない(10節)、主自ら牧者となって群れを探し(11節)、散らされた場所から救い出し(12節)、よい牧草地に導き、養うと言われるのです(13~16節)。即ち、主はもう一度、詩編23編に詠われているような、羊と牧者との間に素晴らしい信頼関係を回復したいと考えておられるのです。

 

 また、主なる神は肥えた、強い羊をも裁かれます。彼らが小さいもの、弱いものを押しのけ、突き飛ばし、外へ追いやったからです(16節以下、21節)。指導者たちが主に裁かれていましたが、羊たち自身にも非難されるべき問題があったのです。

 

 主は「失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする」(16節)ために、冒頭の言葉(23節)のとおり、「一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる」と言われました。これは、ダビデのように主の御心にかなう牧者が立てられ、その群れを牧するようになるという預言です。

 

 そして、主なる神はご自身の独り子、主イエス・キリストをダビデの子孫としてこの世に送り、牧者としてお立てになりました。主イエスは「わたしは良い羊飼いである」と言われました(ヨハネ福音書10章11節)。

 

 そして、「わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」(同10節)、「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(同11節)と仰っておられます。ここに、エゼキエルの語った預言が実現しています。

 

 そしてまた、主なる神は、御自分の羊の群れのために悪い獣をその土地から断ち(25節)、季節に従って雨を降らせます(26節)。野の木は実を結び、地は産物を生じるので、群れはそこで安んじていることが出来ます(27節)。

 

 これは、主なる神がその群れの神となり、彼らがその民となるという、主とイスラエルの群れとの契約があらためて結ばれたことを示しています(24,25節)。捕囚の民となったイスラエルに向かい、エゼキエルをとおして、ここに新しい契約についての主の言葉が語られています(エレミヤ書31章31節以下参照)。

 

 私たちの主は、一匹の迷い出た羊を見つけるまで探し、見つけると肩に担いで連れ戻してくださる方であり(ルカ福音書15章)、傷ついたものを宿に運び介抱される主(ルカ10章30節以下)です。今日も真の主を仰ぎ、主の御声に従って参りましょう。そこに癒しがあります。そこに平安があります。そこに力があります。

 

 主よ、御言葉を感謝します。今日も私たちの先に立ち、また私たちのしんがりを守って共に歩んでくださることを感謝します。私たちを上から恵みで覆い、下から強く支えてくださることを感謝します。いよいよ主の御名を崇めさせてください。主のご栄光を褒め称えさせてください。 アーメン

 

 

「お前が彼らを憎んで行った怒りとねたみに応じて、わたしもお前に行う。わたしがお前を裁くとき、わたしは彼らに知られるようになる。」 エゼキエル書35章11節

 

 35章には、セイル山に対する託宣が記されています。セイル山とはエドムのことを指しています(創世記36章8節)。セイルの山地にエサウの子孫エドム人が住んでいました。エサウは、イサクの息子ヤコブと双子の兄です(同25章24節以下)。

 

 「先に出てきた子は赤くて、全身が毛皮の衣のようであったので、エサウと名付けた」’同25節)とあります。「赤くて」(アデモニ)はエサウの別名エドム、「毛皮」(セアル)はエサウとその子孫が住み着いたセイルと結び付いていますが、「エサウ」と名付けた理由は、この文章からは判然としません。

 

 エサウがエドムと呼ばれた所以について、ヤコブのレンズ豆を、その「赤いもの(アドム)」を食べさせて欲しいと願ったからと、創世記25章30節に説明されています。エドム人は、イスラエルと国境を接する死海の南東部、セイルの山地に住んでいました。

 

 エドムに対する裁きについて、25章12~14節に既に語られていましたが、ここでは、36章でイスラエルの回復が語られるのに対比する目的で、エドム全地が裁かれ、廃墟となると告げられます。

 

 エドムが裁かれるのは、彼らがバビロン軍の尻馬に乗ってエルサレムを滅ぼすことに加担したからです(5節、オバデヤ書10,14節参照)。さらに、イスラエルをおのが領土にしようと狙って、「『この二つの国、二つの土地はわたしのものとなる。我々はそれを占領する』と言ったからである」(10節、36章2,5節)と説明されています。

 

 イスラエルを裁くために、主はバビロンを御自分の器として用いられますが、その意味で、エドムは主に選ばれた器ではなかったということが示されます。主は冒頭の言葉(11節)のとおり、彼らの憎しみと妬みによる悪行に応じ、エドムに対して同じように行うと言われます(オバデヤ書15節参照)。

 

 エドムがイスラエルに対して敵意、憎しみを持っていることは理解出来ます。もともとはイサクの双子の兄弟エサウとヤコブの問題でした。兄エサウ(=エドム)は弟ヤコブ(=イスラエル)によって長子の権を奪われ(創世記25章27節以下)、次いで神の祝福を奪われました(27章)。エサウは、父の死後、ヤコブを必ず殺すと決意する事態になりました(同27章41節以下)。

 

 その後、兄弟は和解したようですが(同33章)、しかし、ヤコブはエサウと同じ道を行かず、エサウはセイルへ帰り(同16節)、ヤコブは後でゆっくりセイルのエサウのもとに行くと言いながら(同14節)、スコトへ行き(同17節)、そしてシケムの町に着いて、町の傍に宿営しました(同18節)。

 

 ダビデ時代、イスラエルは銅山と紅海(アカバ湾)に出る港を手に入れるためにエドムを侵略し、支配しました(サムエル記下8章13,14節)。列王記上9章26節にエツヨン・ゲベルという地名が出て来ますが、ここには銅の精錬所がありました。ここで青銅を作り、神殿や宮殿の建築に用いたのです。また、ソロモンはここに良い港を作りました。

 

 かつて、出エジプトの民が、エジプトから約束の地カナンに入るために、ここを通ったことがあり、陸路でも重要な宿営の町でした(民数記33章35節)。つまり、ここは陸と海の要となる町だったわけです。

 

 このようなイスラエルによる侵略と支配に対して、エドムの憎悪が深まったことでしょう。ですから、バビロンがイスラエルに攻めてきたとき、エドムはバビロンの側についてエルサレム攻略の軍に加わったわけです。それによって、積年の恨みを晴らしたかったことでしょう。

 

 けれども、そのような憎しみや妬みは、良いものを産み出しません。絶えず争いを産み出します。報復の連鎖から容易に抜け出すことが出来ず、それは結局、自らの滅びとなってしまうのです。

 

 9.11同時多発テロ以降のアメリカとアフガン、イラクの戦争、現在にも続く紛争状態が、それを雄弁に物語っています。イスラエルとパレスティナの争いにシリアの内戦、そしてそれらにISという組織も絡んで、世界各地でテロが勃発するようになり、国際社会は混迷を深めています。

 

 やられたらやり返せという論理は分かりやすいけれども、そこに真理はありません。報復に報復が繰り返されるだけです。しかもそれは、拡大していくばかりです。勿論、主なる神がそれを喜ばれるはずがありません。戦争によって主の祝福を勝ち取ることは出来ないのです。

 

 近年の北朝鮮の振舞いは常軌を逸していますが、近隣諸国を敵視して、自国の繁栄を勝ち取ることはできません。実際、経済的にかなり厳しいものがあるでしょう。現在の国内情勢が分かりませんが、国民生活よりも軍事を最優先するというのは、かつての日本が一億玉砕と言っていたのと同じ状況ではないでしょうか。

 

 中国も、米国との貿易摩擦の問題、香港や台湾の問題、東シナ海の油田開発や尖閣列島を巡る領土・領海の問題、ASESN諸国との領土の問題など、様々な摩擦を抱えています。背景に国内事情があるのかも知れませんが、他国に対して力をもって対峙しようとすれば、不慮の事態を招きかねません。

 

 我が国政府は、アメリカの要求に応え、東南アジアのそのような情勢を利用して、戦争する国作りを加速しようとしています。積年の重要課題である拉致被害者の救出をどうしようとしているのでしょうか。政府関係者の言動を見ていると、およそ、そのようなことは念頭にないと言わざるを得ない状況です。

 

 歴史に学ばずして、どうして平和な国際社会を作ることができるでしょうか。現在、日本には歴史的に類を見ない素晴らしい憲法が与えられています。すべての国が同様の憲法を持てば、世界中から戦争をなくすことができます。

 

 「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」(イザヤ書2章4節)とイザヤは預言しました。主の御言葉が実現するよう、祈りましょう。

 

 主よ、どうかキリストにある平和が、全世界に実現しますように。キリスト教会が全世界の平和の道具として、主に用いられますように。私たちの心の中から、憎しみや妬みなどが追い出され、キリストの愛と平和が心を満たしますように。 アーメン

 

 

「わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。」 エゼキエル書36章26節

 

 36章では、イスラエルの山々の繁栄の回復が語られます。これは、35章でセイル山に対して裁きの預言が語られていたことに対応しています。それは、セイル山と表現されたエドムが、イスラエルに対して悪をなしたことに対する主の裁きでした。

 

 また、前に6章でイスラエルの山々に対する裁きの預言を読みました。6章と36章をあわせて読むと、神の御心が伝わってきます。

 

 イスラエルの民は、主の宝の民、祭司の王国、聖なる国民として選ばれました(出エジプト記19章5,6節)。彼らは、イスラエルを選ばれた主なる神こそ、唯一、真の神であることを全世界に示さなければなりませんでした。その方法とは、主の御声に聴き従うということです。

 

 イスラエルが裁かれたのは、この使命を疎かにし、かえって異教の神々を祀るという背きの罪を犯し、派閥争いで流血の事態を生じていたからです。そのことを17節で「イスラエルの家は自分の土地に住んでいたとき、それを自分の歩みと行いによって汚した」と記しています。それゆえ、神の憤りが彼らの上に注がれたのです(18節)。

 

 その結果、イスラエルの民は国々の中に散らされ、諸国に追いやられました(19節)。即ち、北イスラエルはアッシリアに、南ユダはバビロンに滅ぼされ、それぞれ捕囚とされてしまいました。エルサレムに残された者も、その後、エジプトなどへ四散させられてしまったのです。

 

 そういう経験をしたから、イスラエルが主なる神の御前に悔い改めたというわけではありません。「彼らはその行く先の国々に行って、わが聖なる名を汚した」(20節)と言われるとおりです。

 

 ところが、ここから思いがけない展開を迎えます。主の裁きを受けて四散させられてなお悔い改めず、御名を汚しているイスラエルを、さらに厳しく裁いて滅ぼしてしまおうとはなさらないのです。その時主なる神は、「わたしは、イスラエルの家がその行った先の国々で汚したわが聖なる名を惜しんだ」(21節)と言われました。

 

 そこで、「わたしはお前たちのためではなく、お前たちが行った先の国々で汚したわが聖なる名のために行う。わたしは、お前たちが国々で汚したため、彼らの間で汚されたわが大いなる名を聖なるものとする。わたしが彼らの目の前で、お前たちを通して聖なるものとされるとき、諸国民は、わたしが主であることを知るようになる」(22,23節)と、イスラエルの家に告げさせられます。

 

 即ち、主に背き続け、繰り返し罪を行ったイスラエルの民を、もう一度主なる神の選びの民としてたてることで、ご自身の名を聖とされるというわけです。それは、主なる神が聖なる方であることを示すことができるようになったからというのではなく、主ご自身がイニシアティブをとって、イスラエルの民に主の御名が聖であることを表させるというのです。

 

 それは、イスラエルの民の内側からの変革です。そのためにまず、清い水が振り掛けられます(25節)。それは、イスラエルの罪を清める水です。そして、冒頭の言葉(26節)のとおり、心が変えられるように、新しい霊、即ち、新しい命が授けられます。頑なで真理を悟ることも信仰を保つこともできなかったイスラエルの民が、主なる神に聴き従う柔らかな心を持つようになるのです。

 

 主は彼らを先祖に与えた地に住まわせ、イスラエルの家が主の民となり、主がイスラエルの神となられます(28節、11章19節参照)。それは、イスラエルと主なる神との間に新しい契約が結ばれるということです。それが、イスラエルの家を主の民とされる神の御業ですが、そのためには、イスラエルの家は亡国と捕囚という苦難を通らなければならなかったのです。

 

 主イエスが、「人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」(ヨハネ福音書3章3節)と言われ、さらに、「だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」(同5節)と言われました。これは、エゼキエルが語った言葉が、主イエスによって確認されているようです。

 

 今、捕囚の苦しみの中にいるユダの民にとって、この預言は彼らに大きな希望を与えたことでしょう。辛いことがあっても、希望があれば乗り越えることが出来ます。辛いとき、私たちは十字架の主イエスを仰ぎます。主イエスが私たちを癒し、慰め、助けてくださいます。

 

 「辛い」という字と「幸せ」という字をよく見てください。よく似ています。「辛い」という字の上に十字架を置くと「幸せ」という字になるのです。辛い人が主の十字架を仰ぐと幸せになるという、偶然などという言葉では済ませられない、キリストの福音が示される文字ですね。

 

 私たちに新しい心を与え、新しい霊を授けてくださる主を信頼し、絶えずその御声を聴きましょう。

 

 主よ、私たちに新しい心を授けてください。石のように冷たく固い心ではなく、柔らかなみずみずしい心、人の痛みの分かる心を授けてください。キリストの愛が人々の心を満たしますように。全世界に、キリストによる平和がありますように。 アーメン

 

 

「これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。」 エゼキエル書37章4,5節

 

 37章には、預言者エゼキエルが主の霊に導かれて見た幻が記されています。

 

 そのときエゼキエルが見たのは、無数の骨でいっぱいになっている谷でした(1節)。その骨は、「甚だしく枯れていた」(2節)と言われます。触っただけで壊れてしまうような状況ということです。主なる神はこれを、「これらの骨はイスラエルの全家である。彼らは言っている。『われわれの骨は枯れた。われわれの望みはうせ、われわれは滅びる』と」(11節)と解説しておられます。

 

 この言葉から、エゼキエルがこの幻を見たのは、エルサレムが陥落したという報告が届いた第12年10月5日(紀元前585年1月ごろ、33章21節以下参照)以降だと思われます。つまり、バビロンで奴隷生活を送っている捕囚民にとって、エルサレムが陥落したという報せは、すべての希望が断たれたことを意味していたのです。

 

 彼らは、エルサレムには壮麗な神殿があり、そこに主なる神がおられて、最後にはイスラエルを救ってくださるに違いないと考えていました。そしてまた、エジプトや周辺諸国の支援を受けて、バビロンを滅ぼしてくれるものと期待していたのではないでしょうか。

 

 しかし、エジプトの援軍はエルサレムに届かず、イスラエルのために神風は吹かないまま、ついに命運つきたかたちで都が陥落し、ゼデキヤ王は捕虜となってしまったのです(列王記下25章1節以下)。その報せを受けた捕囚の民は、まさに生ける屍というような精神状態になっているわけです。

 

 主なる神は預言者エゼキエルに、その骨に向かって冒頭の言葉(4節)のとおり「枯れた骨よ、主の言葉を聞け」と語らせます。主の御言葉こそ、私たちの道の光であり、その歩みを照らす灯です(詩編119編105節)。御言葉は私たちに命を得させます(同119編25,107節)。

 

 私たちは、四方から苦しめられても行き詰らず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされません(第二コリント4章8,9節)。主が前からも後ろからも私たちを囲み、御手を私たちの上に置いて恵みを与えてくださるからです(詩編139編5節)。

 

 主はさらに続けて、「見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。するとお前たちは生き返る」(5節)と語らせられました。初めに神が人間をお創りになるとき、土の塵で人を形づくられた後、その鼻に命の息を吹き入れられると、人は生きる者となりました(創世記2章7節)。枯れた骨に霊を吹き込むというのは、もう一度神の息を吹き込んで、枯れた骨を生き返らせようとされることです。

 

 エゼキエルが主の命じられたとおり預言すると、骨が組み合わされ、筋と肉が生じ、皮膚が覆いました(7,8節)。さらに霊に預言すると、霊が彼らの中に入り、生き返りました(9,10節)。この幻は、希望を失い、落胆していた民が、新たな希望を与えられ、御言葉に聴き従う真の神の民が再創造されるということを示しています。

 

 主イエスがお甦りになって弟子たちにそのお姿をお見せになったとき、彼らに息を吹きかけながら、「聖霊を受けなさい」、と言われました(ヨハネ福音書20章22節)。これは、神の息を吹き込まれて人が生きる者となったことになぞらえ、主の弟子たちが聖霊の息吹を受けて、世界宣教の使命に生きる者とされたことを示しているのです(同21節、使徒言行録1章8節参照)。

 

 私たちの真の希望は、まさしく主なる神にあります。主が御言葉を通して、私たちに信仰を与えてくださいます(ローマ書10章17節)。希望を与えてくださいます。それにより、苦難をさえ喜びとすることが出来ます。それは、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです(同5章1~5節)。

 

 聖霊は、私たちの救いの保証であり(第二コリント書1章22節、私たちが神の子とされていることを、証明してくださいます(ガラテヤ書4章6節)。また、弱い私たちのために呻きをもって執り成し(ローマ書8章26節)、それによって万事が益となるようにされます(同8章28節)。

 

 主の御言葉を聞きましょう。心を聖霊に満たして頂きましょう。

 

 主よ、絶えず私たちに御言葉を与えてください。私たちの心を聖霊で満たしてください。主は、求める者によいものを、特に聖霊をお与えくださると約束してくださいました。約束通り、求めたものは既に与えられたことを信じて感謝します。 アーメン

 

 

「主なる神はこう言われる。メシェクとトバルの総首長ゴグよ、わたしはお前に立ち向かう。」 エゼキエル書38章3節

 

 38,39章には、マゴグのゴグに対する預言が記されています。マゴグについて、創世記10章2節、歴代誌上1章5節に、ヤフェトの子孫と記されています。カスピ海と黒海の間のコーカサス地方のどこかにあったと考えられています。

 

 2,3節でゴグのことを「メシェクとトバルの総首長」と言っています。メシェク、トバルは小アジア南東部の地域、あるいはそこに出来た国家のことです(新共同訳聖書巻末付録地図1「聖書の古代世界」参照)。エゼキエルの時代、メシェク、トバルのある地域を支配していたのはバビロンのネブカドレツァルです。だから、マゴグがバビロン、ゴグはネブカドレツァルということになります。

 

 これまで何度もバビロンとネブカドレツァルに言及してきたエゼキエルが、ここでそれをマゴグとゴグと言い換える理由はよく分かりませんが、エゼキエル書中にバビロンの裁きについては全く触れられていないので、あるいは、バビロンの捕囚であるエゼキエルが、バビロンの裁きをその名前で記すことはできなかったということなのかも知れません。

 

 37章において、「枯れた骨の復活」の幻を通して神の民イスラエルの回復が語られました。そしてこの預言のとおり、ペルシアのキュロス王により、捕囚の民はバビロンから解放されてエルサレムに戻り、神殿を建て直し、国を復興することが出来ます(歴代誌下36章22節以下、エズラ記1章1節以下)。

 

 そのとき、バビロンを滅ぼして新しい盟主となったペルシアの他、イスラエルの脅威となる国々が周囲に存在しています。そうした脅威に対して、イスラエルは「囲いのない国」、「城壁もかんぬきも門もない」、つまり、自分で自分を守る術を持たない国です(11節、ネヘミヤ記1章3節参照)。

 

 エルサレムの都はバビロンによって攻め落とされ、町は一度破壊され、焼かれて廃虚とされました(列王記下15章8節以下)。けれども、再び人が住むようになり(エズラ記1章5節以下、、神殿が再建され(同3章1節以下、6章14,15節)、城壁も築き直されていくようになるのです(ネヘミヤ記3章1節以下)。

 

 周囲の脅威が取り除かれたのではありません。攻めて来る国がなくなったからでもありません。城壁もかんぬきも門もないことに目をつけて、襲ってくる敵があります。それが、マゴグです。

 

 それが上述のようにバビロンを示すものであるとすれば、それは実現不可能です。というのも、捕囚の民が解放されてバビロンからエルサレムに戻ることができたのは、ペルシアによってバビロンが滅ぼされたからです。だから、バビロンがまだ「城壁もかんぬきも門も」ないエルサレムに攻め上って来ることはあり得ないのです。

 

 ということは、どこと名指ししているのではなく、無防備に見えるエルサレムを襲い、戦利品を奪って欲しいままに略奪しようとしてやって来るものの総称をマゴグと呼び、その指導者・王をゴグと呼んでいると考えたらよいでしょう。

 

 黙示録20章8,9節に「(サタンが)地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。その数は海の砂のように多い。彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ」と記されています。エゼキエルの預言が、ここに黙示として提示されているようです。

 

 マゴグとゴグが併記されるのは、エゼキエル書38章2節と黙示録20章8節の2箇所だけです。こう見ると、歴史的事実を指すというよりも、両者とも終末的黙示的な預言と言ってもよいのかも知れません。 

 

 ところで、襲って来る者がいるけれども、今自分で自分を守る術がないとしたら、そのようなとき、あなたはどうしますか。とりあえず、頑丈な城壁を築きたいと思うでしょう。より強力な軍備を持ちたいと考えるかもしれません。

 

 かつて、北朝鮮が核で武装するなら、その対抗上、韓国に核兵器の配備をと、非核三原則の国是に反することを日本の国務大臣が言って、物議を醸したというニュースが流れたことがあります。今はむしろ、日本も核を保有すべきだという考え方をする政治家も、決して少なくないと思われます。そう考えるのが当然なのでしょうか。そうすべきなのでしょうか。

 

 北朝鮮による拉致被害というのは、まさに、囲いのない国で安らかに生活していた日本人に目をつけた、非道な行為です。それについて、国として、毅然とした対応を求めるのは当然と言わざるを得ません。ただ、80年前、アメリカの経済封鎖により、我が国は太平洋戦争へと突き進みました。それと同じ愚を繰り返さないよう、慎重に対応して欲しいと思います。

 

 聖書は、そこに主なる神がおられるというのです。マゴグの王ゴグに対して、冒頭の言葉(3節)で「わたしはお前に立ち向かう」と言われました。

 

 主は、イスラエルが囲いのない国、城壁やかんぬきや門がない国であることをご存知です。そして、そのような中で安らかに生活している民に目をつけて、略奪をほしいままにしようと目論む者がいることもご存知です。そこで主がゴグに立ち向かい、イスラエルを守ってくださるというのです。

 

 神様が味方してくだされば、それ以上に心強いことはありません。「もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか」(ローマ書8章31節)と、パウロが語っているとおりです。

 

 主イエスは、「わたしは羊の門である」(ヨハネ10章7節)と言われ、また、「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる」(同11節)と言われました。主イエスが私たちの囲い、閂のある門となり、私たちを守るために命を捨ててくださるというのです。

 

 どんなときにも主に信頼し、御言葉に聴き従いましょう。軍事力によらず対話と協調で国政平和に貢献する国であり続けるよう、為政者たちのために祈りましょう。

 

 私たちの羊飼いとして、囲いとなり、門となってくださる主なる神様、心から感謝し、御名を褒め称えます。今日も私たちを御名のゆえに正しい道に導いてくださることを感謝します。私たちが道を外れないよう、絶えずお守りください。為政者たちが真理の道、平和の道を歩む舵取りをすることができるよう、お導きください。全世界にキリストの平和がありますように。 アーメン

 

 

「今やわたしはヤコブの繁栄を回復し、イスラエルの全家をわが聖なる名のゆえに熱い思いをもって憐れむ。」 エゼキエル書39章25節

 

 38章に続いて39章にも、「メシェクとトバルの総首長ゴグ」(1節)に対する預言が語られています。「メシェクとトバル」はキリキア地方の町であり、総首長ゴグとは、キリキア地方を支配下に治めていたバビロンの王ネブカドレツァルを指していると思われるが、城壁もかんぬきも門もないことに目をつけて、イスラエルを襲って来る敵の総称だろうと、前章で学びました。

 

 主なる神は、ゴグを徹底的に裁かれます(3節以下)。イスラエルに攻め寄せた軍隊は、山や野で倒れ、猛禽や野の獣の餌食となります(4,5節)。彼らの国マゴグと海岸地方には、火を送ると言われます(6節)。

 

 民は、廃棄された武器を薪として7年間燃やし続けます(9,10節)。そして、侵入者たちの埋葬には7ヶ月を要し、谷が死者で埋め尽くされると言います(11節以下)。戦いに動員された人の多さ、そこで使用された武器の多さを知らされます。

 

 通常、武器は次の戦いのためにとっておかれるものでしょう。武器を燃やすということは、戦いが終結したということであり、ここに敵の勢力は完全に敗北し、滅んでしまいました。燃やされた武器には、イスラエルの民が持っていたものも含まれているでしょう。

 

 武器を火で燃やすので、「野から木を取ってくることも、森から薪を集めることもない」(10節)と言われているということは、武器が戦いのためでなく、日々の生活に必要なものとして使用されるということです。かくて、イスラエルに終末的な平和が訪れるのです。

 

 冒頭の言葉(25節)に、「ヤコブの繁栄を回復する」という言葉があります。これは、象徴的な意味を持つ言葉です。イサクの子ヤコブは、かつて長子の権と父の祝福を、双子の兄エサウから奪い取り(創世記25章27節以下、27章1節以下)、その怒りを買っため(同27章41節)、叔父(母リベカの兄)ラバンの住む、遠くパダン・アラムのハランの地に逃れます(同43節、28章2,5節)。

 

 ベエルシェバからハランまで約800㎞、故郷を離れて一人、徒歩で北の国への逃避行です。それは、どんなに心細いものだったでしょう。「後悔先に立たず」とはまさにこのことか、と思い知らされたことでしょう。

 

 ところが、ヤコブは一日歩いて野宿したルズ(エルサレムの北20㎞、アイの西にある町、ヘブライ語で「アーモンド」の意)で夢を見(28章10節以下)、自分の傍らに立つ主の御声を聴きました。それは、「わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行ってもわたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る」(同15節)という約束でした。

 

 ヤコブはその場所に記念碑を立てて油を注ぎ、そこをベテル(「神の家」という意味)と名付けました(同16節以下、19節)。主なる神が、孤独と不安の闇に包まれていた荒れ野を、主のお住まいになる祝福の家に変えてくださったということ、更にいえば、孤独だと思っていたけれども、主がいつも一緒にいてくださったということに気づかされたということです。

 

 そして、約束どおり主なる神がヤコブを祝福されたので、旅に出たときには無一物でしたが、やがて二人の妻に二人の側女、12人の息子、多くの家畜や男女の奴隷、それにらくだやロバなどを持つ者となったのです(同29,30章、32章15,16,23節)。それは、主がヤコブに一方的にお与えになった恵みの賜物です。

 

 ヤコブに、それを受け取る資格や権利があったわけではありません。むしろ、ヤコブのしたことは、主から裁かれるようなことでした。だから、ヤコブは故郷のベエルシェバを離れ、ハランで苦しい経験をしなければなりませんでしたし、母リベカの死に目には立ち会えませんでした。しかし、主はその苦しみを顧みて、ヤコブに恵みをお与えになったのです。

 

 今ここで預言者エゼキエルが、「ヤコブの繁栄を回復する」と告げているのは、バビロンに捕囚となっているイスラエルの民の苦しみを主が顧み、ヤコブに約束されたとおり、主が捕囚の民と共にいて彼らを守り、やがてイスラエルの地に連れ帰ってくださるという、希望に満ちた約束なのです。

 

 ここであらためて教えられるのは、その恵みをお与えになる主なる神との交わりです。私たちに必要なのは、国土や財産ではなくて、共にいてお守りくださる主ご自身です。

 

 主なる神は、「わたしは彼らを国々に捕囚として送ったが、自分の土地に集めて、もはや、かの地には残さない。そのとき、彼らはわたしが彼らの神、主であることを知るようになる。わたしは二度とわが顔を彼らに隠すことなく、わが霊をイスラエルの家に注ぐ」(28,29節)と言われます。

 

 主の御顔を仰ぐことを楽しみとし、私たちのうちにお住まい下さる御霊なる神との祈りと御言葉による交わりが何よりも嬉しいこととなるように、信仰の道に精進したいと思います。

 

 インマヌエルなる主よ、御名のとおり、常に私たちと共にいて、私たちを守り、御国に連れて行ってくださるという御約束を感謝します。どうぞ御言葉どおりこの身になりますように。そうして、主こそ神であることをすべての民が知るようにしてください。 アーメン

 

 

「彼が内庭を測ると、長さは百アンマ、幅も百アンマの正方形であり、神殿の前には祭壇があった。」 エゼキエル書40章47節

 

 1節の「我々が捕囚になってから25年、都が破壊されてから14年目」とは、エゼキエルらが捕囚となった紀元前597年から25年目、都が破棄された紀元前587年から14年経った紀元前573年のことです。それは、エゼキエルが預言者として召されて20年後ということでした(1章1節以下参照)。

 

 「その年の初めの月の十日」、即ち3月末~4月初旬ごろのこと、エゼキエルに主の手が臨み(1節)、神の幻によってイスラエルの地に伴われ、非常に高い山の上に降ろされました(2節)。イスラエルの高い山は、エルサレムを指しています(17章23節、20章40節)。エゼキエルはそこに神殿の幻を見ます(5節以下)。この幻が48章、本書の末尾まで続いています。

 

 かつて、エルサレム神殿に異教の偶像が祀られていて、そのために主の栄光がエルサレムを去ったのを、エゼキエルは見ていました(8~11章)。そして、エルサレムの都が陥落し(33章21節以下、列王記下25章1節以下)、神殿は焼き払われ(列王記下25章9節)、祭具なども奪われてしまいました(同13節以下)。

 

 祭司の家系に生まれ、祭司となるべく備えていたエゼキエルにとって、主の神殿が偶像礼拝によって汚されていること、それゆえに主なる神の裁きを受け、焼き払われてしまうというのは、悔やんでも悔やみきれないような思いだったのではないでしょうか。

 

 ところが今、エルサレムに建設された新しい神殿が見せられたのです。その神殿は周囲を分厚い壁に囲まれており(5節)、門が東(6節)と北(20節)、南(24節)にあります。門の手前に階段があり(6節)、それを7段上がって門から入ると通路の両側に三つずつ控えの間があります(7節以下、10節)。そこに守衛が配置されていたのでしょう。

 

 そこを抜けると、外庭があります(17節)。そして、その庭の一段高くなっているところが内庭です(19,23,27節)。手前の階段を8段上がって(31節)、門を入ると内庭があります(28節)。内壁という記述がありませんが、門があるということは、内庭が壁に囲まれているということになります。

 

 その内庭の一段高いところに拝殿(聖所)があります(41章1節)。冒頭の言葉(47節)によれば、内庭の拝殿の前に祭壇が置かれています。この祭壇で贖いの犠牲をささげてから、神殿の最も重要な場所=拝殿(聖所)へと近づくのです。祭壇から10段の階段を上がったところが玄関の間、神殿の廊です(49節)。この廊を通って聖所へと入ります。

 

 エゼキエルは、神殿の西を除く三方にある門の構造や、壁に沿って設けられた神殿で働く者たちの控え室の構造などを、一つ一つ丁寧に調べながら、階段を上がって、次第に拝殿=聖所に近づいて来ました。

 

 ここに記されている神殿の構造や大きさなどは、祭司の家に生まれたエゼキエルにとって、どれほど興奮することだったでしょうか。それは、主なる神によって建てられる新しい神殿なのです。

 

 神殿が厚い外壁で囲われ、そして、内壁で外庭と内庭が分けられ、内庭の中に拝殿=聖所が置かれているという構造は、主なる神の神聖を侵すことは出来ないことを示します。神殿の造りの緻密さ、精巧さは、主の御業の素晴らしさを物語っています。

 

 そして、7段上って外庭、8段上って内庭、10段上って拝殿と、順次、階段を上って神域に近づくというのは、イスラエルの高い山の最も高いところに臨在される主なる神に近づくときの、心の高まりを表しているといってよいでしょう。

 

 エゼキエル自身が、実際に再建された新しいエルサレムの神殿で礼拝することは考えられません。彼は今、バビロンに捕囚となっています。彼が預言者として立てられたのが30歳の時であるとすると(1章1節参照)、この幻を見ているとき、エゼキエルは既に50歳になっています。

 

 そして、ペルシアの王キュロスによってイスラエルの民が捕囚から解放されるのは、BC538年です。つまり、これからなお35年という長い年月が必要なのです。けれども、新しい神殿の幻がエゼキエルに与えられたのは、主なる神が捕囚の民と共におられるという徴であり、そして、もう一度、まことの神を礼拝する民が再建されるということを意味しています。

 

 8章以下で、イスラエルの罪のために、主がエルサレムの都を離れられることを告げていたように、ここでは、主が再びエルサレムを神の都として選ばれたこと、そこに神殿が築かれて、主なる神を礼拝することが新生イスラエルの中心となるべきことを告げるのです。これは、37章25節以下に告げられていたことを、より詳しく述べているというところです。 

 

 この幻が示されてから、イスラエルの民が捕囚から解放されるのに35年余り、第二神殿が完成するまで55年以上の年月がかかりました。エゼキエルは自分に示された幻、それを告げる預言の実現を目の当たりにすることはできません。

 

 けれども、神殿の詳細な配置図、その寸法が記されることにより、捕囚の民がバビロンから解放され、神殿を再建してまことの神、主を礼拝する生活が、主なる神ご自身によって具体的に実現するということが、ここに明示されているのです。

 

 そして、私たちのような異邦人が主なる神を礼拝する新しいイスラエルの民とされるために、主イエスが十字架に贖いの供え物としてご自分を献げてくださいました。それゆえ私たちは、主イエスに感謝して、毎日曜日に主なる神に礼拝を献げるため、教会に集うのです。

 

 拝殿(聖所)には、私たちの祈りを象徴する香壇と(出エジプト記30章1節以下)、主の御言葉を象徴するパンを置く台が置かれています(同25章23節以下)。御言葉と祈りを通して至聖所に進み、そこで主の御顔を拝し、主との親しい交わりを持たせていただくのです。

 

 毎日、聖書を開きましょう。神の御声を聴きましょう。聖霊の導きを祈りましょう。日々主の恵みに与り、心から主を賛美しましょう。

 

 主よ、私たちの日毎の礼拝を祝福してください。静かに祈る時を祝福してください。私たちを憐れみ、常に共にいてくださる主を、心から誉め讃えることが出来ますように。絶えず聖霊で満たし、主の御心を行う者としてください。 アーメン

 

 

「そして、入り口の上まで、また神殿の内側と外側にも、さらに周囲の壁にも内側と外側に、くまなくケルビムとなつめやしの模様が刻まれていた。なつめやしは、ケルビムとケルビムの間にあった。」 エゼキエル書41章17,18節

 

 エゼキエルは神の幻の中でエルサレムの都の新しい神殿に導かれ(40章2節)、いよいよ、神殿の最も神聖な場所にやって参りました。拝殿(聖所)に入り(1節)、さらにその奥の至聖所の前に進みます(4節)。

 

 ソロモンの神殿では、エゼキエルが拝殿と呼んでいる聖所に、七つ枝の燭台と香の祭壇、パンを置く聖卓がありました(列王記上7章48,49節)。そして、至聖所には契約の箱が安置されていました(同6章19節、8章6節)。そして、至聖所を守るように高さ十アンマのケルビムが2体据えられていました(同6章23節以下)。

 

 しかし、エゼキエルの見た新しい神殿には、聖所の前、つまり廊と呼ばれる拝殿入り口に高さ3アンマ、長さ2アンマの「主の前に置かれた聖卓」(23節)と呼ばれる木製の祭壇がある以外、拝殿の中に置かれているものはないようです。

 

 冒頭の言葉(17,18節)に「神殿の内側と外側にも、さらに周囲の壁にも内側と外側に、くまなくケルビムとなつめやしの模様が刻まれていた」という報告があります。これは、ソロモンの神殿にも見られたものです(列王記上6,7章参照)。

 

 なつめやしの実は食用で栄養価が高く、甘味料としても貴重なものです。この木は、太陽の灼熱にも霜が降りる寒冷にも耐えますが、生育に多量の水分を必要とするため、河川や湖沼の岸辺に好んで生息するので、荒れ地で水の所在を示す徴ともなるそうです(出エジプト記15章27節)。

 

 また、木の美しさと相俟って、なつめやしは繁栄や優美さの象徴とされています(詩編92編13節、雅歌7章8,9節など)。なつめやしをヘブライ語で「タマル」と言いますが、これは、女性の名前としてもよく知られています(創世記38章6節など)。

 

 ケルビムは、「ケルブ」(詩編18編11節)の複数形で、人間の顔、獅子の体、鷲の翼を持つ天的な存在として、描かれています。サムエル記下22章11節(詩編18編11節)には、「(主は)ケルビムを駆って飛び、風の翼に乗って現れる」と記されており、主なる神が移動されるときの乗り物として、主の臨在を表していると考えられます。

 

 またケルビムは、エデンの園の中央にある命の木を守るために、園の東にきらめく剣の炎と共に置かれました(創世記3章24節)。神殿の壁に刻まれた模様で、ケルビムの顔がなつめやしの方を向いているというのは(19節)、ケルビムがなつめやしを守っているということでしょう。つまり、創世記との関連で考えると、なつめやしが命の木の象徴とされていることになります。

 

 かつてエデンの園は、主なる神が人を連れて来て住まわせ、主と相見え、交わることが出来るようにされた場所でした(創世記2章8,15節以下)。ところが、人は主なる神に背いて罪を犯し(同3章1節以下)、そこを追い出されてしまいました(同23節)。

 

 その後、主と相見え、親しく語らう場所は、神殿の至聖所に限定されました。しかも、そこには大祭司として選ばれた者が、一年に一度しか入れないことになっていたのです(レビ記16章参照)。

 

 勿論、主が至聖所から外に出ることが出来ないなどということではありません。主は、どこにでもおられます。しかしながら、いつでも、どこででも誰とでもお会い出来る存在でもありません。至聖所が拝殿の奥に配置され、それを聖所(拝殿)、内庭、内壁、外庭、外壁で守っているのは、それは汚れた人間が汚れたままで清い神と触れ合って、打たれてしまうことがないためです。

 

 つまり、そのような神殿の構造になっているのは、主なる神は他と完全に区別されるべき聖なる方、だれも並び立つこのとできない絶対者であるということを示しているわけです。そもそも、「至聖所」とは「聖の中の聖、聖にして聖なるもの」(コーデシュ・ハッケダシーム)という言葉です。 

 

 ところが、主イエスが十字架にかかって死んでくださったとき、神殿の垂れ幕が真二つに裂けました(マルコ福音書15章38節ほか)。それは、私たち罪人が主なる神に近づく道を開くことでした。主イエスがご自身を贖いの供え物として、私たちを罪の呪いから解放してくださり、主イエスを信じる者が神の子として、神と親しく交わることが出来るようにしてくださったのです。

 

 ヘブライ人への手紙の記者は、垂れ幕とはキリストご自身の肉のことで、主がご自分の肉を裂いて新しい生きた道が開かれたのだから、主を信頼して、真心から神に近づこうと奨めています(ヘブライ書10章19節以下参照)。

 

 主の御言葉に従い、絶えず十字架の主を仰ぎ、信仰をもって神に近づきましょう。その恵みに与りましょう。

 

 主よ、御子イエスが十字架において、私たちのためにご自身の命をもって贖いの代価を支払われ、救いの道を開いてくださいました。今、主との親しい交わりに招いていてくださることを感謝致します。招きに応じ、十字架の主を仰ぎつつ御前に進みます。御言葉と祈りを通して、絶えず新たに主の恵みを味わわせてください。 アーメン

 

 

「彼は四方を測ったが、外壁は全体を囲んでおり、その長さは五百アンマ、幅も五百アンマであった。それは、聖なるものを俗なるものから区別するためであった。」 エゼキエル書42章20節

 

 エゼキエルは主の使いに連れられて、神殿の外庭に出ます(1節)。そこでエゼキエルは、「神域と別殿に対して北側にある部屋に入らせら」れます。

 

 「神域」(ギズラ)は、41章12節に「神殿の西側にある」と説明されています。神殿の入り口が東を向いているので、神域は至聖所の裏にあることになります。「ギズラ」は「切断、分離」という意味です。至聖所の奥、世俗から断絶された場所だから、「神域」というわけです。

 

 また、「別殿」(ビンヤン)は、同じく41章12節に「神域に面した別殿」と記されています。「ビンヤン」とは「建物」という意味で、至聖所の裏、神域の西側にその建物があるわけです。用途は不明ですが、倉庫のようなものではないかと考えられます。

 

 13節に「神域に面した北側の部屋と南側の部屋は、いずれも神聖な部屋である」と記されています。この後の数節にも、「神聖」という言葉が繰り返し用いられています。これには、エゼキエルがかつて見たエルサレム神殿の堕落した様子が反映していると思われます(8章参照)。

 

 その部屋は、主に近づく祭司たちが最も神聖なものを食べる場所であり、また最も神聖なものである穀物の献げ物、贖罪の献げ物、賠償の献げ物を置く場所です(13節)。この場所で、主に献げられた最も神聖なものを祭司たちが食べて、その神聖な務めにつくようにされていたわけです。

 

 冒頭の言葉(20節)に「それ(外壁)は、聖なるものを俗なるものから区別するために設けられた」とあります。つまり、神は、俗なるものによって汚すことが許されない、聖なる聖なる聖なるお方だということです(イザヤ書6章3節)。

 

 エフェソ書2章11節以下に「隔ての壁が壊された」(同14節)という記事があります。かつての神殿には、異邦人や女性、子どもとユダヤ人男性を隔てる壁があり、そして祭司だけが入れる神域と聖所(拝殿)、さらに、選ばれた大祭司が一年に一度だけ入れる至聖所(奥殿)と、幾重にも人を分け隔てしていました。

 

 しかし、キリストが神殿の垂れ幕を真っ二つに裂かれて(マルコ福音書15章38節、ヘブライ書10章20節など)、この隔ての壁が壊されました。今や、主なる神を信じる者に異邦人とユダヤ人、男と女といった区別はなくなり(ガラテヤ書3章28節)、すべての者が父なる神に近づくことが出来る(エフェソ書2章18節)と教えられています。

 

 しかし、壁が壊されたからといって、聖と俗の区別はどうでも良くなったというわけではありません。神は、「きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です」(ヘブライ書13章8節、マラキ書3章6節も参照)。

 

 パウロは「実に、神の御心は、あなたがたが聖なる者となることです」(第一テサロニケ4章3節)と語り、ヘブライ書10章10節には「この御心に基づいて、ただ一度イエス・キリストの体が献げられたことにより、わたしたちは聖なる者とされたのです」と記されています。

 

 私たちは、「使徒や預言者という土台」(エフェソ2章20節)、つまり使徒や預言者によって語られた主の御言葉を土台として、信仰生活をします。「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイ4章4節、申命記8章3節)と書いてあるとおりです。

 

 祭司たちが神聖なものを食べて主の務めを果たしたように、私たちは御言葉をいただき、聖霊の力を受けて、主の僕としての務めを果たすのです。エゼキエルも象徴的に、主に授けられた巻物を食べ、預言者として主の御言葉を語り告げる働きに召されました(2章8節、3章1節、黙示録10章9,10節も参照)。

 

 私たちは主イエスを信じてバプテスマを受けたとき、キリストを着せて頂きました(ガラテヤ書3章27節)。それは、主イエスを信じるすべての者を清めるため、主がご自分の肉を裂き、尊い血潮を流してくださったということであり、主イエスにあって、新しく生きる者とされたということです。先のヘブライ書の引用箇所に言われるとおりです。

 

 また私たちは、生ける神の神殿とされました(第二コリント書6章16節)。私たちの内に聖なる神の霊が宿っています(第一コリント書3章16節、6章19節)。これは、個々人のことではなく、神の教会を指しています。

 

 私たちは聖霊の働きによって、御言葉を土台として、主イエスを中心に、主を信じる信仰に導かれた者たちが互いに組み合わされて、聖なる神殿として建て上げられて行きます(エフェソ書2章20,21節)。

 

 聖霊の内住により、キリストの体として立てられた教会の働きを通して、神の栄光を表わすことが出来るように、今日も御言葉を聴き、御言葉に従って歩ませていただきましょう。

 

 主よ、御子の贖いによって神の家族に加えてくださり、感謝します。私たちを日々御言葉によって養い、御霊の働きを通して、神の栄光を表わす神の住まいとして建て上げてください。主の福音が宣べ伝えられ、すべての者があなたの前に膝を屈め、すべての舌が「イエスは主なり」と言い表してあなたをたたえますように。 アーメン

 

 

「七日の間、彼らは祭壇を贖い、清めて、奉献しなければならない。」 エゼキエル書43章26節

 

 エゼキエルは、新しく建てられる神殿に東方から主なる神の栄光が到来し(2節)、東を向いている門から神殿の中に入り(4節)、そして、神殿を主の栄光が満たしている(5節)という幻を見ました。かつて、神殿に主の栄光が満ちたのは、エルサレムに神殿が完成し、至聖所に主の契約の箱を安置したときです(列王以上8章10節)。

 

 そして、「人の子よ、ここはわたしの王座のあるべき場所、わたしの足の裏を置くべき場所である。わたしは、ここで、イスラエルの子らの間にとこしえに住む」(7節)と言われる主なる神の御声を聴きました。

 

 エゼキエルは以前、主の栄光がケルビムに乗って、エルサレム神殿を離れるという幻を見ていました(10,11章参照)。イスラエルの背きの罪により、主がエルサレムを裁くため、神殿を離れられたのです。私たちの希望は、神殿やエルサレムの都という場所にあるのではなく、主なる神のご臨在、主が共にいてくださるというところにあるのです。

 

 「二度とイスラエルの家は、民も王たちも、淫行によって、あるいは王たちが死ぬとき、その死体によって、わが聖なる名を汚すことはない」(7節)という言葉に、かつてのイスラエルの民の、神ならぬものを信仰する偶像礼拝、あるいは、真の神よりもエジプトの力を頼りとしたという背きの罪が示されています。そのために、エルサレムは陥落、神殿は破壊され、町が火で焼かれてしまいました。

 

 エルサレムを離れた主の栄光が、再び神殿に到来し、その中に満ちる様を見たということは、主なる神がもう一度イスラエルの都として、エルサレムを選ばれたということであり、そこに建てられた建物を、主を礼拝する神殿とされたということです。

 

 だから、「わたしは、ここで、イスラエルの子らの間にとこしえに住む」(7節)と言われて、イスラエルの民のエルサレム帰還の夢が適うことを示されたわけです。それは、バビロンに捕囚となっているイスラエルの民にとって、どんなに希望と励ましを与える幻でしょうか。

 

 ただし、この幻が実現するには、一つの条件が示されます。9節に「今、わたしのもとから、淫行と王たちの死体を遠ざけよ。そうすれば、わたしは彼らの間にとこしえに住む」と言われています。それは、背きの罪を悔い改め、再び偶像礼拝やその他の忌まわしい行為で主の神殿を汚さないようにせよということです。

 

 神は、エゼキエルに祭壇の寸法を示されました(13節以下)。祭壇は、拝殿の前に置かれています。それは、罪深い人間がそのままで、聖なる神に近づくことは出来ないこと、贖いの献げ物によって清められた後、主なる神を礼拝するために、拝殿に入ることが許されるということです。

 

 そうして主は、冒頭の言葉(26節)のとおり、その祭壇を清めるため、7日の間、毎日、贖罪の献げ物の雄山羊と、若い雄牛と無傷の雄羊をいけにえとして献げるように命じられました(18節以下)。私たちの罪を贖ういけにえをささげる祭壇を贖い清めるということは、主に近づくために、いかに徹底的に自らを清めなければならないかということでしょう。

 

 今あらためて、主の愛と憐れみに感謝致します。主なる神は、ご自分に背いて罪を犯す私たちのために、主ご自身が贖いの献げ物をささげてくださいました。その献げ物とは、「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主」(イザヤ6章3節)なる神の独り子イエス・キリストで、その祭壇はキリストの架けられた十字架です。

 

 そのゆえに、私たちは自分で献げ物をする必要がなくなったのです。私たちは、イエス・キリストのささげられた十字架という祭壇を通って、子どもも大人も、女も男も、ユダヤ人も異邦人もみな、はばかることなく神に近づくことが出来るようになりました(ヘブライ書10章19節以下、22節)。いつでも親しく神と交わることが出来るようになったのです。

 

 この恵みを無駄にすることがないように、畏れの心をもって絶えず主の御前に進み、感謝と賛美のいけにえをおささげしましょう(同13章15節)。日毎に新しく、主の御言葉を聴かせて頂きましょう。絶えず、聖霊に満たされ続けましょう(エフェソ書5章18節)。

 

 主よ、どうか私たちの心においでください。私たちの咎をことごとく洗い、罪から清めてください。私たちの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けてください。御救いの喜びを絶えず私たちに味わわせ、自由の霊によって支えてください。主のご愛で満たしてください。そして主よ、この口を開いてください。あなたへの賛美を歌います。 アーメン

 

 

「この門は閉じられたままにしておく。誰もここを通ってはならない。イスラエルの神、主がここから入られたからである。それゆえ、閉じられたままにしておく。」 エゼキエル書44章2節

 

 エゼキエルが祭壇の前から神殿の東門のところに連れ戻されると、神の栄光が入ってきたその門が閉ざされていました(1節)。そして、冒頭の言葉(2節)のとおり、「この門は閉じられたままにしておく。開いてはならない。だれもここを通ってはならない。イスラエルの神、主がここから入られたからである」という主の御言葉を聴きました。

 

 東門に封印をして出入りを禁ずるというこの言葉から、二つのことが示されます。第一に、主のほかにこの神殿を住まいとするものがあってはならない、後から他の神々を持ち込むことを許さないということです。

 

 かつてイスラエルの人々は、異教の神々を祀って主の神殿を汚しました(8章)。神殿に仕える祭司たちが、「主の聖所を背にし、顔を東に向けていた。彼らは東に向かって太陽を拝んでいる」(8章16節)という報告もあります。それゆえ、主なる神は神殿を離れられました(10,11章)。そのようなことは、二度とあってはならないということです。

 

 神殿はただ主なる神のみがお住まいになるところであり、主のみが礼拝されるべき、最も神聖な場所なのです。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」、「あなたはいかなる像も造ってはならない」、「あなたはそれに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない」という十戒の規定をあらためて思い出させられることです(出エジプト記20章3節以下)。

 

 第二に、主は二度と神殿を離れられることはない、決してここから出て行かれることはないというしるしでしょう。かつてエゼキエルは、上に述べたとおり、主の栄光が東の門から去るという幻を見ました(10,11章)。

 

 40章以下に新しい神殿の幻を見せられ、43章7節で「ここはわたしの王座のあるべき場所、わたしの足の裏を置くべき場所である。わたしは、ここで、イスラエルの子らの間にとこしえに住む」と語っておられました。

 

 そして、一度離れ去った主の栄光が、再び入って来たその門を閉じられたままにするということは、何があっても、主の栄光は二度とこの神殿を去らない、常に主がご自分の選ばれた民と共におられるという決意をなさってくださったということです。門を閉じられて、主なる神ご自身が、自らの退路を断たれたわけです。

 

 今日、主イエスを神として信じ受け入れた者たちは、神の子とされ、永遠の命を受け、そして、神から頂いた聖霊が宿ってくださる神殿とされました。だから、自分の体で神の栄光を現しなさいと教えられています(第一コリント書6章19,20節)。人間が自分で神の栄光を作ることなど、出来はしません。聖霊が私たちのうちに宿っておられるからこそ、主ご自身の栄光が現されるわけです。

 

 主なる神が共におられ、私たちの内におられるということは、私たちが常に覚えておかなければならない重要な事柄です。聖霊なる神を悲しませ、その存在を消してしまいたくなるような生活をしていては、神の栄光を表すことは出来ないからです(イザヤ書63章10節、エフェソ書4章30節など)。

 

 神は、「わたしは、決してあなたを離れず、決してあなたを置き去りにはしない」(ヘブライ書13章5節)と言われます(申命記31章6,8節も参照)。主イエスも、「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない」(ヨハネ福音書14章18節)と言われました。

 

 そもそも主イエスは、「その名はインマヌエルと呼ばれる」(マタイ福音書1章23節、イザヤ書7章14節)と言われるお方です。インマヌエルとは、「神は我々と共におられる」という意味のヘブライ語です。

 

 ヨハネ福音書14章16,17節には「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである」と記されています。

 

 このように、三位一体の神が、いつも私たちと共にいてくださると約束しておられるのです。その交わりの豊かさを想像することが出来るでしょうか。主はその恵みを私たちに教え、実際に味わわせてくださろうとしているのです。

 

 絶えず主の御顔を拝し、日々主の御言葉に耳を傾けましょう。聖霊の導きを祈りつつ、感謝と喜びをもって主に仕えましょう。

 

 主よ、あなたの憐れみに支えられて、私たちの体を生けるいけにえとして献げます。御言葉と御霊により私たちを清め、あなたに喜ばれるものとならせてください。心の一新により、何が神の御心であるか、何がよいことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえることが出来ますように。 アーメン

 

 

「あなたは、この地域から長さ二万五千アンマ、幅一万アンマを測り、そこに最も聖なる聖所を設けねばならない。」 エゼキエル書45章3節

 

 45章で、エゼキエルの見ている幻は、神殿の境内から新しい都へと広がります。

 

 嗣業の地を分配するときに、先ずその土地の一部を主への献げ物とします。その土地は、長さ2万5千アンマ(約11.3km)、幅2万アンマ(約9km)で、その領域は聖なるものとなります(1節)。

 

 そして、その聖域の半分が祭司たちの住む場所で(3節)、その中心に縦横5百アンマ(225m)の神殿が設けられ(2,3節)、神殿の場所の周囲に幅50アンマ(22.5m)の放牧地が設けられます(2節)。また、聖域の残り半分が神殿に仕えるレビ人の住む場所となります(5節)。

 

 さらに、その南に幅5千アンマ(約2.3km)、長さ2万5千アンマ(約11.3km)を都の所有地とします(6節)。その所有地の中央に4千5百アンマ(約2km)四方の都が置かれ、その周囲に幅250アンマ(約113m)の牧草地が設けられます(48章15節以下)。それから、聖域と都の所有地の東西に君主の所有地が設けられます(7節)。

 

 君主の土地を除いて、聖域と都の所有地の面積は、縦横2万5千アンマの正方形です。そのほぼ中央に神殿が置かれ、その南に都が置かれており、そして、この神殿と都を挟み、それを守るように君主の所有地が置かれることになります。

 

 ここに挙げられている以外の土地は、イスラエルの家とその部族に委ねられています(8節)。ヨシュアのときの土地割譲に従い(ヨシュア記15章以下)、エルサレムがその聖域の置かれる場所と考えれば、聖域の北側にベニヤミン族、都の所有地の南側にユダ族が置かれるということになります。

 

 土地分配が各部族に委ねられたということは、君主の権限が国全体に及んでいるわけではないということを表わしているといってよいでしょう。この土地の配分のされ方から、その役割は絶対専制君主ではなく、封建時代の征夷大将軍のような、神殿と都の守護職といったところでしょう。

 

 主なる神がエジプトからイスラエルの民を脱出させて、シナイの荒れ野で契約を結ばれるとき(出エジプト記19章1節以下)、「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。あなたたちは、わたしにとって、祭司の王国、聖なる国民となる」(同5,6節)と言われました。

 

 エゼキエルの見た嗣業の地の分配方法は、神殿、聖域を中心とする「祭司の国、聖なる国民」を理想的に実現させるものです。そのとき、政治的指導者は「王」ではなく「君主」(ナーシー、7節)と呼ばれていて、 その役割が神殿と都の守護職となれば、新生イスラエルの真の王は主なる神であるということでしょう。

 

 11章19、20節に「わたしは彼ら(帰還民:同17,18節参照)に一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける。彼らがわたしの掟に従って歩み、わたしの法を守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる」と記されていたとおりです。即ち、主なる神御自身が新しいイスラエルの王となられるのです。

 

 そして、イスラエルの民は、ペルシア王キュロスによってバビロン捕囚から解放され、帰国を果たした後、ゼルバベルとイエシュアに導かれてまず祭壇を築いて献げ物を献げ始め、主を礼拝する神殿建築に取り組みました(エズラ記3章)。

 

 これを、エゼキエルの預言に従って実現されたことと見ることも出来るでしょう。捕囚の民がエルサレムへの帰還を果たしたとき、そのリーダーは「首長(ナーシー)」(エズラ記1章8節)と呼ばれています。

 

 9節に「イスラエルの君主たちよ、もう十分だ。不法と強奪をやめよ。正義と恵みの業を行い、わが民を追い立てることをやめよと、主なる神は言われる」と告げ、続く10節で「あなたたちは、正確な天秤、正確なエファ升、正確なバト升を用いなさい」と言います。

 

 正確でない升を用いるとは、売るときと買うときで升を使い分けて利を貪ることであり、袖の下を入れてくる裕福な者とそれができない貧しい者とで裁きを変えるという、不公正が横行していたわけです。新しいイスラエルでは、「正義」(ミシュパート:公正)と「恵みの業」(ツェダカー:正義)をもって治めることが君主の務めだというわけです。

 

 さらに、13節以下に献げ物についての規定があり、収穫した穀物の六十分の一、油の百分の一(13,14節)、また二百匹の群れにつき羊一匹を民の献げ物として君主が受け取り(15節)、それを焼き尽くす献げ物、穀物の献げ物、ぶどう酒の献げ物として、巡礼の祭り、新月の祭り、安息日、およびイスラエルの家に定められたすべての祝日にささげます(17節)。

 

 また、イスラエルの家の贖いのために、贖罪の献げ物、穀物の献げ物、和解の献げ物をささげよと命じられています(17節)。かくて、民が君主に献げ物をもたらし、それを規定に従って主なる神に献げる役割が、君主に与えられたのです。

 

 さらに、1月1日に宮清め(18節以下)、1月14日に過越祭(21節以下)、7月15日に(仮庵)祭を行うように(25節)、命じられました。イスラエルの救いの歴史を記念するのですが、それは、エジプトからの脱出にバビロンからの解放も加えて、大切に守らせようというのでしょう。

 

 これらのことで、私たちは信仰生活の基本を学ぶことが出来ます。それは、主なる神を信じる信仰が私たちの生活の中心であり、主なる神を信じる信仰が全生活を支えているということです。

 

 私たちの生活のすべてが主なる神への献げ物ですが、なかでも主の日(日曜日)に教会に集い、1時間余りの礼拝を守ります。また週の半ば、木曜日の朝と夜に聖書の学びと祈りの集いがあります。この礼拝と祈りの集いが私たちの一週間の生活を支え、また、生活にリズムとアクセントを与えます。

 

 そして、私たちは日ごとに聖書を開いて神の御言葉に耳を傾け、その御心を瞑想し、祈ります。私たちは、神の口から出る一つ一つの言葉によって生かされているからです。

 

 主イエスが、「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」(マタイ6章33節)と言われました。「神の国」とは、神のご支配、「神の義」とは、私たちを神との正しい関係に導く神の恵みの業のことです。

 

 私たちの生活の中心に主を迎え、その導きに従って歩むため、神の国と神の義を追い求め、主の恵みと平安に与りましょう。

 

 主よ、御言葉の恵みと導きを感謝します。今日も主の御言葉と祈りの恵みに与る時間を主に献げます。主との交わりがいよいよ豊かになりますように。御心をわきまえ、御業に励む者としてください。いよいよ御名が崇められますように。 アーメン

 

 

「君主は外から門の牢を通って中に入り、祭司たちが焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげている間、門柱の傍らに立っていなければならない。そして、門の敷居のところで礼拝した後、出て行く。」 エゼキエル書46章2節

 

 45章18節以下の、新年の宮清めの儀式(18~20節)、過越祭(21~24節)、7月の仮庵祭(25節)の規定に続き、46章には、安息日の献げ物(4,5節)、新月の日の献げ物(6,7節)、巡礼の祭りと定められた祝日の献げ物(11節)、随意の献げ物(12節)などが定められています。

 

 最後に「あなたは、朝ごとに無傷の一歳の小羊一匹を、日ごとの焼き尽くす献げ物として、主にささげねばならない。朝ごとに、それをささげねばならない。あなたは、朝ごとにそれに添えて穀物の献げ物をささげねばならない」(13,14節)と定めています。このような毎日の献げ物については、出エジプト記29章38節以下などにもその規定があります。

 

 そして、冒頭の言葉(2節)のとおり、「君主は外から門の牢を通って中に入り、祭司たちが焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげている間、門柱の傍らに立っていなければならない。そして、門の敷居のところで礼拝した後、出て行く」と記されてあり、君主の務めとして、内庭の祭壇において行われるいけにえの奉献に立ち会うことが定められています。

 

 ですから、君主は、一般の人々の参加が求められている安息日と新月の日、国の定められた祝日(過越祭、五旬祭、仮庵祭など)のほか、毎朝行われる礼拝にも、「あなた」と呼びかけられて、参加が要請されていることになります。君主が国民の代表であるということは、イスラエルの民は、その礼拝に君主の出席をもって共に参加しているわけです。

 

 現実には、民は日々の労働に勤しみ、各々の務めに励んでいるのですが、国民の日々の生活、労働が、神殿でなされる朝ごとの礼拝によって、守り祝されているというわけです。

 

 毎日礼拝がなされ、週に一度、民が一堂に集う礼拝が行われる。そして、国家的な救済の出来事を祝う特別な祭りが行われて、国を挙げて神への感謝をささげます。このような礼拝のリズムを通して、イスラエルの民は主なる神の宝として健全な信仰生活を送ることができるのです。 

 

 私たちにとって、現在、神の御前に贖いの供え物としていけにえを献げるということはなくなりました。それは、贖いの代価をすべて、神の御子、主イエスが十字架の死をもって支払ってくださったからです。そのことに感謝して、イースター、クリスマス、ペンテコステを祝います。毎週の礼拝を守ります。そして、朝ごとに主の御前に進み、その御言葉に耳を傾け、静かに主に祈ります。

 

 このように主を仰ぐ生活をすることは、どんなに大切でしょうか。そのために払う犠牲は、決して小さいとは申しません。ときには戦いです。苦しみです。しかし、主が支払ってくださった尊い犠牲のゆえに、それを行うことが出来ることは、大変感謝なことです。

 

 パウロが、「今やわたしは、あなたがたのために苦しむことを喜びとし、キリストの体である教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを身をもって満たしています」(コロサイ書1章24節)と語っています。

 

 ここで、「キリストの苦しみの欠けたところ」というのは、主イエスの苦しみには「欠けたところ」、不足している部分があるというのではありません。キリストが罪の呪いをすべて引き受けてくださったからといって、私たちが苦しむ必要がなくなったというわけではない、キリストに委ねられた使命を果たしていくためには、自分も負わなければならない苦難があるということです。

 

 けれども、「わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます」(第二コリント書4章17節)。

 

 主の恵みに感謝し、朝ごとに神の御言葉を聴き、示された御言葉に従って歩ませていただきましょう。それによって他とは比べることの出来ない、信仰による栄光の世界を仰がせて頂きましょう。

 

 主よ、絶えず弱い私たちを助け、励ましてくださり、有難うございます。感謝をもって毎週の礼拝、祈り会を守り、朝ごとに主の御前で御言葉に耳を傾け、祈りをささげることができるのを喜びとします。そして、主の恵みの招きに、信仰をもって応答することが出来ますように。 アーメン

 

 

「これらの水は東の地域へ流れ、アラバに下り、海、すなわち汚れた海に入って行く。すると、その水はきれいになる。」 エゼキエル書47章8節

 

 預言者エゼキエルは、手に麻縄と測り竿を持つ青銅のように輝く(40章3節)主の使者によって、神殿の入り口に連れ戻されました。そうして、水が神殿の敷居の下から湧き上がり、東に流れ出して、祭壇の南側から神殿の南壁の下を流れて行くのを見せられます(1節)。

 

 主の使者が手に持っている測り縄で1千アンマ(約500メートル)を測り、水の中を渡ると、水はくるぶしまででした(3節)。次に1千アンマを測って渡ると、膝の深さです。次の1千アンマを測るところでは、腰に達しました(4節)。さらに1千アンマを測ると、もはや足がつかず、泳がなければ渡ることの出来ない深い川となっていました(5節)。

 

 他の支流などから合流して水量が増したというわけではありませんから、くるぶしまでの浅い川の流れが泳がなければ渡れない深い川になるということは通常あり得ず、これはまったくの幻です。神殿から始まった主なる神の御業が次第に大きく豊かに増え広がっていく様子が描かれていると考えられます。

 

 この川が東の地域を流れて方向を変え、アラバに下り、海に入ります(8節)。アラバとは、「荒れ地」という言葉で、ガリラヤ湖から死海を経てアカバ湾にまで至るヨルダン渓谷の荒涼とした地の総称です。「海」とは死海のことでしょう。死海は「塩の海」、「アラバの海」とも言われます(申命記3章17節、ヨシュア記3章16節など)。

 

 死海は、海抜マイナス392mの低地にあり、ここからはどこにも水が流れていきません。ヨルダン川から流れ込む水の量と、蒸発する水の量がほぼ等しいので、水が溢れることも干上がることもありません。そのために、塩分が濃縮されて、普通の海の6倍の塩分を含んでおり、どんな人でも沈むのは困難です。その塩分のために生物が生息できないので、「死海」と言われます。

 

 ナトリウムをはじめ、カリウムやマグネシウムを多く含み、鉱物資源は豊かなのですが、それゆえに生物が生きられないというのは、私たちの生活が物質的にどんなに豊かであっても、その豊かさが私たちの幸せな生活を保障するわけではないということに通じるような気がします。むしろ、財産が多いために争いも多くなるというのが、世間の常識というようなことではないでしょうか。

 

 けれども、神殿からの水の流れる川の岸辺には、多くの木が生い茂っています(7節)。また、川の水がアラバの「汚れた海」に入って行くと、その海は清まり(8節)、群がるすべての生き物は生き返り、魚も非常に多くなると言います(9節)。それゆえ、漁師たちが死海の岸部に立ち、「エン・ゲディからエン・エグライムに至るまで、網を広げて干す所とする」と記されています(10節)。

 

 「エン・ゲディ」(「小山羊の泉」の意)は、死海の西岸で南北のほぼ中央に位置するオアシスです。「エン・エグライム」(「2頭の小牛の泉」の意)の位置は不明ですが、文脈から、ヨルダン川河口付近にある泉のことと推測されます。魚の住めなかった死の海が、沢山の漁師たちの生計が立つほどの漁が出来る豊かな命の海となったという表現です。

 

 「この水が流れるところはきれいになり、すべてのものが生き返る」(9節)というので、新共同訳聖書は、この段落に「命の水」という小見出しをつけています。神殿の下から流れ出した川の流れが、主なる神の御業を表していると記しましたが、命の水の流れによってすべてのものが清められ、すべてのものが生き返るということが、聖なる神の愛の御心、愛の御業なのです。

 

 主なる神の働きが神殿から起こるというのは、イスラエルの神、主の栄光が東方から到来して、東に向いている門から神殿の中に入り、そこを主の栄光で満たしたからでしょう(43章2節以下、4,5節)。神殿があったから、主の御業が始められたのではなく、まさに主がおられればこそのことだということです。

 

 エゼキエルがこれらの幻をケバル川河畔の捕囚の民に語り告げるのは、彼らがそこで神を中心とする生活を始めるためであり、それによって主なる神が共におられることを知るためでしょう。そして、預言されているとおり捕囚から解放されてエルサレムへの帰還が許されたとき、主に「宝」(7章22節)と呼ばれる、「祭司の王国、聖なる民」(出エジプト記19章5,6節) となるためです。

 

 モノは豊かに持っているけれども心に平安なく、恐れや不安に押し潰されそうになっている私たち、へこまされ、思い通りにならず、腐って死にそうになっている私たちが、神の愛の御業に与って、生きる者とされるのです。神が触れてくだされば、神の御言葉を頂けば、主の御霊が私たちの内に注がれれば、そこに神の御業が起こされるのです。

 

 主イエスは、復活であり、命であられます(ヨハネ11章25節)。主イエスのお与えになる水を飲む者は決して渇かず、その人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出ます(同4章14節)。命とは、交わりのことだと示されています。

 

 主がくださるのは豊かな命です(同10章10節)。主との交わり、家族、隣人との交わりが豊かになるのです。持ち物や財産などによってではなく、主なる神によって豊かな交わりに生かされるからです。

 

 命の主を信じてその幹につながり、内側から清められ、豊かな実を結ぶその枝とならせて頂きましょう。

 

 主よ、清い命の流れ、御言葉の水、命の水を与えてください。私たちの心を聖霊で満たしてください。豊かな清い流れの中で自由に泳がせてください。主との交わりをとおして清められ、その愛の恵みにより、隣人との交わりがますます豊かになりますように。 アーメン

 

 

「都の周囲は一万八千アンマである。この都の名は、その日から、『主がそこにおられる』と呼ばれる。」 エゼキエル書48章35節

 

 エゼキエル書の最後の章です。47章13節以下、回復されたイスラエルの国土を、12部族に嗣業の地として再分配する際の境界線が記されています。東西は明瞭です。東の端はヨルダン川で(47章18節)、ギレアドの地は国土に含まれてはいません。そして、西の端は地中海です(同20節)。

 

 南の端は死海の南からカデシュを経てエジプトの川に至る線です(同19節)。一方、北の端はどのラインになるのか、正確なところはよく分かりません(同15~17節)。「レボ・ハマト」(同15節:「ハマトの入り口」の意)は、ダビデ、ソロモン時代もイスラエルの北限として記録されていました(列王記上8章25節)。

 

 都の北側に7つの部族、南側に5つの部族が配置され、各部族に平等に分配されています。記述に従えば、一番北にダン族の領地があり(1節)、そこから南へ順番にアシェル族(2節)、ナフタリ族(3節)、マナセ族(4節)、エフライム族(5節)、ルベン族(6節)、ユダ族(7節)と並んでいます。

 

 これら7つの部族の嗣業の地の南に、主に献げられた献納地が配置され、その中央に聖所が置かれます(8,10節)。それは、祭司たちの領地とされています。その南にレビ人の領地があります(13節)。

 

 その南が一般の居住地と牧草地で、その中央に都が置かれます(15節)。献納地と都の南に、ベニヤミン族(23節)、シメオン族(24節)、イサカル族(25節)、ゼブルン族(26節)、ガド族(27節)と、領地が並んでいます。

 

 イスラエルの歴史上、このように国土が分配されたことはありません。聖域の北に配置されたダンからユダまでの7部族は、以前の順序をほぼ踏襲してはいるようですが、南の5部族は何故このような配置になるのか、よく分かりません。また、聖域と都を挟んで北にユダ族、南にベニヤミン族というのは、ヨシュアの時に分配されたのとは逆の配置です。

 

 また、ソロモン王の没後、イスラエルが南北に分裂し、ユダ族とベニヤミン族を除く10部族が北イスラエル王国、ユダ族とベニヤミン族は南ユダ王国になりました(列王記上12章、新共同訳聖書巻末地図「5.南北王国時代」参照)。

 

 北イスラエル王国は紀元前721年にアッシリアによって滅ぼされました(列王記下17章)。エゼキエルが生まれる百年ほど前のことです。その際、主だった者はアッシリアの地に移され、残った民は、東方諸国から植民された人々と混血して、政治的にも、宗教的にもイスラエルの民としての独自性を失い、ばらばらにされてしまいました。その後、彼らが国家として再構成されたことはありません。

 

 ヨハネ福音書に4章9節に「ユダヤ人はサマリア人とは交際しない」という表現がありますが、サマリア人とは、東方諸国からの移住民と混血した人々のことであり、アッシリアに捕らえ移された北イスラエル10部族の民の所在は、全くもって不明です。

 

 ということですから、ここに語られているエゼキエルの預言は、いわゆる血筋によるイスラエル12部族の再構成、イスラエル国家の再建ということではないでしょう。「12」という完全数を用いて、主なる神を信じ、主を礼拝するあらゆる人々が、新しいイスラエルの民として、神の御前に差別されることなく平等に嗣業の地を獲得することが出来るということでしょう。

 

 30節以下には、都の門の名前が列挙されています。ひとつ特徴的なことは、「レビの門」と「ヨセフの門」の存在です。通常、12部族の名を挙げるときには、嗣業の地の分配で分かるように、レビ族ははずされ、その代わりにヨセフ族が「マナセ族」と「エフライム族」の二つに分けられます。

 

 それは、レビがイスラエルの内に領地を得ず、神に仕えることを嗣業としたため、レビの領地をヨセフ族が受け取って二つの領地を治めることになり、一つを兄息子マナセ族、もう一つを弟息子エフライム族が受けたということなのです(47章13節、創世記48章5,6節参照)。

 

 ですから、都の門の名前に「レビ」が加えられているというのも、すべての者が神の都に入ることが出来る、そこから除外されるものは一人もいないという、大変重要なメッセージであるように思います。

 

 そして、この都には、新しい名前がつけられました。それは、冒頭の言葉(35節)にあるとおり、「主がそこにおられる(アドナイ・シャンマ)」という名前です。新しいイスラエルにとって最も大切なことは、主がそこにおられるということです。都の守りは大丈夫か、町の城壁は堅固か、神殿は立派に建設出来たかということではないのです。主の臨在こそ、私たちの栄光の望みなのです(コロサイ書1章27節)。

 

 この幻を見ているエゼキエルは、今はまだ捕囚の身でバビロンのケリテ川の畔にいます。辛く苦しい奴隷生活が続いていますが、しかし、彼の心には新しい都が出来ました。「主がそこにおられる」のです。回復の希望が湧き上がっています。

 

 私たちの主イエス・キリストは、「インマヌエル」と唱えられるお方です〈マタイ福音書1章23節〉。それは、神が私たちと共におられる、という意味です。私たちと共におられ、私たちの内におられる主を仰ぎ(ヨハネ福音書14章17,20節)、絶えず感謝と賛美をささげましょう。

 

 主よ、御言葉を感謝します。日々、主の御言葉がこの身になりますように。私たちの心を神の宮としてその内にお住いくださり、日毎に新しい恵みに与らせてください。 アーメン

 

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2014年8月6日サイト開設